第2話 最下級の存在
とりあえず学園事務室傍の来客用玄関をなんとか探し当て、そこでこの走攻守学園案内の小冊子を手に入れたぞチャラララーン♪
他のクラスの生徒に尋ねようにも、僕を見る視線は、やっぱり氷で背中をなぞられたように冷たかったからだ。
ヘコむわー……。
と、ここで白パンツ白パンツ……よし! まだまだ手を伸ばせば届きそうなほど鮮明に再現可能だ! テンション復活!
気を取り直して、三つ折になっているその小冊子を開いて見てみると、かなりデカい学校だということが分かったぞ。
敷地も広く、内部にはコンビニや衣料品店、はては映画館までもあって、生徒の総数は三学年合わせてざっと三千人ほど。男女共学で、ひとつの小さな町に等しい感がある。
ふむふむ、で、生活指導局室とかいう所は……あった、あった。
校内マップで見付けたそこは、校舎の中央にあって、存在する各局棟一階部分のかなりの面積を占めている。
僕を呼んだということは、ここの人は僕のことを知っているんだ。
自分の情報を訊ねるにはうってつけの場所じゃないか!
さすがに無視をされることはないだろう。
もうこれ以上、朝のパンツの記憶に助けられたくはない。
――さて、辿り着いてみると重厚な木製の扉が城門のようにして訪れる者を睥睨している。
この門が面する廊下だけは天井が高く、部屋を訪れる人間に威圧感を与えるのには十分な存在感を演出している。
扉の横に掛けられた、時代を感じさせる一枚板の看板には『生活指導局室』と墨字で書かれていて、思わず「たのもぅ!」と声を張り上げたくなった。
――ゴンゴン。
それは我慢して、ノックしてみる。かなり頑丈なこしらえだ。
「――何者か?」
中から声がした。
「えーと、あの、なんか呼ばれたみたいなんですけど。銑鉄……鋼? です」
「……入りたまへ」
無機質で無感情な声が入室を許可した途端、扉が重そうな音をたてながら内側へと開いていく。中を見てみると、広い。
マップを見て想像してみたよりもずっと大きな空間が内部に広がっていた。
余裕で体育館程度の面積とがあるだだっ広い一室だ。
恐る恐る中に一歩足を踏み入れると、左右に風神雷神のように門番をしているらしき男子生徒が、後ろ手に組んだ姿勢で身じろぎせずに向かい合い、僕を見下ろしている。
僕がちらりと視線を向けても、動じるどころか瞬きすらしない。
人形じゃないよな……?
『二年ハ組! せんてつこぉおぅ! かぁっ!?』
――うォ!? びっくりした! びっくりしたぞ! いきなり大声で叫ぶなよ! 左右から同じ声、同じタイミングでステレオサウンド。
そういえば、ドルビーサラウンド……ってどんな効果があるんだろう?
『返事が無いィ! 二年ハ組、せんてつこうかぁっ!?』
「あーはいはい! そうだよ! あんたら声デカイな!」
「カードを提示したまへ」
ん? なんだ? 左右の門番とは違う声がしたけど……声の主の姿がない。
「カードだ」
と、ふと足元を見る。そこには制服を着たちっさいオッサンが立っていた。
今の声はこのオッサンか……?
「カード……って、コレでいいの?」
俺がカードをポケットから出して差し出すと、オッサンはひったくるようにしてそれを手にした。そしてなにやら端末でカードを読み取ると、俺の顔を見上げて言った。
「二年ハ組、銑鉄鋼。レアリティ白……で間違いないな?」
「ああ、うん。多分ね」
「フン……! 白めが生意気に……」
オッサンは小さく呟くと、門番に向かって頷いた。
『銑鉄鋼ゥー、出頭ゥー、致しましたァー!』
門番は、さっきよりもさらに大音声で、部屋の奥に向かって叫んだ。
よく見ると、大きな部屋の一番奥に、誰かが座っている。
その人の頭が僅かに動いたかなと思った瞬間、またステレオ音声――。
『せんてつこぉうぅー、百歩ォ……前へぇーッ!』
耳キーンだ!
なんなんだこの劇団は!? どうしてこんな仰々しい仕組みになってんだ?
