第02話 覚醒 - 冷たき祭壇にて
半日ほど時間を経た後に四十名は、多少の違和感は残るっている者も居たが、その身をほぼ元の状態に戻す事が出来た。
全員が聞いた事も無い見知らぬ場所と現在の自分達が置かれた状況を理解出来ずに途惑っていたが、少しづづ自分達なりに現状の把握に努め、ここが神殿であり、周りの人間は自分達を救うために尽力して居る事。少なくても自分達を害する意思が無い事をカタコトの会話から掴み取っていた。
なにより自分達に接する者たちは、意思の疎通に多少なりとも不自由はするが実に献身的に尽くしてくれた。身に付けるものが何一つ無かったのに、神官服らしい此処で働いている者達と同様の服を提供し、食事も決して贅を凝らしたものとは言えないが自分達と同じものを供して一緒に食してくれたりもした。日本人の感性として、一宿一飯の恩義ではないが恩を受けた分、友好的になるのは当然と言えた。
その世話をしてくれた者達から、神官長より詳しい事情の説明がなされると告げられ、ぞろぞろと大広間に集められていた。
その場に現れたのは、白を基調として所々に青をアクセントとした明からにクラスの皆に支給された白一辺倒の物とは材質的にも装飾的にも隔絶した豪華な神官服を纏った灰髪の老人だった。たおやかな温和そうな笑顔を湛えながら瞳を閉じながら皆に向けて一礼した。その日本風の挨拶に一同も釣られて頷く様に会釈を返す。
「私は、ラトリグと申します。このファーメイヤ王国を守護するナーゼ神を祭る神殿の取り纏めをさせて貰っている者です」
今まで一同が接してきたカタコトなものとは、一線を隔した流暢な日本語だった。
「皆様におかれましては、突然見も知らぬ、そして言葉も碌に通じぬ者達の中に降り立つ事となり、さぞ困惑し不安に思っておいででしょう。
この地は、かつて皆様が日常を過ごされていた世とは別の世です」
その言葉を聞き、若葉が学生としての習性なのか手を上げながら質問した。
「それは道を歩いても、船を使っても辿り付く事の出来ない……つまり、異世界と言う事でしょうか?」
「左様です」
ラトリグの返答を聞いて、一同の中で歓喜する者、悲嘆の声を上げる者、信じられないと言葉を洩らす者と様々だった。
「黙りなさいっ!……帰れるんですよね?」
騒がしくなった自分の生徒達をヒステリック気味に一喝して、そうラトリグに向かって聞き直したのは、教師の時雨だった。
しかし、ラトグリは首を横に振り、時雨の期待したものを答えてはくれなかった。
「何故なら皆様をここに引き寄せたのは我々で……いえ、我が国ではないのです」
「どういう事ですかっ!?」
「皆様、少々長い話にはなりますがお聞き下さい。
我が国の東方にフェルゼンシュタイン王国という隣国が在ります。その国は武力を持って周辺四ヶ国を征服した侵略国家で現在、我が国へと侵攻を開始しました。皆様の世話をさせていだだいた者の殆どは、国境付近の村々でフェゼルシュタイン王国の蛮行に遭い、家族を殺されて身寄りをなくした者です。
ですが、我々もナーゼ神のおわすこの地を汚されるわけに行かず、必死の抵抗を試みており、なんとか抑え留めています。
過去フェルゼンシュタインは、この世の理を捻じ曲げ、貴方達の世から戦奴として少数ではありますが同じように引き寄せを行っております。この度、我が国の反抗に業を煮やしたフェルゼンシュタイン王国は、この邪法を用いて大量に皆様を自国に呼び寄せようとしたのです。その事を我々はナーゼの神託で知り、せめて発現の場所を我が神殿にする儀式を割り込ませる事で、皆様を奴隷の道からお助けする事しか出来ませんでした」
その場を水を打ったような静寂が支配した。誰もが「もしかして、帰るのは絶望的なのか?」それに基づく結論の出るはずの無い思考の迷路に嵌まっていた。
「ですが、可能性の話にはなりますが、皆様を故郷へお返しする方法があるやもしれません。この地へ呼び寄せたのはフェルゼンシュタインの持つ秘術、それならば帰す方法も持ちえていると思われるからです。我らが彼の国を打倒した際にはその情報を手に入れられるのではないかと」
一同からおーっと声が上がる。
