マジカルねんね!(15)
王都の郊外で魔軍VS近衛隊の大戦闘が始まった。両者が正面からぶつかり合い、方々で魔法の光が飛び交った。
『ヘッヘッヘッヘッ、滅びてしまえ!貴様らを倒したら、次は世界征服だ!』
「我が軍が押しています!この戦、勝てます!」
魔王と魔将軍の歓喜の叫び。それを聴いてロンダーは戦場の真ん中で立ち尽くした。
「退いてはなりません!押すのです!」
薙刀で魔物を斬り付ける女王。
「そりゃっ!」
あたしも負けじと魔物を両断する。
「ネネっ、魔法で援護してくれ!」
タムはネネに飛びかかった魔物を突き刺した。彼女の盾に徹するつもりだ。
「もう収拾がつかなくなっちゃったでちね。」
そのネネが、ゆっくりと杖を掲げた。
やがて先端の宝玉から光が漏れ出した。
『むっ!』
「まさかネネ君が!」
魔王と魔将軍は逸速く異変に気付いた。
ネネの全身を強烈な光の靄が包み込み、それが杖に凝縮される。
『マジカル寝ん寝――!』
彼女が杖をバトントワリングの要領でクルクル回すと、宝玉から溢れた濃厚な光が螺旋の尾を引いた。
ロンダーは突っ立ったまま光源に目を移す。
女王や重臣、兵士たちは光の中で魔物たちとの交戦を続ける。
あたしとタムは背後から光に照らされる。
『寝ん寝子ねん!』
この瞬間、パラ‐ミレニア王国に“三度目”の超強力“爆睡魔法”が炸裂した。
ネネが杖を振り下ろすと、全方位へ向けて閃光が解き放たれ、そこにいる全ての者が光に包まれた。
辺りがシ~ンと静まり返る。唯一人、魔王だけがそこに立っていた。
『あ、あれ……?』
呆気に取られて辺りを見回す魔王。魔軍も近衛隊も、みんながその場に倒れて熟睡しているのだ。
「さすが魔王ちんでち。ねんねのお眠の魔法が効かなかったでちね。お眠の魔法は効き目が弱いでちから、ねんねも昔は苦労したでち。」
ネネの足元では、あたしとタムが仰向けで寝ている。女王も、足を折り畳んで熟睡する白馬の上で俯せに寝ている。重臣や兵士たちも、魔物と入り乱れて寝ている。ロンダーも大の字で寝ている。
『アアアアアアッ!?』
魔王は自分の足元に転がる魔将軍に目を止めた。彼も大の字だった。しかも同じような大イビキを掻いている。ロンダーの血を引いているというのは嘘ではないようだ。
『貴様がやったのか!?』
「邪魔だから、寝ん寝してもらったでち。」
(これだけの人数をいっぺんに!)
驚きを露にする魔王。
「もう一回だけ訊くでち。ねんねの“しもべ”になるでちか?」
『抜かせぇっ!』
魔王は怒りに任せて魔力を沸き立たせた。
「待つでち!」
と、ここでネネが左手を前に突き出して魔王を制した。
『怖じけづいたか!?』
「ここでケンカしたら、いろいろと巻き込まれるでちよ。魔王ちんも部下が減ったら困らないでちか?」
『うッ……確かに。』
「ねんねも部下が減ったら困るでち。」
ここにいる人間は、みんな彼女の部下らしい。
「あっちに行くでち。」
ネネは親指を立てて横を差した。魔軍と近衛隊の境界線を延長した方向だ。
『うむ、分かった。』
ネネと魔王は互いに牽制しながら横に並んで歩き始めた。その内、だんだんスピードが早くなり、土煙を巻き上げ始める。もちろん、ネネの両脚は車輪のように高速回転して見える。
やがて両者は魔軍と近衛隊の間を抜けた。
キキキキキッッッ!