「百歩? 前に進めばいいの?」
「早く行け」
ちっさいオッサンは、俺と目を合わせることもなく渋面をつくって吐き捨てるように言う。
なんだか嫌なヤツ……じゃあ進んでやろう。でもあくまでこちらは冷静に。
だけど僕を怒らせたら大変なことになるんだぜ?
マイ
ティンカーベルが女の子の腋の魅力について、熱っぽく数時間に渡って息もつかせずに囁き続けるようなものだ!
ちっさいオッサンめ、お前の心はそれに耐えられるか!?
ははは! ハハハハハハハッ!
……まあ、そんなエピソードは思い出せもしてないけど。
そこは即興の創作でクリアしてみせる。
とにかく、今は自分情報が先だ。前に進もう。
一歩、二歩、三歩…………。
途中で数えるのが面倒になったので、大体な感じで、適当な所で止まった。
部屋の奥にいた人物も、もうしっかりと視界に捉える場所まで進んで来ている。
高級そうな木製の古い机と、その周りにある高級です、と自ら主張するような調度品、足元は猫の腹の上を歩くようなフカフカの絨毯だ。
そして背もたれの高い椅子には、その年季の入った風合いにはあまり似つかわしくないように見える、若い女性が座っている。
「あと八歩、前に出ろ」
数えてた? なかなか面倒臭い女性らしい。
僕に命令口調で言い放った女性は、年の頃なら二十歳やそこらで、艶やかな長い黒髪を伸ばし、ぱっつん前髪。
その黒髪とは対照的に、肌は透けるように白い。
顔の輪郭は細く、体全体のラインも華奢な感じの、文句を付けようもないほどの美人さんだ。
だけど、その切れ長の瞳から受ける印象は、教室の生徒たちよりも温度が低く、だけど知的な冷徹さを感じさせるものだ。
「聞こえなかったか?」
「あぁ、はいはいっと。しち、はち……と。で? 僕に何か用なのかな?」
「貴様! 言葉を慎め! 生活指導局長には敬語を余すとこなく使用せよ!」
横合いから僕に怒号を浴びせたのは、彼女の両脇を固めていた女子生徒だけど「まあ良い」と椅子に座る女性にたしなめられ、口をつぐんでしまった。
「私はこの乙光区域の生活指導局長を務めている
「ああ、うん。多分ね」
「――貴様ッ!?」
また脇の女子生徒が激昂したけど、千銅が片手を上げると途端に黙る。
良く躾がいきとどいているようで、この千銅という生活指導局長? の忠実な下僕って感じか。でもしょうがないだろ、本当に『多分』なんだからさ。
しかし生活指導局ってのは一体――?
「私が直々に尋ねる。お前のレアリティは白のはずだが、なにゆえその制服を着用しているのだ」
「ん? ああこれか。僕も不思議に思ってたんだ。なんで僕の制服は皆と違うんだろう?」
「貴様……!」
脇の女子生徒がなんだが歯噛みをして、僕を睨んでいる。こんな女の子にまで睨まれるとか、僕は記憶を失う前の自分を恨んだほうがいいのだろうか……はぁ。
「フン。では言い方を変えよう。銑鉄鋼、お前はその制服を着用するに値しない」
「はあ」
「白カードホルダー風情が着用していてよい制服では無い。今すぐ脱げ」
「は? 今すぐ? ここで?」
「二度は言わん」
続けざまの命令口調に、なんだか心が反抗したがっている……!
ふつふつと沸き上がるこの感じは、なんだろう……?
「分かった。あ、でも僕の履いているパンツは僕が着用してていいパンツかな? 白じゃなくて黒なんだけど、なんだったら脱ぐよ?」
「このっ……!? 無礼者ぉっ!」
我慢の限界に達したのか、脇の女子生徒がとうとう声を乱した。
んっふふ。なんだか面白いな。もう少し突っついて遊んでみるか――。
「――ガハッ!?」
突然、背中に走る衝撃と激痛。瞬間、息が出来ずに変な声だけが口から出た。
次の瞬間には、胃を襲う鈍痛……膝がガクガクしてきて、床に膝を突いてしまった。
「身分をわきまえたまへよ。白が銀に軽口など……しかも生活指導局長に向かって、許される行為では全くなひ。貴様の行為は万死に値する」
すぐ後ろから耳に届いてきた声は、あのちっさいオッサンのものだ。
一体いつの間に背後に来ていたんだ……?
