なにかありそうで何もない日常

最中杏湖

第1話

  場所:3丁目の公園

女の人「きゃあ!出たわ!見るからに変質者よ!」

男の人「変質じゃないんです!非モテ団の田村山と申します!そのキレイな、う    なじの写真を撮らせてください!お願いです!この通り、ね!」

 説明しよう。最近、モテない男の人が集った組織・非モテ団が出来たっぽいんだ。彼らは、あまりのモテなさに常軌を逸し、怪しいメカやロボットや機械まで用いて、道行く女の人に好奇心を向けている場合もあるらしい。そんな許されない感じの事件が、まさに3丁目の公園で発生していそうなのだ!


  場所:公園近くの交番

警官A「あれは……あぁ!女の人が変なやつに頭を下げられているのだ!」

警官B「……ん?見間違えじゃないのか?お前、この間も警棒と間違えてチュー    ペットをわたしてきただろう!あれのせいで、俺は死ぬほどの大恥をか    いた!」

 所長「いや、それはない。なぜなら、そいつは目の視力が良く、かつメガネま    でかけている」

警官B「なに!?大事件だ!ただちに出動ポリスメン!」

 所長と警官Bが二足歩行起動兵器パトカーに搭乗、警官Aはジョギングで現場に急行し、そこへ通りかかった非モテ団の巨大ロボットと戦闘。

 手ごわい相手であったが、警官Aがヒザにスリ傷を作っただけの損傷で、なんとか撃退する事に成功。被害者の女の人は自力で、うなじの写真撮影をお断りした!


  場所:春間家のリビング

テレビ『昨夜、三丁目の公園にて、通りすがりの女性に男が突然カメラを向け、    下着などを撮影しようとする事件が発生しました!付近の警察が駆けつ    け犯人は逃走!警察側は戦車を2台も爆破されたとの事です!盗撮男、    許すまじ!』

テレビ『なんて恐ろしい!男は漏れなくオオカミ!子ヒツジのような私!襲われ    ちゃう!』

 ロボ「おじょーさま、解りましたか?外は危険で、あふれているんです。一言    で表すならば、針の山、もしくはトゲの山です」

 趣味でゴスロリの服を着た人間みたいなアンドロイドが、テレビのニュースを見ながら横にいる女の子へ注意している。それを聞き、幼そうな少女が不思議そうに。

 少女「でも、1号さん。高等学校という所には、みんな行ってるんでしょ?」

 1号「なぜ、その機密事項を……」

 少女「この間、ドラマで見ました!」

 1号「あれはファンタジーです。クライマックス、主人公が回りながら空を飛    んでました」

 少女「でも今、機密事項って……」

 1号「そんな事は言ってません。ロボットはウソつかないんです。次は科学の    授業をしますので、私の目から出るレーザーを鏡で反射させてくださ     い」

 ごまかすようにして、1号は理科の実験を始めてしまう!少女は疑問を残しながらも、1号の目から出る青色のレーザーを鏡で反射させられていた!それが、2時間つづく!

 1号「これで、今日の授業は終了です。鏡をしまってください」

 少女「ありがとうございました!まさか、このような理由で海の水が青く見え    ていたなんて夢にも思いませんでした!」

 1号「海底遺跡から発せられている青いレーザー光線の件はテストに出すの     で、おぼえておいてください。それでは、私は夕食の買いだしに行って    きます。おじょーさま、何が食べたいですか?」

 少女「ホットケーキ!」

 1号「ホットケーキは、ごはんのおかずになりません。お好み焼きにしましょ    う。あ、そうそう。今日はジジイも早く帰るらしいので、お留守番をお    願いします」

 少女「おじいちゃん、早く帰ってくるんですか?よかった」

 献立の希望をにわかに避けつつ、1号は豪邸の玄関から外へ出かけていきました。少女は家で独り、毛糸玉をほどいたり、お風呂に入ってみたり、昔ながらのピコピコをしたりしていました。しかし、いつまで経っても1号は帰ってきません。

 それどころか、祖父すらも一向に帰宅する気配がありません。あまりにも帰って来なさすぎなので、少女は心配のあまり毛糸玉をほどく事もできず、2回目の入浴に行ったりなんかしていますが、とうとう誰も家に戻らず夜の8時を過ぎてしまいました。

 少女(あ……時計の電池がない……)

 夜の8時ではなく……夜の10時を過ぎてしまいました。電池は取りかえといてください。


  場所:春間家の浴場

 少女(どうしたんだろう……まさか、悪い人たちに。でも、おじいちゃんの、    うなじ写真を欲しい人もいるのかな……)

 お湯につかりながら、少女は祖父撮影会を想像をしている。しかし、ここ数カ月というもの少女は外出を禁止されていて、言葉の通りの箱入り娘。外はイガグリさながら危険がいっぱい。探しに出るなど無謀な行為!

 少女(そうだ!もしもの時に開けるようにと、秘密の箱とカギがある!)

 中学校卒業の時、祖父にもらったカギの事を少女は思い出した。こうしてはいられないと、少女は二階にある自分の部屋へと急いだ。

 少女(いそげ~!)

 足が短いので急いでも遅いが、本人は急いでいるのだ。バカにしてもらっては困る!


  場所:春間家の少女の部屋

 探し物を始めると、意外にありそうでない今日この頃。机の中や机の裏、ゴミ箱の中など、ありそうな場所を一通り探した後、ベッドの下に置いてある宝物入れの缶を開けてみる。すると、そこには金色のビーズが大量に入っていた。

 友人『キンのものはゴミでも高級品よ!』

 と……友人の価値観を押し付けられ、中学時代から集めだしたキンの物たち。その中にある金庫のフィギュアをどけると、ありました。これはカギです。

 少女「あったあった」

 カギ「そのようですね……」

 少女(!?)

 カギが声を出したせいで、少女は一瞬だけ身を固めたが、すかさず再確認。

 少女「しゃべれるんですか?」

 カギ「そのようですね……」

 少女「……今まで一人にして、ごめんなさい」

 カギ「そのようですね……」

 少女「この返答は怒ってる様子……あの、ちなみに、お名前は?」

 カギ「そのようですね……」

 少女「……そのようですね……さん」

 少女はカギをやたらにナデナデしながら、箱が保管してある一階のキッチンへ。ぬか漬けやタクアンさんが熟成されている床下をのぞくと、大きさサッカーボールくらいの物が新聞紙に包まれてある。少女が新聞紙を取ると、大きさバレーボールくらいの箱が出てきた。

 少女(ちゃんと開くかしら……?)

 ハコ「俺は、こう思うのだが……どうだ?」

 カギ「そのようですね……」

 少女「!?」

 箱から声が出ると、それに応じてカギも返す。

 少女「か……会話ができるんですか?」

 ハコ「俺は、こう思うのだが……どうだ?」

 カギ「そのようですね……」

 少女「……もっと話を聞かせてください!」

 ハコ「俺は、こう思うのだが……どうだ?」

 カギ「そのようですね……」

 少女「……何か隠し事してる」

 ??「だまされないで!そいつはニセモノ!」

 ハコが自動的に開くと、また中から別のカギが現れ、少女の持っているカギはニセモノだと告発。続いて、タクアンさんの入っているオケが、まくしたてる!

 オケ「庭の倉庫だ!急げ!」

 少女「え?あっ……はい」

 新たに現れたカギを取り出し、少女は庭にある蔵へと急ぐ。

 ツボ「まだ間に合うぞ!」

 ドア「俺に構わず行け!」

 電飾「がんばれ!がんばれ!」

 うるさいです。


  場所:春間家の庭

 庭に出ると、これ見よがしにカギから光の線が出て、蔵の発する光と結びついた!ところが、蔵に近づくと再び、手に持っていたカギが。

 カギ「だまされないで!そいつはニセモノ!」

 倉庫「信じてくれ!俺は倉庫だ!」

 カギ「だまされないで!そいつはニセモノ!」

 少女「え?う……う~ん」

 カギ「だまされな……」

 倉庫「信じてくれ!俺は……」

 少女「……」

 倉庫「倉庫だ!」

 少女「う……うん!」

 倉庫の言葉を信用し、少女は輝くカギを倉庫の扉へと押しこんだ。すると、倉庫の扉が内側に動き、小奇麗な研究施設が登場した!

 少女「……倉庫じゃない」


  場所:春間家の倉庫……いや、研究所

 複雑に絡み合うケーブルの合間合間から、スイッチまみれの謎装置が、のぞいている。その部屋の中央には巨大なカプセル状のものがあり、ぼんやりと何かが中で光っていた。

 少女(中に何かあるのかしら……)

 顔を近づけて、少女がカプセルの中をうかがう。すると、後ろから祖父の声が響いた。

 祖父「孫よ!それに触れてはいかん!」

 少女「……?」

 振り返ろうとした動きの中で、思わず少女がカプセルに触れた。光の粒が辺りに舞い、カプセルがネジまき回転をしながら引き上げられた。少女と祖父が目を細めていると、浮いたカプセルの中央に青年の姿が現れた!

 ゆっくりと青年は起立し、体にガタがないか確かめつつ立ち上がる。青年の姿は祖父の背丈より遥かに大きいが、金色の髪や白い服が清潔感を帯びており、少女は不安そうでも恐れはない様子。とにかく、疑問を少女は青年に投げかける。

 少女「……あの、どちらさまで?」

 青年「……ご覧の通り、お嬢様のフクラハギでございます!」

 少女「……ふくらはぎでしたか!」

 カギ「だまされないで!そいつはニセモノ!」

 少女「……知ってます~」


  場所:春間家の食卓

 謎の青年が部屋の隅でニコニコしており、リビングの食卓周りには不思議そうな表情をした少女と、困った顔の祖父、ついさっき帰宅した1号がいる。何から話すべきか、ジジイと孫が考え込んでいる内、フクラハギと名のった青年が口を開く。

 青年「本日は、お日柄もよく……」

 祖父「ロボットが真っ先に空気を読むでない……」

 少女「あちらも、1号さんと同じロボットさんなんですか?」

 1号「一緒にしてもらっては困ります、私はロボットじゃなくて、アンドロイ    ドなんです。メカメカしさが違うんです」

 青年「いえ、私は、お嬢様のフクラハギでございます」

 祖父「ちょ……ちょっと静かにしてくれんか?」

 ロボ連中のせいで謎が深まり、少女は訳の解らなさを目で祖父に訴えている!祖父の方も、黙っていては誤解が生じると判断し、話を頭の中で整理しながら孫へと伝えた。

 祖父「お前が中学校に入学した頃から、一つワシの中で不安があったのだ。それは……そう。治安の悪さと、それじゃ」

 少女「ど……どれ?」

 こちらを指さされましても、少女は不安の種が解っていない。そこで祖父は1号にチラッと助けを求めるが、あちらは既に席から離れて、テレビでピコピコをたしなんでいた!

 祖父「……お前は自覚がないかもしれんが、同年代に比べて非常に体が小さ     い。危ないやつらに目をつけられないか心配なのじゃ。それと、妙に胸    だけ、ふっくらしとって不安じゃ」

 少女「……じゃあ、他の女の子は1号さんくらいの胸なの?」

 祖父「いや、あれは平均以下じゃ。鉄板が入っとって、防御力が高い」

 1号「一昔前の女性型ロボットが胸の大きなものばかりだったのは、あそこに    燃料のタンクが入っていたからなんです。私はハイテクなんです」

 少女「へぇ~」

 祖父「それを作った、ワシもほめてくれ」

 少女「おじいちゃん、すごい」

 祖父「じゃろ?」

 そんな事より、もっと話すべき事があるとは思うのですが。

 祖父「ちまたでは変なやつらが猛威をふるっておるようじゃし、もし悪い男に    目をつけられたらと思うと心配で、高校へも行かせられんかった……そ    んな、わしじゃ。そこで、お前を守る為、秘密兵器のボデーィガードロ    ボットを作ったのじゃが」

 青年「私はロボットではございません。お嬢様を守る鋼鉄のフクラハギでござ    います」

 祖父「バグっちまって、これじゃよ。意味が解らんから、ちゃんと完成するま    で見せたくなかったのじゃが……お前が起動させてしまった。起動させ    てしまったのじゃ」

 少女「……ところで、おじいちゃんと1号さんは、どうして帰りが遅くなった    んですか?」

 祖父「珍しく友達から、マージャンに誘われて、うれしくなってしまった。う    れしくなってしまったのじゃ」

 1号「いいキャベツを探してました。それでは夕食の、お好み焼きを作りま     しょう」

 1号が食卓にホットプレートを運び、お好み焼きの元を流し込む。あとは焼けるまで待って、ひっくり返すのだが、どうにもパリパリにならない。

 祖父「……一向に固まらんが」

 少女「いつになったら、食べていいんですか?」

 1号「もんじゃって書いてあるので、もじゃもじゃしたら食べれるんじゃない    ですか?」

 少女「……もじゃもじゃ?」


  場所:春間家リビング

 いつまでたっても、もじゃもじゃしてこず、半生を覚悟で食べてみたら、これはなかなか。この半生料理は1号によって、もんじゃ焼きと名づけられた!

 1号「もんじゃ焼き、美味しかったですね」

 少女「そういえば、アンドロイドですけど、食べ物は食べれて凄いですよね」

 1号「体内で完全燃焼して、燃料にするんです。なので、燃料タンクが必要な    いんです」

 少女「ハイテク!」

 祖父「わしが作った」

 少女「おじいちゃん、すごい」

 祖父「じゃろ?」

 この家では、おなじみの会話をやりながらも、少女は青年型ボディガードロボットを気にしている。なぜなら、彼は、もんじゃを食べなかったのだ!

 少女「あなたは、何も食べなくても大丈夫なんですか?」

 青年「はい。私は電気で稼働するフクラハギなので、燃料を補給する必要はご    ざいません」

 少女「コンセントで充電するんですか?」

 1号「だから、電気を使うので、エコじゃないんです」

 他のロボが褒められると気に入らないので、難癖をつけていくアンドロイド。

 青年「プラグで充電不可の場合、あたまに周辺機器を接続する事も可能です」

 青年は風車のようなものを頭部に挿しこみ、今は風がない故に指で回している。エコです。

 少女「エコロジーなんですね」

 1号「しかし、風がないとコンセントで充電しないとダメなので、エコじゃな    いです」

 青年「でしたら、避雷針を立て、雷で充電を」

 1号「雷がなかったら……」

 青年「目に水を流しこめば、水力発電が」

 1号「水が無かったら……」

 青年「ソーラー発電で」

 1号「長い時間、充電できなかったら……」

 青年「体を動作させ、ハイブリット発電で」

 1号「……おじょーさま。一緒にピコピコしよー」

 あきらめた。1号からピコピコに誘われるが、少女には良い考えが浮かんだようで、背が高い青年の顔を見上げている。

 少女「1号さん、ちょっと待ってください。あの……ボディガードロボットなんですよね?じゃあ、とても強いんですか?」

 青年「ヒザにロケットが、ヒジにロケットが、口の奥にミサイルが収納されて    おります。対象を護衛する、最強のボディガードフクラハギなのです」

 物騒な単語を並べつつ、青年は自分の強さをアピール。あちらで祖父が頷いている事からも、青年の頼れる程は保証済み。そこで、少女は喜ばしいという仕草で願い出た。

 少女「でしたら、私と一緒に学校へ行ってくれませんか?」

 青年「私で、よろしければ」

 祖父「……よいのか?こんなのが近くにいたら、なかなか友達は出来んかもし    れんぞ?なかなかというか、できんこと確定じゃ」

 『こんなの』とか作った人に言われているが、もう頼れるのは彼しかいない。最後の望みとばかり、少女は祖父にも返答する。

 少女「うん。あの……ふつつかものです。よろしく、お願いします」

 青年「はい。承知いたしました!」

 改めて少女は青年に向き合うと、丁寧に頭を下げてみせる。青年は少女に顔を近づけ、彼女が頭を上げるのを待つ。いざ顔を上げたら、あまりの近さに少女は驚いた。

 少女「……わっ!ビックリ!」

 青年「これより、お嬢様の情報を登録させていただきます。人差し指をご用意    ください」

 少女「はい」

 青年「そちらで、私の左目を押し込んでください」

 少女「……えぇ?痛くないんですか?」

 青年「私を信じてください」

 輝く青年の目が、少女の人差し指を待っている。恐る恐る指をつけて見ると、思ったより質感がリアルだったのか、すっかり指を下ろしてしまった。

 少女「ひいい……」

 青年「さぁ!私の左目を押しこんで、私をあなたのフクラハギに!」

 1号「いじめないでください。精神不安定でピコピコの対戦に影響がでます」

 祖父「お前たち……もうちっと孫に優しくしてやっとくれ」

 少女「ほ……本当に大丈夫なんですよね?」

 青年「はい」

 延々と、ためらった末、少女は勇気を出し、青年の左目を押し込んだ!眼球部分が引っ込み、少女の指先は青年のマブタに包まれる!

 少女「ひゃぁ!ああぁ……」

 青年「指紋……身体データ……睡眠時の姿勢……風邪の履歴……満腹度……ち    から……血液型……好きなドーナッツの種類はオールドファッション抹    茶と小豆パイ……」

 青年は少女の指先をマブタで包みこみ、重要なのか疑わしい情報を取得している。なお、人の目に指を入れるのは、とても危険な行為です!よい子も悪い子も、絶対にマネしないでください!

 青年「残り10秒……8秒……5秒……5秒……7秒……2秒……データの取    得に成功しました。以上で、セッティングは完了です」

 少女「お……終わったんですね。よかった……」

 青年「最後に……お名前をどうぞ」

 少女「……春間千冬です。これから……よろしく、お願いします」

 青年「承知いたしました。私の事は、お嬢様のフクラハギと、お呼びくださ     い」

 千冬「それは私のフクラハギに申し訳ないので……」


  場所:春間家玄関

 千冬が高等学校へ入学すると決まり、それから5日後。サイズがなかったせいで特注となった制服へと身を包み、千冬は高校への初登校に臨もうとしていた。

 1号「今日から学校へ行くんですね。制服の胸元が、すでに苦しそうなのです    が」

 千冬「計って4日しか経ってないので、さすがに太ってないはず……」

 1号「……二号は、おじょーさまをちゃんと守ってください」

 二号「はい。そのつもりです」

 結局、フクラハギと名のる重大なバグは取り除けたようで、青年は無難に二号と言う呼び名をもらった。どう見ても姿は1号が妹キャラなのだでも、制作された時期の都合上、二号が弟という設定である。

 千冬「……おじいちゃんは、どこにいるんですか?」

 1号「学校に送り忘れてた資料があるらしく、早くから出ていきました」

 千冬「帰るまで、待っていた方がいいんでしょうか……」

 二号「ご心配には及びません。私が学校まで、お送りいたします」

 1号「実は私、電話の機能があるので使ってみたいんです。タクシー。タク     シー」

 千冬「待ってください!私、バスというのに乗ってみたいです!」

 1号「それはジジイから止められています。ダメです」

 なぜかというと、二号の背が高すぎて、バスの天井に頭突きするから!

 二号「……やむをえません。私が今からバスになります。そちらで、どうで     しょうか?」

 千冬「どうでしょうかと、おっしゃいましても……どうなんでしょうか」

 二号「私がバスに変形します。こうでしょうか?」

 ガチャガチャと変形し始めた。トランスフォームというやつです。

 千冬「おっ、バスっぽいです」

 二号「こうでしょうか?」

 千冬「バスっぽくないです……」

 1号「カルボナーラですか!」

 二号「それはパスタです。もしくは、うどんです」

 千冬「私、知ってます!もっとバスは窓があります!」

 二号「なるほど、こうですか!」

 千冬「それです!」

 バスに似た姿へは変形したのだが、大きさは、あの……ほら、ゲームコーナーとかにある、100円をいれると乗って動かせるゴーゴーパンダくらいしかなくて、その車体の上に、またがる形で千冬が乗る。

 二号『乗車券をお取りください』

 千冬「乗車券?」

 二号『次は、〇〇学園前~。お降りの、お客様はボタンにて、お知らせくださ    い』

 千冬「……ボタンないですよ?」

 二号『次、止まります』

 もちろん、春間家の玄関にはバス停などなく、これは雰囲気づくりに過ぎないのだ。千冬が乗車券を見つけるより早く、二号バスは家のドアを突き開けて飛び出す。

 千冬「あっ!そこには、階段が!」

 二号「ご安心ください!当バスは安全運転を心がけております」

 勢いよく家を飛び出したバスだったが、すぐ家の前にある階段は車体から突き出した二足で降り、降り終わって再び爆走し始めた。

 千冬「……」

 バスっぽくない。そう言いたげな顔で、千冬が風に吹かれている。屋敷の外には林が続いており、そこに通る一本道は私道。山から下りた場所にある私道の十字路から公道に出て、なにくわぬ顔……ヘッドライトで二号は車の列に加わる。

 千冬「……私は運転免許がないですけど、大丈夫なんですか?」

 二号「自動走行で、交通ルールにのっとり走行しております。姿はバス。気持    ちは軽自動車です」

 バスなのに軽自動車を気どっている!ただ、車検は通っているので、そこは安心!


  場所:学園校門

 学校は家から程よく遠く、友達は遊びに来れるが、溜まりには来れない微妙なライン。すでに授業は始まっている様子で、校門付近には人影がない。

 ??「おいっ!そこのバスに乗った女の子!俺と遊びに、行かないか?」

 千冬「……?」

 呼び止められて校門の脇を見ると、制服を来た男子生徒が二人いる。授業に出ていないという事は、すなわち不良である!

不良1「あ……小学生だったか。メンゴメンゴ、今のなし……ぬ?」

不良2「……ぬ?」

 千冬が乗っているバスの後ろ側には目が付いており、感情ない視線で不良を見つめていた。不良生徒は面くらい、おびえたように後ずさっている。

 千冬「あの……でも、私は授業を受けたいので……」

不良1「……あ……あぁ。そう。そうね。がんばって勉強してね」

 千冬「ありがとうございます!失礼します~」

 結局、あとは言葉が出てこなかったらしい。無事、千冬は二号の力で危機を回避したと言えるのかもしれない。

不良2「……小学生に声をかけるなんて、見損なった!人の風上にも風下にも     置けない!」

不良1「……まちがえたんだよ。それより、あのバスの目はなんだ!妖怪け?」

不良2「妖怪・人面バスだよ!今ハヤリの!」

不良1「俺も欲しい!」

不良2「勝手に買え!」


  場所:学園の玄関

 二号は車輪で走る事を止め、車体の下から伸びた足で歩行している。その上に馬乗りしたまま、千冬も学校の玄関へと入る。

 授業中なので他には誰の姿も見えないが、ガラス一枚をへだてた向こう側で、おじいさんか、おばあさんのような風貌の人が受付をしている。話を聞いてみよう。

 千冬「先生さんですか?」

 受付「ん。あぁ~」

 千冬「もしかして、聞こえていないのでしょうか?」

 二号「私のデータバンクに近しい言語が発見されました。あれはイタリア語で    す。翻訳してみましょう」

 千冬「イタリア語だったんですか?」

 二号「イタリア語です。先程の言葉を翻訳すると……『アヌサーファーメ      ゴ』。これはインド語です。イタリア語をインド語で暗号化している」

 受付「ん。あぁ~」

 二号「今度は北極語。北の方にも精通している……あなどれない老人です。お    嬢様!近づいてはなりません!」

 1号『あの……暴走してないで、職員室へ向かってください』

 訳の解らない事になっている二号の口から、今度は1号の声が聞こえてきた。自分で発した声に対して、1号が問答を開始する。

 二号「了解しました。しかし、校内のデータが不足しております」

 1号『壁の案内を見たらいいですよ』

 二号「資料を発見。保存いたします。〇〇小学校……と」

 千冬「……それは独り言なんですか?」

 1号『独り言ですよ』

 二号「1号と通信をしております」

 千冬「どっちなんですか……困ります」

 二号「お嬢様を困らせないで頂けますか?」

 1号『困らせてしまいました。てへへ』

 千冬「あ!てへへしないでください!」

 二号「てへへしてはおりません」

 1号『てへへ』

 千冬「ほら、またしました!どう見ても、てへへです!」

 受付「うるさいよ。早く行き……ん。あぁ~」

 千冬「怒られてしまいました……行きましょう」

 二号「はい」

 ちゃんと日本語で怒られ、千冬が背中を小さくしている。そういえば、内履きを持ってきていないぞ。

 千冬「……内履きを忘れました」

 二号「解りました。それでは……」

 千冬「……まさか!今度は、内履きに?」

 二号「それはムリですが、スリッパが私の中に収納されておりますので、そち    らをどうぞ」

 千冬「……」

 何を期待したのか、すぐに否定された上、普通にスリッパを渡された。しかも、もらったスリッパが足より大きく、歩くたびにカカトの辺りがパタパタする!

 千冬「パタパタします……」

 二号「まだ高校生ですので、すぐに大きくなります。心配ご無用です」

 千冬「……小学校の時も、中学校の時も言われました」


  場所:職員室前

 千冬「緊張しますね」

 二号「私に搭載されている源蔵様探知センサーによりますと、こちらに源蔵様    がいらっしゃる可能性は70%」

 世界に万物あれど、その中でも千冬の祖父の居場所しか探知できないニッチな機能が、ここで遂に発揮された!

 千冬「なぜ、自分を探知する機械をロボットさんに……」

 二号「参りましょう」

 千冬が職員室のドアをノックする。無駄な気を使い、人型に戻った二号が自動ドアよろしく、勝手にドアを開けた。職員室には若い女の人が一人だけいて、源蔵の姿は見えない。

 千冬「失礼します」

 先生「はい……わっ!びっくりした……大きい男の人だ」

 千冬「……あの、うちの祖父が来ているはずなんですけど」

 先生「あぁ、あちらの校長室で面会中の方ですね」

 と、先生に聞いた矢先、校長室から物音が!続いて、千冬の祖父である源蔵が校長室から飛び出してくる。

 源蔵「たたた……たいへんじゃ!」

 先生「どどど……どうしたんですか!?まかさ、変質者が現れたんじゃ!」

 源蔵「そそそ……そうじゃ!こここ……校長室を熟女好き男が、のぞいていた    のじゃ!」

 千冬「おおお……おじいちゃん!おじいちゃんは無事なの!?」

 源蔵「そそそ……そうじゃ!じじじ……熟女好きは、熟男には興味がなかった    ようじゃ!」

 先生「こここ……校長先生は70歳!とても、よく熟されております。ねらわ    れるのも納得!すぐに警察へ通報を!」

 校長「その必要はございませんざます!」

 源蔵の後ろから、校長の声が響く!しかし、ドアの入り口をふさいでいる源蔵は耳が遠く、そこから退かない!

 千冬「おおお……おじいちゃん!後ろです!」

 源蔵「ううう……後ろか!こここ……校長先生!ぶぶぶぶぶぶぶ……無事でし    たか!」

 校長は冷静に校長室から出て来た。それを見て、源蔵は声をバイブレーションさせてしまった!

 先生「ご無事でなによりです!それで、熟女好きは、どこへ行ったのですか!」

 校長「ワタクシの空手チョップに恐怖して逃走したざます!校長たるもの、武    術の一つも極めていなくては、生徒の一人も守れませんざます!」

 先生「な……なるほど。教育者の鑑……次回、ご指導を願います!」

 校長「今も、生徒たちは危険と隣り合わせざます!今すぐにでも、訓練を始め    るざます!」

 校長が職員室の前のトビラから、先生が後ろトビラから駆けだしていった。源蔵は千冬をつれて、無言のまま職員室を出た。

 先生たちは向き合いつつも、廊下の窓より学校を脱出。それを見送り、千冬は源蔵に疑問を投げかけた。

 千冬「そういえば、入学試験は受けなくていいの?」

 源蔵「3日前に渡した問題集があるじゃろ?あれが試験問題じゃ」

 千冬「確か……国語と数学と科学と歴史と英語しかなかったけど……」

 源蔵「それだけ受ければ十分じゃろ。あと何が受けたいんじゃ……そして、校    長と話をして解った事じゃが、ここは小学校じゃ。一つ橋を越えた先     が、本当の学校じゃ」

 千冬「ふ~ん……」


  場所:移動中

 変形した二号に乗り、2人で別の学校へ向かう……途中、よさげなハンバーガー屋の看板を見つけてしまい、寄らずにはいられなかったのだ。店名は『カバカバーガー』。パン部分がカバっぽくなっている。


  場所:ハンバーガー屋さんの前

 源蔵「昼食を持ってき忘れちまった。全ては、3000枚もある書類のせい     じゃ」

 千冬「書類には、何が書かれているの?」

 源蔵「お前が真面目な子かどうかや、つれていくロボットが安全かなどを書い    とるが、大体はロボットの事が書いておる。お前の事は、おまけじゃ」

 千冬「高等学校に入るのって大変だ……」

 バスから元の姿に戻った二号と並んで、ハンバーガー屋の扉を開ける。二号は2m以上も身長があり、屈みながら扉をくぐる。したら、その姿を見た店員に驚かれてしまった。

 店員「わぁ……おっきいわぁ」

 まずは二号に目が行き、今度はエンビ服の洒落たジジイが目につく。千冬の存在感はない。

 店員「店内で、お召し上がりですか?」

 源蔵「そうじゃ。エビバーガーセットをパン抜きで頼む」

 千冬「お……おすすめのメニューを、お願いします!」

 店員「はい。では、エビセット一つパン抜きと、ちくわ弁当1つになります。    ご一緒にポテトもち、はいかがですか?」

 千冬「ポテトもちって、なんだろう」

 源蔵「解らん。頼もう」

 ポテトもちを上手く頼まされながらも、3人は窓際の席で料理が来るのを待つ。近くの窓からは、千冬が通う学校の校庭が見え……あれは、怪しげなロボットが2体!

 千冬「あの黒くて大きなロボットは、なんだろう」

 源蔵「変態たちの乗るロボじゃ!何を狙って、学校を襲撃する気じゃ」

 千冬「……あっ。今度は学校の中から、別の大きいロボットが」

 校舎が中央から2つに開き、地下から青いロボットと緑のロボットが出てきた!敵と学校側、双方とも見合ったまま動かない。

 変態1『俺が壁になる!お前は行けぇ!』

 変態2『そうする!』

 一方の黒いロボがディフェンスしている隙、その後ろで相方が黒いロボットから降りる。迷わず、近くの銅像へと駆け寄った。

 変態2「……よ……よしっ!ミッションインポッシブルコンプリーテッ        ドォ!」

 変態1『よくやった!撤退だぁ!』

 結局、学園の生徒には指先一つも手を出さず、黒いロボット2機は逃げ帰って行った。何が目的だったのか、それは銅像を目視すれば一目瞭然!

