マジカルねんね!(16)
『ヘッヘッヘッヘッヘッ、魔法の杖を失った魔法少女に何ができる!』
「…………ッ!」
魔王を睨むだけ。
『クックックックッ!いいぞ、その表情!これで貴様を殺せば魔法が解ける!』
魔王の腹は下痢の魔法でグルグル~と鳴り続けている。
「こうなったら……」
覚悟を決めたのか、ネネは丸腰で身構えた。
『おおっ、やるのか!?さあっ、かかって来い、相手になってやる!』
右手で『カモ~ン』のポーズ。完全にネネをからかっている。
そこでネネが取った行動とは――
「逃げるでち!」
反転して逃走。
『あ……まあ、そうだろうな、普通は』と言って、魔王は頭をポリポリと掻いた。
『――死ね。』
軽く右手の人差し指を前に突き出す。と、そこからビーム状の魔法が発射された。
ネネの背後から熱源が迫った。
「をうっっっ! 」
しかし、直撃の寸前で運良く(?)前にスッ転ぶ。転んだ勢いで帽子が脱げ落ち、彼女の金髪が露になった。
その真上をビームが通り過ぎて、前方で大爆発が起きた。
「んーっ!」
それでも起き上がり、ネネは逃げようとした。その背後に猛スピードで魔王が迫り、巨大な右手が伸びて来た。
『おっと、逃がさないぞ!』
ギュッ!
遂にネネは魔王の手中に収まった。
握られたまま、彼女は魔王の目の高さまで引き上げられた。
「いやでち、苦しいでち、離すでち!」
『ヘッヘッヘッヘッヘッヘッ、これは愉快!泣けっ、喚けっ、叫べっ、そして助けを呼ぶのだ!』
「許してでち、ねんねは人畜無害の、ただのお子ちゃまでち!」
『その通り!弱っちいくせに自分が強いと勘違いして粋がってるガキを痛ぶるのが楽しいんじゃないか!ヘッヘッヘッヘッヘッ、オマエをブッ潰したら魔物共を掻き集めて世界征服の開始だ!』
主人の歓喜に合わせるように、魔王の肩に乗る黒キツネも『キッキッキッキッ!』と牙を見せて嗤った。
「パパちゃま助けてでちぃぃぃっ!」
人類最後の希望、魔法少女ネネは魔王の手の中で泣き叫んだ。しかし、辺りには眠りの魔法を受けた仲間たちが横たわる。誰も助けには来ない。魔法は彼女が自ら掛けたのだから。
その事を思い出し、彼女は後悔する。言い知れぬ恐怖と共に、すぐそこに現実の死が忍び寄る。心を絶望が支配する。
――というのは真っ赤な嘘である。
「な~んてねでち。」
その時、絶体絶命と思われたネネが真っ白な歯を見せて嗤った。彼女の顔は魔王をも凌ぐ悪魔の微笑みを湛えていた。
『――ッ!?』
魔王には、その意味が分からなかった。
「良くぞ、ねんねを直接手で触ってくれたでち。さっきは距離が遠すぎて魔法が効かなかったでち。他にも色々とハンデがあったでち。」
そして、ネネによるゼロ距離爆睡魔法が炸裂した。
『マジカル寝ん寝――!』
彼女の両目が光り、魔王の握り拳から抜き放たれ右手に魔力が凝縮される。
『何ぃっ!?』
魔王は混乱の極致である。この魔法少女からは魔法の発生源である杖を取り上げたはずだ。なのに――
『寝ん寝子ねん!』
迸る魔力。弾ける閃光。魔法の光が魔王の体の隅々まで染み渡った。この時点で肩に乗る黒キツネが気絶した。
『貴様は魔法の杖を失った筈ぅぅぅっ!!!』
手の中の魔法少女に問う魔王。
「魔法の杖は疑似餌でち。魔法使いが大事そうに抱えてれば、だれでも杖が弱点だと誤解するでち。」
まさか魔王をペテンに掛けたというのか。
「ママちゃまの杖は、弱い子ちゃんが魔力を蓄えて撃つための道具だったんでちね。それをねんねみたいな強い子ちゃんが使うと、魔力を吸われて間延びした弱い子ちゃんの魔法しか撃てなくなるでち。
杖を捨てれば、逆に瞬発力全開でち。オマケに直接手で触ればクリティカルヒット間違いなしでち。
チミは墓穴を掘ったでち。」
眠りの魔法を注ぎ込みながら、ネネは得意気に語った。つまり、彼女は素手で魔法が使えるのだ。そもそも『魔法パンチ!』の時は杖を使わずに文字通りパンチを喰らわせていたではないか。
『謀ったなぁぁぁぁぁぁっっっ!!!』
断末魔の叫びと共に、魔王は白目を剥いてドズンと倒れた。ネネは魔王の手から零れ落ちて地面に転がった。
しばらくして、彼女は服の泥を払って立ち上がった。「ふふっ」と鼻で笑い、魔法の杖を拾い上げる。
全ては作戦通りだった。
「帽子はどこでちか?」
辺りを見回していると、遠くの方で人々が熟睡しているのが見えた。
「…………」
じぃぃぃぃぃぃっと彼らを観察するネネ。
午後四時十二分――