「うぐ……かはっ……」
――うぇ……吐きそうだ。
視線が低くなったせいで、ちっさいオッサンの靴を初めて見た。
トントンとつま先で床を叩いているその靴は、鈍い光を放っている。その素材は見るからに硬そうで、重そうで……そうだ、あれは……鉄や何かで出来ている……!?
だけど待ってろ……! もう少し痛みが引いて、息が整ったら――。
……と、あれ?
どうして僕はそんな攻撃的な考えをしているんだ?
戦って反撃するなんてこと、まったく想像もつかないのに。
「早く痛みがひいてくれ、反撃したい……と思っているのだろう?
「――っがふぅ……ッ!」
千銅の声で、東風と呼ばれたちっさいオッサンの靴のつま先が、僕の腹へとモロに蹴り込まれた。さらなる鈍痛が、体の中心を襲って……いる……。
「て、てめえ……っ」
僕は東風の足首を掴んだ。絶対に許さない……!
でも、口を突いて出た言葉が、てめえ……とは、なんか違和感がある。
「ほぅ……東風の攻技を二度もまともに喰らって意識があるとは。白にしては隠し能力……裏パラメーターの耐久力は高いのかもしれぬな。今度、
「これは……? 我が身の不覚……鍛錬が足りませぬ」
「まあそう言うな。いくらレアリティが銅のお前とて、一撃で倒せぬ白もこの世界には居るということだ。世の中は広いぞ。研鑽を積め」
「ありがたきお言葉。この東風、精進に励みまする」
「お前ら……何を言ってんだ……いきなり人をボコっておいて涼しい顔とかさ!?」
「……その手を離さんか」
「離して欲しかったら一発殴らせてよ。東風さん……だっけ?」
「白のお前には叶わぬ事だ。銅の我に触れ続けているだけでも、矯正御免で殴り続けたとしても、それは国法に沿った行為なのだぞ? もう一度だけ言おう。その手を離さんか」
「嫌な……こった!」
僕は東風の右足首を掴んだまま、やわら立ち上がり、そのまま彼の短い足を引き上げた。
東風は体のバランスを失いのけ反るように後ろへ倒れる――奇襲成功!
……と思ったけど、東風は僕の腕が引き上げる力を利用してそのままバク転する途中、空いている左脚で蹴りを放った。
「あがっ……!」
僕の顔面に硬い靴がめり込んだ。
――あ……意識が飛びそうになる……。
ぱ……パンツパンツ……白いパンツ……!
……っはあ! な、なんとか意識を無くすことはこらえられた。
だけど僕の手は、東風の足から手を放してしまった。
僕が目の焦点をようやく合わせる。
あいつは……体育座りのような格好で、両手を後ろの床に突いた状態でいる。
何をしてるんだ――?
『
そう東風が呼号した瞬間、あいつの体は太い両腕に弾かれて、床から離れた。
見えない!?
目で追うことさえ出来ないままだった。刹那、
「っぐ……ふく……ぷあぁ……っ」
なんだ、こりゃあ……?
内蔵がミキサーにかけられたように痛い……。次第に鈍痛へと変わっていって……僕は口から胃内部の物を、逆流させてしまった。ぶちまけた液体が床に広がっていき、喉がヒリヒリと痛い。
ありゃあ、なんだ? 人の動きじゃあない……!?
