誰かが私を殺そうとしている

━━誰かが私を殺そうとしている。


そんな妄想にとり憑かれたのはいつだったろうか。夢と現の境目が私には曖昧だった。



◆◇◆◇◆◇◆



人に嫌われ避けられるか、友好的な態度か、その二択しかない。そんな私は、新卒で塾講師に何とかなれた。しかし、まだ自分に生徒を任せてもらえるはずがなく、生徒探しをしていた。


少年少女の大勢いる区域。私に気に止める者などいない。私は雰囲気の違う少年三人、少女一人のグループに近づいた。

テストが終わったばかりの時期特有の空気。彼らは浮かない顔をしていた。きっと芳しくなかったのだろう。


「こんにちは。あなたたち、浮かない顔をしているわね。」


「ああ、うん。ちょっとうまくいかなくて……。」


気さくな少年が代表して答えてくれる。他の三人は、訝しげな顔を向けている。仕方ない、勧誘には違いないのだから。だが、こちらは塾の体験者がほしい。


「得意科目とかあるの?」


「それがわかればもう少し拓けるんだけどね。」


メンバーに目をやりながら。皆は苦笑いしながら、各々頷く。


「無料の実力テストと体験講義を受けてみない?私、塾の新米講師なの。入る入らないは関係ないわ。あなたたちの好きを見つけてほしいの。」


兄弟からも他人扱いされてきた私に出来るのは、ただただ未来ある少年少女の幸せの道標になることのみ。


「テストが終わったばかりで滅入るかもしれないけど。」


そんな彼らは気分転換にと、四人で来てくれた。


……直ぐに結果が開示された。採点は500満点でされる。難易度などなく、問題数も内容もストレスがない程度。

少女が最下位だったが、282点で悪くはない。最高点は、432点。気さくな少年は二番手で395点。もう一人は347点でまずまず。特に全員が理系で点数を稼いでいた。

正式講師ではないため、担当に任せて塾長と後ろの席にて見守る。簡易講義が始まった。

最初はやる気のなかった面々だが、最後まで前を向いていたことから、興味は持てたのだろう。

暫しの休息に入った瞬間、嬉しさのあまり私は彼らに駆け寄った。


……しかし、少年二人は即座にどこかへ行ってしまい、少女には顔を背けられた。わかっていたのに……。それでも期待は、希望は捨てたくなかったために、ショックは大きかった。

一番前にいる気さくな少年に話し掛ける気力なく、私はスマホと貴重品のみを持って走り出した。泣くまいと。

……私は知らなかった。複雑な、奇妙な表情で私を見つめる気さくな少年に。



◇◆◇◆◇◆◇◆



いつの間にか、塾から離れてしまったらしい。明るいけど人気のない場所に座り込んだ。頭が朦朧とする。やっぱり私は、何も信じてはいけなかった。塾長も誰も、私を止めなかった。

気さくな少年の声以外、無音の世界。……何かおかしい。

塾長やベテラン講師は終始、無表情。三人の少年少女は面倒臭そうな、嫌悪にも似た表情。

それは、両親や兄弟と似ていた。では何故、彼だけ笑顔なのか。

……しかし、私には考えている暇などなく、心身の疲れからか、意識を手離した。



◆◇◆◇◆◇◆



目を覚ますと、目の前に気さくな少年の顔があった。


「大丈夫?」


「え?ええ。」


違和感に苛まされながらも、彼の笑顔に救われている自分がいた。


「行こうか。」


どこに?と聞く気力はなかった。立ち上がろうとして、動けないことに気がつく。そこに少女の姿はなかったが、少年は揃っていた。気さくな少年に手を握られ、何故か二人に足やお腹を持ち上げられる。


……連れていかれた場所は線路。軽々と三人で私を持ち上げ続けながら進む。奇妙な光景。だが、目の前には変わらない、屈託のない気さくな少年の顔。


━━私はわかっていた。『誰かが私を殺そうとしている』ことに。


後ろから笑い声が聞こえた。少年二人は。私を掴んで離さないのは、気さくな少年

振り向いた瞬間、私は不思議なものをみた。

痛みなどない。あるのは浮遊感。

……そして未だに変わらぬ奇妙な安心感を与え続ける、気さくな少年の笑顔。



◆◇◆◇◆◇◆



「……君!君!意識はあるか?!」


知らないおじさんの声に、朦朧としたまま瞳をうっすら開く。


「……『誰かが私を殺そうとしている』。」


呟く。


「それ!も言っていたぞ!一体をされたんだ?!」


……昨日?こんなこと?


……夢ではなかった。私のは、乾いていたが。頭の感覚も変だ。布が大量に敷かれてはいるが、おびただしい血が首を動かさなくても見えた。


私は死ぬんだろうか。けれど、恐怖も痛みもない。体が動かず、朦朧とするだけ。

……彼は死神だったのだろうか。誰からも笑いかけられなかった私は、死んでも未練なんてないのに。未練を残させるための演出だったのだろうか。だったら、相手を間違ったとしか言えない。いや、最後の手向け?ならば、少しは気休めになったかもしれない。現実が地獄だった私。むしろ彼は天使でもいい。



私は無意識に向けた瞳の先に、彼を見た気がした。彼は何事か、笑顔のまま口を動かした。しかし、私に解読する力はなかった。


















━━おやすみなさい。あなたはから解放されたのだから。

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