マジカルねんね!(17) 完

 魔王撃退の日の夕方、あたしたちは王宮の謁見の間に勢揃いした。

 女王は玉座に腰掛け、ロンダーはその左隣りに立つ。あたしとタムは跪いたが、ネネは突っ立ったままでいた。

「今日は大変な一日でした。しかし、おかげで魔王を倒す事ができました。今日は王宮に泊まり、緩りと体を休めて下さい。」

「うーむ……」

 女王の御言葉に、ネネは杖で自分の肩をポンポン叩く例のポーズを取る。

「どうかしましたか?」

 訊ねる女王の額に“ね”という“目印”があった。

「なんか、しっくり来ないでち。」

「――?」

 女王とロンダーは一緒に首を傾げた。


 魔王撃退の日の夕方、あたしたちは王宮の謁見の間に勢揃いした。

「これでいいでちね。」

 有ろう事かネネは玉座に腰掛け、その左隣りにロンダーが立って困惑顔を見せた。あたしとタムは黙って跪いたが、

「今日は大変な一日でちた。でも、おかげで魔王ちんを倒すことができたでち。今日は王宮に泊まって、ゆるりと体を休めるでち。」

「何で私が……」

 女王は、あたしの隣で跪いて涙を流した。 周囲の重臣らはロンダー以上にオロオロと狼狽えていた。

「ゴメンなさい、ゴメンなさい、ゴメンなさい、ゴメンなさい――」

 あたしは小声で女王に謝り続ける。

「ネネっ、格好いい!」

 タムだけは嬉しそうだ。

「被占領パラミレニア王国の女王ちゃま!」

「は、はい……」

 女王サディアは涙目で返事をした。

「弱い子ちゃんなりに、良く頑張ったでち。」

「大変 光栄に存じます……」

 それは、彼女が一番嫌いな礼儀忠節の教科書に載っている定形文だった。

「でも、ほとんど役に立たなかったでちね。」

「…………」

 ネネとタム以外の全員が目を伏せた。

「プーニィちゃま、タムちん――」

 呼ばれて、あたしたちは顔を上げた。

「はいはいはいはいっ、何ぃ何ぃ~!?」

 やっぱりタムだけはハシャいでいる。

「チミたちも良く頑張ったでち。女王ちゃまと違って、とっても役に立ったでちね。」

「やったぜぇ!ネネに誉められたぁ!」

「おかげで、ねんねは魔物退治という旅の目的を一つ果たすことができたでち。」

「嘘ばっかり。」

 小声でボソりと呟くあたし。

「パパちゃまに、お仕置きで遠くまで飛ばされただけでしょ?」

『をうっ……!?』

 その一言でネネは最大級の動揺を見せた。

 図星か。

「ね、ね、ね、ね、ねんねは魔物退治と社会勉強の為に――!」

 その後、ネネの嘘話が十分ほど続いたが、あたしはそれ以上追及しないであげた。


「ということで――」

 平常心を取り戻したネネが、あらためて謁見の間に集まった人々を見渡した。

「女王ちゃま、チミをねんね帝国のパラミレニア王国地方、初代総督に任命するでち!」

「総督……ですか。」

 ――っていうか、帝国って何だ?

 ネネの頭の中では、自分を頂点とする帝国が出来上がっているらしい。

「ネネ帝国!格好いいじゃん!」

 ネネの宣言が持つ重大な意味を、タムは分かっていないようだ。

 もはや子供のお遊びでは済まされない。現に魔王を倒すだけの実力を持った人間が、自分の支配権を宣言しているのだから。



 魔王撃退の翌日の朝、ゼッターは自室で目を覚ました。医師や侍女の姿はない。病状は安定しているようだ。

「ン――」

 出入り口の方を見ると、ちょうどロンダーが入って来るところだった。

「御父上、体調の方は?」

「うむ、極めて良好だ。ネネ殿に薬を貰ったからな。」

「えっ、あの小娘が?」

「小娘などとは。口が悪いぞ、ロンダー。良い娘ではないか。その薬も、調べてもらったところ、平民が一年食べて行けるほどの値段だそうだ。性格の方に多少の毒気はあるが、魔王に一人で立ち向かう娘など他に居るか?」