「かわいいお子ちゃまには旅をさせろでち。長旅にはたくさん銭が必要でち。」
王都の郊外で、ネネ・ザ・ドラゴンズヴェースンによる昏睡強盗が開始された。
彼女はまず、兵士たちの持ち物を物色した。自分の帽子を逆さまにして、そこに小銭を放り込む。
「ねんねの大いなる旅のパトロンになれるチミたちは幸せ者でち。」
そう言いながら、 目の吊り上がった小悪魔 は人々の懐を漁った。だが、これは決して犯罪ではない。なぜなら、このパラミレニア王国は彼女の領地なのだから。
領主が己の領地にある財産をどうしようが勝手だ。ここでは彼女の言動が法律なのだ。
「んっ?」
顔を上げると、眠り続ける女王に目が止まった。近づいて鎧の隙間から懐に手を差し入れ、中から革製の財布を抜き取る。
「なんでちか、これは?女王ちゃまのクセに貧乏でちね。」
そこに入っていた十数枚の小銭(銀貨や銅貨)を帽子に放り込んで、ネネは不満気に言う。金貨は三十枚ほど残っているのだが。
その昔、パパちゃまの財布から金貨を盗み、お仕置きを喰らって以来、『金貨はダメだけど、小銭ならOK』という原理が働いている事など誰も知らない。
作業が終わると、彼女はリュックを開けて帽子の中の小銭をジャリジャリと注いだ。
仕事(?)の成果に満足したのか、今度は遠くで爆睡中の魔王に目を移す。
「…………」
しばらくの間、ネネは魔王の方を見ていた。
午後四時半、魔軍と近衛隊が目を覚ました。
「ン…あ……」
魔将軍は眠気眼を擦り、大欠伸をする。
「アッッッ!?」
しかし、戦闘中であった事を思い出し、彼は慌てて辺りを見回した。
「魔王ミレニアム様!?」
我が主人は、どこにも居ない。
折り重なるようにして倒れる魔物と人間の中に、唯一人ネネだけが立っていた。
「まさか、斃したのか!?」
彼女は答えず、ただ勝ち誇った嗤い顔を魔将軍に返した。腰に手を置いて仁王立ちのポーズだ。右手に杖、左手に帽子を持っている。
「う~……」
そんな中、あたしも目を覚ます。
「何だぁ?急に眠くなって……」
タムも目を覚ます。
「魔王は?」
少し遅れて女王サディアも目を覚ます。魔王を探すが、やはりどこにも見当たらない。彼女は空を見上げ、「あ、晴れてる」と小さく呟いた。
再び視線を下げて、今度はロンダーを探す。
と、彼も同じように空を見上げていた。それをやめて女王の方を見る。
二人の目が合った。ロンダーは一度だけ深く頷いた。女王も答えるように頷いた。
ここで目を覚ました全員の視線が魔将軍に集中した。
『ギクッッッ!』
魔将軍やザコ魔物たちは、その視線に怯えて体を震わせた。
「カウちんは、ねんねの“しもべ”になるでちか?それとも――」
「ヒィィィッ!」
尻餅を搗いた姿勢で後退する魔将軍。
「皆の者っ、撤退だ!撤退しろ!」
彼はドタバタと立ち上がり、近衛隊とは反対方向に走り出した。魔物たちも大慌てで魔将軍の後を追った。
近衛隊は追撃しようとする。しかし、
「もう宜しいではありませんか」
女王が横に手を伸ばして彼らを制した。
この時、ネネは帽子の泥を手で払っている最中だった。当然、金髪が見えている。
「うあっっっ!」
それを見つけたタムが反応する。
「風呂場で会ったムチムチの女の子!」
弟は駆け寄って、迷わず正面からネネに抱き着いた。
「ネネかぁ!ネネなのかぁ!」
「あああっ、またでちか!?離れるでち!」
「嘘だぁ!ネネがこんなにプヨプヨのハズはない!ネネはスレンダーな貧弱モヤシっ子だ!モヤシっ子のハズだ!」
強く抱き締め、胸に顔を埋めて左右に揺さぶる色惚け小僧。
「ねんねの家は男も女も代々いい体でち!」
何だか訳の分からない宣言だが。
彼女はタムの顎の辺りに杖をネジ込んで押すが、弟は意地でも腕を離さなかった。
「何やってんだか……」
そんな二人を見て、あたしはいつものように呆れ返った。
「あっ、小銭が無いぞ!」
ここで兵士たちが昏睡強盗に気が付いて騒ぎ始めた。
『ぎくぅぅぅっ!』
もちろん、怪しい反応をしたのはネネだ。小銭の紛失は近衛隊の方々で起きていた。
「あら、私も。」
女王も自分の財布を覗いていた。
「さっ、さっき逃げた魔物たちが盗んだでちね!」
ネネお得意の誣告である。
「…………」
あたしは疑いの眼差しをネネに向けた。その正面にはタムが張り付いて、いつものようにヘラヘラしていた。
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