第二……第三の人生、始めました。

廿楽 亜久

タカマガハラ

 人類は、宇宙へ進出した。

 宇宙開発は、この数十年で急速に進み、ついに宇宙での生活を行うことにまで目処が立ち始めていた。各国がそれぞれひとつずつ、居住区となる宇宙ステーションを独自の制度で運用し、その結果を持ち寄ることで、より安全で快適な宇宙生活を手に入れようという計画が立てられた。

 各国は、厳密な審査を行い、少数の宇宙ステーションで生活を行う人を選び出し,

幅広い年齢でのデータを集めるため、二十代から五十代までの健康な大人が現在宇宙ステーションで暮らしていた。

 あるひとつの国の宇宙ステーションを除いて。


「トメさん! トメさん! ほら、力持ちじゃろ?」


 得意気に農業用のトラクターを片手で持ち上げる老人。その人は、腰も曲がっていて、いくら若く見積もっても六十は軽く超えているだろう。

 そして、話しかけられた老人の女性も。


「ちゃんと結っときなさいな」


 宇宙であるため、重力はほとんどない。少なくとも、地球に比べればないと言えるレベルだろう。片手で重いトラクターだって持ち上げられる程だ。トラクターが簡単に飛んでいくというほどではないが、固定しておかなければ危ない。


「わーってるって」


 笑いながら、トラクターを降ろすとタイヤをしっかりとレールに固定する。

 ここで暮らして、既に一年が経ちそうだが、八十年近く地球上で住んでいた身としては、そのうち一年というのは短すぎるもので、まだまだ無重力は新鮮なものだ。


「それより、アンタ、午後の部の診察だろ? 遅れたら大変なんだから、早く行きなさいな」

「おぉ、そうだったそうだった。ここにいると、どうしても元気になってなぁ」


 高齢になれば、やはりどこかしらに限界はくるもので、地球だろうと宇宙だろうと病院は不可欠だ。病院は各国ではなく、一つの宇宙ステーションに存在しており、宇宙開発の第一人者の国際的な機関が認めた医療施設がそこに任されていた、そこで全ての住民のデータ集収および病気の治療が行われている。

 そこに行くための定期便は時間厳守で、乗り遅れれば、半日は待つことになる。


「おぉ。引田さんもかい」

「なんだ。東野さんもか。よく一緒になるねぇ」


 定期便に乗っているのは、全員知り合いだ。少人数なのだから、全員が顔見知りであることは仕方ないことだが、それ以上に目を引いたのは、全員が六十は超えていそうな老人だけだったことだ。定期便を運転していた男の二人のうち、若い一人が眉をひそめながら、乗っている老人たちを見つめる。


「……タカマガハラって若い人いないんですか?」


 “タカマガハラ”というのは、日本の居住区の名前だ。


「お前、最近入ったばっかりか?」

「はい」

「なら、まぁ、知らなくても仕方ないか。日本は変わった基準を設けていてな」

「変わった基準、ですか?」

「あぁ。普通は、病気を持ってないことが絶対条件に入っていたりするんだが、日本は、自立歩行ができない。つまり、寝たきりの高齢者であること。それが条件なんだ」

「……は?」


 若い男が驚くのも無理はない。他の国もその日本の基準を聞いた時、反対した。だが、宇宙への移住が決まれば、自然と高齢者は存在する。それこそ、いない状況がありえない。加えて、身体的に何か問題を抱えることが多いのも事実だ。そのデータが手に入ると考えれば、全くの不利益だけではない。

 むしろ、普通の成人のデータは別の国のものでも十分に取れるのだから、このデータこそ貴重なのではないかと、日本の申請は通った。


「日本は超高齢者社会で、寝たきりになると、その人の生活を助けられる子供がいないらしい」


 基準としては、脳に異常があって寝たきりになったのではなく、身体的に骨折や筋肉の衰えによるものに限定されている。

 宇宙であれば、自立して生活できるならしてもらおうと、地上での問題を宇宙へ押しやり、それが見事に今現実のものとなっていた。


「だ、だから、無重力でなら生活できるって……そういうことですか……?」

「おそらくな。正式に発表されたわけじゃないが、ほぼ間違いはないだろうって話だ」


 日本政府は隠しているが、その基準が発表された時、一部が姨捨山じゃないかなどと大反対したそうだが、その意見は意外なところから猛抗議され、却下されたそうだ。

 その抗議したのは、捨てられる側であるはずの、寝たきりの老人たちだった。


「いくら安全性が上がったとはいえ、さすがに体に負荷が多くてな。無事に宇宙ステーションにたどり着けるのが半分、治療で回復して生活できるのが二割。残りはそのまま宇宙葬だ」

「……60%」


 それでいいのかと思ったが、ふと頭によぎったもう一つの疑問。


「寝たきりって戻る時はどうするんですか? 普通の人だって、こっちに長くいると筋肉が減って立つのが大変だっていうのに」

「日本では、モニターに選ばれることを『星になる』と言われているそうだ」


 その言葉には、新人も開いた口が塞がらなかった。ようやく出せた言葉は、


「大和魂……いや、カミカゼ……?」


 そんな言葉だけだった。


***


 日が沈む頃、ほぼ自給自足の生活をしている老人たちは、楽しげに笑いながら家に向かって浮遊して移動していた。


「これで温泉でもあればいいんだけどなぁ!」

「アンタ、大分出身だっけか?」

「おう。地獄めぐりはいいぞ! あっつい湯につかってなぁ」


 風呂は集団浴場で、昔ながらの富士山が描かれている。それはそれで風情があるが、温泉とは違う。


「今度、湯の花でも送ってもらうか?」

「死ぬまでに届けばいいなァ!」


 笑い合う老人たちの視線の先には、なにやら集まっているここに住んでいる老人たち。そこは、宇宙が見える窓だ。常にではないが、地球が見れることもあり、人気がある場所ではあるが、ここに住んでいる人のほとんどが集まっているのではないかと思えるほど、今のように集まるのは元旦の日の出の時間と日本が見られる時くらいだ。

 自然とその集まりに近づけば、ちょうど太陽が地球の影に沈もうとしているところだった。それは、とても幻想的で、地球では一生見られることはないだろう。


「これでこそ、最後の人生使ってくる価値があるってもんよ」

「生きてる間に、青い地球を足元に拝めるとはなぁ」

「明日にお迎えが来ても構わないね」

「犬吠埼の日の出ともいい勝負だ」

「高野山の日の出だっていいさ」


 幻想的な光景に、それぞれ声が漏れる。

 そして、太陽の光が完全に消えると、また新たに光が足元に灯っていた。海にぽっかりと浮かぶ小さな島。小さいながらも、その光は島の輪郭を映し出していた。特徴的なその形。


「あぁ……きれいだねぇ」


 もう二度とその島の土を踏むことはない。

 だが、後悔はしていない。この宇宙の生活は、十分すぎるほどに充実している。人生のほとんどをその島で過ごした。そして、第二の人生も終わりが近づいていた頃、第三の人生としての舞台が現れたのだ。

 ここで楽しく第三の人生を歩む。そして、それがあの光へとも繋がる。


 自然とそこにいた老人たちは、その光る島へと手を合わせていた。

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第二……第三の人生、始めました。 廿楽 亜久 @tudura

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