「…………」

 返す言葉もない。

「それから、カウの事だが――」

 ゼッターが言いかけると、ロンダーの表情が曇るのが分かった。

「諦めろ、とは言えんな。ワシの孫でもあるのだから。」

 しばらく、無言の時が流れた。

「そうだ、何か用があったのではないか?」

 気を遣ったのか、ゼッターは話題を変えた。

「ええ、まあ。実は」と言って、彼は出入り口の方に顔を向けた。

 そこから女王サディアが入って来た。基、総督サディアと呼ぶべきか。

「失礼します。お見舞いに来ました。」

「父上、お話ししたい事が。」

「何だ?」

 サディアが横に並んだのを確認して、ロンダーは、ある事実を打ち明けた。

「こんな時に申し訳ないのですが。」

 一度、女王を見てから視線をゼッター戻す。

「驚かないで下さい。私はザディア様と交際しております。」

「ほおっ!」

 ゼッターは嬉しそうに顔をほころばせた。

「そうであったか!いやいや、結構結構!」

「そろそろ正式に婚姻を行おうと二人で相談しまして。」

「子供も出来ましたからね。」

 突然、サディアは言い放った。

「えええっ!?」

 ロンダーは、その事を知らなかったらしい。

「フフフッ。」

 彼女は腹部を圧えて恥ずかしそうに笑う。

「昨日の晩、医者に診て貰いました。」

「ほっほっほっ、これはめでたい!孫が居なくなったと思ったら、また孫が出来た!」

 その日、ゼッターは、いつまでもいつまでも笑っていた。



 魔王撃退から二日後の午前中、あたしたち三人は、街道からクラットの町へ入ったところにいた。

「ネネちゃん、一つ訊いていい?」

 どうしても納得の行かない事があった。

「なんでちか?」

「それは、何?」

 いつの間にか、ネネの肩にコアラが乗っていた。コアラの額にはピンク色で丸に“ね”という模様があった。

 コアラは動物の目ではなく、ちゃんと意志を持った目をしていた。鋭い眼差しで、とても不機嫌そうだ。

「コアラちゃんでち。」

「そんなの見れば分かるわ。そうじゃなくて、どうしてコアラがネネちゃんの肩に乗ってるの?」

「コアラちゃんは拾ったでち。」

 ネネはそう答えて町の広場に入った。あたしとタムも彼女に続いた。ネネだけが噴水の方に向かう。その手前まで来ると、彼女の肩からコアラが飛び降りて水面に口を付けた。

「だからさぁ~、答えになってないのよ。」

「どうでもいいだろぉ?たかがコアラじゃないかぁ。」

 タムお得意の、両手を頭の後ろに置くポーズだ。

「――ッ!」

 その時、コアラが目を剥いた。そして、噴水の縁から飛び降りると、四足歩行であたしとタムの方に走って来た。

「うわっ、何かこっち来たぞぉ!」

 タムは急いで、あたしの後ろに隠れる。

 コアラはあたしの正面で立ち止まり、突然、二足歩行で立ち上がった。

「こらクソガキぃっ!偉そうに何ヌカしてんだよ!」

 チンピラ顔&チンピラ声で凄むコアラ。そんなもの生まれて初めて見た。

『やっぱり、しゃべるのかぁぁぁっ!』

 あたしとタムは絶叫した。二人とも何となく状況は把握していた。でも、わざと核心部分に触れないようにしていた。

「聞いて驚けよぉっ!オレ様はなあ、オレ様は――!」

 コアラは自分の背後から物凄い勢いで走って来るネネに気が付いていない。

 ピキィィィン!

 彼女の両目が光っていた。瞬く間に後ろからコアラを引っ捕まえる。

「グハアッ!」

 コアラはネネに拉致されて噴水の方に連れて行かれた。

 噴水の所まで来ると、ネネはあたしとタムに背を向けて何かの作業を始めた。

「うぎゅぅぅぅ~!」

 まずはコアラの首根っこを両手でギュッと握ぎり、ヒョウタンのように変形させる。コアラが死なないのは中身が魔王だから。

「チミはコアラちゃんでち。コアラちゃんには変化(へんげ)の魔法がかかってるでち。ねんねが呪文を唱えれば、いつでもイモムシに変化できるでち。あそこの小鳥は、とってもイモムシが好きそうでち!」

 噴水脇の地面を一羽の小鳥が歩いていた。

「……ッ!?」

 震え上がる魔王――基、コアラちゃん。

「チミの名前はなんでちか?」

「コ、コアラちゃんです。」

「おしゃべり毒コアラちゃんでち。」

「おしゃべり毒コアラちゃんです。」

「たいへん良くできまちた。」

 魔王は思った。

(オレ様が、なんか軍門に下ってる!この千年魔王が、こんなガキの支配下に入ってる!千年の努力がコレか!コアラちゃんなのか!)