 源蔵「よく見えんが……何か着せてある」

 千冬「……裸の女の人の銅像、セーターが着せてあるよ」

 裸の銅像を見ると、セーターを着せたくなる人達だったようです。


  場所:学園の駐車場

 ゆっくりと昼食をとった後、再び2人は二号に乗って学園の駐車場へ向かった。空いている場所を見つけ、バックで二号が駐車。

 二号「しゅうてん~〇〇学園~。お忘れ物に、ご注意ください」

 千冬「いざ学校に来たら、やっぱりドキドキ……」

 源蔵「4か月ぶりの学校じゃからな。ここは中学校とは違う。気を引き締める    のじゃ」

 千冬「どこが中学校と違うの?」

 源蔵「……二号、どこが違うのか言ってみ」

 二号「はい。学校にプールがございません」

 源蔵「それは残念じゃったな」


  場所:職員室の前

 昼休みの時間を過ぎてしまい、またしても廊下に生徒の姿はない。ただ、先程まで戦っていたロボットは片付ける時間がなかったのか、校庭に出したままとなっているのが窓から見えた。

 源蔵「ちょっくら話してくる。二号に乗って待っとれ」

 千冬「うん」

 源蔵が職員室に入って行き、残された千冬はバス形態の二号に乗って、ぶぅーんと遊んでいる。もはや、ちょっとムチムチした小学生にしか見えない。

 千冬「ぶぅーん。ぶぅーん……はっ!」

 少女「……」

 子どもっぽく遊んでいたら、ピチピチの全身スーツを着た女の子に通りすがり見られた!千冬は顔を真っ赤にして二号から降り、その後ろに隠れている。

 少女「小学生が高校に来たらダメだろう。しかも、バスに乗ったままなん      て……」

 千冬「ちがうんです……今日から入学するので」

 二号「そうです。お嬢様は、こう見えて高校生。また私も、こう見えて、お嬢    様の奥歯です」

 少女「ええぇ……それ喋るの……」

 二号のバグは深刻さを増し、ついに千冬の奥歯となった。

 少女「言われてみれば……体は小さいが一部は発育がいいなあ……」

 二号「そちらこそ、何者なのですか。あやしい服装ですが」

 バスの姿から人型に戻り、二号が相手の正体を尋ねる。怪しい小学生に乗られていた怪しい奴が、怪しい奴を尋問する構図となった。

 少女「私は青海彩夏だ。この近辺を守るガードロボのパイロットとして、ここ    に通学している一年生。そっちはボディガードの……ロボットなの?だ    ったら、学園の中までは来なくていい。みんなは私が守ってみせる」

 二号「いえ、私は、お嬢様の奥歯です。ロボットでは、ございません」

 彩夏「……あ……ごめん。君、もしかして……奥歯ないの?」

 千冬「あるよ?」

 二号「そうです。ここにおります」

 彩夏「お前じゃないよ……まぁ、いいや。危険じゃなさそうだし。同じ一年な    ら、また会うかもね。よろしく」

 もはや、話し疲れたらしい。彩夏は話を切りあげて、更衣室があると思われる方へ。それ同時、メガネをかけた女の人と、源蔵が職員室から出てきた。

 源蔵「……どうしたんじゃ?変な人にでも会ったか?」

 二号「肌に吸いつくようなラバースーツを着た、謎の女子生徒と遭遇しまし     た」

女の人「あぁ、その子は……さっきの青色のロボットに乗っていた人。この荒ん    だ時代、かよわきを守るべく戦っている勇敢な彼女。しかし、今日の襲    撃では変態の自由を許してしまった……その事実に打ちひしがれ、今も    自分を責めているの。もしかしたら、冷たい人だと思われたかもしれな    い。でもね。本当は優しい子なの。解ってあげて」

 千冬「……大変ですね」

 ここ一番、しっくりこない時に出るセリフが千冬の口から出た。

 源蔵「お前には二号がおるからな。登下校、通学路も安全じゃ。ここで、わし    は家へ帰るが、何か言い残す事は?」

 千冬「言い残す事はないけど、晩ご飯はホットケーキがいい……」

 源蔵「ホットケーキは肉が入っとらんから、たこやきとかにしよう。それで     は、達者!」

 ここ一カ月、ホットケーキを食べたいと言い続けているのだが、何かと理由をつけて別のメニューにされてしまう。でも、クレープにされた時は少し嬉しかったらしい。

女の人「では、教室へ行きましょ。私は家庭科を担当している教師の真木。気軽    に真木と呼んでください」

 千冬「んん……それはムリです」


  場所:学園4階・1の3教室前

 階段をとぼとぼと上がって、教室の前まで来た。緊張しますね。

 千冬「緊張しますね」

 真木「そう、かたくならないで。大自然の神秘……想像を絶するテクノロ      ジー……壮大な世界を思い描けば、これしきの事は砂漠の砂粒」

 二号「1号からメッセージが届いています。読み上げますか?」

 千冬「……そうなんですか?お願いします」

 1号「その必要には及びません!到着しました!」

 廊下の曲がり角から、制服を着た1号が飛び出してきた。その姿からして入学する気なのは明らかなのだが、なぜ背中にネジまきをつけてきたのかは質問しないと解らない!

 千冬「背中の、かわいいネジはなんですか?」

 1号「機械なのがバレそうになるスリルを演出したいものの、見た目ではバレ    そうにないので、わざわざつけてきました」

 二号「秒針の音を口から出す機能があります。私のを差し上げましょうか?」

 1号「かわいくないので、結構です」

 真木(ちょっと変わった子たちね……でも、私だって昔はハジけていたのよ)

 無駄な機能を押しつけられそうになるも、両てのひらを押し出しながら断った。なお、源蔵の書類を増やした犯人は、このロボに他ならない。

 真木「では、教室に……あちゃ~。終わりを告げる鐘の音が鳴り響いてしまう    とわは。次の授業冒頭で自己紹介の時間を設けますので、教卓の近くの    イスで授業が始まるまで待機していてください」

 無責任を極めたようなセリフだけ残し、真木は姿をくらました。すると、生徒達が教室から出てくるより早く、1号が教室へ飛び込んでいった!

 1号「みなさん、転校生の春間ストロベリーです!以後、よろしく願いま      す!」

 いちごうをストロベリーに変換できるまで、千冬は7秒かかった。


   場所:1の3教室

 1号「おかしいですね。女の子しかいません。これでは、『ビショウジョキ     ター』とか『ココロウバワレルー』とか色めきません」

 漫画の見過ぎである。

 二号「女子高というもの、だそうです」

 千冬「お手洗いを2種類つくらなくていいので、便利ですね」

 なぜか、千冬が学校を設計する目線でコメントしているが、来客用に男子トイレも必要である。そんな事を言っている内にも、1号は友達が4人できたらしい。こちらの方が行動は建設的である。

 ??「あぁ!見おぼえのある姿!さては!」

 と言いながら、バタバタと走ってくる少女の姿がある。彼女が千冬に掴みかかろうとしたすんで、二号が両手で頭をつかみこんで止める。『何が起こったの?』みたいな顔をしながら、少女はバックステップで逃げ出した。

 ??「な……何か、何かしらないものに頭をゴネゴネされた感覚に襲われた!    頭が、もぎ取られるかと思ったわよ!」

 千冬「あれ……もしかして、亜美ちゃん?」

 亜美「ご要望の通り、あんたの最高の生涯の友人の亜美よ!あたしがいない     と、あんた何もできないんだから、この学校に来たのは正解なのよ!」

 この小うるさい女の子は亜美という名前で、中学生の時に千冬を振り回していた障害の友である。

生徒A「オキアミー。その幼女、だれー?」

 亜美「オキアミって言うなよね!あたしの幼女だから、近づいたら罰金よ!」

生徒B「ちっちゃい幼女だから、教室の右後ろに飾ろうよ」

生徒C「そうだぞオキアミ。幼女を独占すると、幼女独占禁止法に抵触するんだ    ぞ」

 亜美「そんな法律ないわよ!おおいに異議ありよ!」

 異議は却下され、千冬は生徒たちに両手を引かれて連行された。

 生徒用の低いロッカーに千冬を乗せ、囲っている生徒たちが「お菓子を持たせよう」とか、「麦わら帽子をかぶせよう」とか、「おでこちゃんにしよう」とか好き勝手な改造を施すも、休み時間が終わるまで納得がいかずに試行錯誤は続いた。

 真木「みんな、席について!春間千冬さん、席がないからってロッカーに乗り    かからない」

 先生がくると、惜しみながらも周りの生徒たちは席に戻った。

生徒A「席、ないでしょー?ここ来なー?」

 と、ヒザの上に乗るよう誘われたりもしたが、先生が机と教科書を持ってきてくれた為、1号と隣あった席に座って自己紹介の時を待った。しかし、真木先生と共に教室へ来た教師が授業を始め、真木先生は教室から出ていってしまう!無責任に他ならない!

 千冬「あれ……自己紹介はなくていいんでしょうか?」

 1号「面白いアイサツを考えてきていたので、非常に残念です」

 千冬「どんなアイサツですか?」

 1号「もし、元気がなかったら、背中のネジを貸し出します!」

 千冬「んん……挿せないから使えない」

 亜美「そうよ!人間はネジで巻かれるより、カロリーが欲しいのよ!」

 1号の前の席が亜美の席で、彼女は昼も終わったばかりだというのに腹を空かせている。

 千冬「亜美ちゃんは、お昼を食べてないの?」

 亜美「食べたわよ!こんにゃくばかり入ってる料理の束をね!」

 先生「こら、沖田!いつも以上に、うるさいよ!」

 亜美「うるさいんじゃなくて、元気なだけよ!そこを勘違いされては名がすた    るわよ!」

 先生「元気なら、校庭でも走ってきな!」

 亜美「それで満足なんでしょ?だったら、そうしてやるわよ!」

 怖そうな女の先生が、丸めた教科書を投げつけてきた!それをはたき落とすと、亜美は千冬の手を引いて教室から出ていく。

 千冬「……え?わたしも?」

 亜美「あんたは胸が太ってるから、走った方がいいのよ!ほら、こっちよ!」

 と、中学時代と同じパターンで連れ出された。こうして、亜美の残り少ないカロリーも削られていくのである。


  場所:学園の校庭

 亜美「出てきてしまった以上、3週はグラウンドを走らないと戻れない!」

 なぜか、一時間も授業を受けぬまま、千冬は授業をサボるはめになった。校庭までスリッパのまま連れだされてしまい、千冬が二号に助けを求めている。

 千冬「このままではスリッパがボロボロになってしまいます……なんとか、走    るのを止められないでしょうか」

 二号「あちらは聞く耳をもたないので、止める事はできません。ですが、方法    はございます」

 亜美「ちょ……ちょっと!ここには、あたしと、あんたしかいないのよ!?誰    とピーピー話してるのよ!」

 千冬「……?」

 亜美が、とんちんかんな事を言っている。いつもの事ではあるのだが、今回は特に、おかしい。すると、質問するより先に二号が小声で解説を始めた。

 二号「光をボディと馴染ませる事で、他人から見えにくくする機能を追加して    いただきました。ですから今、お嬢様以外の人間に私の姿は見えており    ません」

 亜美「だ……誰かの声が聞こえた!これが……おばけってやつね!初めて見     た!」

 二号「私の姿は見えておりません。私が見えないバスになりますので、その上    に乗ってサーキットを進んでください」

 千冬「う……うん」

 再び二号がバスに変形し、その上に千冬が立って乗る。二号の姿は見えておらず、千冬が宙へ浮いているように見える。

 亜美「……―ッ!?浮いて走るなんて卑怯よ!あたしは人間として勝負する!    だって、人間だもの!」

 勝手に勝負を始めた亜美。意外と健闘したが、やはり人は人である。

 亜美「ま……待ちなさいよ!待ちなさいって言ってるでしょ!待ってくださ     い!ま……待てコラっ!」

 千冬「……え?なに?ちょっと止まってください」

 亜美を一周遅れにした後、やっと千冬は亜美の声に気づいて二号をストップさせた。亜美は息も絶え絶え、怒り露わである。

 亜美「そんな人間離れした技、使っちゃダメに決まってるでしょ!人間なら、    人間らしくしなさいよ!あたしを見習ってね!」

 千冬「スリッパだから普通には走れないよ……」

 亜美「それはいいのよ!それより、あたしは見たわよ!怪しげな男が、校舎の    脇へ入って行くのを!あれは、まぎれもなく変質者よ!」

 千冬「学校の人じゃないの?」

 亜美「ここは女子高だから、男は人っ子一人いないわよ!勘違いして入学した    せいで、あたしのモテモテライフ計画がパーにもなった次第よ!つま     り、3年間を棒に振ったも同然!」

 千冬「じゃあ、男子校に行けば良かったんじゃないの?」

 亜美「あたしは女子よ!」

 とにかく話が進まない。亜美は強引に話題を押し戻した。

 亜美「とにかく、警察に電話よ!あたし、電話するの好きなのよ!」

 千冬「でも、もし悪い人じゃなかったら……警察の人の迷惑になっちゃう      よ?」

 亜美「悪くない人なら通報の件も考えるわよ!」

 千冬「んん……どうしよう。見に行った方がいいのかな……」

 二号「どんな相手が来ようとも、私がついております」

 千冬「ううん……解った。私、少し見てくる」

 亜美「じゃあ、あたしは他に悪いやつが来ないか見張ってるわよ!」

 大した事ない協力体制をしき、亜美は千冬を校舎の脇に差し向けた。校舎は高い壁に守られており、ここを乗り越えて人が入ってくるのは難しい。つまり、犯人は普通に校門を通り抜け、敷地内へと入った可能性大である。

 千冬「……怖い人がいたら、どうしよう」

 二号「怖くなくなるよう、このネコ耳カチューシャを装備させましょう」

 二号は余裕である。それでも念の為か、姿を消したまま二号は千冬の前を歩いている。校舎の脇を進むと、うずくまっているサラリーマンらしき男の人が見えた。

 千冬「誰かいます……こんにちは!」

男の人「おやぁ……見つかっちゃいましたねぇ。こんにちはぁ、お嬢さんぅ」

 男の人は手のひらから土をほろほろ落とし、千冬の方へ顔を向ける。彼の特徴を何か書きたいが、これといって特にない。

 千冬「何をしているんですか?」

男の人「美しい場所にはぁ、美しい花が似合うと思わないかいぃ?」

 千冬「ここは美しい場所なんですか?」

男の人「そうだぁ。だから、こっそり植えているんだぁ……深くない理由もあ     るぅ」

 話を聞いてくれる雰囲気だと察したのか、聞かずとも男の人は言い訳を始めた。

男の人「ここは校舎がキレイな女子高だぁ……きっと気品ある場所なのだろ      うぅ。思うにぃ、校内では『うふふ、お姉さま』『おほほ、後輩ちゃ     ん』という会話が飛び交っているに違いないぃ」

 ちなみに先程の校内で、最も飛び交っていた単語は幼女である。

男の人「そのような場所だというのに、ここには花壇の一つも見えないぃ。それ    が僕は許せなかったぁ」

 千冬「学校の人に言えば、植えさせてくれるんじゃないですか?」

男の人「理由を説明してもぉ、納得してくれる訳がないぃ。だからぁ、僕は一度    だけぇ、忍び込む事を決意ぃ……おっとぉ、そろそろ誰か駆けつけてく    るかもしれないぃ。これにて失礼ぃ」

 日の当たる場所へ植えた花の近くに植物用の栄養剤を挿すと、男の人はロッククライミングさながらの動きで学校の周りを囲っている壁へと張り付く。

男の人「僕は二度とぉ、ここへは踏み入らないだろうぉう。たまにで良いか      らぁ、お嬢さんぅ。花に水をあげてはくれないかぁぁぉ」

 千冬「……」

 指の力だけで壁にくっつき、男の人はブラブラと壁を登り切った。その後、ダイビングするように壁の向こうへ消えていった。千冬が花を見つめていると、職員室の前で会った女の子が駆けつけた。

 彩夏「誰だ!こんな場所に……あれ?」

 女の子は火炎放射器のようなものを構えているが、そこに男の人がいないのを知ると、先端を降ろして持ちなおした。改めて、不審者の行方を問い掛ける。

 彩夏「壁の上のセンサーが反応したから来てみたけど、どこへ行ったか知って    る?」

 千冬「壁を登って帰っていったけど……」

 彩夏「この壁、くぼみの一つもないんだけど……それはクモ男か何かなのか     な?」

 千冬「この花を植えていったよ」

 彩夏「なんだって!あやしい花だ!」

 と言って火炎放射器を向けているが、どう見てもアサガオであって謎ではない。

 千冬「燃やしちゃうの?」

 彩夏「う……う~ん」

 千冬「でも、花は悪くないし……」

 彩夏「な……なら、好きにしてくれ……私は見なかった事にする」

 色々と言われている内、彩夏の方も都合が悪くなってしまったようで、小型の火炎放射を千冬に押しつけて、どこかへ行ってしまった。説明書も一緒に渡してくれないと、千冬は使い方が解らない。ひとまず火炎放射気を二号へプレゼントして、それから相談をもちかける。

 千冬「……どうしましょう」

 二号「私のヒザ下を取り外す事で、植木鉢として使用できます。手を取り外せ    ば、シャベルとして使用できます。花を足へ入れて、教室へ持って行っ    てはいかがですか?」

 千冬「それでは、二号さんの足が……」

 二号「手足のスペアはございます。ご安心ください。さぁ!」

 裾の内側からスペアの手足を取り出しつつ、ついている右足下を分離させる。それらをもらってしまったが最後、千冬は二号の足に花を植えかえるしかなかったのだ……。


   場所:校庭

 亜美「お待ちかねの亜美よ。さっき、同じクラスの青海彩夏って人が入って     行ったけど、もう変な人は退治してくれたわね?」

 千冬「男の人は花を植えて帰っちゃったから、悪い人かは解んないけど……     私、さっきの女の子とケンカしちゃったんだー……」

 もはや、千冬は花を植えていた男の人より、さっきの女の子の方が気がかりらしい。ちなみにだが、人の敷地へ勝手に植物を植えてはいけないので、あれが悪い人である事は確定です。

 亜美「そういう時は何か、物をあげればいいわよ。ちょうど、花を持ってるじゃない。それあげればいいわよ。ありがたい、お言葉でしょ?」

 なんだかんだ言いつつも、アドバイスはしてくれる。ただ、なんの役に立たないのがタマにキズである。せっかくなので、色々と千冬は尋ねてみるつもりらしい。

 千冬「あの女の子、同じクラスなの?」

 亜美「そうよ。いつもクラスの一番前の一番ドア側の一つ左の一つ後ろの席に    座って、『あなたたちとは違うのよ』みたいな顔で座ってる女よ。ちや    ほやされてて感じ悪いから、あたしは、ちやほやしないわよ」

 千冬「ちやほや?」

 亜美は、ちやほやされている人が、あまり好きじゃないようだ。クラスでの千冬の扱いは、ちやほやに分類されていない。

 亜美「クラスの女子から『お姉様』なんて呼ばれて、ちやほやよ!同じ年なの    に、お姉様なんて、ちゃんちゃらよ!」

 千冬「んん……ちょっと納得いかない……」

 亜美「そうでしょ!そうよね!」

 どれに納得がいかないかと言うと、お姉様を否定しながら、同時に人を幼女と呼ぶ行いである。

 亜美「だからね!あたしは青海彩夏とかいう女とは仲良くなる気配なしよ!あ    んたも近づかない方が身のため!」

 千冬「そうなんだ……でも、この火炎放射器を借りたから返さないと」

 亜美「机の中に入れとけば気づくわよ。もう学校、とっくに終わってるから、    さっさと返しに行くわよ」

 結局、千冬は何をしに学校へ来たのか、授業を一時間も受けずに本日の学業修了となった。亜美に手を引かれて、ひとまず教室へ戻る。

 亜美「千冬の手を引いて歩くと、かがんで歩かなきゃダメだから疲れるわよ」

 千冬「私は爪先立ち!」


  場所:教室

 亜美「しめしめ。あの女はいないわよ。前から二つ目の左から二番目の席に火    炎放射よ!」

 物騒な命令を受けるが、それは聞けない。火炎放射器が中に入りそうか確かめようと、2人で彩夏の机を覗きこんでいると……。

 彩夏「あっ、人の机に何をしてる!」

 千冬「怒られた……」

 亜美「あんたが火炎放射器を貸してきたから、返すのを手伝いにきた、あたし    よ!怒られるいわれはないわよ!」

 彩夏「あぁ……あれか。それで、どこにあるんだ?」

 亜美「どこにあるのよ!」

 千冬「……どこに入れたんですか?」

 二号「こちらにございます」

 体を透明にしている二号が、懐から火炎放射器を取り出す。そこはかとなく、ふわふわ浮いている火炎放射器が喋ってるような光景。

 彩夏「火炎放射器、しゃべれるのか!?」

 浮いているが、それよりも喋っている事の方が驚きらしい。彩夏が二号と会話を始める。

 二号「はい。火を出すだけが取り柄ではないのですよ」

 彩夏「……そうだったのか。でも、そんな力があるなら、これからはお……お    話ができるな」

 二号「残念ながら……私が声を発するのは、今回が最後。どうしても伝えたい    事があり、こうして意思を伝えております」

 彩夏「どうしても伝えたい事?それは……」

 二号「料理をするのが面倒だからといって、もやしを燃やしては……ふっ」

 それだけ伝えると、二号は火炎放射器をそっと机に置いた。彩夏は火炎放射器をすくい上げ、死人に呼びかけるような仕草で訴えている。

 彩夏「おいっ!しっかりするんだ!くっ……せっかく、友達になれるかと思っ    たのに」

 亜美「……悲しい事件だったわね」

 なぜ、この場に限って真面目なのか。そんな亜美とは違い、千冬は気持ち申し訳ない様子である。しかし、持っていた木鉢を教室の後ろへ置きながら考えた結果、なんとか掛ける言葉が見つかったようで、何度か迷いながらも声を出してみる。

 千冬「あ……あの、もしかして……まだ友達いないの?」

 彩夏「……私は悪人と戦う隊員だから、なるべく一人の方が様になると思うん    だ」

 千冬「そっかぁ」

 1号「あっ!おじょーさま!学校が終わりましたので、一緒に帰りましょ      う!」

 千冬より遥かに学校をエンジョイした1号だが、かろうじて千冬の事も忘れていなかった。

 1号「お友達も、ご一緒でしたか!帰る方向が一緒でしたら、自家用車で途中まで送って行きます」

 亜美「あっ!あたしも一緒の方だから、送って行きなさいよ!」

 千冬「亜美ちゃんの家、すぐ学校の目の前じゃないの?」

 亜美「どうせだから、家まで送って行きなさいよ!」

 1号「では、行きましょう!」

 彩夏「いや……私は違う……」

 とにかく、亜美は車に乗りたい。1号は直前までのやり取りを知らない訳で、背中から抱きつくようにして彩夏の事も無理やり連れて行った。

 彩夏(う……まったく振りほどけない)

 1号「私、ねらった友達は逃がさないんです!観念してください!」

 彩夏(うう……友達にされる……)

 

  場所:学校の駐車場

 1号「二号!出てきてくださいー!」

 二号「こちらでございます」

 二号はバスの姿で、1号の前に姿を現した。何人も乗れるよう考慮されているのか、学校へ来た時よりも少し長い。

 彩夏「なんだこれ……上に乗るの?恥ずかしいな……」

 亜美「なに言ってんのよ!タダなのよ?乗らなきゃ損。タダなら一輪車だって    乗るわよ!」

 そう言って亜美は一番に乗り込み、早く出発してくれと言わんばかりに足をブラブラさせている。そこまでバスは広くなく、4人は前に乗っている人へ抱きつきながら乗った。

 1号「失礼します!あなたも、おじょーさまに密着してください」

 彩夏「な……あぁ……なんだこれ……」

 千冬「うう……くすぐったひ……」

 1号の腕に拘束されながらも、彩夏が前の千冬へ手を回す。亜美は肩が高いせいで、千冬に腰を掴まれている。

 二号「出発進行~。釣り輪に、おつかまりください~」

 彩夏「釣り輪?ど……どこ?」

 千冬「それがないんだよね~」


  場所:学校の前

 1号「停車いたします~」

 二号「それは私のセリフでございます~」

 この辺りに亜美の家があるらしい。場所は知らないようだが、とりあえず二号が停車する。

 亜美「くっついてる千冬が柔らかかったけど、歩かなくて楽だったから許すわ    よ!また乗せてよね!」

 千冬「うん。またね」

 千冬たちと別れ、亜美はコンテナっぽい建物へ入って行った。ところで、もう一人は、どちらの方向に帰るのかな?

 1号「へい。お客さん、どこまで?」

 粋なタクシードライバーか何かだろうか。

 彩夏「私の家は遠いぞ。十丁目の山の下あたりだ」

 千冬「あの、ファミリーレストランの近くですか?」

 彩夏「確かにファミレスがあるな」

 千冬(ファミレスってプロレスの種類じゃないんだ!?)

 一家団欒でレスリングはしない。

 二号「それでは、十丁目にある山まで走行いたします」

 千冬「ぶぅーん。ぶぅーん」

 二号「お嬢様、走行音は設定でONにできます。口で言わなくとも結構です」

 効果音の設定はオプションから、どうぞ。


  場所:山の近くの、どこか

 1号「じじいからメールが届きました!」

 千冬「なんの電話?」

 メールと電話の違いが解っていない人もいるが、気にせず1号はメールの文面を読み上げる。頭の中にダイレクトでメールが届いたらしく、両手を彩夏に回したままでも読める。

 1号『あれじゃ。遅くなる。それじゃ』

 彩夏「どれだ……」

 1号「帰宅が夜の6時から7時になるという連絡です」

 彩夏「別に遅くないだろう……」

 1号「2時で眠くなるジジイを夜6時まで働かせる、恐ろしい職場なんです」

 彩夏「ひどい企業だなー……」

 じじいも帰りが遅くなるようだし、ファミリーレストランで何か食べたい人もいる。

 千冬「おやつ食べて帰ってもいいですか?」

 二号「学校帰りの買い食いはいけません。私が家に変形しますので、そちらに    入ってから、お店へ入りましょう」

 彩夏「……甘すぎじゃない?」

 1号「おやつだけにですか?」

 彩夏「そういうんじゃない……」

 という訳で、都合によりファミリーレストランへ行く事となった。


  場所:ファミリーレストラン『ラブリーキッチンエンジェルみつる』

 いざ、店へ入る時となって、彩夏が挙動不審に周りを確認し始めた。店はピンク色のケーキを思わせる外観で、入るのに抵抗があるらしい。

 1号「挙動不審ですよ」

 彩夏「こ……こんなところに入るところを誰かに見られたら、人生が終わって    しまう」

 1号「そんな硬派な人の為に、サングラスとメガネがあります。これを使って    ください!」

 彩夏「サングラスとマスクだろ……なぜダブルメガネをすすめてくる」

 二号「マスクを差し出すのは、私の役割でして」

 彩夏「……わっ!後ろにいたのか!ビックリした!」

 人間の姿に戻った二号がマスクを差し出し、それを受け取りながらも彩夏は声に出す程ビックリしている。そんな彼女を待たず、千冬は店の中をのぞいている。

 千冬「混んでる?」

 1号「まさか。そんな訳が」

 一号が酷い事を言っているが、こんな時間に店は満席状態。店員さんを呼ぶ声が、ひっきりなしに飛び交っている。

男客C「コーヒーください!」

男客A「コーヒ……」

男客B「珈琲ください!」

男客D「キャラメルマキアートメイプルシロップキャラメル入りください!」

男客A「コーヒー……」

男客E「冷コーをお願いします!あ、冷たいコーヒーの事ね。コレ」

 すわる場所すらない。もう出よう。

 彩夏「……出よう……む。あれは」

 よくよく見ると、店にいる男性客は黒いブーメランパンツ姿!これはモテナイ集団である非モテ団のコスチュームなのだ!このコスチュームあるところ、変態あり!