一斉に急ブレーキを掛けて止まる。
『マジカル寝ん寝、寝ん寝子ねん!』
先手必勝だ。ネネは体の横で杖を回し、爆睡魔法を発射した。光弾が飛んでいく。
『ぬぅおおおっ!』
魔王は両手を翳して、それを受け止めた。
『クッ、ソ!』
瞼が半分下りながらも、歯を食い縛って眠気を撥ね除ける。
「効かないでちか。」
『他の魔物と一緒にするな!』
今度は魔王の攻撃だ。ボールを投げるポーズから巨大な光弾が投擲された。
ネネは横目で光を見ながら助走をして右に大きくジャンプする。光弾はその真横を通り過ぎて後方で大爆発を起こした。
『マジカルしぃ~しぃ――』
爆発の光に照らされながらも、彼女は空中で呪文を唱えた。
『オシッコしぃ~っ!』
杖を下から振り上げる。振った勢いで体がクルリと回って光弾が飛んだ。彼女は四つん這いで着地し、光弾の行方を目で追った。
魔王は攻撃を避けようと横に跳んだ。
『グハッ!』
しかし、動きが鈍いのでネネの魔法が腰に直撃する。
『グオオオオオオッッッ、小便が、おのれ、セコい魔法を!』
着地したところで、魔王は両手で自分の股間を圧えた。
「うーむ、たしかにセコい魔法だと勝てないでちね。」
言いながらネネは杖を振り上げる。
『またか!』
対する魔王は股間に片手を置いて身構えた。無様である。
『ドラゴン来い来い――!』
振り上げた杖をクルクル回すると、いつぞやのように上空に巨大な魔法陣を現れた。
『こっちゃ来い!』
『ドラゴンだと!?』
上空を見上げる魔王。
『――召喚――!』
魔法陣の底面からドラゴンの四肢が湧き出した。完全に体が抜け出すと、巨体が自由落下を始めた。ドラゴンは首の長い陸上タイプで、皮膚の色は白色に少し血管の色が浮き出てピンク色になっている。
『カアアアアアアッ!』
ドラゴンは魔王を目標として捉え、下向きに吼えた。
「魔王ちんを食うでち!ひさしぶりのご馳走でち!」
『ぬアアアッッッ!』
魔王は対抗しようと手を翳すが、
グシャン!
さすがに落下のエネルギーには勝てなかったようだ。魔王はドラゴンの下敷きになった。
ドラゴンが上、魔王が下になる形で攻防が始まった。
『カアアアッ!』
早速、魔王の肩に噛み付いて火を吐くドラゴン。これは魔物の血が混じったマジックドラゴンなのだ。口の部分を中心に炎を帯びた爆風が拡がった。
『グアッ、クソォッ!』
堪らずに魔王はドラゴンを撥ね除けた。ドラゴンは横に倒されるが、それでも一回転して起き上がった。
『カアアアッ!』
今度は離れた場所からの火炎放射だ。
『喰らえ!』
魔王も衝撃魔法で対抗し、突風で火を押し戻した。
『カアアアッ!』
ドラゴンは自分の火と衝撃を喰らって後ろに飛ばされる。このままでは形勢が不利だ。
しかし、ご心配なく――
『マジカルつんつん、オナカがつ~ん!』
魔王の背後から腹痛の魔法が発射された。それが魔王の背中に突き刺さる。
『ガッッッ!』
魔王は一度エビ反りになり、
『だぁぁぁっ!』
次の瞬間には両手で腹を圧えた。
『貴様ぁっ!』
振り返って右手を突き出すが、すでにネネはいない。
『何処だ!?』
辺りを見回すと、
『マジカルずきずき、頭がずき~ん!』
自分の足元に、ネネが光る杖を持って構えていた。
『ヒイイイッ!』
初めて魔王が見せる恐怖の表情。大きく退け反ったところを光弾が通り過ぎ、上空に消えた。
『マジカルかっか――!』
またまたネネの魔法だ。
『うわアアアッ!』
魔王は後ろに転げるようにして逃げた。
『お熱がか~っ!』
杖の宝玉から複数の光弾がばら撒かれた。その何発かが再び魔王の背中に命中した。
『グッッッ!』
魔王は頭から湯気を立ち昇らせ、あまりの苦痛に顔をしかめた。
(この魔王ミレニアムが、小娘一人に逃げ出すとは……!)
もう逃げる事しか考えていなかった。
その足元に、倒れたドラゴンが迫っていた。
『カアッ!』
ドラゴンは魔王に向かって尻尾を伸ばした。
『どぅわっ!?』
魔王はドラゴン尻尾に片足を搦め捕られ、豪快にスッ転んだ。ここぞとばかりにドラゴンは起き上がって魔王の背中に伸し掛かり、下向きに火を吐く。
『あぢぢぢぢぢぢ!』
翻筋斗打って抵抗する魔王。しかし、ドラゴンの固定は解かれない。
「そのまま押さえつけてるでち!」
このチャンスを逃すまいと、ネネは杖を振り上げた。
『何ぃっ!?』
恐怖の眼差しを向ける魔王。
『マジカルかちかち、体がかち~ん!』
金縛りの魔法に違いない。
『負けるものか!』
魔王はネネが飛ばした光弾を両眼に捉えると、クルリと仰向けになってドラゴンに掴み掛かった。
『カアッ!』
下から引っ張られて、光弾が飛んで来る方向にバランスを崩すドラゴン。そして、ネネの魔法はドラゴンに突き刺さった。
『カアアアアアアッッッ!』
悲鳴と共にドラゴンが硬直した。
「しまったでち!」
『馬鹿め!』
行動不能に陥ったドラゴンを下から蹴飛ばし、魔王は起き上がる。
『消えて無くなれ!』
横倒しになったドラゴンへ向けて、魔王は右手を突き出した。光が迸り、巨大な光弾が解き放たれた。
「ピーチちゃん!」
ネネがドラゴンの名前を叫んだ。が、もう手遅れだった。
カッドォォォォォォォォォンッッッ!
