シロツメさん

つめえりさん

第1話 いつも通りじゃない日

 日々の生活は、それなりにこなしている。決まった時間に起床し、支度をして朝食を食べてから、仕事へ向かう。仕事が終われば、買い物をして帰宅し、夕餉・入浴を済ませ、決まった時間に就寝する。これが私の全てだ。いや、全てだった。


 “彼”が私の生活に加わるまでは。


 “彼”との出会いは暖かい春だった。私は仕事を終え、夕餉の材料を買って帰宅しようとした。

 そう、いつも通りに。

 だがこの日は、いつも何気なく素通りしている景色の一部に目が止まったのだ。スーパーを出て、遠からず近からずの距離に位置する土手。そう、あの土手だ。

 土手の斜面は、冷たいコンクリートで固められており、とても偉そうに目の前にいるように感じた。疲れていたのか、むしゃくしゃしていたのか今となっては判らないが、そう感じた。

 そして、負けてたまるかと思ったのだ。近づいてみると壁のようだ。

「負けて、たまるか。」

そう口に出すと、心の臓が跳ねた。とても勇ましくなったような、そんな私を誇らしいと感じる私が、少し気恥ずかしくなった。

「負けて、たまるか。」

階段に足を乗せる。自然と二歩目を踏み出していた。

「負けて、たまるか。負けて、たまるか。」

自分の声に後押しされ、階段を登る足は速度を上げる。息が苦しくなり、笑いがこみ上げてくる。

「ハハ…負けて、たまるか。負けて、たまるか。負けて、たまるか…」

肺から空気が抜けていく。苦しいのに、不思議と気分がいい。

「負けて…ハハ、アハハ。ハハハハハハ…」

偉そうな土手も、もう私の背丈と変わらないほどの大きさになった。何をそんなにムキになっていたのか、自分がバカらしくなってくる。

「ハハハ…どうだ!私の勝ちだぞ。…まいったか!ハハハ!」

最後の一歩を強く踏み切ると、膝から力が抜けた。買い物袋を片手に、尻餅をついて息が上がっている。なんとも滑稽な姿だ。汗をかいて気持ちが悪いが、それよりもやってやった達成感が優っている。清々しい気分だ。

「やってやったぞ!」

心で思ったことがそのまま口をついて出てきてしまった。心の口が緩んでいる。こんな時には言葉を発しないに限る。

目を瞑り、息を整えることに集中する。風の音が耳に心地よく届く。

程よい疲れもあり、風が気持ち良い。これほど眠りを誘う条件もあるまい。私は対して抵抗もせずに意識を手放した。


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