 彩夏「何か企んでいるのか?ちょっと行ってくる!」

 いてもたってもいられず、彩夏は近くのブーメランパンツ客に文句をつけにいく。千冬たちは店の入り口で、温かく見守っている。

男客F「なんだ?俺はコーヒーを待ってるんだ。コーヒーを持ってないやつは     待っていない」

 彩夏「こんなに大勢で押しかけたら、他の、お客さんが店に入れないだろ      う!」

男客G「おでこメガネとサングラスにマスクまでつけて、そちらがDANZEN    怪しい!そんな人に文句を言われても、説得力ナッシング!」

 彩夏「ぐぬぬ……」

 それは確かに。

男客H「早く結衣ちゃんを出してくれ!こんなメガネマスクは待ってないんだ     よ!」

 千冬「結衣ちゃん?」

 結衣「コーヒーですー。お待たせしました―」

 誰なのかと考える間もなく、ウェイトレス服を着たキレイな顔立ちの少女がやってきた。大量にコーヒーをオーダーされたせいで、両手と頭上のトレーにはビックリするほどのコーヒーが乗っている。

男客I「美少女きたー!」

男客J「心うばわれる―!」

男客A「コーヒーを……」

 店長「お……おまたせしました。コーヒーでございま……」

男客K「みつるぅ!俺っちは結衣っちに運んでもらいたかったんだよ!でも、あ    りがたくコーヒーっちはいただくぞ!」

男客A「コーヒーくだ……」

男客L「みつるうぅぅ!次は結衣ちゃんを頼むぞ!みつるうぅぅ!」

 みつる店長が完全にハズレ扱い。ラブリーキッチンエンジェルみつるが、みつるにとってアウェーとなっている。結衣は順番にコーヒーを配っており、みつるはやる事がなく仕方なしに千冬たちの所へとやってきた。

 店長「店長の、MI☆TSU☆LUと申します……ご覧の通り、ただいま満席    でして。悪質な、お客様なら立ち退きをお願いするのですが……律儀に    何かしらオーダーしてくださるので、こちらからは注意できません」

 愚痴なのか言い訳なのか解らない話をこぼされ、千冬が対応に困っている。

 彩夏「これは返す!」

 借りたサングラスとマスクを二号に返し、彩夏がリベンジに行く。

 彩夏「怪しい人達め!公共の場を支配する行為は許さないぞ!」

男客O「……勝気系の女の子は好みであるけど、正義の味方系は興味がないぞ     う」

男客N「そうだよ!俺は戦隊ヒーローだとピンクかホワイトが好きなんだよ!     レッドは帰ってくれ!」

男客A「コーヒーくださ……」

男客M「ドМなワガハイ。上から目線は大好物である。しかしだ。えらそうなオナ    ゴは趣味ではないのだ。ドМなワガハイ、結衣ちゃんには蔑まれたい」

 彩夏「好き勝手な事を……もう、火炎放射器さんを出すしか……」

 千冬「わ……あの子を止めてください!」

 彩夏が火炎放射器を懐から取り出すより先、1号が羽交い絞めでロックした。

 千冬「さすがに火炎放射器は危ないよ……」

男客P「お前が火炎を放射させたら、この店は、ただじゃすまないぞ!いいの     か!」

 店長「こ……この店は私の命!焼くならクレープにして!」

 彩夏「いや……本気じゃなかったんだ。でも、ごめんなさい」

 店を盾に取られては攻撃もできない!そこで、二号が適当な提案を広げる。

 二号「どこにも席が空いていないのでしたら、私がイスとテーブルに変形しま    す。そちらの、お庭をお借りしましょう」

 などと、それはそれで乱暴な事を言い出し、それを良い事に。

 店長「すぐにメニューをお持ちします!」

 と店長が受け入れ、庭の方へ案内を始めたのだ!花壇をながめながらのコーヒーとは、やや日差しこそ強いが優雅である。二号が日よけパラソルまで取り出している。

 二号「ハンバーガーと冷たいコーヒーもございますが、お出しいたします      か?」

 千冬「んん……お店がいらなくなるのでダメです」


  場所:駐車場の隣の庭

 店長「大変、おま……お待たせいたしました。こちらがメニューとなっており    ます」

 千冬「ありがとうございます……んん、ホットケーキがない……んん?」

 お品書きをパッと開くも、千冬の希望するものは見当たらなかった。その代わり、巻いたパンケーキがグラスに押し込まれている謎の料理を見つけて絶句した。その向かい側で、テーブルとイスに変形した二号へと座ったまま、彩夏が突っ伏して頭を抱えている。

 彩夏「また変な人達の自由を許してしまった……これでは仲間たちに顔向けで    きない」

 千冬「仲間?」

 1号「はかまではありません!ウェイトレスエプロンです!」

 さっきから見かけないと思ったら、また知らないところで1号が気ままな行動をとっている。結衣が忙しいからか、ウェイトレス姿の1号がオーダーを取りにきた。

 千冬「かわいい~。おちゃんこしてください」

 1号「おじょーさまの隣の席に失礼します。ところで、二号の姿がありません    が」

 などと言いながら、お品書きでテーブルをパンパンと叩いている為、尻の下に二号がいるとの確実に知っている。

 千冬「テーブルとイスになってもらいました。日よけの傘は二号さんの口から出ました」

 1号「お二人は、口から何を入れますか?」

 千冬「ふ……『ふっくらとした羊毛のような舌触りの厚焼きクレープ』と、     『あなたメロメロぼくメロンソーダ』をください」

 1号「厚焼きクレープとメロンソーダですね」

 凝った名前が料理についていて、ちゃんと読んだら店員が冷徹な反応を見せてきたパターンである。赤面している千冬をよそに、1号が彩夏の方を見つめている。

 彩夏「……ん?あぁ……コーヒーを頼むよ」

 1号「『人生の苦みコーヒー』ですね」

 彩夏「……もっと普通のはないの?」

 1号「『天然水のようなコーヒー』でしょうか」

 彩夏「それコーヒーの味するの?ただの汚れた水じゃないのか?」

 1号「あとは『甘ったるんるんアップルコーヒー』があります」

 彩夏「じゃあ……人生の苦みコーヒーで」

 1号「店長!聞こえましたか!」

 店長『しかと!』

 トランシーバーに声を吹き込むと、そこから店長の声が戻ってきた。横着なウェイトレスである。足まで組み始めた1号の横で、千冬は二号の心配をしている。

 千冬「二号さん……3人も座って、重くないんでしょうか」

 二号「45キロ、22キロ、49キロ。合計116キロ。90トンまでは問題ございません」

 彩夏「体重計なのかな?」

 1号「ちなみに私は22キロです。宅配便で送れます」

 千冬「……」

 結衣「お疲れ様ですー!お先にアガりますー!」

 先程までウェイトレスをしていた女の子が、お店の裏側から出てきた。この時間で、アルバイトは終わり。すると、彼女を目当てで来た客も目的を失い、夕食時を前に店から出ていく訳だ。

男客Q「いつも、結衣ちゃんの、うなじは最高ですね。店内で撮影はできません    でしたが」

男客R「ここへ来て、明日への活力を得た!生きていく希望を見つけた!」

男客S「あぁ、ラブリーキッチンエンジェルみつる最高だぜ」

 急に店内がガランとしてしまい、中へと招き入れる為に店長が走ってきた。

 店長「申し訳ございません!どうぞ、今の内に店内へ!」

 彩夏「あ……あぁ、ありがとうございます」

 二号人間形態に戻るのを待って、みんなで店の中へと入る。

男客A「ん~。やっとコーヒーが飲めるよ」

 彩夏「あんた、非モテ団だろう!ちゃんとブーメランパンツの上に服を着て来    てくれ!」

男客A「今の僕はコーヒーをなめるだけの機械なんだ。話しかけても無駄だ      よ?」

 彩夏「う……うざ……」


  場所:店の駐車場

 満足に食べた。帰る。

 1号「そちらの方は、この付近に住んでいるんですか?」

 彩夏「そうだが、家の場所を見せる訳にはいかないんだ。ここで、お別れ……    あっ!あとをつけてきたりしたらダメなんだぞ!」

 1号「安心してください!そんなにヒマじゃないです!」

 彩夏「う……うん。安心した」

 念をおして注意したら、興味がないとバッサリ言われてしまった。これはこれで悲しい。

 彩夏「そういう事だから……じゃあね」

 そう言うと、彩夏は家と家の間にある細い路地へ消えていった。

 千冬「……山に帰ろう」

 1号「自宅の事を山って言わないでください。山は庭です」

 二号「ついでなので、あんずを木から取って帰りましょう」

 他にも、イチジクやサクランボなどがなっており、近所の幼稚園では遠足コースとなっております。


  場所:??? 

 とある雑居ビルの裏手へ周ると、ぽつんと消火栓が設置されている。それを引きあげながら回す事で、ビルの壁に地下への階段が現れるのだ!

 彩夏(今日は変な人達にからまれた……)

 源蔵「目がショボショボする……目がショボショボ……」

 彩夏「ドクター、お疲れ様です。本日の成果はいかがですか?」

 源蔵「おぉ、あんたか。今日は新兵器ゼータ君を作った。見ておくといい」

 彩夏「わかりました」

 源蔵「わしは疲れた……もう山に帰る」

 彩夏(この人、モノノケなのか?)

 漂泊していないボロ雑巾のような老人が、すれちがって地上へと出ていった。階段の奥は石作りの通路なのだが、奥の方に取り付けてある扉はラメを塗ったような銀板で、宇宙映画の撮影などに使えそうである。

 彩夏「青海彩夏!ただいま帰還しました!」

隊員A「遅い!そんな事で、私のライバルが務まるか!」

隊員B「おかえりなさい、彩夏ちゃん?あら、髪に花びらがついているわ~?」

隊員C「さみしくなんかなかったけど……彩夏が帰って来てくれて嬉しい……」

 扉を開けると、未来的なサイバー部屋に何人もの隊員が待機しており、その全員が女の人である。このように様々な人達がいるのだが、彩夏がアイサツだけしてスルーしていくので、各人物の人柄などは割愛である。

 サイバーな柱が中央にある大部屋の左奥、研究室へ繋がる扉をタッチで開く。そこには白衣を来たメガネっ子がいて、この子が源蔵の助手である。

 彩夏「ドクターが、何か新兵器を開発したそうなんだけど……」

湯々子「それは、これ」

 と、湯々子が指さしたのは何か解らないテーブル状の機械で、その中を謎の糸がクルクル流れている。

彩夏「……なにコレ?」

湯々子「重力を消す装置ができたから、水がなくても使える流しそうめん機を     作った。今の季節に必須だもん」

 彩夏「すごいけど……もっと他の事に活かせないのかなぁ」


  場所:春間家のリビング

 1号「それでは、私は夕食の材料を買いに出ます。あんずジャムを煮込んでい    るので、その監視をお願いします」

 千冬「ラジャー」

 帰宅して間もなく、ゴスロリ服に着替えた1号は再び外出する。千冬はジャム作りで火を見る係。当然、二号も留守番である。

 1号「それでは行ってきます」

 千冬「行ってらっしゃい」

 スニーカーの裏にローラーがついている、名前の解らないクツで走りながら、1号は屋敷を出ていった。うすく湯気の上がる鍋を監視しつつも、千冬は食卓でノートを広げ始めた。

 千冬「宿題をしよう……んん?」

 目の前に財布っぽい財布が転がっている。ボールを蹴っている犬のマークがついている事から、これは1号の財布であると解る。

 千冬「……」

 二号「……お財布ですね」

 千冬「そうだ!届けないと!」

 という訳で、急遽として財布を届けに行く事となった。これが、その書き置き。

 『1号さんを探してきます』

 これだけ読むと、やや事件の臭いがする。

 二号「それでは、お出かけ前に1号と通信をします。少々、お待ちくださ      い……『二号です。お財布が家に……あぁ、クレジット機能をつけて頂    いたのですか。それでは、必要ありませんね』……との事なので、お出    かけは中止となりました」

 千冬「……そうですか」

 がっかり。


  場所:スーパーにきしの

 1号「たまごーたまごー……」

 今日は卵の特売日。お一人様1パックまで、110円で買えます。

 1号「たまご……たまごんラーメン?見た事ない!買おう!」

 新商品には目がない。今日の夕食は謎のインスタント、たまごんラーメンに決定してしまった。


  場所:スーパーにしきの

 彩夏「……えっと、たまごが安いんだっけ」

隊員B「あ・な・た、今夜は何にする~?」

 彩夏「なにって……オムライスだよ……」

隊員B「もう……『今日はハンバーグがいいな』が、新婚夫婦の常とう句よ?     い・け・ず?」

 彩夏「……あれ?たまご、安くないなぁ」

隊員B「お店が違ったのかしら~?」

 彩夏「にきしのの方だったか……」


 場所:山の下の方の道路の脇

 源蔵「……なにをしとるんじゃ?」

 ??「あぁ、こんばんはぁ。たんぽぽぉを植えているんですよぉ」

 源蔵「そりゃ、見りゃ解るが……」

 会社帰りのサラリーマン風な男の人が、シャベルでタンポポを植えている。帰り道に見つけてしまったせいで、自然と源蔵が声をかけた形。

男の人「ここは幼稚園の通学路ぉ。タンポポぉがあれば園児たちも喜ぶかと、私    は思いましてぇ。実は今日ぅ……身勝手にも他人の所有する土地に花を    植えてしまったぁ。その申し訳ない気持ちを込めぇ、タンポポぉを植え    てるところなんですよぉ」

 源蔵「そこは……わしの所有地なんじゃよね」


  場所:亜美の実家

 亜美「今日、中学校の時の友達と会ったのよ」

  母「そう。千冬ちゃんも同じ学校だったのね」

 亜美「他にも友達はいたわよ!」


  場所:春間家

 千冬「宿題が終わったので、毛糸玉をほどいてもいいですか?」

 二号「私に権限はございませんが、ほどいたものを戻しておきますので問題ご    ざいません」

 何が楽しいのか、千冬はシャシャシャと毛糸玉を糸に戻し始め、それを二号が毛玉へと戻している。手際は良いが、非生産的である。そこへ1号が帰宅した!

1号「ただいま戻りました。また毛玉をほどいているんですか?それ、楽しいんですか?」

 千冬「トイレットペーパーを全て巻き取っていいのでしたら、すぐにやめます    が」

 1号「毛玉で辛抱しておいてください。私はラーメンを作ります」

 続いて、源蔵が帰宅する。

 源蔵「わしが帰ったぞ。お前、また毛玉をほどいているのか。楽しいか?」

 千冬「日めくりカレンダーを全て剥がしていいなら……」

 源蔵「解った……毛玉で勘弁しちくり」

 綺麗に纏まっているものを見ると、分解したくなる人である。ストレス解消ではなく、たんに手がヒマなのだと思われる。そのせいか、何かと揉んでいたり、いじっていたりする。

 1号「たまごんラーメンというのを見つけたので、どんな味かと思い作ってみ    ました」

 千冬「んん……メンマの味しかしない」

 1号「前から作っていたメンマが良い仕上がりでしたので、おおい被せてみま    した」

 トッピングで台無しである。とにかく、おいしく食べた。あとは寝るまで自由時間である。千冬は初めての高等学校について、リビングで源蔵へ感想を述べている。

 千冬「もう友達ができたよ」

 源蔵「それはよかったな。変な人には会わんかったか?」

 千冬「……勉強するよう勧めてくれた人と、花を植えてる人と、コーヒーをた    くさん飲んでる人達には会ったよ」

 源蔵「花を植えてるやつには、きつく言っておいたぞ。二号がおるから危険は    ないじゃろうが、危なくなったら二号のネクタイを引っ張るんじゃぞ」

 千冬「すると?」

 源蔵「鳴らしてみての、お楽しみじゃ。だが、鳴らしてはならんぞ」

 音が鳴るらしい。だが、そんな事をしているヒマがあるなら、すぐさま二号が助けに入る訳で……今後、鳴らす機会はない。他愛のない話をしている内、夜10時なので就寝の時間だ。

 千冬「1号さん、一緒に寝よう~」

 1号「では、セーブします……セーブしたので、また途中から遊べます。パス    ワードがいらないので、セーブは凄いんです」

 またピコピコをしている。これでやっと、源蔵はテレビが見られる。

 二号「緊急時に備え、私は寝室の外でスリープモードに入ります。よろしいで    すか?」

 千冬「部屋の中でも良いですが……」

 二号「それでは、室内にて起立し、待機いたします」

 千冬「すわってもらっても大丈夫ですが……」

 二号「では、窓へ腰かけ、夜空を仰ぎながら緊急時に備えます」

 千冬「かっくいい……」

 無駄にカッコいいポーズで月明かりを受けながら、部屋と星空を警備する二号に構わず、千冬と1号は、ぬくぬくと寝た。


  場所:春間家のリビング

 TV『本日の昼過ぎ、東山研究所にて事件が発生。何かが飛び出したかのよう    な穴が、研究所に空いております!』

 源蔵「東山研究所?まさか……やつが!」

 ニュース番組の報道を受け、源蔵が慌ててテレビに近づく!

 TV『近隣住民からの通報により、救助隊が出動。発明品であるハイテクコー    ラのフタを飛ばしたと思われる研究者2人が救助されました。凍る程に    冷やしたコーラの噴き出した威力で、壁に穴が開いたと予想されていま    す』

 源蔵「……なんじゃ。知らん発明品か」

 ただの思わせぶりは止めていただきたい。


  場所:彩夏がいる基地の浴場

 彩夏(たまごが買えなかったせいで、夕食がチキンライスになった……)

 などと思いながらシャワーを浴びていると、浴場に隊員Bが忍び込んできた。

隊員B「あやかちゃん~?背中、流してあげる~」

 彩夏「うわ……くすぐったい……」

隊員A「仕方がないやつめ……ならば、私は髪を洗ってやろう」

隊員C「お腹すべすべ……きれいきれい」

隊員D「はい。口あけてえ。歯磨きの時間ですよお」

隊員E「じゃ、ドライヤーとバスタオルの係は任せてね」

隊員F「はい!パジャマに、お着替えさせますッ!」

隊員G「ははは、ふとんは温めておいた!安心して眠りたまえ!」

隊員H「お香をお炊きいたしまし。お安眠いただける、お香りですの」

 全自動である。

 彩夏「……私の部屋から出て行ってくれ」

 ベッドの横で、じっと8人が見守っている。案の定、追い出された。これでやっと静かに眠れる……かと思いきや、今度はドアがノックされた。

 ??「彩夏。起きているかしら?」

 彩夏「指令……いや、母さん。まだ起きているよ」

 物音を立てず、気丈そうな女の人が部屋へと入る。

  母「今日は変な人達を取り逃したそうね」

 彩夏「……ごめんなさい」

  母「……次は期待しているわ。取り戻すのよ。誰もが怯えずに暮らせる日常    を。私たちの大切なものを」

 彩夏「その……母さん。警官の制服で言われると、ちょっと威圧感が……」

  母「……一日警察署長の帰りなの。き……着替える時間がなかったのよ」

 お気に入りである。


  場所:夜が明けて……千冬の部屋

 千冬「……二号さん、寝てるんですか?」

 二号「……あぁ、いえ。スリープモードです」

 二号は窓際で2割だけ目を開けており、見るからに寝むそう。1号が先に起きて風呂をわかしてくれた訳で、千冬は着替え片手に朝風呂へ向かった。

 千冬「そういえば、チャンプーの隣にある入れ物は、何が入っているんで      す?」

 1号「オイルです。体の節々に塗るんです」

 千冬「私も使って大丈夫なんですか?」

 1号「オリーブ由来なので、問題ありません。ところで、チャンプーってなん    ですか?」


  場所:春間家リビング

 ほっかりした千冬がテレビを見ており、1号は味噌汁を温めている。源蔵はテレビを見ながら寝てしまったようで、白目をむいてソファに倒れている。

 1号「朝は和食です。メンマお味噌汁とメンマごはんとメンマとメンマです」

 千冬「お弁当にも入ってる予感……」

 メンマが和食でないのはさておき、2皿に分けて普通のメンマを出すくらい、メンマが余っている。

 源蔵「この香り……メンマか!」

 好物のメンマを感知し、源蔵が蘇った。メンマごはんは炊きこみ風に作ってあり、意外と見た目が良い。黙々とメンマを食べている千冬に対し、源蔵が適当な話題を放る。

 源蔵「登校2日目じゃが、心配はないか?」

 千冬「早く学校いきたいよ」

 源蔵「そうか……わしは職場じゃ、ちょっと肩身が狭い」

 千冬「なんで?」

 源蔵「みんな女の人じゃから、話題についていくのが大変じゃ。チノパンとか    アメカジとかクロワッサンとか言われても、わしの辞書には載っとら     ん」

 そもそも、話題についていこうとする必要もなさそうである。

 源蔵「今度、一緒に食べに行くか」

 千冬「アメカジを?」

 源蔵「チノパンをじゃ」

 もちろん、パン屋で。


  場所:登校中

 今日は千冬と1号の2人が、バス形態の二号に乗って登校中。昨日、彩夏と別れた場所の近くを通り、ふと千冬が彩夏の事を思い出した。

 千冬「あの子、この辺りに住んでるのかな?」

 二号「体温の反応をサーチすれば、居場所は把握できますが」

 千冬「それを調べて登校を待つのは、ちょっと気まずいです……」

 1号「悪い人がやる、あれっぽいですね」

 千冬「それ、知ってます!出待ちというのです!」

 二号「待たれる側が嬉しければ、ストーカーにはなりませんからね」


 場所:亜美の家の前

 亜美「遅いわよ!20分も出待ちしたわよ!」

 出待ちするのをためらっていたら、出待ちされていた。それも学校の目の前で。

 千冬「なにを待っていたの?」

 亜美「バスに乗る為に待ってたのよ!ちゃんと時刻表どおりに来なさいよ      ね!」

 1号「そんな事いって……本当は千冬ちゃんの事、好きなんじゃないのー?」

 二号「さぁ、本当の事を言っておしまい!」

 亜美「う……うるさいわね!ああ……あたしの目的は、あくまでバスよ!」

 千冬「亜美ちゃん……」

 見つめあってないで、さっさと学校に行ってください。


  場所:学園の駐車場

 二号『終点、〇〇学園前~』

 千冬「乗車券と250円を入れます~」

 二号『お忘れ物に、ご注意ください~』

 千冬「ありがとうございます~」

 などと言いながら、特にアクションもなくスッと降りる。ごっこ遊び。

 亜美「今日はプールの日だから、水着が必須!あたしは服の下に装備済み!」

 千冬「学校にプールがあるの?」

 亜美「ないわよ!」

 学校にはないが外部には……そのあたり、ちょっとは自分で補足説明していただきたい。

 亜美「学校からバスで15分のところにあるプールよ!」

 千冬「……水着がなかったら、どうなるの?」

 亜美「プールの隣のトラックスを走らされるわよ」

 千冬「そんなぁ……」

 ご察しの通り、水着を持っていない人が一人。でも、それを言ったら1号も持っていない。

 1号「私は水攻撃に対して、耐性があるので」

 セーブしたピコピコの続きがやりたい様子。

 亜美「千冬は幼女だから、学校指定のじゃサイズないわよ。あと、露出度が高    いと通報されるわよ!」

 二号「特注ウェットスーツを通信販売で発注いたしました。4時間後に届きま    す」

 千冬「そろそろ普通の水着が欲しい……」


  場所:教室

生徒D「春間さん、ノート見せてちょうだい」

 1号「印刷したような文字だから、読みやすいんです」

生徒E「春間ちゃんのネジって、巻くと、どうなんの?」

 1号「1.4倍のスピードで走れます」

 教室内での春間さんのポジションを1号に持っていかれてしまい、小さい方の春間さんは心中が複雑である。小さい方は幼女の子、ならびに小さい春間と呼ばれている。

生徒C「オキアミー!幼女の子、どこに隠したのよー!」

 亜美「あんたたちには、絶対に教えないわよ!」

 千冬をカーテンの中に隠して、また亜美が千冬を独占している。しかし、千冬は亜美の方に気が向いておらず、彩夏の事を探している。

 千冬「青海さんは、もう来てる?」

 亜美「どうせ、あの大きなロボットのところで遊んでるのよ!いつも、教室に    来るのはビリ!だから、あたしの勝ちよ!」

 千冬「ロボットは、どこに置いてあるの?」

 亜美「ケチだから、それは誰にも教えてくれないわよ!ビリでケチとか、救い    ようがない!こうなったら、どこにロボットがあるか、自分たちで探す    しかないわよ!」

 千冬「んん……探さなくてもいいけど……」

 隠し事をされると、気になって仕方がない人である。そんな訳で、昼休みに校内を探索する事となった。なぜか、午後ティーしている1号も連れ出された。

 1号「スコーンを食べそこなってしまいました」

 亜美「なにそれ?酢昆布なら家にあるわよ」


  場所:学園の廊下

 亜美「こういう時は、逆に何もなさそうな場所を探すのよ」

 千冬「例えば、どういう……ん?誰か来たよ」

 細長い犬のマークが描かれた作業着を着た、配達員風の男の人が向こう側から全速力でダッシュしてくる。脇目もふらずに千冬の前まで来ると、両手で段ボール箱を差し出した。

配達員「〇〇学園宛てです」

 千冬「……うん?」

 二号「ウェットスーツの可能性があります。受け取りましょう」

 1号「はい、ハンコ」

配達員「……3分28.35948秒。ベスト3入り!ありがとう!」

 ストップウォッチを止め、その結果にガッツポーズ!帰りはスキップ!

 亜美「あれは何よ……」

 千冬「……さっきまで、何しようとしてたんだっけ」

 亜美「……そうそう!何もなさそうな場所を探すのよ!そう!この行き止まりの壁とかね!」

 パンッと壁に手をつけたら、謎の通路が見つかってしまった。

 亜美「……―っ!」

 声にならない声を上げながら、そっと壁を戻す。探すと言いだしておいて、見つける気はなかった人のリアクションである。その後、真木先生が廊下を走ってきた。

 真木「こ……こここで何をしているの!世の中には、知らない方がいいい良い    事もあるの!」

 亜美「ですね」

 真木「わわ……解ったのなら、先生満足!あたたたちは、こここを立ち去るべ    しよ!」

 と言いながら、真木先生は壁を開けて、中へと入って行った。かすかにロボットの駆動音みたいのも聞こえた。

 亜美「……あたし、実はロボットより、ハンバーガーマンの方が好きな子ども    だったわよ。だから、もうロボットの事は探さない!」

 千冬「私も」

 1号「私も」


  場所:〇〇学園ロボット格納庫

2体の巨大なロボットがクレーンにつるされており、彩夏が書類とロボットを見比べている。そこへ先程、亜美を注意したばかりの真木先生がやってきた。

 真木「あ……危うく、このメカニクスハイテクノロジーリミテッドドールが待    機している格納庫の入り口を知られるところだったわ」

 彩夏「その呼び方、誰にも浸透してないですよ……真木先生が壊した格納庫の    入り口のカギは、いつ修理が終わるんですか?」

 真木「飢えたオオカミのマークの配達便に超特急コースで頼んであるの……遅    いわね」

 彩夏「あそこ、マラソンランナーが配達してくれるんですよね。ランナーのプ    ライドで、車を使わないとか」

 それゆえ、配達は遅いらしい。

 

  場所:校門前

 午後の授業は屋内プール。1年生全4クラスが合同で、バスに乗って近所のプールへ行く。駐車場に貸し切りバスが2台きており、それに皆で乗り込む。

 千冬「バスだ!」

 1号「おじょーさまは個人タクシーで送り迎えだったので、バスは初めてなん    です。ところで、二号は、どこに乗るんですか?」

 二号「……ご安心ください。お嬢様は、一秒かかさず私が守ります」

 二号の背が高すぎ、車内の通路が狭すぎで、居場所がない。そこで、千冬の座る席の上あたりを目安とし、腕組みしながらバスの上に直立した。

 

  場所:移動中しているバスの外

1段目「この世の中、背が高いとモテるという」

2段目「こうして肩車すれば」

3段目「身長が高く見えるってわけさ!はっはは!」

 国道沿いの歩道を見ると、3人で肩車をしている男の人がフラフラと歩いている。下の2人はコートに隠れていて、顔だけをコートから出していた。そこへ、千冬たちの乗り込んだバスが通りかかって……。

3段目「はっはは……!アッ!バスの上に立ってるやつがいる!」

2段目「あっちの方が高い!?どうする?」

1段目「……つま先立ちだ!みんな、つま先立ちしろ!」

3段目「お前しかできないだろ!しっかりしろ!」


  場所:プールのある体育館

 到着。

 千冬「そうだ!ウェットスーツをください!」

 二号「はい」

 お待ちかね。二号は段ボール箱を脇腹の辺りから取り出し、地面に置いてフタを開ける。やはり、電子認証式のドアロックが出てきた。

 二号「暗証番号で開くカギです。ウェットスーツではございません!」

 千冬「……」

 彩夏「……あ……あぁ!それ!」

 透明状態の二号が持っている機械を見つけ、彩夏が慌てて指さしている。欲しいの?

 彩夏「それ、私のなんだ。わたしてくれ」

 亜美「そんな事を言って!人のものを横取りするつもりでしょ!自分のものだっていう証拠を出してみなさいよ!」

 みんなが体育館内への移動を始めている中、また亜美が話を面倒な方向へ持っていこうとしている。段ボールには〇〇学園宛てとしか書かれておらず、ここには真木もいない為、彩夏のものだという証拠は出せない。

 彩夏「……真木先生に頼まれたんだ。頼む」

 亜美「あたしだって、画面のついた機械を持ってみたいわよ!預かっておくか    ら、あんたは安心してプールしてていいわよ!さ、あたしにちょうだ     い!」

 亜美は携帯電話を持っておらず、その代わりにして持って歩きたいらしい。彩夏と亜美に迫られているが、千冬は水着がない事実に放心している。そこへ、姿を消している二号が千冬に助言する。

 二号「私が腹話術で対応します。うまく合わせてください」

 千冬「う……んん……ぱくぱくぱく……」

 二号「ボク、ドアノカギダヨ!ケンカハヤメテ!」

 千冬が口をパクパクしているものの、二号はドアのカギに扮して話を始めた!

 彩夏「こ……このカギ、しゃべるぞ!」

 亜美「千冬、なにバカみたいに口パクパクしているのよ!」

 千冬「……」

 はずかしい。

 二号「ボク、ヒトリデモ、ガクエンニイケルヨ!ダカラ、ケンカハヤメテ!」

 梱包されていたプチプチの上にカギを置き、丁寧に包み直す。

 彩夏「お……おいっ!無茶するんじゃないぞ!」

 亜美「足がないくせして、どうやって一人で行くっていうのよ!強がりも程々    にしなさいよね!」

 二号「……ミンナハ、ナカヨクスルンダヨ!ジャア、ボクイクネ!」

 そう言い残させて、二号はブツを空の彼方へと投げ飛ばした。一緒に二号の右腕も飛んで行った事から、ロケットパンチで配達するつもりと見られる。段ボール箱が消えて行った方を見つめて、彩夏と亜美が言葉を失っている。

 千冬「……」

 亜美「あ……あんな事いわれたら、あたしは裏切れない人情よ!あんたと仲良    くするのは、あの子の為なんだから、か……勘違いはしないでほしいわ    ね!」

 彩夏「私たちが争ったせいで、あんな無茶をさせてしまった……こんな事は、    もう繰り返しちゃいけないんだ。仲良くしよう」

 亜美「……プール行くわよ。髪、長いから結んであげるわよ」

 千冬「……」

 あ、水着がない人はマラソンです。


  場所:屋外運動場

 先生「楽しいマラソンの時間だ。一周で5000m、ここを6周してもらお     う」

 プールとグラウンドを行ったり来たりしやすいよう、上下一体型の水着とスニーカーだけを身につけた先生がグラウンドに立っている。はた目に見たら、ちょっと変わった人である。

 千冬「先生の水着、かっこいいですね」

 先生「……どうも変態の中には、女性のワキの下を見ると興奮するという者がいるとか。それを耳にした校長が、そでのある水着を指定水着にしてくれた。こうして日々、改良がなされている」

 千冬「ふ~ん……」

 なお、ふともも辺りまでも水着に覆われており、すこぶる防御力が高いぞ。

 先生「マラソンというのは、走り方が解れば楽しくなる。行くぞ!」

 千冬「おーっ」

 実のところ、春間家にはプールがあるから、帰れば泳げる。ただ、一人プールは寂しいのだ。その後……一時間半をかけて、千冬は6周を完走。結局、先生も最後まで一緒に走っていた。

 先生「……これで終了。あとは少し歩いて、体を落ち着かせるんだ」

 千冬「も……もっと走らせてください!」

 先生「……内緒でジュース買ってあげるから、もうやめとけ」

 走るのが楽し過ぎて、千冬がハイになっている。それでも、なんとかジュースの一言で落ち着いた。自動販売機は体育館の通路にあるので、先生と一緒に屋内へと向かいます。

 先生「はちみつレモンでいいな?」

 千冬「はちみつレモンすきです」

 先生が10円玉を財布から探している内、千冬が周りをながめていると、廊下をゆらゆらと歩いて行く初老の男の人が見えた。キョロキョロしており、不審で怪しい。

 千冬「あの人……何を探してるんだろう」

 先生「……あちらは女子更衣室だ。悪人かもしれない」

 はちみつレモンを千冬に渡しながら、先生は前かがみになって後を追い始めた。千冬も尾行を始める。存在感はないが、実はいる二号も追う。

 先生「……サングラスをかけている……怪しい」

 千冬「むむ……」

 先生「……頭をかいているぞ。怪しいな」

 千冬「かゆいんでしょうか」

 先生「……ゴミ箱を蹴とばした!怪しい!」

 千冬「おいしい……」

 先生「ジュースは、おいしい」

 呑気にジュースを飲みながら後を追う事、5分。追っていた人物は無事、建物の出入り口に辿りついた。

 千冬「よかったですね」

 先生「あぁ」

 

  場所:女子更衣室

 そろそろ授業の終わる時間だから、先生は更衣室で着替えて行くらしい。千冬は体操服の上に制服を着るだけなので、さっさと着替えて更衣室前のイスで待機。していたら、プールを終えた他の生徒が戻って来た。

 1号「バタフライというのを教えてもらいました。これで、おじょーさまが浴槽で溺れても安心です」

 千冬「足はつきますから大丈夫です!」

 たまに溺れるのは事実である。

 千冬「水着は、どこから持ってきたんですか?」

 1号「200円でレンタルできました。おじょーさまはサイズがなかったので、お声をかけませんでした」

 千冬「ふ~ん」

 なら仕方がない。亜美や彩夏も戻ってきて、更衣室へ入る。千冬が入ろうとすると、透明になっている二号も入ろうとするから、まだ千冬は室外で待機。声だけは中から聞こえてくる。

生徒E「お姉様。一切の無駄もない引き締まったプロポーション……くらくらしますわ!」

 彩夏「あまり見ないでくれ……恥ずかしいから」

生徒A「オキアミー……無駄がなくて、あばらで大根をおろせそうだが、大丈夫    ―?」

 亜美「う……うらやましいからって、あんまり見ないでよね!」

 必要最低限の栄養は摂っているのだが、蓄えがないのである。その後、はちみつレモンの飲みかけを千冬にもらった。

 

  場所:バスの中

 来た時とは別の席になり、知らない生徒が千冬の横に座った。

横の子(隣の子……はちみつみたいな匂いがする。そんなわけないのに……で     も、もしかして、これが……恋なの?)


