トリロバイタル・ライターズ
木船田ヒロマル
灰の瞳の来訪者
『やからやー、今すぐテレビ付けて見いって。今、家やろ?めっちゃおもろいんやからー』
明らかにからかう口調のダミ声が電話から聞こえてくる。
中学の時からの親友……というか腐れ縁の男、ミッチョンは、僕に七時からの特番「写ってしまった未確認物体! 幽霊? UFO? UMA? バッチリ見ちゃいまSHOW‼︎ 」と言う胡散臭いタイトルのオカルト番組を盛んに勧めて来ていた。
長い付き合いで、僕が幽霊とか超能力とかUFOとか、オカルトの類が嫌い--いや、憎悪すらしている、と知っているにも関わらず、である。
大学二年に無事進級した春。四月もばたばたする内にもう半ば。
空室を待っていた学校提携の安い下宿の部屋が一室空いて、裕福とは言えない財政事情の僕が高いアパートを引き払い、喜び勇みながら入居して一週間。
その日の僕は久しぶりに予定のない休日で、引っ越してからこっちバイトにサークルにとバタバタし通しだった為に、まだ積み上がったままだった段ボールの山から本の入った箱を選び出し、奮発して買った自慢の本棚に好きな漫画や小説を作者さんのアイウエオ順に並べて行くという至福の時間を過ごしていたわけだが、デリカシーに欠ける旧友は僕の側の事情は全くお構いなしに、からかい半分にオカルト番組やってるから見ろよ、という電話を中学の時のノリそのままに掛けて来るのだった。
「確かに家にはおる。けどな。なんでそんなもん見なあかんねん。お互いこの春で大学も二年目や。高等教育を修めつつある学徒の身の上で、市井を惑わすインチキなバッタもんを礼賛するようなことはしたあかんわ」
『リューチは難しゅう考え過ぎやねん。別に俺かて本物や思って見てへんよ。正体不明なもんとか、怪しいもんとか、科学で説明できひんもんとか、単純におもろいやん? それってダメなことなん? 』
ミッチョンは真剣に議論しようと言うのではない。また、僕を説得する気もさらさらない。笑いの滲む電話の声は、そのことを言外に物語っていた。
「趣味として嗜むならかめへんよ。けどな。世の中にはそういう怪しげな物を取っ掛かりや宣伝材料にして、不安やデマを撒き散らし、人を騙して詐欺る奴がぎょうさんおんねん。大きなテロや集団自殺の原因になったこともある。オカルトは不幸を呼ぶんや。あんなんタチの悪い新興宗教の広告看板やで」
『極端やなァ。理屈は解るけどな。そんな態度じゃ女の子にモテへんで。なんだかんだで、女は占いやらオマジナイやらソフトなオカルトは大好きなんやから』
「女の子は僕にとってはオカルトや。行動原理なんてまるで宇宙人。一昨日もサークルの企画で顔出し看板作ってんけどな。本体の板や支柱が完成する前に、いきなり装飾用の飾りから作り始めんねんで? なんでやねん! 飾りなくても顔出し看板は成り立つやろ! 逆に飾りに時間掛かって本体完成せんかったらどないすんねん! 完成したとしてもトータルのマンアワーに対する顔出し看板のクオリティは確実に落ちるやんか! 『かわいい〜』やないわ! まず第一目標の制作物を立派に完成させて! それから! かわいい飾りでもセリフの吹き出しでも追加したらええわ! 家建てるのにまず花壇にパンジー植えるか? 基礎打って骨組みから組むやろ? なんで家そっちのけでパンジーの寄せ植えに凝り出すねん! アホか! そこんとこ解れ! 」
『それ……その場で言うたん? 』
「言うわけあるかい! んなことしたら極悪人認定待った無しや! 飾りで盛り上がり始めた女子三人は死んだと思って諦めて、僕と、も一人の男で完成させたわ。アホらしい」
『その三人がたまたまちゃうん。そんな女の子ばかりやあれへんよ』
「違う女の子でも多かれ少なかれ似たようなことは度々あるわ。あの人らーは少なくとも僕と全く違うフローチャートで生きてんねん。女の子は僕にとっては存在自体が不可思議現象や」
ミッチョンは声色を真剣な調子に改めて、さも大事な事を確認するかのように僕に尋ねた。
『自分、あれか。恋愛対象が……一般とちょっと違うパターンだったりするんか? 』
「せえへんわ! 恋愛対象はガッツリ女の子や! だから困んねん! ミッチョンやって知ってるやろ。僕が高校の時、部活の先輩相手に大失恋して大泣きしたんを」
『知っとるよ。ずっと相談乗ってたからな。けどそういうのって、歳取って気付いたり目覚めたりすることも……あるんやろ。知らんけど』
僕は少し笑って言った。
「そうなったら取り敢えずミッチョンにまた相談するわ。実際、そんな悩み抱えたかて親兄弟にもいきなりは相談できひんしな」
ミッチョンも少し笑って言った。
『……せやな。電話待ってるわ』
「浪人生ミッチョンも今年から晴れて大学生。
大学、関東やったいな?