「東風よ、白相手に特殊スキルまでも使うことはあるまいに」
「相すみませぬ。しかしこの者の生指局に対する数々の無礼、我慢ならず……」
「お前は気が晴れてそれで良いかもしれんが、見ろ。床が汚れてしまった」
「も、申し訳ございませぬ!」
勝利者のはずの東風が、千銅に土下座をして許しを乞うている。
くそ……こっちは、したくもないのに土下座みたいな格好になってるってのに。 しっかし、こりゃあ……効いた……ね。
「ふむ。お前ももう少し先が読めるようになればいずれは銀カードホルダーへの道も拓けるというもの」
「は、局長のように人の念が読めずとも、空気が読めるよう心掛けまする。どうかお許しを」
「ふ、責めている訳ではない。無駄なエネルギーを使ってまで部屋を汚くすることはなかろうと、それだけだ。組織での立ち振る舞いも同じこと」
「……いかにも。短慮でありました。肝に命じまする」
「ふむ。さて銑鉄鋼。その制服だけを脱ぐ気にはなったかな?」
「なんなんだ…この制服がなんだっていうんだ? どうして僕が着ていちゃあいけないんだよ!?」
「――? 銑鉄鋼、本当に知らないというのか?」
「知らないって……何をだよ? 僕は自分の事すら忘れちまってるんだから。こんな制服のことなんて知らないよ!」
「ほお……ではその念、改めてさらに深く読んでみるか。ノイズがあり過ぎて遠隔からでは読み切れん」
その千銅の言葉に、東風が慌てて口を挟んできた。
「きょ、局長! そのような者にお止めください! それに今は――」
「ハハ、分かっている。『今は』やめておく事にしよう。しかし東風、この者は本当にその超学生の制服、何も知らないとみえる」
「なんと、不思議なことで……局長の念読みに間違いはありますまひが……?」
「……おい」
僕の掛けた声に、東風は振り向いた。
その頬に向けて、思い切り拳を振りぬいた――。
「――!? ぶぱぁっ」
東風は数歩よろめいたけど、倒れない。頭を振って呟く。
「く……バカな……この東風が、白の攻撃などに……効いている、だと?」
「あっははは。局長さまのいいつけも守らず、僕も無駄なエネルギーを使っちゃったよ!」
気持ちいい一発が入った! 今までの
けど、なんだろう……僕の拳、なんだか自然な感じで振りぬけたような……。
もう格闘家のそれのように。
「ほう……! もう立てるというのか!? 東風の両脚砲をまともに受け、後遺症も残していないホワイトカードホルダーが存在するとはな! 普通ならば、体はともかく、カード能力が埋め込まれた魂ともいえる部分の
「は、ははっ! 申し訳ございませぬ。油断で……ございます」
「ほぉう? 銑鉄鋼のパラメーターは?」
「【攻撃力 16】【防御力 22】【精神力 35】【敏捷性 48】【総知力 50】【特殊スキル 無】でございます」
「そんなところだろう。では何か異能を身に着けているということか! 面白い!」
千銅が初めて口角を上げたところを見たけど、その冷酷な笑顔に背中が寒くなるものを感じる。
あれほどの美人が、あんな顔になって笑うと、非常に怖い!
「衛士生! ヤツを押さえつけたまへ!」
東風の号令。
途端に机と入口の扉に立っていた生徒が計四人、俺に殺到して来た。
「おおっと。ほらほら、制服は脱ぐって」
僕は制服の上着を脱いで振って見せ、入口の扉に向かって駆ける!
自分の情報が何か得られるかと期待して生活指導局室まで来たけど、どうやらここの人間も僕という人間をさほど知らない――そうと分かった以上、こんな所に長居は無用もいいところだ。
「逃がすなっ!」
東風の高い声が部屋に響く。
『うらっしゃあああっ!』
風神雷神こと、扉の門番二人が僕を掴みに来る!
――けど、それがスローモーションみたいに見える。
僕はスピードに乗ったままフェイントをかけた華麗なステップでその手をかわした。
スゴい! 体が勝手に動くようだ。それに……身体が軽い!
これが自分の体? どこまでも逃げて行けそうだ!
あっという間に出入り口の門がもう目の前。
「ハハハ、逃げ足だけは立派なモノではないか。特殊スキルに加えても良いくらいだぞ、銑鉄鋼」
「あーりがとう! 僕もこんなに足が良く動くなんて驚いているところさ。記憶を失う前はラグビー部にでも所属してたのかな!?」
「ほほう、記憶を失っているというのか銑鉄鋼。ならばその記憶を取り戻す手伝いをしてやっても良いぞ。手取り足取り、な。お前のような飼い犬がいても面白い」
「散々ボコっておいて、イマイチ信用っつーパラメーターがゼロだよ。それに……」
「ん? 何だ?」
「あなたは美人だけど、僕はもうちょっとゆるふわな感じの女の子が好きなんだよね。飼われるんだとしても、そっちの方がいいや」
「局長に戯言を! 貴様の好みなど誰も訊いてはおらんわぁ! この反逆者めがっ!」
「こち君、だったっけ。一発入れさせてもらったから貸し借り無しにしてあげよう。では、皆さんサラバだ! また……会えたらいいね」
去り際に一言を残して華麗に脱出!