  場所:バスの外の歩道

通行人「……見ろ!人の腕みたいのが空を飛んでいくぞ!」

通行人「どうせ、珍しい鳥だろ?さわぐなよ」

鳥博士「あんな鳥はいない!この、にわか仕込みが!」

ロケットパンチした二号の腕が、お使いを終えて戻ってきました。


  場所:バスの後ろの方の席

生徒F「……」

生徒G「……なに見てるの?窓の外、何かあるの?」

生徒F「窓から見える建物の屋根で、妄想ハリウッドアクションさせてみてる     の。あんまり間が離れてると、ジャンプしても飛び移れないんだ」

生徒G「なんっていうハリウッドスター?」

生徒F「ビル・ハウスさん」


 場所:〇〇学園前

 二号がバスの上で目を光らせていた事とは関係なく、バスは無事に学園へと帰ってきた。この場で帰りの会もしてしまう。

 先生「もう下校時間を回ったから、帰ってよし。また来週」

 先生も着替えたはずなのだが、水着の上にジャージをはおっただけであった。 そんな人の適当な締めくくりで、生徒たちは行動の自由を許される。金曜日だから、いつもより自由だぞ。

 先生「青海。お前は日直だから、春間と小さい春間つれて、学校を案内してく    れ。ばーっとでいいぞ」

 彩夏「解りました」

生徒A「彩夏ちゃんさー、忙しいじゃない?私たちでつれてくよー」

 彩夏「お気になさらず。今日は時間があるんだ」

 思いのほか、快く引き受けている。体育の先生の事は彩夏も好きらしく、頼まれごとも苦でないらしい。

 彩夏「教室でカバンを取って、それから案内しよう」

 亜美「そうだ!食堂いって、いらないパンの耳もらいに行くわよ!」

 彩夏「それは独りで行ってきてくれ……」

 1号「理科室にダイオウイカのホルマリンあるらしいので、それが見たいで     す」

 彩夏「私は見たくないなぁ……」

 千冬「パンの耳……」

 彩夏「2人で行ってきてくれ……」

 1号「ホルマリン……」

 彩夏「どれだけホルマリン見たいんだよ……勘弁してくれ」

 2択しかないので、とりあえず食堂に行きます。


  場所:食堂

 亜美「おばちゃん!パンの耳ちょうだい!」

 カウンターを叩きながら、おばちゃんを呼んでいる。何も言わずにパン耳の入った袋を投げつけられるが、ご満悦な様子である。

 亜美「これよ、これこれ」

 千冬「何かつけて食べるの?」

 亜美「油で揚げて、パン耳かりんとうにするのよ」

 千冬「じゃあ、パン一枚全部を揚げたら、おっきいのが作れる!」

 亜美「それは金持ちの発想よ!きらい!」

 

  場所:音楽室付近

 彩夏「あそこが音楽室だ」

 千冬「ピアノの音が聞こえる」

 1号「ドアの前で、音楽室をのぞいてる子がいますよ」

 亜美「あれよ。これから彼女がバンドに誘うとか、告白をするとか、そういう    やつよ」

 あっちを主役にした方が面白いかもしれない。


  場所:理科室

 彩夏「理科室だ。アレは後ろに飾ってあってイヤだから、前から入ろう」

 かすかに薬品臭とダイオウイカ臭のする理科室には白衣を着た女の子がおり、その子は基地の研究室にいた人と同一人物。ビーカーの中にある物体を混ぜている。

 千冬「実験中?」

湯々子「な……なにか用?」

 彩夏「いや、特には」

湯々子「……その小さい人、小さすぎる……ロボ?」

 彩夏「違うよ……たぶん」

湯々子「やせた人も細すぎる……ロボ?」

 彩夏「違うよ……もっと疑いやすい人いるだろう。あそこでホルマリン見てる    子とか」

湯々子「湯々がロボット作るなら、わざわざ背中にネジ巻きなんかつけないも     ん。常識」

 彩夏「そんな常識は一般人にはないから知らん……」

 1号「それは、何を作っているんですか?」

 まったくロボットだと思われていないロボットが来て、湯々子が混ぜている薬品らしきものの正体を尋ね始めた!

湯々子「ねって美味しい~」

 ねりアメ。


  場所:体育館

 バスケットボール部と卓球部と演劇部と、新体操部とバレーボール部と軽音部がクロスオーバーしながら部活中。入り込む余地がなかった。


  場所:保健室の前

 彩夏「ここが保健室だ」

 亜美「ベッドがあるから、眠くなったらくればいいわよ」

 と言いながら亜美がドアを開いたら、先生がいない。

 彩夏「保健の先生は職員室かな」

 1号「白衣だけはあります。着てみましょう」

 なにかとコスプレしたがる。ふところからメガネも取り出す。

 千冬「先生、頭が悪いです。なおしてください」

 1号「メモリを4Gに取り換えるので、ネジ穴を出してください」

 千冬「んん……それはないです」

 1号「では、ムリです。お帰りください」

 さじではなく、ドライバーを投げられた。メモリの増設は無理みたいです。その声を聞いて、ベッドの脇にあるカーテンが開いた。

 先生「白衣、勝手に着るなよね」

 彩夏「……いたんですか。ベッドで何を?」

 先生「寝てたんだよね。ベッドも低反発に取り換えたんだよね」

 彩夏「保健室に住まないでくださいよ……」


  場所:学校前

 彩夏「これくらい案内すれば、もう大丈夫だろう」

 千冬「ありがとう」

 亜美「あたしも案内したわよ!」

 手柄を主張しながらも、もう食パンの耳を食している。家に帰るまで待ちきれない!

 千冬「青海さんは、これから帰るの?」

 彩夏「私は部活の生徒が帰るまで、今日は学校に残らないと。君ら、部活動は    入るの?」

 亜美「なんかくれるなら、入ってもいいわよ」

 この口ぶりからして、亜美も部活動には入っていないらしい。むしろ、アルバイトか何かと勘違いしている。

 1号「おじょーさまは、何かやりたい部活動はありますか?」

 千冬「毛糸玉をほどく部活動がしたい……」

 1号「千冬ちゃんも、特にやりたい事はないそうです」

 彩夏「そうか……それじゃあ、気をつけて帰りなよ」

 学校案内の役目を終え、これで彩夏とは、お別れ。ただ、千冬は名残おしいようで。

 千冬「何か、お手伝いできないかな」

 亜美「できないわよ。あたしたち、戦闘力0だし」

 あたしたちには無理だが、千冬の後ろにいる透明なロボットは戦闘力が未知数である。

 千冬「あ……あの。もしかしたら、お仕事の、お手伝いできるかも」

 彩夏「……え?何を?」

 千冬「なんでもするよ!」

 彩夏「ううん……なら、アレをどうにかしてくれたら、考えてもいいけど」

 なんでしょう。


  場所:校門前

 学校程も高さのある筋骨隆々なメンズオブジェが、校門前の庭に設置してある。どうにかしてほしいアレはコレ。

 彩夏「この学校の子にアピールする為、誰かが置いていったみたいなんだけど……片付けてくれたら……まぁ、うん。なんでも言う事を聞いてあげるよ」

 亜美「これ学校のじゃなかったの!?これ運んできたなら、大したやつよ!」

 1号「……で、誰に向けたものなのかは、判明しているんですか?」

 彩夏「『沙耶さんへ』と足の部分に書いてある。おそらく、2年の片名沙耶先    輩に当てたプレゼントだと思うが、本人はノーコメントだ」

 そりゃ、送られた方も恥ずかしいぜ。

 彩夏「……と言う事で、任せた。私は教室にいるから、なんとかできたら教え    てくれ」

 そんな淡々とした口調からして、諦めさせる気は満々。ただ、あまり千冬は困っていない感じ。その場を彩夏が去った後、スッと二号が姿を現した。

 二号「こちらを始末すれば、あの方が何でも言う事を聞く、お嬢様の家来にな    るのですね」

 亜美「……わっ!びび……ビックリした!誰よ!」

 二号「見ての通り、私は、お嬢様の魂。お嬢様をお守りします」

 亜美「魂!?幽霊じゃないの!?」

 まだ自己紹介でバグっているようだが、こんなロボに任せてしまう。

 千冬「お願いできますか?」

 二号「努力します。1号からヘルメットを受け取り、避難していてください」

 1号「ヘルメットです。これを被ってください。周りにいる人達も、危ないの    で離れてくださいー!」

 千冬「かわいいヘルメット!」

 アザラシの顔が書いてあるヘルメットを被せられ、千冬は1号と一緒に避難。なんだか解らなそうにしながら、亜美も千冬の後ろに隠れた。

 肩を回しながら、二号がオブジェを見上げる。拳を作って姿勢を構えた……しかし、何かに気づいたのか、すぐに姿勢を戻した。

 二号「……なるほど。ここを抜けば解決ですね」

 オブジェの欠片を一つ摘まみ取る。すると、支えを失ったオブジェが小さな木くずとなり、流れるように崩れ落ちた。これは、いわずとしれたジェンガ!

 1号「そうか!推定1トンのオブジェを運びこむのは不可能!犯人は何度かに    分けてジェンガを運びこみ、一晩のうちに積み上げた!そういうトリッ    クだったんだ!」

 亜美「すると、一人での犯行は無理。つまり、犯人には共犯者がいたという事    ね!」

 そういう探偵物語ではないので、推理するのはやめていただきたい。

 ??「あぁ、なんてブロークンな事を!ボクのラブの結晶が!」

 くずれ落ちたジェンガ、それに合わせて近くのポリバケツから、男の人が飛び出してきた!彼が何者かはいうまでもないが、すぐに二号へ詰め寄る!

男の人「ボクの愛ラブをアピールするため、仲間を呼んで作ったオブジェ!それ    をクラッシュするなんて!そんな、あなたはクレイジー!」

 二号「ラブの結晶はチームでクリエイトするものではございません。フィーリ    ングオブカップリングオブ……ラブです」

男の人「あぁ、なんて事!ボクがミスっていたなんて……そんなまさかのトラブ    リング。あなたのワード、ハートのディクショにインプット。すぐに     ジェンガは片付けます」

 二号「はい」

 解決しました。

男の人「もしもし?トラックを持ってきてくれる?スクールの前さ!」

 電話をしながら、男の人は向こうへ行ってしまう。そこへ、やけにハイライトのきいた女の子がやってきて、ジェンガを押しのけている二号の後ろに立った。

女の子「ありがとうございます。このオブジェが恥ずかしくて私、学園のマドン    ナでいるのが辛かったのです」

 二号「では、あなたが沙耶さんですか。これで解決ですね」

 沙耶「もし、よろしければ、私と友達になってくださらない?ご覧ください     私、学園のマドンナなのですよ。お近くにいさせて頂ければ、大層な自    慢になるはずです」

 二号「私は、お嬢様の魂……あなたには、おつき合いできません。それでは」

 それだけ言うと、二号は幽霊っぽく姿を消した。

 沙耶「待って!そんな……好きになった人が魂だったなんて、運命が儚い。う    うう……」

 1号「……おじょーさま!オブジェを片付けたので、あの子に報告しましょ     う」

 千冬「そうしよう!」

 沙耶「お嬢様?あの方……お嬢様の魂と言っていたわ。何かあるに違いな      い!」

 わざわざ大声で千冬を呼ぶから、沙耶に感づかれてしまった。こうして、お嬢様は学園のマドンナにストーキングされる事となりました。


  場所:学園の校庭

 ジェンガが崩れる音を聞き、蒼白な顔色の彩夏が駆けつけてきた。

 彩夏「何が起きた!爆破事件か!?」

 亜美「ほら、お望み通りオブジェをやっつけてやったわよ!早く足をおな      め!」

 彩夏「……え。本当に?」

 千冬「なんとかなった」

 彩夏「……あの……わ……悪いけど、さっきの話……なかった事にしていいか    な?」

 千冬「いいよ」

 彩夏「ありがとう……気をつけて帰ってくれ」

 その了承を得ると、そそくさと彩夏は学校へ戻って行った。言われた通り、千冬は帰る。

 亜美「……え?終わり?」

 

  場所:移動中

 亜美を亜美宅の前へ配達し、また千冬は1号と一緒に二号へ乗って帰る。夕ご飯の買い物をして帰るべく、いつもとは別の場所を走っていると、橋の入り口に窓口がある場所へと着いた。

 二号「有料道路でしょうか。1号は、お財布を用意してください」

 1号「自動で支払う機械はついていないんですか?」

 二号「高速道路は走行できないもので」

 特殊車両なので、高速道路へは侵入できない!このまま、警備員風な男の人がいる窓口へと行きつく。

警備員「俺は今、すこぶる機嫌が悪いんだ!ただじゃ通さない!」

 そもそも、有料の橋である。ただで通してはいけない。

 二号「いくらかかりますか?」

警備員「女子が2人か……50円で通ってよし!あぁ!?そこの若いカップルは    通常料金の200円だ!イチャイチャするなら家でやれ!俺への当てつ    けか!」

 ふられた受付員が暴走している。でも、200円以上はとらないのだ。その後、いい景色が続き、今度は橋の出口。また受付している人がいる。

警備員「今、すこぶる機嫌が良いんだ!通る人に紅白まんじゅうをプレゼントし    ている!」

 千冬「ありがとう。でも、なんで?」

警備員「面倒な彼と別れて、とっても晴れ晴れした気分なんだ!もっと良い人を    探すよ!」

 千冬「よかったですね」


  場所:スーパーニシキノ

 千冬「おかし買っていいですか?」

 1号「さっき紅白まんじゅう食べたでしょう。くびれがない自覚あるんです     か?」

 二号「おもちゃがついているものを持ってくるのでいけません」

 辛らつ。

 二号「本日の献立は?」

 1号「毎週金曜日はカレーの日です。カレーの具は何をいれたいですか?」

 千冬「ハンバーグ!」

 1号「なすとトマトにしましょう」

 二号「オクラも入れましょう」

 

  場所:春間家の山道

 山道の道路脇を見ると、木に登っている人がいた。

男の人「会社を辞めて毎日ぃ、今度は花を植える仕事ぉ。かけがえない幸せぇ」

 学園に侵入して花を植えた人は、源蔵に雇われてしまったらしい。

 千冬「あの人、手の力だけで木に登ってる……」

 

  場所:春間家のリビング

 まだ源蔵は帰っておらず、1号はカレーを作っている。千冬は寝ている。二号は立っている。

 二号「……インターフォンが鳴りました」

 1号「対応をお願いします」

 カレーをかきまぜている1号に頼まれ、二号が来客に応じる。玄関先が映っているインターフォンを取り、開口一番。

 1号「新聞は取らない事にしておりまして……はい。はい。では、お出迎えに    参ります」

 知っている人らしい。1号が玄関へ向かい。しばしして、私服の彩夏を連れてきた。

 1号「いらっしゃいませ。どういった、ご用件で?」

 彩夏「実は、オブジェの一件が母親に伝わったようで、約束を守ってから帰っ    てこいと言われてしまったんだ……なんでもいいから、頼みごとしてく    れない?」

 まじめな母親らしく、契約書まで自作して持たせていた。しかし、1号は釣れない!

 1号「特にありません!」

 彩夏「そんな!何かないですか!何かないですか!」

 1号「……特にありません!」

 彩夏「そっちのバスの人!何かないですか!」

 二号「特にございません」

 1号「そちらにサインだけしますので、お引き取り願います」

 満場一致で特にない。1号は契約書の捏造まで提案しだす始末。だが、それでは納得して頂けない。

 彩夏「このネックレスにカメラがついていて、観察されてるんだ……誠意を見    せないと帰れない」

 娘に監視カメラをつける、スパルタ教育である。

 1号「穏やかじゃないですね。ひとまず、おじょーさまを起こしましょう!に    わとり用意!」

 二号『クックック……クックドゥードゥルドゥル!』

 千冬「……っ!朝!」

 庭のメンドリの声を再生すると、朝と勘違いして起床してしまうのだ。スピーカーは二号の口。

 千冬「……あれ?青海さんがいる」

 彩夏「こんばんは……突然だけど、何か頼み事とかない?」

 千冬「とくにはとくにないです」

 特にない。彩夏が途方にくれていると、ネックレスから女の人の声が聞こえてきた。

 ??『彩夏……言われた事をやるだけなら、お茶の子さいさいなの』

 彩夏「……母さん」

  母『なんでも言う事を聞く……その、誠意を見せなさい』

 彩夏「誠意……」

  母『……メイド服を着て、ご奉仕するとか。いくらでも考えつくでしょ      う……そこの方、よろしければ証拠として、メイド写真を撮って送って    くださらない?』

 1号「いいですよ」

 いくらでも考えつくと言いつつ、それしか許さなそうな、お言葉である。つまり、娘のメイド服が見たいだけなのだ。

 彩夏「それは勘弁……母さん」

  母『身から出た錆よ。これに懲りたら、相手を見くびり、軽く言動をおこさ    ない事……』

 個人的な要望と説教っぽい台詞を残して、ネックレスからの声は途絶えた。

 彩夏「……メイド服とか、ないですよね」

 1号「……なんでないと思ったんですか?」

 彩夏「あると思いたくないだろう……」


  場所:階段下の物置き

 1号「長いスカートのメイド服です。よかったですね」

 彩夏「そんな気休めはいらない……」

 ありました。着せました。リビングに戻ります。

 彩夏「なんでも言ってくれ。早く帰りたい……」

 何か言われる前に切り出すのだが、着替えている間にカレーが完成。それを二号がテーブルに並べている。源蔵が帰ってこない次第、代わりに彩夏を座らせる。

 千冬「なすカレー好き」

 1号「メイド様、召し上がれ」

 彩夏「あ……あぁ、いただきます。醤油、持ってきてあげようか?」

 千冬「それは使わないけど……」

 残念。春間家にはカレーに醤油をかける習慣がない。冷えた水は二号の小指から出るので、そそぎに行かなくても大丈夫。メイドはやる事がない。

 彩夏「……生卵、持ってきてあげようか?」

 1号「いえ、かけませんよ」

 醤油とか生卵とか、贅沢なメイドである。そうして生卵を拒否されている内にも、二号が2杯めを持ってきて千冬の皿と取りかえていった。この子、カレーは3杯くらい食べる。

 彩夏「……あっ、テレビの前の機械がついたままだ。消してきてあげよう」

 1号「ぜ……絶対にダメです!あと10分放置すると、隠しメッセージが出る    ので消さないでください!」

 彩夏「ご……ごめんなさい」

 ゲーム機を消そうとしたら、よく解らない理由で凄く怒られた。お母さんなら怒り返すところであるが、彩夏には母さん並みの度胸と器量がない。もう、あとは黙ってカレーをほおばる他ない。

 千冬「ごちそうさまでしたー」

 彩夏「あ……お皿を洗わせてください。お願いします」

 千冬「お母さんに言われてるから、お皿は自分で洗わないと」

 彩夏「……そ……そうなんだ」

 元々は食べ過ぎ防止の皿洗いだったのだが、逆に食べた分だけ洗えばいいと開き直られ、あまり効果がなかった教訓である。そういえば、お母さんって?

 彩夏「ご家族の帰りは遅いのかな?」

 千冬「おじいちゃんは、そろそろ帰ってくるよ」

 1号「お父様と、お母様は科学者でして、10年前の爆発事故で……」

 彩夏「爆発事故?そうか……」

 1号「その爆発から着想を得て、新エンジンを開発。自家用ジェットを作り、    世界を飛びまわっております」

 彩夏「それは楽しそうで何より……」

 ちゃんと生きてた。そろそろ、隠しメッセージを確認する時間だ。

 1号「SAIKYO!……コノ・パスワードヲ・ハガキニカイテ・セツメイ     ショニカイテアル・ジュウショヘオクッテクダサイ・・・スタッフノ・    サインヲプレゼント。と書いてあります。昔のゲームなので、箱があり    ません!」

 彩夏「そもそも、もう応募の締め切り過ぎてるんじゃないの……」

 二号「調べてみたところ、そちらの会社は倒産しております。住所は、この家    のある場所で、社長は源蔵様ですね」

 1号「じじいが作ったのなら、面白くなかった訳です」

 と、じじいの作ったロボが申しております。


  場所:春間家の山道

男の人「そうかそうかぁ……悲しい事がぁ、あったんだねぇ。なんでもぉ言って    ごらんぅ」

 源蔵(き……木と話しておる……まずいやつを雇ってしまったかもしれん)


  場所:基地

 夕食時を過ぎても、彩夏が帰ってこない。他の隊員たちも気が気でない。

隊員A「……遅い!彩夏め!なにをマゴマゴしている!」

隊員B「総指令が大激怒していたもの。おそらく、大切な用事で出かけたの      よ~」

隊員C「彩夏がいないと寂しい……」

隊員D「……皆さん、お困りですかあ?こんな時の為、彩夏の写真を撮っておき    ましたあ」

隊員E「あんた!そんなものを隠していたのか……せ……千円でどう?」

 競るようです。

隊員D「危険をおかして撮った寝顔ですよお。千円では渡せませんよお」

隊員H「常に懐へ収めている、お私の宝物と、お取りかえしてくださいまし!こ    ちら黄金で、お作りした、一千万円お相当の、お包丁!ご覧あそばせ!    この、お輝き!」

隊員D「脅しはやめてよお……しかも、包丁はいらないよお」

 包丁を取り出しながら言われても、そこは引かない。

隊員A「私の肉体美で、どうだろう?」

隊員D「どうもしないよお……」

隊員E「せ……千円とビー玉でどう?」

隊員D「逆にビー玉がいらないよお……」

総指令「……あなたたち、何を騒いでいるの」

隊員C「総指令……あの子、彩夏を盗撮して……写真を自慢してくる……」

総指令「そ……そんな事で争っていたの?しようもない事だわ」

 総指令は彩夏の母親なので、非常に気まずい。だが、こっぴどく怒られるかと思いきや、意外と軽くアシラわれてしまった。

総指令「しゃ……写真など……写真なんて、単なる絵よ。何も満たす事はできな    いの。はい、解散!」

 一つ手を叩き、総指令は隊員たちを解散させる。その後、誰もいなくなると、彼女はテーブルに頬杖をついて、嬉しそうに天井を見つめていた。単なる絵でも嬉しいんです。ただ、人には言えません!


  場所:春間家のリビング

 源蔵「ただいま帰った、わしじゃよ」

 源蔵が帰ってきた。食後のスルメイカを口から外しつつも、彩夏がパッと立ちあがって迎え入れる。

 彩夏「おかえりなさい……―っ!あ……あなたは、ど……ドクター……」

 源蔵「……ーっ!誰じゃ!」

 老眼で顔が見えておらず、源蔵はメイドの正体が解っていない。

 1号「住み込みで働いてくれる事になった、メイドの彩夏さんです。お父さん    の寒いダジャレで家庭崩壊してしまったらしく、途方に暮れていたとこ    ろをお持ち帰りしました」

 彩夏(どんな設定だ……)

 源蔵「そうかそうか。知り合いと同じ名前で、おぼえやすいのが高評価じゃ」

 さみしがりなので、割と誰でも雇ってしまう老人である。今のところ、詐欺にはあっていないのが幸い。

 源蔵「なんというか……メイドメイドしたメイドさんじゃ。プロな感じが滲み出ていて、頼りがいある気持ちじゃ」

 彩夏「あ……ありがとうございます。では、お申し付けはございますか?」

 源蔵「いや、特にない」

 やっぱり特にない。といいつつ、カレーを自分で盛り付け始める老人。

 彩夏「……調味料をご用意いたします!これ、マヨネーズはいかがでしょう     か!」

 源蔵「いや、カレーが調味料じゃろ?わし知っとるからね」

 そうともいう。


  場所:亜美の実家

 亜美「今日はプールに行ってきたわよ」

  母「プールの水は飲んじゃダメよ」

 亜美「の……喉が乾いたら、ジュースくらい買うわよ!でも、家に帰ってきた    ら麦茶が飲めるから買わないのよ!」

  父「水筒を持って歩けばいいんじゃないかな?」

 亜美「それよ!水筒ちょうだい!」

  母「おこづかいで買いなさいよ」

 亜美「そうはいかないわよ!」

 一歩も引かない激しい攻防。


  場所:春間家の脱衣所

 春間家の浴室は広々としており、何人も同時に入れる。10人くらいは一緒に入れるが、家に人が少なすぎて満員になる事はない!

 彩夏「うわ。広い、お風呂だなぁ。ただ、窓が大きすぎない?」

 1号「小学生女児しか女の子は家にいない事になってるので、誰も見に来ない    んです。下手をすると、じじいの裸とハチ合わせます」

 リスクを負ってまで、小学生女児なんかをのぞきにくる男の人は、この街にはいない。実際には高校生だが、そんな事は問題ではない。

 彩夏「いない事になってるって……君は?」

 1号「……実は私、アンドロイドなんです」

 彩夏「……バスの人みたいに何かできるの?」

 1号「目を光らせられます」

 彩夏「それは、うちの隊員も鏡の前でやってたよ……他には?」

 1号「う……あとはないです」

 彩夏「そうか」

 1号「……見てください!この滑らかな体!どう見てもアンドロイドです!」

 彩夏「や……半裸で抱きついてくるなよ!」


  場所:基地

隊員B「見て見て~」

隊員F「……んッ?うわッ!目が光りますッ!ビックリしますッ!」

隊員B「光るコンタクトよ。デートに誘って~、このチワワのような視線で、彩    夏ちゃんもイ・チ・コ・ロ」

隊員F「イチコロ……殺す……レーザー光線ッ!み……みんなに伝えてきま      すッ!」

隊員B「ま……待って~!秘密兵器なんだから、誰にも言わないで~!」

 それを偶然、聞いてしまった人が……。

隊員A「秘密兵器……だと?兵器……大量殺戮……レーザー光線!た……大変     だ!」

隊員B「ちょ……盗み聞きはやめてよ~!私は彩夏ちゃんが好きなだけよ~!」

隊員C「彩夏ちゃんが隙だらけ?隙を見て……!レーザー光線!こ……殺され     ちゃう!」

 隊員Bの立場が危うい!


  場所:春間家の横

 沙耶「あの人の影を追いかけて……このような場所まで来てしまった私。ドキ    ドキ」

 二号にオブジェを始末してもらった沙耶が、好奇心で家までついてきてしまった。とはいえ、玄関から訪ねていく勇気も出ず、家の周りをフラフラしている。

沙耶「しかし……どうしましょう。あら?あんな場所に広い窓が。ちょっと……   拝見するくらいなら、それは恋する乙女の権利よね?」

 残念!全裸で浴室に仁王立ちするジジイしか見えない!

 沙耶「―っ!」

 源蔵「……ん?きゃ……きゃ~!のぞきじゃ!」


  場所:春間家のリビング

 千冬「1号さん。一緒に寝よう」

 お風呂に入って暖まったので、ささと眠ってしまいます。

 二号「では、お嬢様が就寝し次第、私は定位置につきます」

 定位置=窓辺。

 1号「メイド様の寝床が決まっていませんね」

 彩夏「何か命令をくれれば、すぐにでも帰るんだけど……」

 1号「……何かありますか?」

 千冬「むむ……特にないです」

 もう、わざとやってるとしか思えない特になさである。でも、何か思いついた様子。

 千冬「……じゃあ、青海さん。一緒に寝よう」

 彩夏「……え?そ……それはいけない。隊員として、あの……無防備な姿は見    せられない」

 千冬「ふ~ん……じゃあ、1号さん。一緒に寝よう」

 1号「おじょーさまの部屋の隣の客室が空いてますので、そちらを使ってくだ    さい。パジャマはないので、すみませんが今日はバスローブで寝てくだ    さい。では、行きましょう」

 寝場所を彩夏に教えると、1号は千冬と一緒に2階へ上がっていった。なんとも言えない表情で、その後ろ姿を彩夏が見つめている。

 彩夏「な……なんだろう。ちょっと悔しい」

 二号「……コーヒーでも飲みますか?」

 彩夏「ロボットに気を使われた……これもこれで悔しい」


  場所:春間家の前

 沙耶「ひ……酷い光景を目の当たりとしたわ。あの方……ここにはいないのか    しら」

 冷や汗を流しながら、ふと沙耶が視線を上げる。すると、開いた窓に腰かけている二号が見えた。

 沙耶「……やっと……会えた」

 目が合うと、二号はスッと姿を透明にしてしまった。

 沙耶「今日は帰ります……一目、会えただけでいいの。また会える日が待ち遠    しい……」

 そう呟いて、沙耶は振り返る……すると、森の中に枝切りばさみを持った人影があった。

 沙耶「……さ……殺人鬼!きゃー!」

男の人「うむぅ……ミカンの木を愛でていたらぁ、迷ってしまったぁ。ここ      はぁ、どこだぁ」

 庭師が最強の防犯機能となり、ますます山に立ち入る人は少なくなった……。


  場所:春間家の客室

 朝です。誰よりも早く起き、家事を済ませておくという計画の通り、彩夏は午前5時に目を覚ました。

 彩夏「くっ……やけにボタンが多い」

 無駄にチャックとボタンが多く、メイド服へ着替えるだけで時間が掛かる。着替え次第、すぐさま部屋を飛び出し、まずは浴室へ!すでに、いい湯加減!

