辞書

yasu.nakano

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ピー 電池ガ消耗シテイマス。 

紙の辞書を使うことの少なくなった時代に相変わらず紙の辞書を使うことは、ちょうど、ものを書くのに鉛筆と原稿用紙を使うことに似ている。便利性と効率を重視した結果、この世界は2進数であふれ変えるようになった。つまり、ゼロ、か、イチ。オン、か、オフ、だ。 
人間の思考もそれにあわせて、ごくごくシンプルになってきているような気がする。イエス、か、ノー、か。ある、か、ない、か。 
新宿を西口から東口までぐるっと歩く。人々は、自分の方向へ歩く。僕は、西から東へ来ただけだ。方向なんて無い。この街では、たいていのスイッチは、オン、だ。イチ、だ。力は、働いている。そんな場所にいると、自分がひどく間違った人間みたいに思えてくる。両極端だ。ホントは、そうではない。たったふたつにわけられてしまうほど簡単ではない。しかし、それはどうしようもなく、毎日ちょうど2回、潮が引くみたいに定期的に僕を捉える。電池ガ消耗シテイマス。 
あきらめて、少し寝る。しかし僕の意識は眠らない。深い意識のそこで、僕は交差点にいる。たくさんの人の群れの中の一人として、交差点にいる。みんながそれぞれの方向へ歩く。僕は、こちら側から、あちら側へ移動するだけだ。それは単に場所を変えただけであり、方向は存在しない。ここ、か、あそこ、か。ゼロ、か、イチ、か。それだけだ。僕は他の大勢とは違うみたいだ。 

僕は辞書を持ち歩いている。今は、その重さも気にならなくなってきた。辞書には、意味が書いてある。いつか、僕の名前の項を辞書で探したい、と思う。

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