悲しみの裏切り編


「魔王様、こちらにおいででしたか」


 謁見の間に顔を出す、魔王軍の知恵袋、参謀。

 尤もらしい事を口にしているが、こちらにおいででしたか、じゃねーよ。

 勇者の襲撃に備えて、我は常に魔王城の謁見の間、玉座に居るじゃねーか。

 聞くまでもない事を、一々聞かないで欲しい。

 などと、情けない事は言わない。


 我は魔王だからである。

 

「参謀よ、一体どうしたのだ?」

「魔王様、スライム内藤はご存知でしょうか」

「いや、我は知らぬが」


 まだ、魔王になって我は三日目である。

 自分の手下の全貌は掴めていない。  


「スライム内藤とは、スライムの上に乗っている騎士でありますっ!」

「ふむ。そのような奴が居るのか。覚えておこう」

「いいえ、覚える必要はありませんっ!」


 参謀は憤慨していた。

 

「奴め、お腹を空かせていたところを、うめー棒10本も与えてやったというのに、魔王軍の一員として迎え入れてやったのに、裏切ったのですっ!」

「う、裏切者だとっ!?」

「その通りです。勇者に倒され……てはおらず、仲間の魔物達が全滅するまで死んだフリを続けて、他の魔物が死ぬと同時に起き上がり、勇者を必死に見つめて、勇者の元に下ったのです」


 おおおお、なんたる事だ。 

 人間と戦う為に、一致団結しているとばかりに思っていた魔王軍。

 よもや、こんな簡単に裏切り者が出るとは。


「魔王様、どうやらその勇者には、『魔物使い』の才能があるのかもしれません。これは恐ろしい事態です。勇者、『あああい』、侮れない相手です。下手をすれば我が魔物の軍勢、そのほとんどを部下にしてしまうかもしれません」


 全く適当な名前だが、あああい――なんて恐ろしい奴だろう。


「我が魔物の軍勢、勤務時間はっ! 福利厚生はどうなっているのだっ!」


 裏切りたいと思わせない、充実した内容が必要だ。


「我が軍は、年間を通して休日もなく――ほら、休みの日なんてあったら、『あれ、今日は敵とエンカウントしないな』となるじゃないですか。進みたい勇者であれば別ですが、レベルアップしようと思っていたら不便でなりません」


 一々勇者たちに気を使わなくてはならないとは、魔王である我を含め、魔物達を大変である。


「ふむ。その辺りは上手くローテーションで回せば良いのではないか? 出勤時間をずらす、フレックスタイムを採用するのはどうだろうか?」


 我は魔王。

 今、コツコツと経営学を学んでいる最中である。


「ははー、フレックスタイム、検証しましょうっ!」

「うむ。人間を襲う事に励むがよい」


 勤務時間の次に、人員配置の問題を取り上げる。


「少々ブラックでございます。『洞窟担当』であれば、洞窟から出て来てはいけません。屋外でも、ここからそこまでと、行動できる範囲が決まっているのです」


 道理でフィールドごとに、出現するモンスターが決まっている訳だ。


「もう少しアバウトでも良いのではないか?」

「魔王様、考えてください。勇者一行の始まりの町。その周辺に最強の魔物が出て、一歩も外に出られなかったら……」

「出られなかったら?」

「それは、クソゲーにてございます。Amazonのレビューで、酷評乱舞が起こる事でしょう。世界には秩序があり、バランスが必要なのでございます」

「ちょっと待て。始まりの町の人間は、それで良いかもしれん。だが、最後の町の人間はどうなるのだ? 町の外には高レベルのモンスターで溢れているのだぞ」


 何という不公平な世界だろう。


「その辺りは大丈夫。最後の町の住人は、周辺のモンスターに負けない強さを持っています」


 成る程。つまりはレベルが40から50はあると思っても良い訳だ。


「参謀よ。ならば最後の町の人間が、魔王を討伐した方が早いのではないか?」

「それは突っ込みをいれてはいけない事でございます」

「むう、そうか」


 その後、参謀と話し合った末に、世界のバランスを優先する事になった。


「ふむ。人員配置については、同じようなレベルであれば、配置転換を認める事にすれば良い」

「ははー、人事には、そう伝えておきます」

「うむ。人間を襲う事に励むがよい」


 ちなみにこの作戦は失敗する事になるとは、魔王である我も気づかなかった。

 海なのに山のモンスターが出たりと、メーカーにバグの報告が続出。

 一週間と経たずに戻す事になる。魔王である我でも、失敗する事はあるのだ。


 人員配置の次に、給与面を取り上げた。


「参謀よ、我が軍の魔物達の給料はどうなっているのだ?」

「一律、一日30ゴールドでございますっ!」

「30ゴールド、だとぉ!? それでは『どうのつるぎ』も買えないではないかっ! 装備が整っていないとは思っていたが、この為であったか」


 日当30ゴールドとあまりにも少ない給料を、時給250ゴールドにまで、大幅に引き上げる。

 財政支出も考えている参謀は難色を示したが、これも裏切り者を出さない為には仕方ない支出であると言い聞かせた。

 更に、魔物達の健康保険。年老いた魔物達への年金。保養施設など、参謀と共に我は大改革に臨んだ。


「ここまですれば、魔物達の裏切り者も減るだろう」

「ははー! 流石は魔王様でございます」


 玉座の上でふんぞり返る我。

 即座に大改革は実行され、我が軍はブラック企業からホワイト企業へと転身した。

 

 五日後の事である。

 裏切り者が出ていない事に気分良くしていた我と参謀。

 そこにスケルトンがやって来て、参謀にごにょごにょと耳打ちし、報告を聞いて憤る参謀。


「魔王様、大変でございます。『スライム内藤』だけではなく、『アーマー内藤』、『ドラゴン内藤』、『スケルトン内藤』、『ゴブリン内藤』、『ジャイアント内藤』……この五名まで裏切りましたっ!」

「内藤、多っ! い、一体どうなっているのだっ! 我が軍はホワイト企業になった筈なのに……」


 上手く回り始めたと思った矢先の出来事である。


「魔王様、実は『あああい』は美少女にてございます。こやつらはおっぱいに負けたようですっ!」

「ぐぬぬぬ、男では美少女に勝てぬという事か。ってか、我も勇者を見てみたい。美少女の部下になりたい」

「魔王様、なりませぬっ! ラスボスが寝返ってはいけないのですっ!」


 我の本音は、参謀に押し潰されてしまった。

 と、真面目に考えなくてはならない。

 相手が女性であるのなら、こちらも女性に協力を仰ぐしかない。

 一つ、名案が思い付く。心苦しい苦肉の策だ。

 それでも今後の離反者を出さない為には、女性の魔物達からは反感されるのを覚悟の上で、実行せねばならない。


「参謀よ、女の子モンスター達をエロい格好にさせるのだっ! これしか手はないっ!」

「ははー、今すぐに実行いたしますっ!」


 この案は上手くいき、魔王軍の離反者は大幅に減る。

 ただし、部下を見る我の目が……女の子達の目が非常に冷たくなった事だけは心の中で思っておく。



 魔王城の玉座に座りながら、参謀と共に部下の魔物達の事に頭を悩ませる。

 我は魔王。

 男性社員からは『兄貴』と呼ばれ慕われる一方で、女性社員から『変態』と罵られる者なりっ!!! 

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新人魔王 相馬 刀 @soumakatana

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