 彩夏「ここはダメだ!そうだ!キッチンへ!」

 朝食の準備に向かう!しまった!昨日のカレーが潤沢に残っている!

 彩夏「なにか……なにかやる事はないのか……そうだ!これだ!」

 苦し紛れ、冷蔵庫を開いた。少しして、源蔵がキッチンに現れる。

 源蔵「朝の牛乳……おっ、メイドさん。朝から、ご苦労様じゃな。何をしてお    るんじゃ?」

 彩夏「あ……あの。カレーをカレーうどんにしておきました!召し上がってく    ださい!」

 源蔵「カレーうどんって……あの服に飛ぶやつじゃろ?もう着替えたから、     ちょっと……」

 彩夏「……」


  場所:基地の休憩室

 一晩、待てども待てども彩夏が基地に戻らず、隊員たちは悶々としていた。

隊員A「遅い!彩夏は一晩中、どこをうろうろしているんだ!」

 いつも『遅い』としか言わない隊員Aが、また『遅い』と嘆いている。

隊員B「お泊りなんて……どこの誰に誘われたのかしら。高校生には、まだ早い    わ~」

隊員A「お前には容疑がかかっているんだ!発言権はない!」

隊員B「あの子の心を盗む容疑?それは否定しないわ~」

 結局、殺人疑惑は続いている。でも、あんまり気にしない。そこへ、彩夏の母親が通りかかった。

隊員C「総指令。彩夏が帰ってこない……」

総指令「……あの子はね。自分の責任を果たそうとしているの。どんな辱めを受    けたとしても、必ず帰ってくる。さぁ、あなたたちも休日なのだから、    家から出て羽を伸ばしてきなさい」

 冷静かつ抑揚なく、胸に手を当てて総指令が言う。それだけ伝え、そそと総指令は曲がり角へ逃げてしまう。疑問は深まる!

隊員D「辱め……きっと酷い拷問を受けているんだよお」

隊員F「辱めだなんて……一般には見せられない行為ですッ!」

隊員A「辱めだと……誰が、そんな要求を出したというんだ!」

総指令「……」

隊員B「キスを迫られたり……体をくすぐられたりしていたら……私、耐えられ    ないわ」

隊員A「お前に発言権はないんだぞ!それを忘れるな!」

 いけない妄想をしてしまうので、具体的な描写はNG。

隊員G「姫を助け出すのは、この私だ!ははは!」

 隊員Gが使命感を露わとしながら、休憩室を立ち去った!こうしてはいられないと、他の隊員たちも後に続く。

隊員B「私も探しに行こ~っと」

隊員F「君は彩夏を殺すかもしれないから、ここを出すわけにはいかないんで     すッ!どうしても出るというのなら、ワタシを倒す事ですッ!」

隊員B「望むところ!だったら、かくれんぼで勝負よ!100、数えてちょうだ    い!」

隊員F「解ったんですッ!い~ち!に~い!」

難なく、隊員Bは基地を抜け出しました。


  場所:春間家のキッチン

 彩夏「なに見てるんだよ……」

 1号「送る写真の構図を考えてるところです。私は自然体を愛するカメラマン    なので、お気になさらず!」

 彩夏「写真って……カメラがないじゃないか」

 1号「二号に借りるので、大丈夫です」

 と言うと、1号は二号の頭をもぎとり、それの両目をメイド姿の彩夏に向ける。

 二号「両目がカメラになっていますので、この仕組みで3D写真を撮影できま    す」

 彩夏「……そんな事を冷静に説明してる場合なのか?」

 1号「自然体です!」

 などと言われても、生首を向けられながら自然体は難しい。撮られている方は絵になるポーズを気にしてしまうようで、炒めるものもないのにフライ返しを持ったりしてしまう!

 1号「……」

 彩夏「あ、お掃除をしないと……」

 ほうきを持ってみるが、特に掃くべき場所がない。

 1号「……」

 まだ撮らない。シャッターチャンスではないのだ。

 彩夏「……うわっ、痛っ!な……なんだ?」

 生首の方ばかりを気にしていて、ゆかにバナナの皮が落ちているのに気づかなかった。もちろん、転ぶ!

 1号「今です!」

 二号「カシャン!」

 彩夏「な……なんで撮った!消せ!」

 1号「ドジっ子メイド!送信!」

 電子メールに添付された!ドジっ子メイド、世に羽ばたく!

 彩夏「は……はずかしい……なんで、こんなところにバナナが……」

 千冬「バナナでシェイクを作った!飲もう!」

 1号「さぁ、この写真をバラまかれたくなければ、大人しくしてもらいま      す!」

 二号「口からインスタント印刷も可能ですが、現像しますか?」

 源蔵「ん?源蔵は、わしじゃよ?」


  場所:春間家のリビング

 1号と千冬と彩夏がカレーうどんを食べていて、源蔵はメンマごはんを朝食にしている。失態写真を取られてしまったせいで、彩夏はカレーうどんが進まない。

 1号「目的を達成したので、フィルムと写真をお返しします」

 彩夏「え?あ……あぁ。ありがとう。データも消してくれたよね?」

 1号「うん」

 粗品を差し出す仕草で、1号がフィルムと写真をテーブルに乗せる。ただ、転んだ写真以外にも寝顔とか食事中とか、様々な写真が返されてきて、再び別の辱めを受けた。写真だけ見ると、どう見ても春間家をエンジョイしに来た人である。それより、今日どうする?

 千冬「今日お休みだけど、何か用事ある?」

 源蔵「わしはオヤツ用にチノパンを買ってくるが、近いから一人で買ってくる    ぞ」

 千冬「だったら、私は家で毛玉をほどいてる」

 何が楽しいのか、ほっとくと一日中、何かを分解している。作るのは逆に得意じゃないらしく、さっき作ったバナナシェイクはスプーンで、ほぐして食べている。あんまりな休日の過ごし方をしようとしているので、1号が千冬を外へ連れ出すようです。

 1号「天気が良いので、山でピクニックをしましょう」

 千冬「ピクニック!遠足とは違うんですか?」

 自分の家の山でやるから、遠くまで足を運ばない。はたして、それを遠足と呼ぶだろうか?

 彩夏「ピクニックでしたら、サンドイッチが必要ですね」

 1号「もう二号に入れてあるので大丈夫です」

 二号「たまごサンドイッチ、ツナマヨサンドイッチ、ハンバーグサンドイッ     チ、トマトサンドイッチ、ストレートティーを保存しております」

 彩夏の仕事を横から取っていく、先回りした立ち回り。二号は腹を叩いており、料理は腹部に収納されていると見られる。

 彩夏「……ハンバーグサンドイッチって、ハンバーガーじゃないの?」

 二号「では、あなたは、つくねをハンバーグと呼ぶのですか?」

 彩夏「え……呼ばないけど」

 二号「……そういう事です」

 彩夏「……どういう事かな?」

 千冬「……そうだ!青海さん!夏だから、あれしよう!」

 彩夏「……あれ?」

 あれです。あれあれ。

 1号「それでしたら、既に用意してます。足りないようでしたら、倉庫から     持ってきます」

 二号「加えて、あれも必要ですね。私が所持しておりますので、ご安心くださ    い」

 源蔵「あれか。わしの部屋に高級なのがある。それも使ってよいぞ」

 家族には、あれで伝わったらしい。家族じゃないから、彩夏には解らない。

 千冬「あれが冷蔵庫にあったから、あと棒が必要だよ!」

 1号・二号・源蔵「……え?」

 彩夏「誰も解ってないじゃん……」


  場所:春間家・電話の前

 せっかくのピクニックなので、亜美にも電話してみるようです。

 千冬「お父さんが出たら、どうしよう……緊張する」

 小学生のような不安を抱きつつ、春間家の電話から沖田家の電話へ電話。1コールで亜美が出た。

 亜美『はい、あたしですけど』

 千冬「私だけど、うちの山で今日はピクニックをするんだけど、サンドイッチ    もあるんだけど、亜美ちゃんが忙しくなければでいいんだけど、遊びに    来れない?」

 亜美『自転車が両輪ともパンクしてるから、そっちまでは行けないわよ。家ま    で来てくれるなら遊びに行くわよ』

 いつもの文句である。これが出るので、亜美は千冬の家に来た事がない。ただ、以前までは後輪だけがパンクしていたからして、更に自転車の様態は悪化した。

 千冬「ちょっと1号さんに聞いてみる……あっちまで行けたら来てくれるっ     て」

 1号「私は構いませんが、メイドさんは他に着れる服がないですよ?」

 彩夏「……え?昨日、着てきた服は?」

 二号「……今朝、つい洗濯してしまいました」

 うっかりロボット。

 彩夏「あれだ。服を借してもらえば、どうとでもなる」

 身長170cmもある人が、130しかない人と、156しかないロボットの服を借りようとしている!入る訳がない!

 彩夏「……途中で買って行けば、どうとでもなる」

 1号「お金あるんですか?」

 彩夏「1000円なら……」

 1号「今なら、一時間50%の利息もついてきますが?」

 彩夏「ついて嬉しい特典みたいにいうな……なら、私は留守番をするが……は    い?」

 彩夏のネックレスから警報が鳴りだし、すぐに母親の声が届いた。警報の音に反して、あんまり声は緊迫していない。

総指令『〇〇学園付近の公園にて、困った男の人がいると連絡があったわ。大至    急、現地で湯々子と合流して』

 彩夏「解った。そういう事だから、私は一緒にピクニックはできない」

 千冬「そっか……だったら、亜美ちゃんとピクニックする」

 1号「それでは、出発しましょう」

 源蔵「気をつけて行ってくるんじゃぞ」

 二号「ご安心ください。私がついております」

 千冬と1号と二号は源蔵にアイサツし、玄関を出て行ったよ。

 彩夏「さて、それでは私も失礼します」

 源蔵「おぉ、行ってらっしゃい」


  場所:春間家の前

 1号「では、私たちは沖田さんを家まで迎えに行くので、メイドさんは先に公    園で事件を解決しておいてください」

 彩夏「ちょちょ……ちょっと待って!利息……もう少しマケてくれない?」

 二号「お言葉ですが……ショッピングを楽しみ、お着替えをしてから向かう事    を、大至急とは断じて呼びません!今も公園では困っている人達がいる    のです。それを思うと……今の私はバスではない。パトカーのような気    持ちでございます!」

 唐突な正論。

 彩夏「……ううう……解った……ただ、ストロベリーさん……一緒に来て欲し    いんだけど。こんな姿を仲間に見られたら、誰かに言い訳してもらわな    いと」

 1号「おじょーさま、それでも構いませんか?」

 千風「いいよ」

 彩夏「あ……ありがとう。それじゃあ、よろしく」

 極限状態での判断を迫られ、メイド服で公園を歩くところまでは許容した少女である。合意が得られたところで、3人はバスに変形した二号へと、またがった。

 二号「事態が事態ですので、常に最短ルートを進みます。皆様、前に乗ってい    る方へと、おつかまりください。最短ルート検索……発進!」

 もの凄い勢いでバスは走り出し、山の斜面へ差し掛かったところで飛行を始めた。


  場所:公園

 飛んでいる鳥や鳥人間コンテストの人をバリアで避けながら飛び続け、二号は2分で公園へ到着した。いいタイムである。

 二号「到着しました。1号と青海様は、お降りください」

 1号「それでは、また後で!」

 メイド姿の人とゴスロリのロボットが並ぶと、そういうコンビに見えなくもない。湯々子は約束の時間に遅れてくる人なので、まだ来てません。2人を公園の通路に残し、背中に千冬を乗せた二号バスは徒歩の速さで行く。

 千冬「迷惑な人って、どんな人なんだろう」

 二号「……あそこで、女の人の近くに座って髪をかきあげたり、女の人がいる    近くの木に手をついて、決め顔をしているような人の事ではないでしょ    うか?」

 おまわりさん、あの人です。


  場所:公園の真ん中

 困った人がいると連絡はあったが、どんな人なのかは聞いていない。そこで、彩夏は聞き込み捜査を始めたぞ。

 彩夏「この辺りで、怪しい人を見ませんでしたか?」

 少女「……えっ?あ……ああああぁ!」

 彩夏「……ああ……あの、メイドの他に怪しい人は見ませんでしたか!」

 少女「……ああの!ああ……ああああああぁ!」

 彩夏「……お……お嬢様のカタキなのです!メイドとして、許してはおけませ    ん!」

 少女「……その……ああああ……わたし……ああああぁ!」

 友達「それなら、あっちに不審な人がいましたよ」

 彩夏「そ……そうですか!ありがとうございます!お嬢様、参りましょう!」

 1号「がってんしょうち!」

 お嬢様をエスコートしながら、メイドは教えてもらった方へ。怪しいメイドがいなくなると、はずかしがりな少女は携帯電話を片手に泣きだしたぞ。

 少女「もも……もうちょっとで……写真、一緒に撮ってもらえそうだったの     に」

 友達「ごめ……ごめん」

 でも、もうちょっとではなかったよ?


  場所:ベンチのある木陰

男の人「……運命……か」

 OL「―っ!」

 OLさんが座っているベンチの逆側に相席し、男の人が運命をつぶやいている。やっぱり、OLさんはビックリして逃げて行ってしまった。

男の人「……運命……ではなかったか」

 彩夏「あんただな!周りに迷惑をかけるのは、やめてもらおう!」

 先程の光景を見ていた為、ためらわずに彩夏が叱りに行く。1号は彩夏から5歩ほど引いた場所で見物。

男の人「俺に言ってるのか……?俺に指図しようというのか……ふっ。生意気     な」

 彩夏「どうして、こんな事をしている!」

 春間家で大分、スルーする技術を得たのか、相手の言動に動じず続ける!すると、男の人は手で前髪を押し上げながら、事の成り行きを供述し始めた。

男の人「……やれやれ。お前には話しておかなければならないらしい。ボクは、    女の子にモテなかった。おかしい話だろう?」

 おかしい話というより、面白い話に近そうである。

男の人「そこで、女の子たちの大好きな漫画があると聞き、ふと手に取ってみた    ボクさ。その作品内で、あるキャラクターが女の子をメロメロにしてい    た。そのキャラクターは大富豪の息子で、背が高く、髪はサラサラ、     クールな頭脳。そして、ジャスト60度の鋭いアゴだった。そんな奴     に、見おぼえがあるんじゃないか?」

 彩夏「いや、ないけど……」

男の人「そう!このボクだ!このキャラクターが女子に人気なら、ボクが同じ言    動をすれば、人気者になる事うけあい!全ての闇が晴れた気持ちだった    よ!すぐに実行する行動力すらあるボクだ!」

 段々、容疑者の供述みたいになってきました。

男の人「……そんな訳だ。理解しろよ?」

 彩夏「いや、あの……なんって言ったらいいか解らない……どうしよう。春間    さん」

 1号「でも、あれはフィクションですから」

男の人「……」

 1号「あれはフィクションなんです」

 2回も言われた。

男の人「……」

 1号「……」

男の人「そっかぁ~……なんか違う気はしてたんだよねボク。ありがとね。      あぁ~あ。明日から体でも鍛えよっかな~」

 言われて腑に落ちたのか、素直に帰って行きました。一件落着です。そこへ、白衣を着た眼鏡っ子の湯々子がやってきた。

湯々子「彩夏……その恰好」

 彩夏「こ……これは、その……なんでも言う事を聞くという、誠意の表れなん    だ。断じて、私の趣味じゃない。そうだよね?」

 すぐさま言い訳を始めたのだが、改めて聞くと、ことさら訳が解らない。

 1号「そうです!彼女はただ、誰が頼んだ訳でもなくメイド服を着てるだけな    んです。誤解しないであげてください」

 彩夏「言ってる事は間違ってないけど、誤解をまねく……」

湯々子「それは別にいいけど……ここに湯々がいると、コスプレ集団だと思われ    そうでイヤ」

 彩夏「……うちの職場、みんなピチピチスーツでコスプレっぽいじゃん」

 総指令も含めて、すでにコスプレ集団なんです。


  場所:亜美の実家の前

 千冬「亜美ちゃん、あ~そ~ぼ~」

 やっと二号が沖田宅へと到着し、二号に乗って足をブラブラさせながら、千冬が亜美を呼んでいる。それから10秒くらいして、普段着の亜美が家から出てきた。今日はドクロ柄のTシャツとショートパンツ。

 亜美「ただでサンドイッチをもらうのも悪いから、パン耳かりんとうを作って    あげたわよ!優しいでしょ?」

 千冬「優しい!」

 主食はパン。デザートもパンのパン祭りが始まる。

 亜美「今日はファッションもオシャレでしょ?」

 千冬「……右と左で、靴下の色が違うよ?」

 亜美「あれよ。右と左で違うものをつけると、オシャレ度が上がるのよ!」

 千冬「知らなかった……!」

 亜美は中身こそアレだが、見た目はモデルっぽいので、千冬は亜美が好きなのだ。ただし、オシャレの知識は偏っている。

 千冬「……は!じゃあ、おじいちゃんが右と左で違う、お箸を使ってるの      も……オシャレ?」

 亜美「おしゃれよ!おしゃれバシってやつよ!」

 片方ずつ失くしただけ。

 千冬「……もしかして、うちの冷蔵庫が半分だけ電子レンジになってるの      も?」

 亜美「オシャレンジよ!オシャ冷蔵庫ともいうわよ!」

 二号「……私はメンテナンスを受けた後、右腕と左腕が逆についている事もあ    ります」

 亜美「おしゃれハンドよ!」

 千冬「おしゃれハンド!」


  場所:近所のパン屋

 源蔵「つかぬ事をお聞きしますが、チノパンっちゅーパンは置いとります      か?」

 店員「……あぁ、カプチーノパンの事でしょうか?」

 源蔵「それじゃ!それを4つ!」


  場所:公園の木陰

 事件っぽいものが解決してしまい、湯々子は手持無沙汰。

湯々子「……湯々、帰るね」

 彩夏「ああ……ちょ……ちょっと待って!もう少し、話を聞いてくれないか     な?」

 奇抜な服装の3人が集まっていて、周囲の視線が痛い。すぐに湯々子は帰ろうとするのだが、このまま帰しては、彩夏がメイドだった事実を持ち帰られてしまう。ここは何とかして、こちらに引き入れないといけない。

 彩夏「そうだ!サンドイッチあるから、一緒に食べようよ!ね?いいだろ      う?」

湯々子「……ハムチーズサンドは?」

 彩夏「う……それはなかったはず」

湯々子「……帰る」

 彩夏「まま……待って!」

 1号「あ……今から小さいバスが来るので、それを見て帰った方がいいです     よ」

湯々子「小さいバス?」

 小さいバスとは、二号の事である。ただ、それを聞いた湯々子の顔と言えば、その言葉のスケールについていけていない疑問の表情。そこへ、千冬と亜美を乗せた二号が走ってきた。

湯々子「……普通のバス」

彩夏「ほら……前に乗ってる人が小さいから大きく見えるけど、小さいバスだか   ら」

湯々子「……っ!ほんとだ!」

 千冬「……」


  場所:花壇の近くの原っぱ

 あまり目立つ場所だと彩夏が恥ずかしがるから、一目につきにくい場所でサンドイッチを食べる。その前に……湯々子は事件解決の報告をする様子。

湯々子「彩夏がピクニックにかまけているから、湯々が代わりに報告するもん」

 彩夏「……確かに忘れてた。頼む」

 湯々子がトランシーバーのようなものを操作すると、ザーザーという音に混じって総指令の声が聞こえてきた。通話を開始する。

総指令『どうやら、解決したようね』

湯々子「うん。彩夏はゴスロリの人の横で、わーわー言ってただけだけど……」

 彩夏「見てたなら出てきてくれよ……」

湯々子「あと、彩夏がコスチュームプレイに目覚めたみたい。保護者から一言」

総指令『……私は放任主義だから、あの子の趣味には口を出さないわ。あの子が    望むなら、その道を選ぶのもいいかもしれない』

 彩夏「目覚めてないし、望んでないし、コスチュームプレイとかいわれると     生々しいから止めてくれ……」

 これにて、報告は完了。湯々子はバスを見に行く。

湯々子「小さいバスだ!乗せて!」

 千冬「いいよ」

 2人で二号に乗って、どこかへ走り去って行った。残されてしまった亜美と1号と彩夏が、バスの後ろ姿を見つめている。

 亜美「……そうそう。サンドイッチは?」

 1号「……あ。バスの中です」

 亜美「なにぃー?こらっ!待て!」

 サンドイッチ目当てで来た人である。紙袋入りのパン耳かりんとうを1号に押しつけて、バスを追いかけて行った。すると、今度は1号と彩夏だけ残されてしまって、空気も妙に改まってしまう。

 彩夏「……あのさ。さっきは、ありがとうね」

 1号「なんですか?」

 彩夏「変な人の対応を任せてしまって……」

 1号「……大丈夫です!その分、体で返してもらいます!」

 彩夏「か……体!そういうのは、私……」

 1号「昨日の晩ご飯を私が作ったのと、お風呂も私が湯をわかしたのと、代わ    りに男の人に発言したのとで、たくさん貸しがあります!暫く、うちで    働いてもらう事になります!」

 彩夏「う……しまった」

 1号「あと、バスで白衣の子の興味を引いたので、それも貸し一つです!」

 回り込まれた!逃げられない!


  場所:公園・池の近く

 調子に乗ってバスに乗っていたら、池の反対側まで来てしまった。でも、走るのが楽しいから、千冬と湯々子は気にしない。

湯々子「このバス……どこで買ったの?」

 千冬「おじいちゃんが作ってくれたんだよ」

湯々子「……おじいさんはエンジニアなの?」

 千冬「おじいちゃんの名前は源蔵で、日本人だよ」

湯々子「……その人って、もしかして、なになにじゃよって話す?」

 千冬「そうじゃよ」

 あれだけ露骨に、おじいちゃん口調の人も他にいない。まちがいなく源蔵である。

 二号「お嬢様が安全に生活できるようにと、源蔵様が私をお作りになったの     です」

湯々子「しゃべるんだ、これ。ロボットって……どう見てもバスだし」

 亜美「待ちなさいよ!中にサンドイッチが入ってる事実は割れてるのよ!」

 バスだし、ランチボックスである。

 二号「サンドイッチが入っていようとも、私は、お嬢様の弁当箱でございま     す。何が起ころうとも、お守りする所存!」

湯々子「……サンドイッチを?」

 まだ自己紹介バグは治っていないようです。


  場所:近所のパン屋

 人気商品『焼きたてクロワッサン』

 源蔵「これ!これ職場で聞いた事あるやつじゃ!4つ頼む!」

 店員(なんで、この爺ちゃん……パンにエキサイトしてるんだろう)

 源蔵「あれじゃろ?実はシロワッサンもあるんじゃろ?」

 店員「ありますよ?」

 源蔵「ほら、思った通りじゃ!それも4つ頼む!」


  場所:展望台

 彩夏を探しに出た隊員Aは何を思ったのか、展望台のような場所へと来ていた。

隊員A「彩夏の事は、私が一番、知っている。そう。あいつは鳥に憧れているん    だ、と思う。ロボットに乗り始めたのも、いつか大空を飛びたいという    夢への一歩だった、と思う。憂いを帯び、風に吹かれ、変わりゆく空色    に思いをはせる……それが彩夏なんだ。そう、私は思う」

 今、彩夏は公園でピクニックしてます。


  場所:場末のバー

 同じく彩夏を探しに出た隊員D。準備中のバーにお邪魔しております。

 店主「……あいにく、今は準備中だ。それとも……裏の情報が目的か?」

隊員D「彩夏の事は、私が一番、知ってるんだよお。彩夏は落ち着いた女性だか    ら、こういう場所で独り、ブランデーをたしなんでるはずなんだよお」

 店主「……あいにく、うちにミルクは置いてないぜ」

 あいにく、彩夏は未成年です。

 

  場所:トレーニングジム

隊員C「彩夏の事は、私が一番、知ってる……!」

 以下略。


  場所:場末の焼き鳥屋

隊員G「ははは!彩夏の事は私が!」

 以下略。


  場所:基地

隊員F「い……いないんですッ!どこに隠れているというんですッ!」

 かくれんぼで勝負を挑まれた隊員Fが、未だに隊員Bを捜索している。ご察しの通り、すでに隊員Bは基地を抜け出している。

総指令「何を探しているの?」

隊員F「あっ!総指令!たた……大変なんですッ!見つからないんですッ!この    ままでは負けてしまうんですッ!」

総指令「そう……大切なものは、いつも目には見えないのよ。でもね。だからと    いって、目に見えないものだけが大切とは限らない。それを忘れてはい    けないわ」

隊員F「そ……そうだったんですッ!?そ……う~ん」

 煙に巻かれて、ますます大切な物が見えない!


  場所:花壇の見える木陰

 フリーランしていた千冬達が戻ってきて、やっとサンドイッチが食べられる。二号の中からレジャーシートを取り出し、1号が適当な場所に広げる。

 1号「……レジャーシートの柄が宇宙です!」

湯々子「湯々は割と好み。メイドさん、お茶を入れてね」

 彩夏「はいはい」

 1号と彩夏が手際よく準備をして、みんなで木陰に座り込む。物の出し入れが便利だから、二号はバスのまま待機。

湯々子「よいしょ」

 彩夏「……なんで白衣を脱ぐんだ!」

湯々子「変態だと思われると癪だもん。一抜け」

 白衣の下は普通のワンピースで、白衣をぬぐだけでコスプレ感と湯々子の存在感が消えた。食事を始めると、全員が始めにハンバーグサンドイッチへ手を伸ばす。肉食しかいない。

湯々子「それで……なんでメイドさんはメイドさんになったの?」

 彩夏「メイドさんって呼ばないで……」

湯々子「メイドさん、ピクルス代わりに食べてね」

 彩夏「自分で食べなさい。あのさ……私だって、好きでメイドさんしてる訳     じゃないんだよ。約束通り、何か頼みごとをしてくれたら、それで終わ    る話なんだ。なのに、この人たち……何も頼んでくれないんだよ」

 千冬「お茶とってちょうだい」

 彩夏「あぁ……はいはい。そんな訳で、なるべく頼みごとをされやすいよう、    こういう恰好をしているんだ。基地の仲間には黙っていてくれない      か?」

湯々子「でも、ドクターの家で働いてるんでしょ?ばれるよ?」

 1号「ジジイは目がショボついているので、似てても気づかないんです」

 千冬「チッシュとってちょうだい」

 彩夏「はいはい……チッシュって何?キッシュ?」

 察しがついたようで、1号がティッシュを取ってくれた。

湯々子「他の隊員たちがウルサそうだから……どっちにしろ黙っておく。湯々、    彩夏に興味ないもん」

 彩夏「ありがとう。実は私、そういってくれるから湯々子の事が好きなんだ」

 あまりにチヤホヤされ過ぎているせいか、普通に接してくれるだけで貴重な人らしい。

 千冬「……あれ?サンドイッチなくなったよ?」

 亜美「サンドイッチがなくなったわよ!メイドさん、ハンビャーガー買ってきなさいよ!」

 彩夏「珍しく静かだと思ったら……独りで食べ過ぎなんだよ!帰れ!」

 花よりサンドイッチな人がいたせいで、あっという間にサンドイッチがなくなった。食べている時だけ静かな人が犯人。

千冬「……そうだ!そこのパン耳かりんとう出そう」

彩夏「……これ?ちょっと待ってね。お茶の、おかわりも入れるね。あ、紙皿も   用意しないと」

 随分とメイドが様になってきたようです。


  場所:公園の木の下

隊員B「……あ……あれは、まさか彩夏ちゃん?」

 彩夏を探しに出た隊員Bが、偶然にも公園で彩夏を発見してしまった。

隊員B「大勢、女の子をつれて……メイドプレイだなんて羨ましい!でも、みん    な知らない子達だわ~。特に、あのメガネの子……何かが足りなくて誰    なのか思い出せない……」


  場所:公園の木の下の少し後ろ

 沙耶「あぁ……あの人に会いたくて、また後を追ってきてしまう。私、いけな    い子……」

 二号の行方を追って、また沙耶は後をつけている。物影から千冬たちの様子を見てみると、すぐ前にある木の下から同じ方を覗いている女の子がいた。

 沙耶「……まさか、あの子も、あの方に淡い思いを抱いているというの?こそ    りと覗いていて怪しい……もしや、ストーカーという輩?ここ……これ    は一大事!」

 自分の事は棚上げである。それどころか、肩をいからせて注意しに行く。

 沙耶「ああ……あなた!あの方と、どういった関係ですの!?」

隊員B「……え?あ……そちらこそ、どちら様かしら~?」

 沙耶「わわわ……私は、あの方の……あの方に助けて頂いた事があるの!大切    な人だわ!」

隊員B「な……でも、私こそ……あの人とショッピングへ行った事があるの      よ……!」

 沙耶「か……買い物ですって!買い物……すなわち、デート!」

 ひるんでいるが、負けていられないとばかりに沙耶も言い返す。

 沙耶「私だって……夜、あの方の、おうちまで、遊びに……行った……もの!    おうちの、お風呂だって見せて頂いた関係よ!」

隊員B「……あら?お風呂なら、私も、お体を洗わせてもらったわ~」

 沙耶「―ッ!あ……洗いあいっこですって!?」

隊員B「そして、その後はベッドまで共にした仲よ~?あなたとは、信頼がダン    ゼン違うの」

 沙耶「く……く……くやし!でも……絶対、あなたのような性悪そうな人に、    あの方を渡しませんわ!うわ~ん!」

 これ以上は勝てるイベントが思いつかず、沙耶は泣きながら逃げて行った。

隊員B「……あ……危なかったわ~。でも、あの子……あなどれない子!」

 こうして、片方は彩夏を巡り、片方は二号を巡る無意味なバトルが始まったのだ。


  場所:花壇の近く

 メインディッシュが亜美の腹に入り、みんなでパン耳をかじりながら、まったりとしている。花壇の花は色とりどり。ハチがくると、二号がバスの窓から腕を伸ばして、つかまえて遠くに逃がしてくる。原っぱをぼうっと見ていれば、ボール遊びをしている親子なども何組か確認できた。

 千冬「……うん?」

 野球のボールが転がってきた。男の子が手を振りながら走ってくる。投げて返そう。

 千冬「……んん!」

 力いっぱい投げたが……1mくらいしか飛ばない。結局、男の子が千冬の足元まで拾いに来た。

男の子「あ……ありがとうね」

 千冬「……はずかしい!」

 千冬は顔を隠して、しゃがみ込んでしまった。

 亜美「足元まで取りに来させるなんて、あんたもサディスティックな子ね!」

 彩夏「もっと体、きたえようよ……」

 千冬「……そうだ!スイカがある!割って体をきたえよう!」

 二号「食べやすいよう、8つに切っておきました」

 千冬「……」

 スイカ割りはビーチでやってください。運動は食べ物抜きでやってください。


  場所:川のホトリ

 ふと1号が木の裏へ回り込むと、小川で釣りをしている2人の男の人を発見した。

釣人1「はぁ……どうして、俺はモテないんだ。ナンパして断られた数も600    回を超えた。きっと、このまま女の子と手も繋がず、この世を去るん     だ」

釣人2「毎日のように竿をふるい、なおも巡り会うとは限らない。恋とは、釣り    と同じさ」

釣人1「……あんただって、俺と同じ境遇のはず。だのに、その余裕……どこか    ら?」

釣人2「俺には見えているんだ。美しい女の人がな。この風に、目を閉じてみ     ろ」

 すっ。呼吸を弱め、2人はマブタを伏せる。

釣人2「……この頬を撫でる風……花の香りを帯びては、心地よく響く。それ     は、女の子の吐息に似ている。思いを、澄ましてみろ」

釣人1「……なるほど。だんだん解ってきた。そうか。これが女の子の優しい吐    息」

釣人2「指を下ろしてみろ。この野に咲く花のひら……すべらかで指をすりぬけ    る。女の子の髪に違わない」

釣人1「……短い……俺好みのショートな女の子だ」

釣人2「あぁ……そして、今から俺たちが釣りあげる魚の肌。軟く濡れた唇の其    れに同じ」

釣人1「……そうか。俺には見えていなかった。女の子ってのは、この世の全て    なんだ」

 1号(……人間って凄い!)


