食事編
我こそは魔王である。
一日目は玉座に座りっぱなしで。
夜もそのまま玉座で寝て、起きてから気が付いた。
昨日の昼間から、ご飯を食べていない事に。
「参謀よ、参れっ!」
「ははぁー、魔王様、本日はどのような用件で?」
我の右腕である魔王軍ナンバー2、参謀。フードを被った男が姿を現す。
ここだけの話、実は我が魔王就職の面接に来た時、試験をやってくれた人物でもある。
動機など、色々と聞かれたっけ。
尚、我以外面接には誰も来なかったことを、打ち明けておく。
あんな怪しい面接に行く奴いねーよっ! そう、ツイッターで我が呟いた努力の賜物ではなかろうか。
「我は腹が減ったぞ。食事を所望するっ!」
「はっ、ただちにお持ちいたしますっ!」
魔王――実は三食付いている、素晴らしい仕事なのだ。
昨日の夕食は忘れ去られてしまったが、誰でも忘れる事はある。
我は寛容な魔王なのだ。一度や二度の失態は、目を瞑る度量を持っている。
謁見の間で、膝を付いて座っているのは、獣軍団に所属する獣人のウルフ。
狼男の魔物である。
ウルフが頭を下げている理由は一つだ。
こやつは二度も勇者を負けてしまったのだ。
我はウルフに厳しい視線を向けた後、判断を下す。
「一度や二度の失態は目を瞑ろう。ウルフよ、我はお前に期待している。だが、次はないぞ。これが最後のチャンスだ」
「イエッサーッ!!!」
力強い足取りで出ていくウルフ。
我はそれを見送るのである。
という憧れの遊びが出来るのだ。
まあ、これはあくまでも我の妄想であるが。
ウルフなんて、実際に居るか居ないかもわからないが。
妄想ごっこを楽しんでいると、参謀が食事を持ってきた。
トーストとハムエッグである。
「無難な朝食ではあると思うが、魔王の食事としては些か貧弱ではないか?」
こう……もっと良さそうな食事があっても良いんじゃないだろうか。
朝からステーキとは言わない。
せめて、『ベーコンエッグ』ぐらい欲しい。
脂ぎったベーコン。こいつを焦げ目が付くまで焼く。
焦げ目のないベーコンなど、ベーコンにあらず。ただし、焦がし過ぎては旨味が減ってしまう。
絶妙な焼き加減が必要なのだ。
「大変失礼しました、魔王様。しばらくお待ちください」
一礼して去って行く参謀。
待っている間に、せっかくなので出してくれた食事を食べる事にした。
我は箸でハムエッグの黄身を潰すと、溢れ出す黄身。
ほほう、なかなか分かっておるではないか。
完熟の目玉焼きなど、目玉にあらずっ! 半熟が一番である。
まあ、これに関しては我の完全に好みであるが。
軽く塩コショウを振りかけ、ハムエッグをトーストの上に乗せて口へと運ぶ。
淡泊な味しかない白身は、塩味とコショウで程よい味付けになっている。口の中でとろけ出す黄身。
サクッとしたトーストと相まって、大変な美味であった。
流石はよく漫画などで出て来る、王道の組み合わせなだけの事はある。
と、丁度食べ終えたところで、戻って来る参謀。
「魔王様、お待たせしました。こちらはデザードの『アロ○ヨーグルト』にてございます」
ただのヨーグルトではなく、アロ○ヨーグルトとは、参謀もやりおるわ。
くっくっく。我の健康まで気を使ってくれているのだ。ビフィズス菌で胃腸が良くなってしまうかもしれん。
「それと、野菜でございます。本日は採れたてのトマトをお待ちしました」
赤い悪魔を参謀は持っていた。
三つも。
「ぐはああああああっ!!」
831のダメージ。
「魔王様、どうなさいましたっ! 突然、全身から血が噴き出したようですが……グラフィックに関しては変わっておられませんが」
玉座の上で胸を掻きむしる我。
「参謀よ、我はトマトが嫌いなのだ。種の緑色のどろどろ部分、どうしても受け付けんっ!」
「魔王様、好き嫌いはなりませんっ! 不健康なままでは、勇者に負けてしまいますぞっ!」
「トマトを食するぐらいであれば、我は負けても構わぬっ! 否、トマトなど食べなくても、我は負けんっ!」
「何を子供の様な事を言っているのですかっ、魔王様っ!」
「ええーい、嫌いなものは嫌いなのだっ!」
その後、我と参謀の戦いが始まった。
食べろと押し付けて来る参謀。我は断固として拒否する。
フリーターを始めてから、自分の好きな物だけを食してきた。
あえて嫌いな物など食べたくない。
参謀とのやり取りを続けていると、学生の頃に似たような事があったなと思い出した。
嫌いな物を食べる事が出来ず、給食の時間が終わっても、居残りさせられた地獄を――意地でも食べなかった日の事を。
そう、我は究極の意地っ張りなのだ。
「魔王様、せめて一つは食べてください。食べ終わるまで、昼食は出しませんから」
参謀は一つだけトマトを置いて去って行った。
参謀はああ見えて、多忙な男なのだ。やる事が一杯ある。
「むううううう」
トマトを目の前にしながら、我は唸り続けるのであった。
魔王城の謁見の間、目の前にトマトが一つだけ置かれた状態で、トマトを睨み付けながら、今日も我は勇者を待つ。
我は魔王っ!
好き嫌いが激しい……もとい、食事にはこだわる者なりっ!
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