ゴールデンウィークのどっかで会わへん? 飯でも食おうや」
『ええで。ま、いつもこんなん言って毎度毎度実現せんけど−−』
ピンポーン
ドアチャイムの音だ。
「わりい。ミッチョン。来客やわ。これで切るな。また連絡するわ」
『おう。忙しけりゃLINEでもえーで。ほななー』
ドンドンドン! ドンドンドン!
1DKの広くもないアパートに、激しいノックの音が響き渡る。時計を見ると八時前。誰だ。なんか怖いな。
ピンポーン。ピンポーン。
ドアの覗き穴から表を伺う。アパートの外廊下の灯りの下で魚眼レンズに歪んで映るのは、見覚えのないショートカットの女の子だった。そわそわと落ち着きなく周りを見回している。
僕はドア越しに尋ねた。
「はい。どちら様ですか?」
「良かった。お願いです。助けて下さい。とても……困っているの」
息の切れた、苦しそうな声だった。
「どうされました? 警察を呼びましょうか? 」
「警察は駄目。実は私……あっ」
言葉が途切れた。覗き穴を見ると、彼女は廊下の壁に持たれかかり、しゃがみこんでいる。左手で右腕の二の腕の辺りを押さえている。怪我でもしているのだろうか。
僕はドアチェーンを付けたままドアを開いて様子を伺った。項垂れて動かない彼女。
「大丈夫ですか? 救急車を呼びましょうか? 」
「……救急も警察も呼ばないで。少しの間でいいの。中に入れては貰えませんか。腕を洗って包帯を巻いたら、すぐに出て行きますから」
僕は迷った。明らかに様子がおかしい。警察も救急も駄目? なんで? 新手の詐欺か強盗だろうか。それにしては、やり口が回りくどい気もするけど。
「お願い。助けて」
掠れるような声でそう言いながら顔を上げた彼女は、潤んだ瞳で僕を見上げた。
カラーコンタクトなのか、その光彩は濃いグレーだった。
意志の強そうな眉。線の細い涼やかな顔立ち。こんな時だが、正直好きなタイプのルックスだった。歳は僕と変わらないだろうか。
ナップサックを背負ってはいるが、凶器を持ってるようには見えない。デニムパンツと白い春物の薄手の七分袖。右腕の袖は肩口近くまでは捲られている。引き締まった体躯は華奢ではないが、僕より屈強ではなかった。何かあっても、取り敢えず力で負けはしないだろう。
それより何より、彼女の言葉には必死さと真実味があった。彼女の態度には窮地に立たされた切迫感があった。
ここで見捨てたら、後々後悔しないか?
いや待て。これが何かの詐欺なら、馬鹿を見るのは僕だぞ?
「助けて。お願いよ」
再び彼女の懇願の声が僕の耳を打つ。
僕はドアを閉めた。
そしてチェーンロックを外し、再びドアを開けた。胸の内で自分の人の良さに、自分で苦笑いしながら。
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