 場所:レジャーシートの上

 すでにスイカもパンの耳もなくなり、みんな眠くなってきたようだ。というか、千冬は彩夏にヒザ枕をしてもらって寝ている。ただ、彩夏の太ももは硬いらしく、寝心地は悪そうである。

 彩夏「妹みたいに見えてきた……この人、本当に同い歳なんだよね?」

湯々子「……え!?そうなの!?」

 今日、一番の驚きが出た。証人も前のめりに出てくる。

 亜美「中学生の時、同じクラスだったから同い歳よ!あたしは信じてないけど    ね!」

湯々子「う~ん、そうは見えないけど……でも、言われてみると……意外と胸     が」

 彩夏は人並み以上だが、他の人達は胸が慎ましいので気になるらしい。

 亜美「……みみ……水風船が入ってるのかもしれないわよ!さ……さわ……     触ってみる?」

湯々子「……い……いや、湯々は……そういう事しないもん」

 亜美「……じゃあ、あんたはハブよ!あたしがやるわよ!」

湯々子「で……でも、研究者の、はしくれだもん。そう……価値のない体験なん    てないって、知り合いのジッチャンも言ってたもん」

 彩夏「……なんで急にソワソワし始めたの?」

 亜美「……そ……そうよ!ウソはよくない!本物か確かめるのは、友達の義務    よ!」

湯々子「……そして、研究者の使命だもん。彩夏、取り押さえておいて!」

 2人が震える手を持ち上げると、すかさず二号が。

 二号「お嬢様!メロンパンを販売する車が見えましたが、いかがされます      かー!」

 千冬「……メロンパンですか!?」

 亜美・湯々子「くっ!」

 振り向いて見つけたバスのヘッドライトが妙にキリッとしており、亜美と湯々子は憎しみで手に拳を作った。

 1号「あれはプチメロンパンの車!親指くらいのメロンパンです!雑誌で見ま    した!」

 プチメロンパンの情報は1号の記憶の『気になるもの』フォルダに入っておりました。他に『気に入ったもの』フォルダがある。『気に入らない』フォルダを作らないのが、幸せに生きる秘訣なのです。

 1号「おじょーさま。何個、食べます?」

 千冬「歳の数!」

 彩夏「何個だ……君は5個か?」

 1号「おじょー様、誕生日が2月末なんですから、他の人より不利ですよ!」

 千冬「……しまった!」

 彩夏「心配しなくても、誰も15個も食べないよ……」

 

  場所:パン販売屋体の前

 適当な数の狙いを定めて、プチメロンパンを買いに来たのは二号と千冬と亜美。案外、亜美は奢ってもらうのがイヤらしく、軽そうなサイフを軽そうなオシャレバッグから取り出している。

 亜美「おっちゃんおっちゃん!一個、何円!?」

パン屋「1個20円だよ」

 亜美「ぐぐ……じゃあ……1個ちょうだい!」

パン屋「……1個は寂しいだろう。おまけで1個あげるよ」

 亜美「マジで!?おっちゃん太っ腹!大好き!メロンパンの次の次に好き!」

 千冬「15個くださいな」

パン屋(みんなで食べるのかな?)

 二号「メイドの方が3個、メガネの方が2個、1号が3個なので、あと8個お    願いします」

パン屋(違った……)


  場所:みんなの所に戻ってきました

 二号が紙袋を彩夏たちに渡し、交換で小銭をもらう。彩夏は千円札しかなく、二号の内部にある両替機で崩していた。

 彩夏「メロンパン、思ったより小さいな……」 

湯々子「あと2個くらい買ってもよかったね」

 亜美「みんな、燃費が悪すぎなのよ!あたしは2個で十分よ!」

 さっきサンドイッチをたんまり食べた人が、偉そうに何か言っている!

 千冬「……じゃあ、2個ずつあげます」

 それでも、11個は一人で食べる様子。交渉成立につき、彩夏と湯々子が40円ずつ二号へ入れている。

湯々子「……あれ?なんか、公園の中央に男の人たちが」

 おのおのがメロンパンを人差し指で口に押し込んでいると、なにやらハチマキをつけた屈強な男の人達が公園に集まってきた。彼らは何かを押し返すようなポーズで、謎の言葉を口にしている。

 隊長「す~ま~す~り~く~!えぇーい!」

他の人「す~ま~す~り~く~!えぇーい!」

 彩夏「な……なにあれ?」

 観衆「またクリスマス押し返すぞ隊か……」

 観衆「あんな事をしても、クリスマスはやってくるというのに……」

 彩夏の疑問に答えた訳でもなく、周りの人々が概要を解説してくれた。今は、まだ夏です。

隊の者「……隊長!あと半年でクリスマスがやってきます!止まりません!」

 隊長「くっ……あと半年!我々は屈したりはせん!屈したりはせんぞ!」

隊の人「……隊長!いったい過去のクリスマスに、何があったというんだ!」

隊の方「……ここだけの話なのだが、隊長のアパートは壁が薄く、隣の部屋から    一晩中、愛の囁き……いや、呪われし呪文が漏れていたと聞く。それを    聞き続けて、孤独な人間の精神が崩壊しないはずがない!ふとんを被っ    て震える隊長が目に浮かぶだろう?」

隊員1「そんな……新手の拷問かよ……」

隊員2「今年は我が身か……なむさん!なんとしても、クリスマスを食い止める    んだ!」

特に聞きたくもない苦悩が、千冬たちの元まで勝手に聞こえてきてしまう。そんな必死な人達を見て、1号が些細な疑問を取り出した。

1号「どこを見ても、男の人達はモテたいモテたいとおっしゃっていますが、逆   に女の子たちは何をしているんですか?」

亜美「女子会とかじゃないの?男子も男子会とかすればいいわよ。ちゃんこ屋と   かで」

湯々子「……身近な人達を見るに……それは知らない方がいいよ」

 基地の人達が女の子同士で馴れ馴れしており、湯々子は基地でのポジションが微妙である。たまに引き込まれそうになるが、まだ踏みとどまっている。

 千冬「クリスマスがこないと、サンタさんが来なくなるので悲しいです」

 お子様には、サンタの方が重要なようだ。

 亜美「ま……まだ来てるの?あたしのところには小6を最後に来てないわよ!    最後のプレゼントは、おせんべいだったし!」

 彩夏「……そうか。君たち、まだサンタが誰か知らないのか」

 千冬「……どういう事?」

 千冬が迫真の表情をしている!

湯々子「やめたげなよ……知らない方がいい事もあるもん」

 彩夏「いや、実は……サンタの正体は、私の母さんなんだよ」

 千冬「……そ……そうだったのか!」

湯々子(う……こっちも訳の解らない事を言いだした)

 彩夏「小学生の頃、夜に目覚めた時、ミニスカサンタ姿の母さんと遭遇したん    だよ。その時、世界中の子どもたちにプレゼントを届けているのは自分    だと、母さんが教えてくれたんだ。秘密にするよう言われていたが、こ    の歳になったら話してもいいよね」

 千冬「すごい!ありがとうを言いたい!」

 亜美「ぐ……おせんべいプレゼントしたのも、あんたの母親ね!実は美味しく    頂いたわよ!」

湯々子(総指令……大変な事になってます)


  場所:パン屋の近く

 学生と思われる男の子が二人、瞑想する僧侶のような面持ちで歩いている。

学生1「……女の子と話をしようとしたら、口から言葉が出なくなっちゃう。ど    うしたら、お近づきになれるんだろう僕は」

学生2「……女の子だと意識するから悪いんじゃ?女の子じゃなくて、カボチャ    とかだと思えば大丈夫だと思うよ俺は」

学生1「そんな事したら、カボチャを見ても照れちゃうよ僕は」

学生2「カボチャの煮物は世界一おいしいもんなぁ……そう思うよ俺は」

 カボチャではなく、話が煮詰まった。そこへ、パン袋をたくさん抱えた源蔵がやってきたそうな。

学生2「……そうだ。おじいさんおばあさんなら、優しいから普通に話ができる    ぞ。それで、話す練習をすればいいと思うぞ俺は」

学生1「人に優しくするのは好きだ僕は。おじいさん、重そうなので代わりに袋    を……」

学生2「ま……まて!」

学生1「!?」

 学生1が不用意に近づこうとした……その時、枝切りばさみを持った男の人が駆けてきた!

 庭師「源蔵さんぅ。言われた通りぃ、みかんをもぎもぎしておいたぁ。健全な    果実だぁ」

 源蔵「まだ少し青臭いのもあるが、良い玉じゃったじゃろう」

 庭師「あれは大玉だぁ。ころころぉ。楽しくぅ、もぎもぎしてぇ、ころこ      ろぉ」

 源蔵「うむ。次は、もっと若い木の相手をしてもらおう」

 庭師「あぁ……若い木、大好きぃ。両手で優しくぅ、もぎもぎしてあげよぉ」

学生2「……お、おい!あ、ありゃあ、ただの老人じゃねぇ!もっと、とんでも    ねぇもんだと考えたぜ俺は!」

学生1「逃げろ!捕まったら、何か大切なものを失うぞ僕は!」

 学生たちは、ただならぬ悪寒を感じ、尻もちをつきながらも逃げ出した。


  場所:プチメロンパン屋

 彩夏と同じものが食べたくて、隊員Bもプチメロンパンを買いに来た。

隊員B「……彩夏ちゃんと同じ食べ物を食べるのは、私だけで十分なのよ~。お    店の人、ある分だけ全部ちょうだい!」

 店長「……そんなに食べるのなら、普通のメロンパンを買いに行ってくれ!プ    チメロンパンの心になってみろ!ご立腹だぁ!」

隊員B「……ごめんなさい」


  場所:レジャーシートの方

 買ってきたメロンパンすらなくなり、もうピクニックも終わりそう。湯々子は一足先、立ちあがって白衣を着なおしている。

湯々子「湯々、基地に帰るね。誰にも言わないから、彩夏はメイド業に努めて」

 彩夏「なるべく早く帰るよ……いつになるか解らないけど」

 このまま、メイドとして一生を終えるんじゃないか、そんな一抹の不安を彩夏は、にわかに抱えている。それもこれも、1号次第である。

 1号「これだけメイド服が似合う人も珍しいので、そちらの道も検討していた    だければ」

 彩夏「心を読むな……メイド服が似合わない人なんていないだろう。ただのド    レスとエプロンなんだから」

通行人「ああああ……あのの!そそ……それはは違ってまます!」

 彩夏「わっ!?さ……さっき話しかけた人!ああああ……」

通行人「あああの……です!メイドさんは……黒か、金か……その、髪……!」

 友達「メイドさんは黒髪か金髪が至高。黒髪はロング、金髪はツインテールが    ベスト、だそうです……それより、一緒に写真を撮ってやってくださ     い!すぐ連れて帰りますん!」

 

  場所:木の下

 湯々子が呑気に歩いていると、隊員Bに茂みの中へと連れ込まれた。

隊員B「ゆゆこちゃん?あなた見たわよね?あやかちゃんのメイド姿」

湯々子「み……見てないもん。知らないメイドさんと一緒にサンドイッチ食べた    だけだもん」

隊員B「ウソはつかない方がいいわ~。抵抗すると、おへそをさわるわよ~」

湯々子「うう……くすぐったいから勘弁」

 背後から抱きつかれていて、そもそも抵抗できない。おへそは触られずに済みそうです。

隊員B「今日の事、隊の誰にも他言してはダメよ。彩夏ちゃんのメイド姿は、な    るべく私だけのものにしたいの。解った?」

湯々子「……湯々、彩夏に頼まれたから、誰にも言わないもん。約束だもん」

隊員B「な……なんですって?彩夏ちゃんに頼まれ事をしてもらったの?そんな    の……私だって、してもらった事ないのに!もうっ!」

湯々子「ちが……頼まれたんじゃなくて、お願い……じゃなかった!今のもな     し!」

隊員B「おねだりなの!?おねだりなのね!ああ……あ……彩夏ちゃんから……    おねだりだなんて、この子!許さない!おへそ取っちゃうわよ!」

湯々子(このままじゃ湯々の、おへそダメになっちゃうよぉ……)

 過去には、彩夏の座った席に座っただけで、おへそを責められたのだ。もはや、おへそを隊員Bが触りたいだけともいえる。これを湯々子は内心、彩夏トラップと呼んでいるのだが……こんな非道行為の裏では。

 彩夏「珍しく、ちゃんと湯々子と喋れて楽しかったなー」

 千冬「よかったね」

 

  場所:展望台

 風に吹かれながら、まだまだ隊員Aは彩夏が来るのを待っている。そこへ、メールが1件。

隊員A「……風の便りか?」

 エレクトロニックメールです。

メール『お姉ちゃぬ!今日、きれーなメイドさんと写真を撮ってもらたよー!うれし過ぎて、この喜び表す顔文字が見つからなよー!』 

隊員A「妹からか。ふっ……私は、人のいいなりになるようなメイドなど、興味    ないが」

メール『これ、メイドさんの写真よー!』

隊員A(…………メイドか。それも悪くないかもしれない)


   場所:公園の原っぱ

 散歩中の犬がいました。

 千冬「触らせてください!」

飼い主「いいけど……かむぜ?俺のブラッドウルフはな」

 千冬「う……怖くて触れません……」

 噛みそうな顔こそしていないが、犬も見かけによらない。おじけている千冬を見かねて、バスだった二号が人間の姿に戻る。そして、何も言わずに歩み出ると、犬へと右手を差し出した!当然、かまれる!

  犬「うぅ!あううぅうぅう!」

 二号「お嬢様、今です!私に構わず!」

 千冬「ううう……やわらかくて気持ちいい……」

 怖くて泣いているが、毛並みは堪能した。結局、二号の手が硬さで勝ち、犬は困惑した様子で逃げて行く。

 千冬「……大丈夫ですか?」

 二号「はい。わんちゃんは歯がキレイになりました」

 亜美「……これ持ってきてあげたから、一緒に遊ぶわよ!」

 犬がいなくなると、今度は亜美が何か持ってきた。小さい入れ物にストローがさしてある。

 千冬「これなに?」

 亜美「シャボン玉製造機よ!ストローで息を吹くと、シャボン玉を自動で製造    するのよ!」

 千冬「すごい!でも、ストロー一つしかないよ?」

 亜美「一つあればいいのよ!早く、あたしに向かってシャボン玉を吹くの      よ!」

 千冬「解った!」

 亜美「吸ったら死ぬから、ちゃんと吹きなさいよね!」

 千冬は恐怖の視線で、ストローを見つめている。あまりに怖くて吹けず、ストローは1号に手渡された。

 1号「代わりにやります……ふーっ」

 ロボットである事を思わせない、見事なブレス。ふわふわと浮き上がるシャボンの群れに入り、亜美がアゴに一指し指を当ててポーズしている。

 千冬「きれいー。でも、亜美ちゃんは楽しいの?」

 亜美「こうやって、美少女的な演出で自分を美しく見せるのよ。シャボン玉が    周りに浮いてると、普通の子は美少女に、美少女はシンデレラに見え     るって寸法よ」

 千冬「シンデレラ?」

 亜美「今のは、あたしという素材だけで1000点、華麗なポーズで70点、    シャボン玉20点の計1090点な、シンデレラすぎる構図なのよ。     100点がシンデレラインよ!」

 シンデレラは美少女の上位クラス。他にも、かぐや姫や白雪姫などが……ある訳がない。全部ウソです。

 亜美「しょうがないから、あたしが吹いてあげるわよ。ちゃんとポーズしなさ    いよね!」

 千冬「ありがとう……ッ!」

 そう言って、千冬のとったポーズが → X

 亜美「……何?UFOでも呼び出すの?」

 千冬「両手両足を大きく伸ばし、自分を大きく見せるポーズ」

 そんなラジオ体操第一にありそうなポーズじゃ、亜美監督は満足しない。

 亜美「あたしがレクチャーしてあげるわよ!草の上に乙女座りして、タンポポ    なでて!」

 千冬「わかった!」

 亜美「今だ!ふーっ!」

 1号「モンシロチョウみたいのも飛んできました!」

 亜美「ボーナスキャラよ!ポーズ40点!シャボン玉40点!チョウチョ10    点!合計80点!惜しくもシンデレラじゃない、オシインデレラだった    わよ!」

 彩夏「なんだ……この遊びは。あと、合計90点じゃないの?」

どうやら、千冬という素材だけでは0点だったらしいが、大した問題ではない。

 1号「あ……ちなみに、バナナの皮をふんで転ぶと、何点になりますか?」

 亜美「もちろん、すっ点ころりん。マイナス77点よ!バナナのナナだけに     ね!」

 彩夏「……バナナのバは?」


  場所:しげみ

隊員B「ここが弱いんでしょう?ごめんなさいって言いなさい~」

湯々子「ううう……感じないもん」

 おへその辺りに指をはわせられて、湯々子が悶えている。だが、悪い事をした覚えがないので、ごめんなさいはしない。

 隊員B「強情な子ね。こうなったら、おへそに指を入れるしかないわ~」

 湯々子「それだけは……それだけはっ……あっ!彩夏!助けて!」

隊員B「え?ちがっ……彩夏ちゃん!これは違うの!私は……」

 ねこだましである。隊員Bの力が抜けたところで、すかさず湯々子は腕から抜け出す。脱いだ白衣を隊員Bに覆い被せ、力いっぱい逃げ出した。

隊員B「……んっ!私に抵抗するなんて、いい度胸ね!この……ゆゆこちゃん?    やだ……こんなに薄くなっちゃって……元から色々と薄いのに……と、    よくよく見たら白衣だわ!」

湯々子「うう……」

 あれこれ言われて悔しそうだが、なりふり構わず逃げ続けた。


  場所:レジャーシートの上

 クリスマス押し返すぞ隊も昼ご飯を食べに行ってしまい、家族で遊びに来ていた人達も、まばらにしか見えない。で、これからどうする?

 亜美「昼ご飯は?」

 彩夏「さっき食べたのなんだったんだよ……」

 言わずと知れた朝ご飯。

 千冬「何か、面白そうな場所はないですか?」

 二号「……少々、お待ちください」

 無茶振りに反応して、二号が空を見ながら何か検索し始めた。

 二号「……ワタシはロボット、オモシロイというカンジョウ、ワカラナイ」

 彩夏「ウソつけ。何も見つからなかっただけだろ……」

 1号「……日に焼けるので、室内へ行きましょう」

 亜美「涼むのに良い場所があるわよ!ついてきて!」


  場所:家電量販店の扇風機売り場!

 彩夏「喫茶店に行こう」

 亜美「なんでよ!涼しいでしょ!」

 店員「お客さん!扇風機をお探しで?」

 1号「一番いいのを教えてください」

 ネームプレートに扇風機係と書かれた店員がやってきて、勢いよく扇風機をすすめてきた。

 店員「こちらの扇風機、なんとぉ!回転する羽が100枚ついております!ハ    ンドレットウィングが生み出すグレネードウィンドは、前にいる人へと    風のカタマリを直撃!今ならオプションで、更に羽を100枚増量!価    格は据え置き!いかがですかコレ!」

 千冬「……ほしいなぁ」

 彩夏「でも、家にクーラーみたいなのあったじゃん。必要ないでしょ?」

 千冬「……あれはサーキュレーターなんです」

 彩夏「あんな大きな空気循環機いるの?」

 店員「……自分は扇風機係なんで、サーキュレーターにはノーコメント」

 扇風機係として、洋風かぶれはプライドが許さない。店員が拗ねている。

 亜美「……あ。じゃあ、サーキュレーターください!」

 1号「一番いいサーキュレーターください!」

 店員「やめ……やめろ……」

 亜美「最強のサーキュレーターください!」

 1号「風の出るサーキュレーターください!」

 二号「サーキュレーターを!」

 千冬「そうだそうだ!」

 亜美「サーキュレーターください!」

 店員「う……うぅ。サーキュレーター……」

 店員2「とうとう解ったようだな!扇風機係!」

 店員「……はっ!お……お前はサーキュレーター係!」

 後ろの扉を開いて、黒い制服の店員が姿を現す!

店員2「同じく風を起こす機械として、どちらが上かが……10年にも及ぶ戦いに今、終止符が……いや、戦いが電源オフとなりそうだな」

 店員「まさか……扇風機は時代遅れなのか……くっ!」

 逆転の糸口も掴めず、扇風機係は頭を押さえて、うずくまってしまう!このまま、扇風機は電源オフしてしまうのか!?

 彩夏「……でも、扇風機の風は冷たすぎなくていいんじゃない?」

 店員「……っ!」

 千冬「あーって声やると、宇宙人ごっこもできる」

 亜美「お父さんのタバコの煙を家の外に出してくれるから、助かるわよね」

店員2「き……君たち、何を言って……もっとサーキュレーターをほめるの      だ!」

 店員「……そうだ。扇風機は負けちゃいない!くらえっ!200枚プロペラ旋    風!」

店員2「な……なにぃ!なんて突風だ!」

 扇風機係は扇風機を抱え、サーキュレーター係に風をあびせる!負けじと店員2もサーキュレーターで応戦!

店員2「直線的にしか風を出せない、お前とは違うんだよ!必殺・風のカーペッ    ト!」

 広く吹き出るサーキュレーターの風が、足元から扇風機係を襲う!

 店員「……ぐっ!確かになぁ。ひたすら扇風機は前に風を出す機械だ。だが、    その曲がらない信念が強み!そして、こんな時の為に!この機能がある    んだぁ!」

 扇風機が首振りを開始する!

店員2「え!?まさか!風力を維持したまま、扇風機が首を!?」

 店員「そして……これでトドメだ!限界を超える!300枚プロペラ旋風!」

店員2「ば……ばかな……うわぁあぁ!」

 扇風機の風に押し負けて、サーキュレーター係がヨロヨロと崩れ落ちた。戦いに勝負がつき、扇風機係はやりとげた顔で向き直る。

 店員「という事で、扇風機!いかがですか!?」

 千冬「買おう!」

 1号「買いましょう」

 彩夏「あ……買うんだ」

 二号が源蔵に承諾を得るべく、電話機能で連絡をしている。そんな一同の様子を、監視カメラ越しに見つめる人影が2つ!

 ??「サーキュレーター係がやられたようだな」

 ??「だが、我々の元へ辿りつくには……まだまだ長い道のり。楽しみにして    おるぞ」

 一人は『空気を操る者・エアコン係!』

 もう一方は『凍てつく吹雪・クーラー係!』

 扇風機係の真の戦いは、まだ始まったばかり!次回『炎の息吹?VSファンヒーター係!』


  場所:春間家のリビング

 源蔵「……んん?電話じゃ。はい?なんだ。二号か……えぇ?扇風機を買ってもいいかってえ?そりゃ構わんが……お前、扇風機の機能ついとるじゃろ」

 二号『まことですか!?どちらから風が出るのですか!?』

 源蔵「左胸じゃ」

 いつも心に扇風機。

 

  場所:デパート内の喫茶店・窓際のテーブル

 千冬たちは適当な喫茶店に入り、腰を据えて休むようだ。購入した扇風機先輩を大事そうに抱えて、二号はテーブルの近くに立っている。それを心配し、店員が席へ案内しようとする。

 店員「……あちらの、お席が空いていますので、ご案内いたしますが」

 二号「いえ、お嬢様をお守りするのが私の仕事。遠くで座っている訳にはゆき    ません」

 店員「ですが、ここは通路なので……」

 交渉中。

 二号「では、私も、お料理をお運びします」

 店員「ですが、ここは女の子しか募集していないので……」

 交渉中。

 二号「お嬢様。ご注文をうけたまわります」

 彩夏「……この子、誰?」

 千冬「見ない顔ですね」

 背の高い女の子が、知った顔で声をかけてきた。こころなしか、二号の面影はある。

 二号「私は、お嬢様の姉でございます」

 千冬「お……お姉ちゃん!お姉ちゃんなの!?」

 1号「二号です。女の子に変形しただけです」

 いまだ健在の自己紹介バグである。なかなか修正されないせいで、千冬は酷く落胆した。

 亜美「あたしほどじゃないけど、ちょっと可愛いわよ。そっちの姿でいれ      ば?」

 二号「左様でございますか?」

 千冬「かわいいね」

 彩夏「かわいいというか、清楚だなあ」

 1号「かわいくないですよ」

 あまり可愛いと言われない方のロボが、無表情で嫉妬している。

 二号「私は可愛くないですか?」

 1号「かわいくないですよ」

 二号「お嬢様、私は可愛くないですか?」

 千冬「かわいいよ」

 二号「ですって」

 1号「かわいくないです」

 二号「……青海様、私は可愛くないですか?」

 彩夏「……かわいいかも」

 二号「との事ですが」

 1号「かわいくないですよ」

 二号「沖田様、私は可愛くないですか?」

 亜美「ありんこくらいには可愛いわよ」

 二号「と、おっしゃっておりますが」

 1号「かわいくないですよ」

 二号「困りましたね」

 1号「困りませんよ」

 二号「まいりましたね」

 1号「まいりません。注文いいですか!」

 無邪気な疑問が、1号をいじめている。一通りオーダーが終わり、二号が注文を確認する。

 二号「いちごパフェが、お一つ。アイスティーが、お一つ。エスプレッソが、    お一つ。抹茶アイスクリームが、お一つ。以上で、よろしいですか?」

 千冬「お願いします!亜美ちゃん、エクスプレッスープレックスって何?」

 亜美「知らないの?安かったから、これにしたわよ」

 これが、エスプレッソを知らない人同士の会話。それに関心は示さず、二号は厨房の方へ向かった。

 彩夏「……あのバスの人、なんでもありだよなぁ」

 そう言いながら、彩夏が二号の行き先を見つめていると……。

男客1「お姉さん、かわいいねぃ!バイト、いつ終わりねぃ!一緒に市民公園     で、うんていをしようねぃ!」

 彩夏(あ……ナンパされてる)

 二号「アルバイトではございません。おおせつかった使命でございます」

男客2「おかたい事をいわないでYO。お名前、なんて言うNO?」

 二号「名のる名はございません。私は、お嬢様の姉でございます」

男客1「お姉さん?何歳ねぃ!」

 二号「生まれて一ケタでございます」

 起動してから9日目。

男客2「お……おい。一ケタはヤバいYO。手を出しちゃいけない歳だYO」

男客1「あ……あぁ。ままま……まずいねぃ!」

 彩夏(よかった。ピュアな人達だ……)

 店員「し……しまった。生まれて一ケタの少女を働かせてしまった……」

 あちこちピュアです。

 

  場所:厨房の前

 二号は注文を伝える為、厨房についている窓口を開ける。

 二号「オーダー。いちごパフェ、一点。アイスティ、一点。エスプレッソ、一    点、抹茶アイスクリーム、一点。以上。お願いします」

コック「……」

 ……あれ?

店員2「そんなんじゃダメだよ。この店ではオーダーから調理までの時間を短く    する目的から、料理を略称で呼んでいるのさ」

 二号「それでは、私は何と注文をすればよろしいのですか?」

店員2「料理名の最後2文字をいうのさ」

 二号「オーダー。フェ、一つ」

コック「注文!いちごパフェ、一つ!」

 なお、バナナパフェはバナナサンデー、チョコパフェは黒の山脈と呼ばれている。

 二号「ティ、一つ」

コック「アイスティ、一つ!」

 二号「……ッソ、一つ」

コック「エスプレッソ、一つ!」

 その調子、その調子。

 二号「……―ム、一つ」

コック「……」

 あ……あれ?