 思ったが、口には出さなかった。っていうか、出せなかった。



 クラット城の謁見の間で、セビンは震えていた。玉座に腰掛けて一冊の本を捲っている。

 あたしはその正面で気を付けをして立つ。タムは、やっぱり他所見をして立つ。

 ネネはというと、やはり涙目でタムに縋り付いて震えていた。ここもネネ帝国の支配下にあるはずなのだが。

 そんな彼女の肩には、あのコアラが乗ったままだ。

「何してんだ、オマエ?」

 コアラはネネの反応を不思議がっていた。

「確か、ネネ殿だったな?」

 セビンが彼女に確認を求めた。

「ね、ねんねでち。」

「少し気になる事があってな、其方らが王都に行っている間に“世界の領主名鑑”という物を取り寄せたのだが。」

 彼の額に玉の汗が浮かんだ。

「ネネ・ザ・ドラゴンズヴェースンで間違いないか?」

「ね、ね、ねんねでち。」

 焦りの表情は時間と共にパワーアップした。生まれたての仔馬のように両脚をプルプルと震わせる事も忘れない。視線は領主の腕や肩にある。

「“ドラゴンズヴェースン”か。」

 本のページを差すセビンの指先が、わずかに震えていた。

 一体、どうしたというのだ。

 その本には武力格付けAaa級のドラゴン猟師としてドラゴン盆地の父娘が載っていた。

「カムサラ王国の北東部にはドラゴン盆地があり、そこにはドラゴン猟師の父と娘が住んでいる。カムサラ王国は再三にわたり干渉し、納税を求めるが、猟師一家はこれを無視。独立生計を営む。そもそも兵士がドラゴン盆地を警備するのは不可能であり、実質的に猟師一家の領地となっている。武力格付けはAaa級。特に武力による干渉は絶対に避けるべし。干渉したくば、少なくともドラゴン盆地全域に生息するドラゴンを駆逐する以上の兵力を用意しなければならない。」

 本を読み上げ、プルプルと震えながらネネを見るセビン。逆にネネもネネで領主の筋肉を見てプルプルと震えていた。

「やっぱり普通じゃないと思ったわ。」

 あたしは後ろのネネを振り返った。

 この時、コアラは恐怖に引き攣っていた。

(ドラゴン盆地ぃぃぃっ!)

 心の中で絶叫する。なんだか様子が変だ。

(千年前、オレ様にトドメを刺したのが、たしかドラゴン盆地から呼び寄せられた猟師だった!)

 横目でネネを見る。

(この小娘が……)

 そして、ネネ以上にビクビクと震えた。

(歯向かうの、や~めよっと!)

 魔王、あっさりギブアップ宣言である。

「プルニコ・パックス――」

「はい!」

 セビンに名前を呼ばれ、あたしは正面を向き直った。

「タムル・パックス――」

 弟の方は、いつもの通り無返答だ。

「二人に新たな任務を与える。ネネ殿を護衛し、必ずしやドラゴン盆地の御実家まで御送りするのだ!」

「ははあ。承知致しました!」

 あたしは頭を下げた。そして、ちょっとだけ不安になった。なにせ、あのネネを実家まで送らなければならないのだから。

「えっ、本当!やったぁ~!」

 逆にタムは大興奮だ。

「一緒に着いて行っていいんだってさ!」

 弟はネネをギュッと抱き締め、

「ヤッホーイ!」

 抱え上げてブンブン振り回した。

「う~……」

 回されながらも彼女は涙目で震え続けた。

「オレ様まで回すな!ンアアアアアア~!」

 その肩に縋り付いたまま、コアラは涎や鼻水を飛ばした。

「まったく……」

 あたしの口から、ここ数日で最大級の溜息が漏れた。

 以来、あたしたちはネネと一緒に旅をすることになる。この旅が、あたしたちの人生を変えたといっても過言ではない。



 あたしたち三人は長旅の準備に一日を費やし、翌日の朝にクラットの町を出立した。

 あたしの前で、タムはネネと手をつないで歩いている。

「またでちか。」

 とても不機嫌に言うネネ。

「なんで、いつもお手々をつなぐでちか?」

「それは、ネネが可愛いからに決まってるだろぉ。あっ、オレ言っちゃった!」

 タムは顔を背けて頬を赤く染めた。それ対するネネの反応は――

「つまり、タムちんは春先のドラゴンたちみたいに発情してるんでちね?」

『ぎゃあああ~?』

 弟は両頬を圧えて横向きに卒倒した。

「パパちゃまが、子作りは大きくなってからじゃないとダメだって言ってたでち。」

 そうやって「プンプン!」と頬っぺたを膨らませて、ネネは先に歩いて行ってしまう。

「なに言ってんだ、こいつら?」

 肩に乗るコアラが、つまらなそうな顔で言った。タムは地面に横たわり、ピクピクと痙攣している。

 その脇を通る時、あたしは「馬鹿」という言葉をプレゼントしてあげた。

「ねんねは魔物退治と社会勉強の為に――!」

「はいはい、分かった分かった!」

 とにかく、あたしたち三人と一匹の旅が始まった。



   ――マジカルねんね――おわりでち。

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マジカルねんね!(ドラゴン猟師の日常シリーズ) よこたま @yokotama

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