ハニーディップ&ポン・デ・リング
すっ……。
足を置く。
「えっ」
表示されたデジタルの数値を見て、思わず声が出る。
がばっ。つんつん(ぽにんぽにん)。
服をめくっておなかをつつく。
「なにこれーやっばーい」
やさしさあふれるさわり心地についつい語彙が死ぬ。
やっばーい。
黙ってマスクをしてダウンジャケットを羽織って――
「あれ、はみさん、おでかけですかっ」
「うん、ちょっと駅前のカメラ屋さんまで行ってきます」
と、平然なふりをして支度を終えた私に気づいて、戸棚からひょいとえすこ――(今は亡き)大盛りいか焼そばの妖精さんだ――が顔を出した。
カメラ屋さんというか、電器屋さんというか、ね。
「めずらしいですねー。最近ほとんど外に出ることないじゃないですかっ」
うっ。えすこ、痛いところを。そこよ、そこ。
マスクで曇った眼鏡の奥で目が泳いでしまった。
コロナ禍になってからというもの、ありがたいことに私の仕事はほぼほぼテレワークに移行してくれた。やればできるじゃない、弊社。
さらに、私の住んでいる『しいのき市』のネットスーパーやデリバリーもどんどん充実してくれた。
それはもう、家から出るなってことだよね! はいよろこんで!!
出かけるのは、ちょっと気分転換にお散歩やサイクリングに行くくらいでちょうどいい。で、そういうときはついでに、デリバリー対応していないお店に寄ってテイクアウト。
いやいやー、これほど私に合っている生活ってないんじゃない?
って、思ってたんだけど……あの数値は。あの数値は!?
あとおなかね。あのぽゆんぽゆんね。やさしさで死んでしまいそうだね。
食べているものの質や量は以前とさほど変わっていないはずだから、確実に運動不足なのだろう。
うーん……会社に行って仕事するって、結構運動になってたんだねえ。
そんなわけで、やってきましたカメラ屋さん。
しばらく品切れで入手困難だった、リングでフィットネスするあのゲーム。ネットではまだ微妙に手に入りづらいらしいけど、店頭には案外あったりするらしいとの情報をどこかで見かけたので、わざわざ出てきてみたのだ。
駅前来るだけでもまあそこそこ運動にはなるだろうし。
入口の眼鏡っ娘にご挨拶して、最上階のゲーム売り場へ。
どれどれ、あるのかな?
お、『在庫あります!』のポップだ! 買いだ、買い!!
店員さんに聞いてみたらカウンターの奥からすぐ持ってきてくれた。
「ありがとうございましたー」
キャッシュレスでさくっと決済。おもちかえりー。
前から使ってはいたけど、対応店舗が増えたのはありがたいことで。
ウィルスは困るけど、それによって起こった生活の変化は私にとってはありがたいものが多かったなあ。
もちろん、ダメージを受けた人も多いのだろうけどね……。
なんて方向で考えてると気分がどんどん落ちそうなので、こんなときは――甘いものかな!
このビルの地下に日本最大規模のドーナツチェーン店がある……けど……やさしいおなかが……。
いや、だいじょうぶ! 私にはさっき手に入れたリングのフィットネスがある!!
いざ地下へー。
「――ってなんでフィットネスのリングだけじゃなくてスウィートなリングも買ってきちゃってるんですかーっ!?」
帰ってきて即刻えすこにツッコまれる。
まあ、そうなるな。
「まあまあ、いいじゃないですかえすこちゃん。ドーナツですよドーナツ。同じ小麦粉族として仲良くしてやってくださいよ」
「なんですかその大雑把な分類っ!?」
だって焼そばも小麦粉でしょ。
「まあそんなわけだから、ほらほらえすこちゃん。あなたの入っているそのマグカップ、使うんですからちょっとどいててくださいね」
「えー、これ居心地いいのに……」
しぶしぶ這い出してくるえすこ。
確かにこれに入っている
私としてもこのマグカップが使いやすいのだ。
そしてこれは以前、今日買ってきたドーナツ屋さんでもらったもの。
使わない理由はないでしょ。
「ちゃんと洗っておいてくださいねっ。あとでまたそこ入るのでっ」
「はいはい、わかりましたよー」
えすこはのそのそと戸棚に戻っていった。
よし、早くドーナツ食べたいので、インスタントコーヒーでいいや。
粉を入れて、お湯を注いで。
じゃあじゃあ、さっそく!
いただきまーす。
んーどっちにしよう。どっちのリングがいいかなー。どっちも好きなんだよなあ。
んじゃド定番とも言える『ハニーディップ』さん!