 二号「……―ム!」

コック「……」

店員2「……すいません。抹茶アイス、一つで」

コック「抹茶アイスクリーム、一つ!」

 二号「……」


  場所:千冬たちのいるテーブル

 亜美「スープレックスといえば、パワーボム1発で相手を沈める展開が熱いの    よ」

 千冬「ふ~ん」

 エスプレッソをオーダーしてから、ずっと続いているレスリングの話題ですが、二号が料理を持ってきたので中断となりました。

 二号「お待たせいたしました。いちごパフェでございます」

 千冬「ありがとうございます」

 抹茶アイスクリームは彩夏が受け取り、あとはエスプレッソとアイスティ。

 二号「こちらの大きいカップが……」

 亜美「……っ!」

 二号「アイスティでございます」

 1号「ありがとうございます」

 二号「……そして、こちらの小指サイズのカップがエスプレッソでございま     す」

 亜美「ですよね……」

 ものすごく小さいカップが来た。これがエスプレッソ。でも、味は良かったようです。 


  場所:デパートの向かいのビル・屋上

 四十代と思われる年齢のダンディが、ビルの屋上で涼んでいる。サラリーマンらしく、仕事の休憩時間に一本の缶コーヒーをたしなんでいるのだ。土曜日まで勤務、お疲れ様です。

 若手「……課長って、いつも休憩時間は屋上で独り、ビルの外をながめてるっ    すね。スーツも決まってて、クールだね!」

 同僚「頼れる男って感じだ。あこがれるよ。課長みたいな人に俺もなりたい」

 課長(デパートの喫茶店のウェイトレス、今日も可愛いね。目の保養だ)

 

  場所:喫茶店のテーブル

 千冬「いちご、一個あげる~」

 彩夏「あ……あぁ。ありがと。鼻にクリームついてるよ。はい、ちり紙」

 千冬「ありがとう」

 抹茶アイスにイチゴを乗せられたり、お返しに紙を渡したりしている。二号は他の客に呼ばれていったのでいません。この機会に一つ、1号は聞きたい事があるようです。

 1号「……おじょーさま、確かめたい事があります!」

 千冬「そうですか!」

 1号「……二号が、おじょーさまを守っていて、おじょーさまは勉強も学校で    できます。これから先、家事は全てメイドさんがやってくれます」

 千冬「そうですね」

 彩夏「そうじゃないよね」

 彩夏を基地に帰す気はないのだ。

 1号「私の仕事が、全てなくなってしまいました。おじょーさま……私       は……」

 何カ月かの間、1号は千冬の唯一の友人であった。それが、ここ数日で大きく環境を変え、にぎやかになりつつある。ロボットなりにも、思うところがあるのだ。

 1号「……これから私は、ずっとピコピコだけしててもいいんでしょうか!」

 千冬「いいよ!」

 1号「やった!」

 彩夏「ダメだよ!ダメ人間か!」

 亜美「そうだ!言及するのが遅れたけど、なんで、あんたメイド服なの!」

 彩夏「今更、聞くのか……これは私の趣味じゃないんだ。散々、説明したか     ら……これで勘弁してくれよ」

 亜美「よくないわよ!どのくらい異常かっていったら、かっぽう着で外を出歩    くくらい異常な事なのよ!」

 彩夏「……ごめん。いまいちピンとこない」

 そんな会話が隣で展開されているけど、千冬はメイド服に興味がないようで、パフェの底に溜まっているチョコソースをすくいだそうとしている。

 千冬「……あっ。青海さんのアイスが溶けてるよ」

 彩夏「溶かしてるんだよ。少し溶けてる方が舌触りいいだろう?」

 亜美「それは変よ!溶けてるアイスクリームなんて、ただのクリームよ!辛く    ないカレーみたいなもんよ!」

 彩夏「辛いから、カレーって名前がついてる訳じゃないんだぞ」

 亜美「そうなの!?ウソでしょ!?」

 なんにでも文句をつけてくるが、相手の言う事は真に受けるクレーマーである。

 千冬「そうなの!?」

 こちらも迫真の表情である。

 亜美「そ……それじゃ、長いショートケーキみたいなもんよ!」

 1号「ショートケーキは短いケーキって意味じゃないですよ」

 亜美「ウソでしょ!?」

 1号「このメニューにはバターピーナッツって書いてありますが、大体はマー    ガリン味ですよ」

 千冬「ウソでしょ!?」

 彩夏(どっちでもいい……)

 1号「あちらのテーブルのジュース、オレンジ味ですが……無果汁ですよ」

隣の客「ウソでしょ!?」

 ウソでしょの大放出バーゲンセールである。そこへ、二号がやってきて……。

二号「お嬢様、本日は特別、おかわいらしいです」

千冬「二号さん……」

彩夏(あ……この流れで言いにきたって事は……)

二号「……」

千冬「……」

彩夏(ウソじゃないの?なんなの?)

ただ言いに来ただけ。


  場所:公園

 昼休憩を終え、クリスマスを押し返したい人々が再び集合している。サンタのボウシを首から下げている隊長が、拳を振り上げながら隊員たちに告げる。

 隊長「なんとしても、今年のクリスマスを押し返す!午後の活動に努める      ぞ!」

男の子「やめろうー!」

 突如、近くでバドミントンをしていた小学生くらいの男の子が、バドの羽を隊長に打ちつけてきた。髪の長い隊員がバドの羽をキャッチし、隊長を守る!

 隊員「何をする!バドミントンは人を傷つける道具じゃない!」

男の子「それでも、俺はクリスマスを守るんだ!おまえたちの好きにさせない     ぞ!」

 隊長「何か事情があるようだ。聞こう」

 何を感じ取ったのか、隊長は隊員を制し、男の子の話を聞く素振り。男の子も涙を用意しつつ、自分語りを始めるぞ。

男の子「俺の家はな!両親共働きで、普段は家に一人だ!そんな父と母が唯一、    そろって比較的、早く帰って来てくれるのが、俺の誕生日と両親の誕生    日とクリスマスと正月と、子どもの日と勤労感謝の日と海の日と……あ    と何日かだ!だから、クリスマスは俺の大切な日だ!」

 隊員「うるさい!ここにいる人達が、どれだけクリスマスというイベントを恐    れているか、お前には解らないのだ!子供だろうと、容赦はしない!」

 隊長「いや、待て!」

 バドの羽を地面に投げつけようとする隊員に呼びかけ、隊長は一足先へと歩み出た。

 隊長「俺たちの安心と引き換えに、幸せを失う者もいる……という事か」

隊員1「自分たちの行いは正しいのか?やはり、クリスマスというイベントは素    晴らしいのか?」

隊員2「うん。やはり、クリスマスは正義なのだろう……」

隊員3「まてよ?クリスマスは澄ました栗なのか……?」

 どよめく隊員たち。そんな彼らへ顔を向け、隊長は決断に後悔ない様子で発表した。

 隊長「……解った。これをもって、クリスマスを押し返すぞ隊は……解散す     る!」

 隊員「なな……なんとまぁ!隊長!それでいいのですか!」

 隊長「あぁ……俺は隣のイチャイチャが響いてこない、壁の厚い部屋へと引っ    越す」

 突然の発表を前にし、隊員たちは、うつむき加減。それを察し、隊長は更に大きな声で続ける。

 隊長「そう……お前たち全員をさそって、パーティができるくらい、広い部屋    へと引っ越すのだ!」

 隊員「……隊長!」

隊員1「それじゃ、自分たちは、もうクリスマスに独り、怯えなくてもいいんで    すね!」

 隊長「いいぞ!」

隊員2「今年のクリスマスは独りじゃないんだ!隊長を胴上げしよう!」

隊員3「決めた!俺、マロンケーキを作って行きますよ!楽しみにしててくださ    い!」

 こうして、隊長は子どもの願いを守り、隊員全員をすくった!その歓喜の胴上げは、日が暮れるまで続いたという……そんな話。


  場所:デパートの喫茶店前

 ゆっくり休んで、亜美は、おこづかいが少なくなった。

 亜美「水筒を買うから、もう使えるマネーがゼロよ」

 千冬「水筒?」

 亜美「魔法瓶よ」

 千冬「魔法!それ、こすると何か出るやつでしょ!?」

 亜美「フタを開けると、湯気が出る事もあるわよ」

 千冬「他には!?」

 亜美「お茶も出るわよ!」

 千冬「なに茶!?」

 亜美「お茶よ!」

 テンションが高すぎて、誰も突っ込めない。ささやくようにして、彩夏が声をかける。

 彩夏「そろそろ帰りましょう、お嬢様。メイド服で、羞恥心に蝕まれま       す……」

 千冬「……そっか。帰ろう」

 メイドメイドしたメイドがいると噂されているのか、ふらっと通行人が来て彩夏を見て帰って行く。見世物じゃないぞ。

 1号「あの……もしかして、私が一番、存在感ないんじゃないですか?」

 やかましい亜美と、変な恰好してる彩夏と、大きい二号に囲まれて、1号がいらぬ心配をしている。人目をひきたくて、ゴスロリファッションまでしている目立ちたがり屋なのです。

 千冬「でも、私よりはあるよ?」

 1号「そうですか。よかった」

 千冬は見た目、存在感がない自覚があるらしい。別に目立ちたくないから、丸いアザラシがプリントされた黒Tシャツに短パンなんです。

 彩夏「だったら、服を交換しないか?」

 1号「メイドさんが私のを着ると、胸元パツパツで、ふとももが丸見えなんで    すが……」

 彩夏「ごめん。今のなし……」

 何かと脱ぎたがるが、阻止されてしまう。そもそも、あっちの服も着たら着たでゴスロリ恥ずかしい。そこで、妙案が出された。

 亜美「エプロンだけ取ればいいじゃない」

 彩夏「とれないんだよ……」

 亜美「カチューシャだけでも取れば?」

 彩夏「これ着るなら、これはつけてないと落ち着かない……」


  場所:亜美の実家

 特徴のなさすぎる水筒を購入後、みんなで亜美を家の前へと送り届けた。バスへ変形した二号に乗り、家の前まで来て停止する。

 千冬「じゃあ、またね」

 亜美「お金がなくなったから、しばらくは遊べないわよ。アルバイトでメイド    さん必要なら、呼んでくれてもいいわよ」

 1号「こちらの人は、無賃でメイドしてるんですよ」

 亜美「……無賃!つまり、メイドは部活動なのね!」

 彩夏「そ……そうそう!そうなんだよ!部活動で、仕方なくメイド服を着ない    といけないんだよ!」

 亜美「……いや、そんな部活動ある訳ないでしょ!今、常識でものを考えたわ    よ!」

 彩夏「お前、ひどいやつだなぁ」


  場所:春間家のリビング

 孫たちが遊びに行って帰らず、源蔵はソファに寝転がってヒマそうである。

 源蔵(ヒマじゃ……庭師でも呼ぶか)

 と、山に混じりて木の枝をとりつつ、よろずの事に使っていない庭師を呼び出そうとしていると、そこへ千冬たちが帰ってきた。

 千冬「ただいまー」

 源蔵「おぉ、帰ったか!チノパンとクロワッサンを買ってきたから食え!」

 彩夏(チノパンも!?)

 二号「源蔵様。お嬢様が間食を召し上がりますと、夕食も含めて本日のカロ     リーをオーバーしますが」

 1号「おじょーさまの寸胴が、たぬきポンポンになりますよ」

 源蔵「それはよくないな……メイドさんと半分こして食べなさい」

 千冬「チノパンたべよう」

 たんまりパフェとメロンパンを食べさせたロボットが、今になってカロリー計算を始めた!でも、まだまだ成長盛りだから良いんです。

 彩夏「ここにいると体型が危険だ……あの、私は仕事がありますので」

 源蔵「……そうか」

 おみやげを食べてもらえず、ジジイしょんぼりの図。

 源蔵「どうじゃ。うまいか?」

 千冬「このパンは、麦茶の味がする」

 源蔵「そうかそうか。お前は良い子じゃ……」

 彩夏「……やっぱり頂きます。おや、メールだ」

 ライオンの鳴き声が聞こえ、彩夏が携帯電話っぽいものを触り始めた。着信音である。

 1号「何か、ご用事ですか?」

 彩夏「隊の仲間から果たし状がきただけだ。パンを食べてから行こう」

 1号「のんびりしてていいんですか?」

 彩夏「のんびりしてから行った方がいいんだよ」

 1号「そうなんですか?」

 彩夏「まぁ……待ちくたびれて帰ってくれるかもしれないし」


  場所:亜美の実家

 亜美「新しい水筒を買ったし、何か入れたいわよ」

 冷蔵庫を開けてみるも、ケチャップしか入っていない!

 亜美「ぬぬ……これ……いや、水道の水にしとくわよ!」


  場所:春間家の玄関

 パンのついで、コーヒーを2杯も飲んで、やっと彩夏が出かける。

 彩夏「夕食の材料も買ってこようか?」

 1号「とんかつを作るので、それの材料を買ってきてください。はい、       3000円」

 果たし状をこなしがてら、晩ご飯の買いだしもしてしまう。豚肉、キャベツ、かいわれ大根が必要だぞ。

 千冬「うすめて飲むやつがないから、よかったら買ってきてね」

 彩夏「うすめて飲むやつって、あれだよな……」

 あれも頼まれて屋敷を出たが、メイド服のまま仲間に会う訳にもいかない。

 彩夏(とはいえ、この服のまま基地に戻る訳にもいかない……)

 そこで、湯々子に私服を持ってきてもらう計画となった。


  場所:基地の開発室

 パソコンの画面を見ている湯々子のトランシーバーへ、彩夏からの通話が入った。トランシーバー型の携帯電話である。

湯々子「湯々だけど?」

 彩夏『彩夏だけど、今って時間ある?』

湯々子「ねこ画像を集めてて忙しい……」

 彩夏『よければ、基地の近くの公園まで私の服を持ってきて欲しいんだ。部屋    から適当に見つくろってくれていいから』

湯々子「しょうがないなぁ……彩夏の部屋のカギは?」

 彩夏『私の家なんだから、カギはかけないよ』

湯々子(一応、家だと思ってるんだ……)

 入室許可を得て、電話を切る。彩夏の部屋は開発室の前の通路を2分くらい行ったところで、そんなに遠くはない。公園に置いてきたのとは別の白衣を着直している内、部屋の前まで到着した。

湯々子(彩夏の部屋って、入った事ないなぁ。ドキドキする……)

 湯々子が基地に初めて来たのは2年前で、そんなに昔からのつきあいじゃない。近所の模型屋で源蔵と四輪駆動マシンのレースをしていたところ、いつの間にか入隊させられていた。

湯々子「おじゃましまーす……―ッ!」

隊員B「……―ッ!」

 入室して早々、ベッドメイキングしている隊員Bと遭遇した。両者とも硬直した後、先に隊員Bが切り出す。

隊員B「なな……勝手に部屋に入っちゃダメでしょー!」

湯々子「えええ……そっちは……?」

隊員B「私は、あ……彩夏ちゃんが帰ってきて、安心して寝られるよう、ふとん    のシーツを代えてたの!善意の行動を非難すべきではないのよ!」

湯々子「そ……そうですか。それでは失礼」

隊員B「待って!あなた、どうして部屋に入ってきたの?おかしいわよね~?」

 逃げ出そうとした矢先、無断侵入している方に呼び止められた。完全に嫁のもの言いである。

湯々子「いや……あ、彩夏に……あっ!」

 変に彩夏と親しげな事を言うと、また攻撃されてしまう。そこで、手っ取り早くウソをつく事にした。

湯々子「こ……このへんに10円、落とした気がしたから、探しに来ただけだも    んー」

隊員B「この子……お……お金で彩夏ちゃんを!そういうの、法律で罰せられる    のよっ!」

湯々子「ちが……ちがうよぉ」

隊員B「おしおきしちゃう!こっちきなさいっ!」

湯々子「あ……あやかぁ……」

 また、おへそを攻撃されてしまう……服を持っては行けなそうです。


  場所:もよりの公園

 服を持ってきてくれる予定なので、彩夏は公園の公衆お手洗い前にて待機。まだかな~。

 彩夏(そんなに遠くないはずだけど……持ってきてくれる服が決まらないのか    な)

女の子「お姉ちゃん、何してる人なのーん?」

 ぼうっと空などをながめていたら、すべり台に飽きた幼い女の子から声をかけられた。よほど、メイド服が珍しいらしい。

 彩夏「う……私は召使いです。召使いは、この服を着なければ……いけない決    まりなの」

女の子「飯使いん!じゃあ珍しい、ごはんとか作るんでしょん?何が得意なの―    ん」

 彩夏「ええと……珍しいって……ドリアとか?」

女の子「それは果物でしょん!それは、ごはんじゃないのーん!」

 ドリアン。

 彩夏「……じゃあ、な……ナシゴレンとか?」

女の子「それも果物でしょん!もういいのーん!帰ってラフラフランスっていう    の食べるのーん」

 かっこうつけてナシゴレンとか言ったら、あきれられてしまった。ちょっと恥ずかしそうであった。


  場所:春間家のリビング

 彩夏が出て行ってから、そわそわしている千冬である。何が心がかりなのか、二号が興味なさそうに尋ねる。

 二号「何か、心配事ですか?」

 千冬「青海さん……うすめて飲むやつで解ったでしょうか」

 二号「他に何か、思い当たるものがあるのですか?」

 千冬「……ウィスキーを買っちゃったら、どうしよう」

 二号「あなた、未成年ですよね?」


  場所:公園・お手洗いの前

 彩夏(……いや、待てよ。うすめて飲むやつって……めんつゆの可能性もある    な)

 幸い、ウィスキーの可能性は少ない。それが判明したところで、また電話にメールが届く。

 『遅い!おじけているのだな?あと5分だけ待つ!それで来なければ、私の勝ちだ!』

 彩夏「そうか。なら、今日は行けないな」

 適当な断りのメールを返したところ、10秒で返事が来た。

 『いや、ところがどっこい、今日の私は機嫌がいい。あと15分は待ってやる』

 彩夏「15分でも厳しいなー……」

 相手の心情を読まない、悲しいコメントをメール。すると、また5秒で返答がきた。

 『おいしいジェラートが売っている。2時間以内に来たら、ごちそうしてやるぞ』

 彩夏「喫茶店でアイス食べたしなー」

 『ジュースもつけるから、早く来い!』

 彩夏「……」

 『ごめん。早く来てね』

 『急がなくていいから来てね』

 『大切な話があるので、ぜひ来てね』

 彩夏「……行くかー」

 かわいそうなので、もうメイド服のまま行くらしい。湯々子の留守番電話に断りの言葉を録音して、隊員Aが待ちくたびれている展望台へ向かった。


  場所:彩夏の部屋

隊員B「はぁはぁ……どう?これに懲りたら、もう口答えしない事よ~」

湯々子「うう……おへそに指を入れられちゃった……もう、お嫁いけない……」

 彩夏のベッドで、湯々子がフトンにくるまっている。そこへ、湯々子が落とした携帯電話に着信、留守電モードに切り替わる。

 彩夏『湯々子?彩夏だけど……ちょっと急ぐ事になったから、服は着替えずに    行くよ。ごめんね』

湯々子「……―ッ!」

隊員B「……ゆゆこちゃん。またウソをついたわね~!」

湯々子「あああ……」


  場所:春間家のキッチン

 台所にて、1号が何かを擦っている。

 千冬「何をすっているんですか?」

 1号「とんかつにかける、ごまだれを作るので、ごまをすっているんです」

 千冬「ごまですか。タルタルソースも、とんかつにあいますね」

 1号「おろしポン酢も正解」

 千冬「塩だけでも美味しく頂けます」

 1号「しかし、とんかつソースも外せません」

 千冬「でも、実はチキンカツも好きなんです」

 1号「とんかつもチキンも良いですが、牛カツも捨てがたいです」

 千冬「揚げずに焼いても素敵です」

 1号「それはステキなステーキですね」

 千冬「あゃ~。一本とられました~」

 彩夏がいないと、こんな感じの愉快な春間家。


  場所:???

???「完成ぢゃ!とうとう完成したぞい!」

 どこかの怪しい場所で、黒い白衣を着た科学者っぽい人が、何かを完成させたらしい。その完成宣言を聞いて、隣のブーメランパンツ姿の男の人が、完成させた科学者に質問している!

???「ついに俺たちの謎の計画が、何か動き出す!それにしても……これはな    んだ?」

???「この発明は顔も無ければ頭もない。手も足もないぞ。何か?壁か?なん    だこれは!」

???「いや……作ってはみたが、こりゃなんぢゃ?」

???「なんなの?ねぇ?これってなんなの?」

???「七不思議……いや、九不思議くらいの不思議さだ。なんなんだ?」

???「なんなんだ?なんなんだ?なんだんだ?」

 作ってみたが、なんなのかは決まっていないようです。今から考えます。


  場所:春間家のキッチン

 千冬「あっ……」

 1号「……なにか、お気づきで?」

 千冬「うすめて飲むのを青海さんに頼んじゃったから……もうメイドさんをや    めて帰っちゃうかもしれない……」

 1号「それは面白くないですね……」

 千冬「1号さん、青海さんの事、好きですからね」

 1号「解りますか」

 傍目に見てると大して好きそうじゃないが、千冬から見ると好きそうなのである。そして、実は好きだったのだ。

 1号「だって、この家の人。誰も突っ込んでくれないですし、本当に酷いよ     ね」

 意図して変な事をしても指摘してくれる人がおらず、つっこみ方面へ道を踏み誤ろうとしているギャグ好きな人達、その苦痛の代弁なのだ。

 千冬「1号さん……解りました!青海さんがいない時は、私が突っ込みます!    何をつっこめばいいですか!ちくわにキュウリですか!」

 1号「早く帰ってこないかなぁ」


  場所:展望台

 メールで彩夏を呼び出したのは隊員Aだった訳だが、到着した時には待ちくたびれてベンチで寝ていた。

 彩夏「寝てる……起きなよ。風邪ひくよ」

隊員A「ん……んん。はっ!彩夏、お前!いつから、そこに!来るのが遅い!」

    目が覚めて2秒、彩夏の顔を見つめてから、赤面しつつも飛び上がっ     た。で、大事な話って?

 彩夏「私は用事があるんだぞ。手短に頼む」

隊員A「呼び……呼び出したのは他でもない。私と決闘をしろ!負けた方は、一    生、相手に尽くして生きる事だ!」

 彩夏「私に得がないじゃないか!帰る!」

隊員A「ま……待て!いや、待ってちょうだい」

 バッサリ言い捨てて帰ろうとするんで、なんとか肩をつかんで引きとめた。

隊員A「であれば、決闘はなしでいい。だが、私と彩夏の宿命について語らずに    終われない」

 彩夏「宿命?」

隊員A「……あぁ。今まで言いだせなかった事だ。私は、お前のアイスを勝手に    食べてしまった過去をもっている」

 彩夏「……そう……なんだ」

 リアクションしづらい。

隊員A「だから、お前は私を許さない……」

 彩夏「それは私が決める事なんじゃないかな?」

隊員A「いや、お前は私を許さないんだ。だから、今日の決闘で負けて、一生を    かけて償おうとしたんだ。でも、それは断られたし、お前は許さないん    だ。私は罪の意識を持ちながら、お前の言いなりになるしかない……や    むなし。お前が許さないから……」

 彩夏「つまり、私が許せばいいんだろう?」

隊員A「それでも……お前は私を許さないんだ。く……煮るなり焼くなり、好き    にしろ!もう覚悟はできている!」

 彩夏「お……落ちつくんだ。一度、冷静になろう」

 あちらは涙目で覚悟を見せているというのに、彩夏の方は覚悟ができていない。横暴な隊員Aをなだめて、考えを改めさせた。

隊員A「……悪かった。少し冷静さを欠いていた。お前が私を許すなら、私は一    生、お前に尽くそう。これなら問題ないな?」

 彩夏「同じじゃない?あれなの?メイド願望あるの?いいとこあるよ?」

隊員A「じゃあ、どうすればいいというのだ!死ねというのか!」

 彩夏「アイスをお返ししてくれれば……」

隊員A「そんな事で……お前は世界一いい奴だな」

 彩夏「それで、何味のアイスだったんだ?」

隊員A「……梅味」

 彩夏「……それ絶対、私のじゃないよ!たぶん、湯々子のだよ!」

 ががんとショックを受けた隊員A。苦悶の表情でヒザをついた。

隊員A「……そうか。帰ったら私は、湯々子に体をめちゃくちゃにされるのか。    彩夏、お前と過ごした日々は忘れない」

 彩夏「湯々子、安全だから大丈夫だよ……ちゃんと謝ろう」

隊員A「ところで……湯々子って、隊員C?隊員Dか?隊員Bはイヤだなぁ」

 彩夏「だから特殊部隊っぽく、ABCで呼ぶの止めようって言ってんの       に……」


  場所:学園

 真木「これにて……ここは禁じられし空間へと変容をとげたわ。資格あるべき    者の他は立ち入れぬ、神秘の場所よ」

 ロボが格納されている地下への入り口に電子ロックを設置し、真木先生が満足げに独り言を発している。そこへ、体育の先生が通りかかった。

 先生「なんだ。それは?」

 真木「電脳の目に守られし鉄の門。守護者が定めた四つの文字列つらなる時、その道は解放されるの」

 先生「暗証番号も設定したのか。誕生日とかはバレるから設定するなよ」

 真木「な……」


  場所:スーパーニシキノ

 とんかつの材料を買いに来た人と、おわびのアイスを買いに来た人。

彩夏「とんかつを作るらしいんだけど、とんかつって豚肉だっけ?牛肉だっ     け?」

隊員A「……え?トン汁は、どの肉が入っているか知っているか?」

 彩夏「それはブタさんだろう?……あ」

 めちゃめちゃ恥ずかしそうであった。

隊員A「梅のアイスというのは、何が入っているんだ?」

 彩夏「……え?梅じゃないの?」

隊員A「それ以外だ」

 彩夏「……えぇ、作る気なの?」


  場所:彩夏の部屋

隊員B「ゆゆこちゃん~、他に隠してる事、ないわよね~?」

湯々子「もう丸裸だもん……うう……」

 服とフトンは着ているが、心は丸裸。そのフトンの上から、隊員Bが押さえこんでいる。

隊員H「お彩夏様!まだ、お帰りにならなくて!」

 やっぱりノックせず、隊員Hが彩夏の部屋へと突入してきた。隊員Bが彩夏のベッドで何かしているのを見て、動揺しつつも指さして尋問。

隊員H「お……おあなた!お彩夏様の、お寝床で、なな……何をいたしてらっ     しゃるのでしょう!」

隊員B「あら?隊員Hちゃんには関係ない事よ~。ちょっとした、おたのしみの    最中なの」

隊員H「まま……おまさか!おふとんの中にいらっしゃるのは、お彩夏様!?」

 湯々子がショックでフトンから出てこないのをいい事、隊員Bが隊員Hをおちょくりだした。

隊員B「もう、あやかちゃんは私のもの。おじゃまむしは出て行ってもらえ      る~?」

隊員H「あぁ……そんな……いえ、お彩夏様が、おあなたのような下衆に、おな    びく訳がございません!お今すぐ、解放なさいまし!」

隊員B「お戯れ言は、おやめてもらえないかしら~?さぁ、あやかちゃん。お私    の、お指をおなめなさい~」

隊員H「くぅ……!そうでるとあらば……お最後の、お手段と参りましょう!お    私の、お宝物である、この一千万円お相当!お価値のある黄金の、お包    丁をお譲りいたしましょう!さぁ、お汚れた手をおどけなさいまし!」

 伝家の宝刀・黄金の包丁が入っている懐へと手を入れ、隊員Hが隊員Bにジリジリと近寄る。

隊員B「ななな……な……や……血を見るわよ!命のやりとりをするつもりはな    いわ!」

隊員H「くうっ……お苦汁をおなめする思い!さぁ、お早く退散なさいまし!」

隊員B「く……クレイジーだわ……おぼえてらっしゃい~!」

 懐を探りながら歩み寄る隊員Hに恐怖し、隊員Bは蒼白の顔色で窓から飛び出していった。ただ家宝を渡そうとしただけなので、隊員Hは相手の言動を理解していない。

隊員H「この一千万円お相当!の、お宝に、お心を清められたのでしょう!お彩    夏様は、お守りいたしました!もう、お安心なさってよろしくてござい    ましっ!」

 なんとか邪魔ものを追い払い、取りだした包丁を片手、安堵の表情でフトンをめくるのだ。

湯々子「……―ッ!殺される!」


 場所:スーパーニシキノ

 彩夏「……何か……事件が起きそうで、起きなかった感じがする」

隊員A「彩夏。何が起きようと、お前は私が守ってやる。安心するがいい」

 他の人がいるとツンケンした態度だが、二人きりだと急に優しくなる隊員A。

 彩夏「まぁ、私が隊に入ってから、被害の大きな事件は一つも起きてないんだ    けど……」

隊員A「だからか、なりたい職業のベスト1は警官らしい」

 彩夏「そ……そうなの?」

隊員A「この間は警棒でなく、チューペット振りかざして出動している警官を見    た」

 彩夏「平和だ……」


  場所:春間家のキッチン

 千冬が玉ねぎをむきむきしている。そこは皮でなくて、食べるところである。


  場所:近所の公園

 無事に買いだしを終え、彩夏と隊員Aが基地の近くまで戻ってきた。ここで、お別れとなる。

 彩夏「それじゃあ、湯々子に謝るの、がんばってね~」

隊員A「……つらいものだ。過去の過ちと対するという事は」

 勝手に人のアイスを食べた人の発言である。

隊員A「しかし、本当に湯々子というやつは、安全なのだな?そいつを見た記憶    もない」

 彩夏「どんだけ湯々子、存在感ないんだよ……メガネかけてる人、隊に一人し    かいないだろ」

隊員A「……メガネ?」

 彩夏「本気で知らないみたいな顔するな……」

 本気で知らないのである。

 彩夏「いつもドクターの後ろいる、白衣を着た子だよ……」

隊員A「あぁ、あの人か。ドクターの孫だと聞いた」

 彩夏「いや……お孫さんは別にいるから」

隊員A「……だとすれば、ドクターの後ろで、弁当を運んでいる人は誰だという    のだ!」

 彩夏「誰だよ!教えてくれ!」

 近所の弁当屋さんと、その手伝いで来てる、お孫さんです。


  場所:学園の職員室

 一仕事を終え、体育の先生がデスクのイスで背伸びなどしている。

 先生「んぅ~!背中がカチカチで死ねるなぁ!」

 真木「間食を頂くには、もってこいの時間ね。私は日本の心を頂くけど、先生    は?」

 先生「即席の天蕎麦でも作るか」

 真木「日本の心は私が頂くと言ったはずですが?」

 先生「聞いた覚えはないな」

 おそばのカップめんは一つしかなかった。致し方なし、体育の先生は、たまごんカップラーメンを作ります。

 先生「……なぜ、かきあげを中から取り出した?」

 真木「ふやふやな、かきあげは嫌いなの。あとから入れて、さくさくを楽しむ    わ」

 それから、15分後。

 真木「つ……つゆに浸した時点で、かきあげは死ぬの。解る?」

 先生「解らん」

 入れ忘れました。


  場所:春間家の玄関

 無事に色々と買って、彩夏が家に帰ってきた。

 彩夏「ただいま戻りましたー」

 千冬「……おかえりなさい!ちゃんと帰ってきてくれたよー!」

 1号「ちょっと多めに渡して、盗んだ時の罪悪感を増やしておいたかい       が……」

 彩夏「ウソつけ。うすめて飲むアレも買ったら、あんまり余らなかった       ぞ……」

 的確に突っ込まれて、とても一号が嬉しそうである。それで、うすめて飲むアレは?