光弾の直撃を受けたドラゴンは悲鳴も上げずに吹き飛んだ。後には黒焦げになった亡骸だけが残された。
『ヘッヘッヘッヘッヘッ、ドラゴンが何だというのだ!口ほどにも無い!』
「あああっ、肉が!最高級ドラゴン肉が台なしでち!金貨二千枚の損害でち!」
なんだか論点がズレているような気が。
『今度こそ死ね!』
魔王によって光弾が乱射された。小さなものが、ネネに向かって無数に飛んで来た。
「ほっ!はっ!ふんっ!」
ところが、彼女は体をクネらせ、腰をフリフリ、踊るように攻撃を躱した。
(全部避けられてるし!)
内心、魔王は取り乱した。撃っても撃っても攻撃が当たらないのだ。ネネは魔法だけでなく、超人的な体術をも使いこなしていた。
「こんなのパパちゃまのシゴキに比べれば屁でちよ、屁。プププのプーでち!」
魔王の光弾は彼女の後方で小爆発を繰り返すばかりだ。
『マジカルぴ~ぴ~、下痢下痢ぴ~っ!』
しかも避けるついでに体を回転させながら杖を振う。
今度はスポポポポーン!とネネの光弾が乱射された。
『来たぁぁぁっ!』
その全てが魔王の体に突き刺さった。
グルグルグルグル~!
途端に腹の調子がオカシくなる。下痢ピー寸前のようだ。
『グオオオッ!』
前だけでなく、魔王は尻の方も手で圧えた。
魔王の光弾が止んだので、ネネは踊りをやめて向き直った。そして、もう一発――
『マジカルげろげろ――!』
『まだあるのかぁっ!』
魔王は涙目だった。
『口からげろ~っ!』
その土手っ腹の辺りに光弾を叩き込む。
『オエエエエッ、うっぷ……!』
魔王は口を圧え、吐く寸前で胃の内容物を飲み込んだ。
(マズい!こいつの魔法、我慢しているだけで、どんどん魔力を殺がれる!このままでは負けるぞ!)
その全身から脂汗が噴き出した。
「早く楽になればいいでち。上から下から前から後ろからガマン汁を全部出せば楽になるでち。でも、そのあいだにねんねがトドメを刺すでち。」
牽制とも取れるネネの発言。腕組みをして、杖の宝玉で自分の肩をポンポン叩くポーズだ。
(あの杖か!あの魔法の杖を何とかしなければ!)
魔王は初めて、ネネが持つ杖の危険性を認識した。すぐさま彼女の武器を封じる作戦を遂行する。
『ホゲェェェポォッ!』
突然、圧えていた口から数十体の小型魔物が吐き出された。例の黒キツネである。
『者共っ、あの杖を奪うのだ!』
片手を尻に置いたまま、魔王はネネの持つ杖を指差した。
「えっ!?」
慌てた様子で右往左往のネネ。右左から複数の黒キツネが迫った。
『キィィィッ!』
甲高い鳴き声を上げて魔物がネネに襲いかかった。対するネネは、
「あっち行くでち!」
杖で直接殴ったり、
『マジカルじんじん、手足がじ~ん!』
周囲三百六十度を魔法で薙ぎ払ったりして、何とか黒キツネを全滅させた。そのはずだった――
『ふっ!』
なぜか魔王が嗤った。
『キィィィッ!』
その時、薮に潜んでいた一匹の黒キツネが、背後からネネの右腕に飛びかかった。杖に噛み付いて、それを奪い去る。
「あああっ、ママちゃまの杖が!」
追いかけるが、相手は物凄い素早さで魔王の肩に駆け登った。
『いい仕事だったぞ!』
魔王は黒キツネから杖を受け取り、左手の指に摘まんだ。
『これで貴様は魔法が使えない訳だ!』
「ま、ま、ま、まずいことになったでち!」
ネネは恐怖の眼差しで魔王を見上げた。
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