閉まっていた門に付いていた取手に手を掛けて、開ける!
……あれ? 開け……っよ! うぬ……? そんな……開かないほどの重さじゃないはずなのに!
「くっくく……貴様の欲しいのはコレだろう?」
東風がひとつの鍵を指でつまんで、これみよがしにぷらぷらと揺らしている。
「うそだろ……内側から鍵……?」
「局長が待てと仰っておられるのだ。白である貴様は待つしかないのだ。この世のルールすら、その小さな脳の中の記憶から消し去ってしまったか?」
「ルール? 僕がいきなりお前に蹴られ、床に転がされて当然ってのが、この世のルールだっての!?」
「いかにも。そうして世界は札力で構築された秩序の恩恵を受け、成り立つことが出来ているのだ。お前ら白カードホルダーなどクズに等しい……」
自分が生きている世界の形ってのが、少しづつ見えてきた。
僕はこんなところで、17年間も生活してたってのか?
「……だとしたら、僕は大事な事を忘れちゃってたみたいだよ」
「ふはは! そうだ! 貴様はレアリティという大事な秩序を忘れておるわ!」
「違うって。前の僕は、お前みたいな奴に蹴られた時、殴り返すって事を忘れていたんだよ、きっと。今の僕は、逆に大事な事を思い出した状態みたいだよ?」
「――貴様ぁっ!」
東風が怒気を露わにして、再び
「ちょ、ちょっと待て!」
僕は体を、咄嗟に扉の前から横の壁へとずらした。
「もはや言葉は不要! 貴様の隠身も現体も打ち抜いた後に、検体として使用し、この国の役に立ててやるから安心したまへェッ!」
東風の体が、十数メートル離れた場所から、大砲の弾丸になって僕を目掛けて発射された。
グルグルと錐揉みで回転しながら飛翔して来る東風――だけど、見える!
僕はその東風弾を、横にステップしてかわす。
――いける!
真っ直ぐ飛んでくる東風は、そのまま壁に激突して大ダメージを――っ!?
「くはははははッ! それで避けたつもりかあッ!」
東風弾が、野球のピッチャーが投げるスライダーのように、横に滑りながらその軌道を変えて、再びピタリと僕に照準を合わせた。
「この我が真っ直ぐにしか進めない猪突者かと思ったか……死ねええええッ!」
「――っく! なな、にぃ!? …………なんてね」
命中の寸前、紙一重のところで僕は、東風の足先をかわした。
必然、東風の体はそのま後ろの門に激突し、厚い木材を突き破って粉砕しながら廊下へと突き抜けていった。
物凄い音を立てて東風は廊下の壁へ回転しながら突っ込むと、足を半分ほどコンクリートにめり込ませたところで停止した。
辺りは激突の衝撃と、門の木片にコンクリートの細かい破片などで煙に巻かれる。
そしてその煙が晴れた頃には、僕はもう奴らの目の届かない場所にまで逃げ……いや、戦術的一時退避を完了していた。
ふぅやれやれ……と。
アイツのあの力を利用して門をぶっ壊してもらう策が上手くいった。
あんなカーストに縛られた空間に閉じ込められるなんて、考えただけでもゾッとする。
「銑鉄…………鋼ぅぅうぅーっ!」
遠くから東風が叫ぶ声が聞こえた。
はぁ……色々とヘコむわあ……。
こんな時は、パンツパンツぱん……。
――!?
さっきの背中と腹への衝撃で、もうパンツのデータは僕の中から永遠に失われていた。失われたアークとなった。
ヘコむなぁ……。
最下級カードホルダーの凱旋 猿賀 荘 @sarugasoh
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