 彩夏「これだろう?」

 千冬「これです!青海さん大好き!」

 ちゃんとメロンシロップを買ってもらえて、千冬が感激しております。これを炭酸水に入れて飲むと、美味しいらしいです。

 1号「やっぱり、メイドさんが似合うだけの事はありますね」

 彩夏「ま……まぁ、そう言われると悪い気はしない。あとは豚肉とキャベツ     と、かいわれ大根だったよね」

 1号「本当にキャベツですか?レタスじゃないですか?」

 彩夏「え……いや、キャベツだよ。ビックリするからやめて……」

 1号「♪~」

 いい反応をもらえて、大変ご満悦である。

 彩夏「さ……さて、夕食の支度をするか」

 1号「さっき、晩ご飯の準備をしました。あとはキャベツを切って、とんかつ    を揚げるだけです」

 彩夏「……君は、私を帰す気ないよね?」

 1号「♪~」

 千冬「私も手伝ったよ。たまねぎをむいたよ」

 彩夏「たまねぎ、何に使うの?」

 1号「何も使いませんよ」

 彩夏「手伝ってないじゃん……」

 千冬「……」

 そんな子ネコみたいな顔をしてもダメです。手伝ってません。


  場所:春間家のリビング

 やる事がなくなってしまった為、リビングでピコピコをするようです。と……テレビをつけたら、生放送のニュース番組が映った。

 彩夏「あ……母さんだ」

 千冬「この人が、お母さんなの?」

 パリッとスーツを着こなしている女の人が、コメンテーターとして番組に呼ばれている。昨今の政治情勢について、難しい事を難しく言っている。そこへ、彩夏のペンダントに着信が。

総指令『彩夏?聞こえている?』

 彩夏「あれ?母さん。今、生放送に出てるんじゃ……」

総指令『大人はね。合理的なのよ。それより、悪の組織の巨大ロボットが出現し    たわ。ただちに基地へと戻りなさい』

 生放送という名の録画番組である。そんな事より、やっとロボットの出番である。

 彩夏「……緊急任務っぽい。行かないと」

 千冬「……戻ってきてくれる?」

 彩夏「……当たり前だろう?どんなに厳しい戦いでも、必ず生きて帰る!」

テレビ『たった今、取材班が現場へ到着しました。あれが悪の組織のロボットで    す』

 いつの間にか、テレビが本当の生放送に変わっており、ヘリコプータから撮影したロボットを放送している。何か解らない、とてつもなく大きな黒い板が、謎の浮力で海の上に浮いていた。

テレビ『そして、犯行声明です。あのロボットから丁寧にメールで届きました。    なになに……ここに壁が浮いていたら、ホテルのスイートルームから夜    の観覧車が見えず、ムード丸潰れだろう!このロボットは攻撃はできな    いが、とても硬いぞ!と……との事です!』

有名人『警察は!自衛隊は!まだ動かないんですか!』

テレビ『うかつに手を出せないので、様子を見ると主張しています!あっ!あの    警官、チューペットを飲んでいます!信じられません!まったく動く気    ゼロです!』

 彩夏「……無事に帰ってはこれるみたい」

 1号「とんかつ、作っておきますね」


  場所:ファミリーレストラン・ラブリーキッチンエンジェルみつるの駐車場

 急を要しており、バスへ変形した二号が千冬と彩夏を乗せて、ファミリーレストランの駐車場まで送る事となった。千冬が来ないと二号が動かないので、千冬は付き合わされただけ。

 千冬「じゃあねー」

 彩夏「ありがとう!また後で!」

 二号「チンッ……あ。洗濯した服が乾き終わりましたので、お持ち帰りくださ    い」

 彩夏「チン……?」


  場所:基地の彩夏自室

 基地に忍び込んだメイドは脇目もふらず自室へ駆け込み、ピチピチしたスーツに衣装チェンジした。

 彩夏(……人がいた気配がする。湯々子が来たからかな)

 いろんな人が来て好き勝手したが、今は誰もいない。

 彩夏(このスーツ、落ち着かないんだよなぁ)

 落ち着くメイド服から落ち着かないラバースーツに着替え、基地の中央に位置する作戦司令室へと急いだ。既に他の隊員が集合しており、彩夏が最後であった。

隊員A「……」

 彩夏「……ただいま戻りました」

 遅いと言われないと、それはそれで調子が狂うのである。代わりに母親から、ちょっと遅いと言われたりする。

総指令「遅かったわね。それでは、作戦内容を発表する。本作戦の目的は、あの    黒い壁を破壊する事よ」

 彩夏「お言葉ですが……あれ、破壊する必要あります?」

総指令「想像してみなさい。愛する人と2人きり。ホテルの窓から眺める夜景。    そこに光り輝く観覧車がない、わびしさを……」

隊員A(愛する彩夏と二人きりか……)

隊員B「あやかちゃんとホテルに2人……うふふ」

隊員C(彩夏と相部屋……)

隊員D(彩夏と二人だなんて素敵だよお……)

隊員E(彩夏がいれば、別に観覧車なくてもいいけど)

隊員F(彩夏とホテル……観覧車なしなんて、もったいないッ!)

隊員G(彩夏と二人……悪くないなぁ!)

隊員H(お折角の、お泊り!お彩夏様をガッカリさせる訳にはいきません!)

 彩夏(愛する人……とりあえず、母さんと父さんでいいのかな)

総指令「巨大ロボットに搭乗し、基地から出撃。ファイナルウェポンの使用を許    可しますので、壁の撃破に努めてください」

 彩夏「ファイナルウェポン?」

総指令「各機体に搭載されている最終兵器よ」

 彩夏(今まで存在を隠してたとなると……それなりの兵器なのかな?)

総指令「ダメもとで使ってみなさい」

 彩夏(ダメそうだから、普段は使わせないのか……)

総指令「総員、出撃!」

 出撃命令。まずはロボットの格納されている場所まで降りなければならず、エレベータのある場所まで走った……が、こういう時に限って、なかなかエレベータ来てくれない。

隊員A「遅い!階段で行くぞ!」

 隊員Aと隊員Eは非常階段へ向かった。他はエレベータを待ちます。

隊員C「地下10階で止まった……」

 彩夏「清掃員の人達、帰る時間だからね」

隊員D「……地下8階から動かないよお」

 彩夏「警備の人、この時間で交代なんだよ」

隊員H「また、エレベーターが、お止まりですの!」

 彩夏「地下6階、コインランドリーあるからねー」

隊員B「地下4階のコンビニ寄っていく~?」

 彩夏「おととい、期間限定のチョコ入ったらしいよー」


  場所:春間家のリビング

 源蔵「ん……んが」

 自作っぽいマッサージチェアで寝ていた源蔵が、マッサージの終了に合わせて目覚めた。千冬はロボットの様子をテレビで見ていて、一号は画面のついた持って歩けるピコピコで遊んでいる。二号はテレビを見ている千冬を見ている。

 源蔵「……なんじゃあ?」

 千冬「おじいちゃん。大きなロボットが出たんだってー」

 源蔵「……あれは。そうか……わしは出かける。もしかすると、青海朱里とい    う人が千冬を迎えにくるかもしれんが、その時は二号と一緒に同行して    やっとくれ」

 千冬「青海さん?彩夏ちゃんの知り合い?」

 源蔵「彩夏を知っとるのか?その子の母親じゃよ。じゃが、なんで知っとるん    じゃ?」

 1号「さっきまで、そこにいましたよ」

 源蔵「なに?もしや……わしが彩夏のロボにピカチャウのシール貼ったのバレ    て、怒りにきたんじゃ……」

 千冬「ピカチャウなら可愛いから怒られないよ……」

 1号「ウッキーマウスの方が好きそうな顔してますからね」


  場所:格納庫

 彩夏「ロボのカカトにピカチャウのシール貼ってある……けどまぁ、いいか」

 案外、気にはされなかった。基地の最下層まで来なければいけなかった為、彩夏と隊員Cが最後の出発組となる。

 彩夏「なんで、私たちの乗るロボだけ、こんな地下深くにあるんだろう」

隊員C「下水……水道管、地下鉄を避けて基地、作ってるから……」

 秘密基地を作るのも大変なのである。

 彩夏「そういや、私のロボ、いつの間にか学校にあったり、基地にあったりす    るけど、誰が移動させてるのかな」

隊員C「深夜3時に自動で歩いてくるの……」

 彩夏「あぁ……それで毎晩、地震あるんだねー」


 場所:事件現場

隊員A「ファイナルウェポン!いがぐりフレイル!」

 先に現場へ飛来した隊員Aが、ワイヤーについたトゲつき鉄球を謎の黒い壁ロボットへ叩きつけている。壁にヒビが入るどころか、最終兵器についていたトゲが曲がった。

隊員A「やはり、名前がダサい武器はダメだな!次!」

隊員E「超熱線波動砲!」

 いい感じに目標へは当たったが、相手は特にリアクションなしである。そこへ、隊員Hと隊員Bの乗った機体が到着。

隊員A「遅い!コンビニに寄ってきただろ!」

隊員B「寄ってないわよ~……でも、私のロボ、ファイナルウェポンがシェル     ター化だわ~」

 いわゆる、防御は最大の攻撃である。ただし、敵が攻撃してこないと相手の心を折れない。

隊員H「おワタクシに、お任せましっ!」

隊員A「期待してやろう!」

 期待に応えるべく、隊員Hはパラボラアンテナっぽいものを敵のロボへと向けた。それはなんですか?

隊員H「おファイナルウェポン、お壁消しマシンですわっ!お全ての、お壁を消    し去る、最強の、お壁消しマシンですのっ!」

隊員E「おぉ、やったれやったれ!」

 どういう状況を想定しての最終兵器なのか、都合よく壁を消す装置が登場した。それから発せられたヴィーンという音と、青い光線が敵のロボットを襲う!

隊員A「……」

隊員H「……」

隊員E「……」

隊員A「うすくもならんのだが……それで終わりか?」

隊員H「おまさか!そんなはずがっ!」

 ここでしか役に立たなそうなマシンが、ここでも役に立たない。その理由は、遅れてきた隊員Cが教えてくれた。

隊員C「あの壁……自分を壁だと思ってない……」

隊員A「どの角度から見たとしても壁だ」

隊員C「俺は壁と違うロボ……絶対に違うロボ……そう、このロボのファイナル    ウェポン・通訳君が伝えてくる……」

 最終兵器・通訳君。どんな物の言葉でも、人の言葉に変換できるが、うまく変換できない時は近い言葉で誤魔化すぞ。

隊員A「ええい!隊員Dと隊員Fと隊員Gは、どこへ行った!」

隊員B「ダメだったから帰ったわよ~」

隊員A「おそ……早い!もう少し頑張れ!彩夏は、まだ来ないというのか!」

隊員C「全然、燃料なかったし……ガソリンスタンドよってくるって……」

隊員A「なに?!整備員は何をしていた!」

隊員C「格納庫に書き置きで『今日は無理。精神的にマジ無理。 湯々子』っ     て……」

隊員A(私が勝手にアイス食べたせいで!?)


  場所:ガソリンスタンド

 ガソリンスタンドの人が、巨大ロボの給油口を探している。

バイト「どこからレギュラー満タンすればいいんすかー?」

 彩夏「ちょっと待ってください……湯々子に連絡つかないなぁ。ドクターに聞    いてみよう」

 源蔵の携帯電話は電話ができない為、緊急連絡先として春間家が登録してあるのだ。ダイヤルしてみたら、1号が応答した。

 1号『……新聞の勧誘は、お断りしておりますが』

 彩夏「前にも言われた気がする……どんだけ新聞、とりたくないんだよ……」

 1号『この、ハリのないツッコミはメイドさんですね。戦いに赴いたはずで     は?』

 彩夏「ん……ドクターいる?源蔵さんっていえばいいのか?」

 つっこみにハリがない自覚はあるようです。

 1号『おそらく、ロボットが見たくて、ヤジウマに行ったと思われますが』

 彩夏「いないのか……解った。ありがとう。これで切るよ」

 と、通話を切った数秒後、母親からの着信。

総指令「彩夏。あなた、どこで油を売っているの?」

 彩夏「油を買おうとしてるんだけど、給油口が解らないんだ……」

総指令「確か、ピカチャウの貼ってある場所が目印だったはずよ」

 ピカチャウシールの場所をよく見たら、フタがありました。他に良い目印がなかったので、やむなく貼られたピカチャウです。


  場所:春間家のリビング

 テレビのニュースを頑張って見ていた千冬だったが、集中力が切れて寝てしまった。二号が毛布をかけてあげているものの、むしろ夏なので熱そうです。

 二号「……」

 1号「……」

 二号「……」

 1号「……」

 二号「……機械同士ですと、どういった会話をすれば良いのでしょうか」

 1号「……やっぱり、〇〇社製のCPUファンは付け心地が抜群ですね……と    か?」

 二号「……」

 納得したのか、二号は無言で頷いた。

 

  場所:ガソリンスタンド

総指令『あなたに頼みがあるの。他の隊員はファイナルウェポンを試しても、     まったく効き目がなかったわ。苦肉の策ではあるけど……最後の手段     よ。源蔵さんの、お孫さんをつれてきてくれないかしら?』

 彩夏「……よく解んないけど……一般人を巻き込むのは危険じゃない?」

総指令『いえ………詳しくは言えないのだけど……あの子はね。街で名前を出せ    ば、おじいさんおばあさんの10人に4人は知ってる有名人だから……    一般人じゃないのよ』

 彩夏「ただの可愛がられっ子じゃ……」

総指令『んん……へたをすれば、100人に40人は知ってるわ。アイド……タ    レントの私より有名人なの。だから……大丈夫なのよ』

 タレントをしつつ、趣味で秘密部隊を組織しつつ、困ったら一般人を巻き込む母親をもった娘である。ただし、世間から「青海さんって秘密組織もってるんだって」と言われながら、グラビアアイドルだった過去を娘に隠しながら、事件に一般人を巻き込む母親でもある。

 彩夏「ドクターの、お孫さんって……どっち?」

総指令『お孫さんは一人しかいないわ。人型のロボットが同居しているとは耳に    したけれど』

 彩夏「そうなの?う~ん……迎えに行ってもいいけど、危なそうだったら事件    現場へは連れていかないよ」

総指令『ありがとう。頼んだわ』

 詳しく聞かせてもらえないものの、とりあえず迎えに行く事となった。ロボはガソリンスタンドで給油しつつ預け、徒歩で春間家へ戻る。

 彩夏(やっぱり……小さい方の春間さんがロボでいいのかな)


  場所:春間家のリビング

 持って歩けるゲーム機を2つケーブルで繋ぎ、1号と二号がゲームの対戦をしている。

 1号「そこで、その技を使ってください。その技は、私の方のキャラクターに    は効きません。ここで私は、この技を使うので、私の勝ちです」

 二号「おみそれました」

  全て計算通り、出来レースである。どうやって1号を勝たせようかと、2体で協力しているのだ。

 1号「もう一度、やりましょう」

 二号「望むところです」

 かれこれ3戦目である。そんな遊びをしていると、インターフォンが鳴った。誰か来たので、二号が受話器を取ります。

 庭師『いちじくが取れたぁ。食べろぉ』

 二号「少々、お待ちください」

 庭の手入れをしている人が、果物を収穫してくれた。いちじくを2箱かかえて、二号がリビングに戻ってくる。

 1号「いちじくですか?いちじくを見ると、勝手にジャムを作るようプログラ    ムされてるので、私はジャムを作ります」

 二号「しかし、お嬢様も源蔵様も、生いちじくをお好きなようですが」

 1号「私は……なぜ、ジャムを作るよう仕組まれてるんでしょう……」

 ジャムを作る意味に哲学していると、またインターフォンが鳴ったので、今度は1号が受話器を取った。

 1号「新聞は、お断りしておりますが」

 相手『そそ……そんなぁ!新聞はいいものですよ!割れものを包んだり、使用    後の食用油を含ませたりもできるんですよ!』

 1号「うちは既に2つも契約してるんです!勘弁してください!」

 相手『うちが、どんな新聞か!それだけでも聞いてみてくださいよ!』

 1号「どんな新聞なんですか?」

 相手『日刊・力士!毎日、かっこいい力士の写真が満載!』

 1号「……ん~……やっぱりいいです。すみませんね」

 ちょっと気になりつつも、お断りした。勧誘の方にも、お引き取りいただく。

 二号「……こちらでは、新聞を2つ契約しているのですか?」

 1号「癒し系キャラの情報が載っているメロン新聞と、日刊おすもうさん新聞    です」

 相手『くっ!先を越されていた!この状況、相撲でいえば勇み足で自滅か!』

 どれかといえば、先手を取られて押し出し負けである。ちゃんと通話きっといてください。


 場所:春間家の山道

 母親から迎えに行って欲しいと言われ、ここまで来た彩夏である。しかし、今さら誰が源蔵の孫なのかと聞くのも気まずい。そこで、どちらがロボっぽいか思考している。

 彩夏(どちらも食事はしていたし、でも……小さい方の春間さん、どう見ても    同じ歳に見えないし。あ、でも……抱きしめたら、もちもちしてた      し……)

 お風呂場での事。自分はロボットだと、1号が自白していたのを思い出した。

 彩夏(しかし、目が光るくらいしかロボっぽさないし……しかも、あの子は調    子のいい事ばかり言う。そうだ!背中のネジ巻き!あれが、ロボである    決定的証拠かもしれない!)

 前に湯々子が、自分がロボ作るならネジ巻きなんかつけないと言っていたのを思い出した。

 彩夏(自分の勘を信じるか……友達を信じるか……いや、迷う必要はない。私    は友達を信じるぞ!)

 不正解である。インターフォンの場所まで行くと、日刊・力士の人がいた。

勧誘人「くっ!先を越された!この状況、相撲でいえば勇み足で自滅か!」

 彩夏(勇み足か……そうはならないようにしたいものだ)


  場所:春間家のリビング

 二号「またインターフォンが鳴っております」

 1号「本日は来客が多いですね。また何かの勧誘かもしれないので、出なくて    いいんじゃないですか?」

 二号「日本の文化。居留守ですね」

 居眠り・居留守・居候。日本三大居の一つを行使された。なので、彩夏は待ちぼうけ。

 彩夏「……あれ?」

勧誘人「その状況を相撲でいうならば、ねこだまし失敗ですよ」

 彩夏(う……なんだ、この人……)

 さっきまで勧誘人の対応をしていたのだから、家に誰かいるのは確実。再び、インターフォンを鳴らしてみた。3回目を鳴らしてみた。ねこふんじゃった風に鳴らしてみた……すると、さすがに気になり1号が出た。

 1号『もう相撲新聞は間に合ってますよ?』

 彩夏「彩夏だけど……お邪魔してもいいかな?」

 1号『あ……メイドさんは……もう家族同然なので……その、勝手に入ってい    いですよ?』

 彩夏(絶対、居留守しようとした言い訳だ……でも、ちょっと嬉しいのが悔し    い)


  場所:春間家のリビング

 見慣れたメイド服ではなく、締めつけの良さそうな全身スーツで彩夏がやってきた。外の気温と服の密閉度のせいで熱いのか、髪には汗が光って見える。誰に頼まれるでもなく二号が、りんごジュースを持ってきてくれた。

 彩夏「ありがとう……」

 千冬「……ん。あ、青海さん。もうロボットは終わったの?」

 ソファで眠っていた千冬が起きた。しかし、つけっぱなしのテレビには黒い壁ロボットが存在感。じゃあ、なにしに来たの?

 彩夏「隊の総指令に、ドクターの、お孫さんをつれてくるよう頼まれたんだ」

 1号「おじょーさまを何に使うんですか?抱いて寝るんですか?」

 彩夏(あ……あぶなかった。やっぱり小さい方の春間さんが、お孫さんだっ     た……)

 二号「抱いて眠るのでしたら、私の右足をお貸ししますが」

 このままでは、右足を持って帰る事になる。なので、早急に話題を元に戻した。

 彩夏「危険な目には合わせないから、ひとまず一緒に来てくれないかな?」

 1号「でも、青海朱里さんという人が来るかもしれないって、おじいちゃんが    言ってたから待っててないと」

 彩夏「その人に頼まれたんだ。タレントの青海朱里って人、私の母さんだか     ら」

 1号「あの、水着写真集が妖艶すぎて、発売禁止になったと伝説の?」

 彩夏「厳格な母さんが、水着写真とか撮る訳ないよ……人違いじゃない?」

 1号「じゃあ……あの、ほんわかしている自覚がないと評判の?」

 二号「娘さんにも面影はありますね」

 彩夏「私は街を守る戦士なんだ。ほんわかしていないぞ」

 という、ほんわかとした発言。

 千冬「どこに連れて行ってくれるの?」

 彩夏「それは……解らないけど」

 1号「何が目的で?」

 彩夏「それも解んないけど……」

 1号「そんな生半可じゃあ、うちの子は預けられませんね」

 二号「それで?どちらさまの、ご要望でしたでしょうか?」

 1号「まったく、親の顔が見てみたいものです」

 千冬「詳しく聞かせてもらえますか?」

 二号「言伝とはいえ、無責任すぎるのではありませんか?」

 彩夏「わ……私だって聞いてみたけど、教えてくれなかったんだ!がんばった    んだぞ!」

 この後に及んで、がんばったんだぞである。

 1号「この人、ほんわかした事いいだしましたよ」

 二号「ウワサに違いませんね」

 千冬「努力は認めますよ」

 彩夏「っ~……」

 あんまりイジメないでください。泣いてしまいます。

 

   場所:テレビ局

 夕方のニュース番組に呼ばれ、彩夏の母親はテレビ局に来ているのだ。スタジオで待機していると、彩夏から電話がきた。

総指令「彩夏?どうしたの?」

 彩夏『みんなが、どうして春間さんをつれていくのか知りたいらしいんだ。詳    しく教えてもらえないかな?』

 AD「青海さん。そろそろ出番です~」

総指令「……詳しく話すと、お孫さんにも危険が及ぶかもしれない。とにかく、    あのロボットを止められるのは、もう源蔵さんの、お孫さんだけなの。    無理強いはできないのだけれど……頼めるなら、あのロボットを見ても    らって」

 AD「青海さん。今、出番です~」

総指令「頼んだわ。あなたたちならできる。そう、信じているわ」

 なんか総指令っぽい事を言って、ふっ……と電話を切りました。もう本番、始まってます。

司会者「総指令……じゃなかった。青海さん。あの黒い壁、なんとかできそうなんですか?」

総指令「……なぜ、それを私に聞くのかしら?」

司会者「いや……なんとなく」


  場所:春間家のリビング

 彩夏「かくかくしかじかなんだ。これでいいかな?」

 千冬「そうなんだー」

 1号「かくかくしかじかって、最近の人は使わないですよね」

 母親に電話して聞いた事を説明したのだ。ただし、かくかくしかじかで足りる程度の内容である。

 千冬「じゃあ、あの壁を分解していいの?」

 彩夏「していいのって……できるの?」

 千冬「でも、ただ壊しても面白くないし……横の方に穴がありそうだから、そ    こから入ってネジを外して、線を抜いた方が面白いよ」

 彩夏「へぇ。じゃあ、つれてかなくていいや」

 千冬「えー!行きたい……」

 彩夏「いや、もういいんで。危ないんで」


  場所:黒い壁ロボットの近く

 手も足もないロボットに手も足も出ず、出撃したロボットたちが地面から見上げている。

隊員A「ファイナルウェポンが意味をなさない今、私たちにできる事はないの     か……」

隊員H「お私、お芸術にはビンカンですの!お蛍光塗料をもちいて、お美しい観    覧車をお壁に描き出して見せましょう!」

隊員C「だったら……私、ペンキ買いに行く……」

 隊員Cが買い物へ行こうとすると、飛び立つロボットを隊員Bのロボが引っ張って止めた。なんですか?

隊員B「まってちょうだい。あなた、抜け駆けして、あやかちゃんを迎えに行こ    うとしてるんじゃないの~?」

隊員C「そそそ……そんな訳ない……私、彩夏の場所……知らない……」

隊員B「あらあら?ガソリンスタンドに行ったんでしょう~?」

隊員C「ぎ……ぎくりんっ」

 ウソをつくという事は、つまり図星である!そこへ割って入って、隊員Hが何か言いた気。

隊員H「もしや!お先に、お帰りになった、お隊員DFG様方も!」

隊員B「……はっ!こうしてはいられないわ~!」

隊員C「いそがないと……!」

 先を争って、3体のロボットが発進していった。残された隊員Aと隊員Eが途方に暮れていると、先に隊員Aが話を切り出した。

隊員A「……私は冷静な人間である故に惑わ……惑わされぬが、他の隊員は彩夏    の無自覚な誘惑で混乱している。このままではならぬと、私は冷静に考    えているのだ。何か、問題の解決策はないものか」

隊員E「……みんなが彩夏を諦めればいいんじゃん?」

隊員A「ならん。そうなるくらいならば、いっそ彩夏を隊から抜かそう」

 とばっちりである。


  場所:基地の研究室

 マジで無理と書き置きし、部屋に引きこもった湯々子が、またパソコンのディスプレイを見つめている。

湯々子「ねこ画像が一万枚を超えた……ねこになりたい」

 そう呟くと、とぼとぼとガラスの前まで行き、マジックペンで自分の頬にネコひげを書き始めた。にゃーんと言ってみたりもしたが、あまり可愛くなかったのか、ご不満である。

湯々子「……湯々が彩夏くらい可愛かったら、ねこみみとかつけて写真とるの     に。しょうがない。アイス食べるもん」

 研究室の隅にある洗濯機。これが冷凍庫なのだ。隊員Aに食べられた為、梅味のアイスはない。

湯々子「……ない」

 そこで、ふとトランシーバーが光っているのを知る。留守番電話だ。

 彩夏『教えて欲しいんだけど、ロボットの給油口って、どこにあるんだっ      け?』

湯々子「……あ、ロボの燃料補給してない!」

 急いで部屋から出ようとするが、まずはネコひげを消さないと。しかし、油性ペンだから消えない!

湯々子「……人間に戻りたい」


  場所:黒い壁ロボットの近く

隊員A「彩夏から連絡だ。私のロボットに連絡がきたぞ」

隊員E「どうして私じゃないの!?どうして、彩夏!」

隊員A「ふっ……精進せよ」

 短めのメールで、黒い壁ロボットの対策が書いてあった。隊員Eにもメールを転送。

隊員A「さすが彩夏だ!早速!」

隊員E「待ちな!プラスドライバーが必要とある!」

隊員A「たやすい!プラスドライバーなど、ロボの、どこかにしまってあるだろ    う!」

 探してみた。

隊員A・隊員E「くっ……マイナスドライバーしかない!」


  場所:黒い壁の近くの屋上

 黒い白衣……黒衣をはおった男の人が、ビルの屋上からロボットを見上げている。独り言も始めるぞ。

男の人「ロボが集まって手も足も出んようぢゃ、こっけいぢゃのう。誰も止めら    れんわい。わしの作った黒い切りもち1号はな!」

???「やはり、お前の仕業じゃったか」

男の人「ッ!その声は!」

 背中に老人の声を受け、黒衣の男は黒衣をひるがえす。そこには源蔵。

 源蔵「いつまで、こんな事を続ける気じゃ。お前の嫁さんも娘も、心配してお    るぞ……」

男の人「うるさいわいっ!わしは師匠を……でない、源蔵よ!貴様を超えるま     で!この言葉づかいをなおす機械を作れるまで!帰る気はナッシング     ぢゃ!なんと!わしは、まだ36歳ぢゃぞ!なのに、こんな爺さん言葉    ぢゃ!」

 源蔵「わしが作った機械の音波を浴びて、おじいちゃん言葉になってしまった    件は悪かったと思っちょるぞい……同じく、わしも言葉づかいがヨボヨ    ボじゃ……許そうよ」

男の人「たわごとを!見るんぢゃ!わしのロボを!貴様のロボがゴミのよう      ぢゃ!貴様を超えるのも時間の問題!わしゃしゃしゃ!わしゃしゃ      しゃ……しゃ!?」

 壁ロボットの中央が変形し、大きなハート型の穴が空いてしまう!

男の人「ば……バカな!わしの黒い切りもち一号が!」

 源蔵「いまさらじゃが、お前のネーミングセンス。あんまりなんじゃないかの    う」

男の人「なんぢゃと!わしが、こんな言葉づかいになってしもうたマシンの名前    を言うぞい!いいかのう!?」

 源蔵「なんじゃと!?言うてみいや!?」

男の人「『敬語記憶装置・ケイゴン』ぢゃぞ!死ぬほどダサいぞい!」

 源蔵「なんでじゃ!世界一カッコイイじゃろうが!バカやろう!」


  場所:穴が空いた壁ロボットの横あたり

隊員A「いやあ、マイナスドライバーでも頑張れば、なんとかなるものだな」

隊員H「まったくだね。あたい、マイナスドライバーみたいな人になりたい」


 場所:春間家のリビング

テレビ『ご覧ください!黒い壁に穴が空いております!ハート型の穴から観覧車    が見え、ホテルの宿泊客も笑顔です!』

宿泊客『ありがとう!これで今夜、彼女とラブラブできます!ま、今は彼女のプレゼントを取りに行く為、一人でブラブラしてるんだけどね☆』

 結局、千冬は何もさせてもらえず、指をくわえてテレビ見てました。

 千冬「……おわっちゃった」

 彩夏「……あっけなかったけど、これで大勢の人の笑顔が守られたよ。ありが    とう。小さい方の春間さん」

 千冬「えへへ……だけど、そろそろ違う呼び方で呼んで欲しいの……」

 彩夏(……まずい。名前が解らない)

 お嬢様の事を何も知らないメイドである。すると、それを察してか一号が。

 1号「……私をイチゴちゃんと呼んでくれれば、あちらに春間さんをゆずりま    すよ?」

 彩夏「な……なるほど。それでいこう」

 千冬「えー」

 1号「そんな変な服を着ていないで、早く本職に戻ってください。とんかつを    作りますよ」

 彩夏「その前にロボットを回収しないと。回収班に連絡してみよう」

 1号「先にキッチンへ行ってますから、手伝いに来てください」

 彩夏「ごめんね。イチゴちゃん。あはははは」

 1号「彩夏さん。うふふふふ」

 千冬「えー……」

 こうして、事件は起こったか起こらずかの間に終了した。しかし、隊の戦いは続く……いや、そもそも戦ってすらいない。そして、千冬が名前で呼んでもらえる日はくるのか。二号は千冬のソバにいる必要があったのか。様々な思惑を残し、物語は、おしまいです。

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なにかありそうで何もない日常 最中杏湖 @sainaka-kyoko

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