赤ちゃんちゃんこ
━━この話は何十年も前、昭和中期に一時期だけあった、とある中学校での噂である
現代のところの『赤マント青マント』だ。巷では、『赤ちゃんちゃんこ青ちゃんちゃんこ』が猛威を奮っていた。
今回は不思議な不思議な『赤ちゃんちゃんこ』のお話。
その中学校では時折、トイレで噂のセリフを耳にするという。『赤いちゃんちゃんこにしましょか?青いちゃんちゃんこにしましょか?』
大概は幻聴として無視しようとする。……逃げられはしないのだけれど。
ある日の放課後、少年がふらりと旧校舎のトイレに立ち寄った。理由はわからないが、たまたまかもしれない。
そのトイレ、昼間は4番目だけが立て付けが悪いのか、閉まっている。しかし、今彼が見たそこは、4番目だけが開いているのだ。他はおあつらえむきに閉まっていた。
人間とは不思議なもので、開いている場所に入ってしまう習性がある。彼もまた、その一人だった。入った瞬間……。
━━バタン
静かに、勝手に閉まった。
━━……しましょか?
徐に聞こえてくるのは、あのフレーズ。
━━赤いちゃんちゃんこにしましょか?青いちゃんちゃんこにしましょか?
当然ながら、彼は固まった。だが、彼の口から出た言葉は……。
「赤いちゃんちゃんこ……60歳まで生きられたら着せてください。」
沈黙が流れた。
……終戦直後の日本。中学校に通うにもやっとな家庭が多い。彼の家庭もまた、赤いちゃんちゃんこを買う余裕もない家庭。中学校を卒業したら、働かなくてはならない。しかし、彼はからだが弱く、あと何年生きられるかもわからない。
━━ギイ……
……不思議なことに扉が開いた。願いが聞かれたかはわからない。ただ、そこから逃げられることだけは確かだった。彼は何度も振り返りながら、そこを後にした。
次の日から体調を崩し、中々学校にこられなくなってしまう。けれど一週間ほどすると、見違えるように元気になって、学校に通い出す。
学校は不穏な空気を醸していた。ひっきりなしに『赤ちゃんちゃんこ青ちゃんちゃんこ』の犠牲者が増えている噂が広まっていた。
おかしなことに、その少年の耳には届かない。行方不明の学生が増えていることだけが、彼に伝わっていた。
……犠牲者が増えれば増えるほど、彼は元気になっていく。
無事に卒業し、職につき、順風満帆の人生を送る。だが、彼の中に何かが痼となって渦巻いていた。
━━何か忘れている、何かを忘れさせられている
それに気がつくことはついぞなかったが。
◇◆◇◆◇◆◇
……60歳の誕生日、無意識に彼は母校に訪れた。旧校舎のトイレの4番目。
夕刻であるはずなのに、すべての扉が閉まっていた。まるで彼を拒むようかに。
しかし、彼は扉を叩き始めた。
━━コンコン
「……赤いちゃんちゃんこ、約束通り頂きに参りました」
彼は忘れていたはずだった。けれど、初めて訪れる前からの願いだったから、長い年月の間に朧気に思い出したのだ。
しかし、反応はない。
━━コンコン
「あなたのお陰で、60歳まで生きることが出来ました」
━━コンコン
「僕に、赤いちゃんちゃんこをください」
彼に思い残すことはない。だからこそ……。
━━コンコ……ギイ……
扉が彼の意思に負けたかのように開かれた。
━━赤いちゃんちゃんこにしましょか?青いちゃんちゃんこにしましょか?
彼は笑っていた。
「赤いちゃんちゃんこをください」
……その瞬間、彼から赤い血が吹き出し、衣服を真っ赤に染めた。まるで、『赤いちゃんちゃんこ』のように。
◆◇◆◇◆◇◆
『赤ちゃんちゃんこ青ちゃんちゃんこ』
それは、とある母親だと言われている。
親心で彼を生かしたのだろうか、それとも約束を果たさせるために生かしたのだろうか。
すべては謎のまま。
しかし確かなのはその日を境に、その学校の赤ちゃんちゃんこ青ちゃんちゃんこの噂は途絶えたこと。
もうその校舎は取り壊されたために、確認は出来ない。
Fin
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