第3話 からあげ天使

人里の裏には里に恵みをもたらす地母神のように朗らかに信仰される山がある。

学がないものばかりの里なので何のひねりもなく【裏山】と呼ばれている。


その頂上には誰に呼ばれたか【太郎杉】という大木が一本、山の頭を突き抜ける用に鎮座している。杉という木がどういうものか皆知らないが、造形てきに何となく杉ではないことはわかるし、むしろ「なんかこの葉っぱ食べると寿命が伸びるらしい」という噂があり、実際に里のナンバーワン遊女トメさんを永遠の17歳として繋ぎ止めているのもこの葉っぱという話だ。だが、呼び方などどうでもいいので皆そう呼んでいる。



「ぽっぽっぽ~♪ハトポッポ~♪」



その太郎杉の頂上にて変わったニュアンスの囀りが響く。


一等高い位置の枝にて文字通り羽を休めているのは大きな翼を6枚生やした妙齢の娘だ。

翼が6枚も生えた娘である。まず人間ではない。だが妖かしのたぐいには違いはないがなんともステキな容姿をしていた。


タレ気味であるが大きくつぶらな瞳は魔性の青い輝きを放つ。碧眼というやつだ。

腰辺りまでの髪は猫っ毛でクセがあるが、陽射しでシャラシャラと輝くまごうことなき金髪である。

どこぞの何某の情念か、やはり長着を着ているが肩も胸もほぼモロダシである。ミルク色の肌が豊満な胸や腰を官能的に表し、ソレに艶めかしく絡む波打つ金髪。その様は劣情を煽り立てる大変けしからん仕上がりである。


この娘が人を誑し込む妖かしであり、その肉体が兵器の一種であろうことがバカな男でも理解できるだろう。


そんな兵器をムチムチと携えたステキな容姿の翼女はニコニコ顔で黄色い団子を頬張っていた。

蒸しキビをベースに品質の良い魚粉や青菜粉を練り混ぜた特製キビ団子だ。

一昨日にどこぞのちょんまげ娘がたくさん供えていったのだ。


人間は下等生物のくせに生意気だと思っていたところだが、中々思慮深く見どころがある娘がいたものだと女は思いなおしたところである。



太郎杉の根本には社と霊標がある。この近隣の死したものの魂が等しくこの霊標に集まり現世から来世へと旅立つので揃って供養しようと言う慣わしなのだ。


きっと親しい者か身内の誰かが亡くなったのだろうか。

あの娘には今後良い縁があらんことを願ってやろう。


偉そうな事を考えているが実はこの翼女が今代のココの主であったりする。

6枚羽の守護天狗、太郎天狗とはこの女の事である。

とってもエロイのだ。

・・・エライのだ。



「コッコッコ・・」

ニコニコ顔で黙々と団子をたいらげていた彼女は不意にその手を止める。


人間について嫌なことを思い出してしまった。

先に述べたように彼女は人間をあまり好きではない。

神事もないがしろにする罰当たりも多くて霊験あらたかな存在に敬いの精神も気薄であるからだ。


彼女も好奇心から人里に降りることもある。と言うか誰も来ず暇なので毎日降りているのだが。

だがしかし、魚屋で魚を貰ってやれば女将に塩を投げられ、八百屋で野菜を味見してみれば客の女に石を投げられ、そば屋で「美味かった」と暖簾をくぐれば「勘定払え!」と幼女に自らを投げられ。最近では女子供に「とーちゃんを返せ!」と謂れのない事で尖った農具という恐ろしい殺傷兵器を手に追い回される。


「・・・・くるっく~」

いっぱく挟んでため息のように一声鳴く。


そう言えばと思い出す。

腹が空いて山を降りようとした時に、山間の畑で立派な根菜を見つけたので、コレは美味そうだと引っ張り上げようとしたところ、スッポ抜けて大股開いてすっ転んでしまった事があった。その時近場で様子をうかがっていた男が鼻血を出しながら崖下に転げ落ちていった事があったかもしれない。


「ホーホケキョ♪」

もしもまさかと考えては深みにハマりどうでもいいことで頭を使い消耗する。

そんな下等な行為は愚かしいと一声囀ると主はまたも黙々と団子を頬張り始めた。



翼を持ち、見目麗しく、迷い人を魅了し墜落させる何か。

彼女らは多くに天使と言われる妖である。


そもそも天使とは何なのか上手く説明もできない。いつからか天使と言われるヤカラがあたりまえの体で人類社会にのさばっているのだ。マジ何なんだこいつらは。


天の使いだから天使とか天孫の下役、小間使いだから天使とか天候を操る魔法使いだから天使とか、実は気象予報士やお天気お姉さんが天使という役職だとか読み方捉え方でどういう認識にもなるあやふやな何かが天使なのだ。


だが宗教的な意味合いでは統一して決まっている事がある。

螺旋神モートロの使いを名のる螺旋の翼エリイコケプテーロ縁の者たちを昔からこの世界の人々は総じて天使と呼ぶのだ。

モートロのオーバーテクノロジーを人類にもたらしたとされるのが彼らなのである。





彼女も天使であるからには創造主モートロの理で生きている。

その理において天使はファンと呼ばれるその羽の枚数で力を増す。要するに枚数が多ければより強力な力を秘めているということで普通は2枚羽である。

だが彼女は6枚羽である。それだけで彼女がいかに強い存在か理解できるだろう。


まあ実際は霊力溢れるこの山でゆるゆると食っちゃ寝してたらいつの間にか羽が6枚になっていただけであるが。


「ピーひょろろ」


人間は嫌いだが長く生きた縁で面白い出会いもあった。

普通の人間ではないが一人ある男を思い出す。

まだココに腰を据える以前、彼女が2枚羽の天使であった時のことを。

800年ほど前に自らを使役していた尊いお方に一緒に士えていたある男。


そいつが食っていたうどんの油揚げを掠め取り挙句頭に糞を垂らして飛び去った知り合いの鳥を真っ赤な顔で追いかけ回し、猿のようにスルスルと登った木の上で「追い詰めた」と掴みかかったが空を切り、崖下に転げ落ち翌日血まみれのブタのような姿で帰ってきた時は腹を抱えて笑ったものだ。


不死身のその男は絶対に死ぬことがないので今もどこかでしぶとく生きているのだろう。何処かの酒場で100年も生きていないガキ共にくだをまく姿が簡単に想像できる。生きているならば退屈にしている自分に顔を見せに来てもいいものだが。

アイツは少し無駄なことを考えすぎるから。未だあのお方の縁から抜けれないのかもしれない。


「ピ・・・思い出した!」


人間が嫌いになったのはアイツのせいかもしれない。


例の事件の後に酒場で夜食を食べていると酔いどれのアイツが逆恨みのように絡んできて


「おいみろよ。コイツ美味しい美味しいって鳥の唐揚げ食ってんだぜ!鳥のくせによぉ!」

と宣った。


何を言ってるんだコイツは?美味しければ食べるだろうが。野鳥は他の野鳥を食べる。あたりまえのことだ。とか思ったがその翌日からのあだ名がそいつのせいで【からあげ天使】になってしまった。

唐揚げを食べただけで自分が唐揚げにされたような辱めをずっと感じることになったのだ。



「ピ・・・今度あったらどんないじわるしてやろうかしら」





  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

おむすびゴッド 彘芭樂 伯斎 @hakusaY

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

フォローしてこの作品の続きを読もう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