つやつやのグレーズが食欲をそそるね。
はむっ。
うーん! 甘くてちょっとしゃりっとした食感とふわふわ生地が合わさって、幸せ……。
いつからか覚えてないけど、ハニーディップがすっごくおいしくなったんだよねえ。
それまでは結構チョコ系を選ぶことが多かったんだけど、大規模アップデート後はハニーディップが欠かせなくなっちゃった。
このやさしさあふれるふわふわ、やっばーい。
……なんか、ちょっと前に同じことを
ぺろっとなくなっちゃった。ああ怖い。ドーナツこわい。
怖いものは食べてしまわないとね。ってことでお次は新定番『ポン・デ・リング』ちゃん。
新って言ってももう登場からずいぶん経つか。まあ、定番というのはスパンが長いわけで、いいでしょう。
八つのボールで形作られているドーナツのリング。それをハニーディップ同様のグレーズでコーティング。
あむっ。
そのボールのひとつにかじりつく。
口の中でしゃりしゃりともちもちが、ああー。
ふたつ。みっつ。よっつ。とまらない。とまらない。
そして最後のボールをあーんと口に放り込む。
しゃりしゃり甘い衣ともちもち生地がとろけてとろけて、なくなる。幸せ……(本日二度目)。
和を以て貴しとなす、というけれど、まさにそれ。
ごちそうさまでした。
ふたつの幸せのリングの余韻に浸りながら、コーヒーで一息つく。そろそろかな……。
「いーん、ふぃにてぃー!!」
ほらきた、ドーナツ妖精さん。
「あれ、なんですかその『やっぱりきたか』みたいな顔は!!」
「やっぱりきましたか」
「わざわざ口で言ってくれましたかー!!」
ムダに元気な妖精さんだね。
ドーナツっぽい茶色の芋ジャージ姿にポニーテール。
ポニテの根元についてるのはポン・デ・リングか。
……ポニ・テ・リング?
「気を取り直してもっかい行きますよー!! ドーナツパワーをためて……いーんふぃにてぃー!!」
右手にはハニーディップ、左手にはポン・デ・リング。
頭上に高くかかげて合わせている。
「infinity?」
「ほらほら、ドーナツのふたつのリングで
ああそのセルフボケツッコミ、ぐさぐさくるわあ。
「無限の幸せ、ドーナツパワーだよ!! ドーナツパワーをためてみんなでハッピー!! さあ走りますよー、よーいドン!!」
いやいや。なんなのドーナツパワーて。
脳筋というか……脳ドナ?
ドーナツが幸せなのは、まあ同意できるけど。
ものすごい勢いで走ったり跳んだり……あ、戸棚でえすこにエンカウントしたみたい。
「もしかしてあなたがこのエリアのボス!!」
「え、ボス? うーん、ボスと言われるのもなかなか悪くない気分ですね……。
ええそうですっ! ワタクシがここのボスですっ!」
言い切っちゃったよえすこ。
「ワタクシをボスだと見破るとはなかなか見どころがあり――」
「くらえドーナツパワー!! ドーナツポップスクワット24回ー!! はい!! はい!! はい!!」
「え、ちょ、ま、もが、もが、もがっ……!」
脳ドナ妖精さんがスクワットするたびに、リングからいろんな種類の小さな球状のドーナツがぽんぽん飛び出してえすこの口に詰めこまれていく……!
いやあ、さすがにあの勢いで食べされられたらそりゃあ――
「きゅう」
まあ、ムリよね。哀れえすこ。ドーナツに死す。いや、死んではいないけど。
「びくとりー!!」
いい笑顔だなあ脳ドナ妖精さん。ドーナツ最強かな。
「えすこおねえちゃんがやられたようだね……」
「ククク……おねえさまは四天王の中でも最弱……」
「ドーナツごときにぃ……負けるとはぁ……我らカップ焼そば四天王の面汚しよぉ……」
なんか焼そば妖精さんたちが戸棚の奥で会合開いてる。
てか、あなたたちいつから四天王とか結成してたのさ。
あとなんかひとりだけ
「なんと!! 四天王ですか!! 心配ご無用!! 連戦だって無限のドーナツパワーで大丈夫です!!」
「「「……しまった」」」
結果は……言うまでもない。
「「「きゅう」」」
「びくとりー!!」
さてさて、私も溜めこんだドーナツパワーを、買ってきたもうひとつのリングのほうで解放しないとね。
先は長い。楽しくやっていきましょ。
ジャンクフード・ラブ みれにん @millenni
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