「あの2.3質問、良いですか?」
その時、若葉同様に手を上げたのは、暁だった。ラトグリは彼の方を向き重々しく頷いた。
「現在のそのフェゼルシュタイン王国との戦況は?」
「軍事の関係にて細部までは分りませぬが、決して楽観出きるような状態ではありません。国境への押し戻しは成功しましたが、向こうに砦と城壁を築かれるに至ったようです」
「それと……こちらに引き寄せ……ですか?された時に祭壇の周りで倒れている方を多数見ました。
もしかして亡くなられたのですか?」
その質問には、ラトグリの表情も重く暗いものになった。
「……皆様が気に病む事を考え、黙っていたのですが……確かにその通りです。犠牲になった者も儀式の危険性を神託で事前に聞いておりましたが、皆様を救うべく自ら申し出てくれたました」
その返答を聞き、一同が押し黙る。自分を助ける為、見ず知らずとは言え何名もの人命が失われたという事実にそれぞれ胸に来るものが有るのだろう。
「……フェゼルシュタイン王国ってトコもそうですが、この国も……何の関係ない平凡で然して取り柄の無い我々を何故そこまで求めるのか、ちょっと理解できないのですが?」
「フェゼルシュタインと我々では、求める先が違うのです。
過去に皆様と同様に彼の国に呼び寄せられ、奴隷の封印を施される直前で脱出し、我が国に逃れた方がいました。そのお方は、この国で様々な人を助け、フェゼルシュタインへも抵抗の急先鋒として名を成しました。そのような英雄と同郷の方々の苦難を見過ごす訳には行かなかったのです。
フェゼルシュタインの目的と言えば、それはこの世の理を越えた事に起因します」
ラトグリの言葉の前者は、ある程度の理由として理解は出来た。納得は別として。
だが、次の続けられた言葉は全員に衝撃を齎すものだった。
「この世の理を越えた者は、その多くが強大な魔法力を手に入れるからです。
これより理読み(ことよみ)の水晶に手を当ててもらい詳しい適正を調べたいと思います。その力は、この世で生きて行く上で皆様を守り、きっと力になってくれるでしょう」
若葉は、ジッと暁の表情を見ていた。
最後のラトグリの言葉で「ヨッシャー!」「異世界って言ったらヤッパそれだよなぁー!」等と多くのものが色めき立ったのは言うまでも無いが、暁の表情は全くの逆で、暗く嫌悪感を顕にしていた。それはクラスの皆の浮かれようにと言うより、ラトグリの話を聞く内にそういう表情になっていったと言う方が正しい表現だろう。
若葉には、この神官長の話のどの部分が暁を不快にさせたのかは理解出来なかった。だが、この幼馴染の“習性”を良く知っている若葉にとって、神官長にはある種の警戒心を抱かざるは負えなかった。
小さい頃の若葉の剣は、正道を目指して歩んできたと言って良い。その分、搦め手に弱く応用の利かぬ堅物の剣だったが、暁と剣を合わせる度に足らないものを埋めていった。
暁の剣は、言わば若葉の真逆でフェイントや誘いを多用する傍からは、外道と揶揄されるものを主軸に構成されていたのだ。脇構えを好み、一見カウンターか相打ち狙いに見えるが、若葉から言わせれば型に囚われず、自在な暁の剣筋は人の心理を読んだ上で繰り出されるものだ。父や兄達が嫌うその不規則な暁の剣戟に対応する内に、皮肉な事に若葉の腕を飛躍的に上達に導く事になった。
若葉にとって、暁の人を見る目、他人の心理の読み取りについては、かなりの信頼を寄せている。
表情の変化に興味を抱き、若葉はそっと近づき「どうしたの?」と聞いたが、暁は声を出さず口の形だけで「後で」とだけ作って、それ以上の事は答えてはくれなかった。
それはつまり、ここでは公にその内容で話をする事が出来ないという意味だと若葉は理解した。
「それでは理読みの儀を始めさせていただきます」
ラトグリのその言葉から始まった儀式は、山城 暁、扶桑 潮、日向 若葉、伊勢 青葉の四人を過酷な道に突き動かす事になる第一歩だった。
無能者達の異世界逃亡記 -王四公国物語 外伝- @sizurika
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