睡眠編


 魔物達の頂点に君臨する、我こそは魔王なりっ!

 一見楽そうに見えて、大変なお仕事である。

 いつ、勇者一行がやって来るやもしれない我は、玉座から動いてはならないのだ。

 と、側近の参謀に言われてしまった。

 そう、例え夜が来ようともっ!


「魔王様、お休みなさいませ」


 側近である参謀は、大きな枕を持って、寝室の方に向かおうとする。


「ああ、おや……をいこら、ちょい待てや」


 我だけをだだっ広い謁見の間に残して、去って行こうとする側近の参謀を呼び止める。

 どう見ても参謀だけ、温かいベッドの上で眠るつもりであると我は気が付いたからだ。


「どうかなさいましたか、魔王様」


 実は我も、凄い眠い。

 ただ、玉座に座ったままでは、なかなか眠れない。

 昼間はおむつだって我慢しよう。

 だが、夜ぐらいはベッドで寝たい。

 事実上魔王軍ナンバー2の参謀にその事を訴える。

 あんまりブラックだと、労働基準局に行ってしまうぞと最強のカードをチラつかせながら。


「魔王様、それだけはなりませんっ!」


 力強く、我の意見を否定する参謀。

 何が、それだけはなりません、だっ!

 我は謀略に長けている。

 押しても駄目なら、引いてみろと言う言葉がある。

 力づくの理論だけを展開する我ではない。


「夜となれば勇者一行も、プレイヤーも寝ているのではないか?」

「逆なのですよ、魔王様。プレイヤーの方々は、昼は学生、社会人など、忙しい方が多いと聞いております。こちらのグラフをご覧ください」


 映写魔法で、グラフを映し出す参謀。

 ゲームをプレイする時間帯のアンケート結果。

 我は戦慄した。




 100% 夜。



 

 恐ろしい結果だった。

 と、下の方を見て、気づく。


 アンケートの対象 1人 参謀のゲームをプレイする時間帯より


「って、百パーセントお前の意見じゃねーかよっ!」

「魔王様、憤慨しないでくださいっ! インターネットでググったりして、ゲームをプレイする時間帯をアンケート結果を探したのですが、見つからなかったのですっ!」


 何だかんだ、参謀も苦労しているみたいだ。

 まあ、少しは妥協しよう。

 昼間はフリーターで働いていた我も、本当は分かっていた。

 ゲームは夜の方が、やっている人口が多いと。

 我もその口だったから。

 されど一つだけ、聞いておかねばならない。 


「参謀よ、我が宿敵の勇者は、今どこまで来ているのだ?」

「はい。記憶が確かであれば、始まりの町を出たところですな」

「レベルは、何レベルなのだ?」

「レベルは2でございます。もしかしたら、3ぐらいになっているやもしれませんが」


 レベル2とか3の相手では、魔王城に到達するまで時間は掛かるであろう。

 つまりは当分の間は、ベッドで寝ていても良い筈だ。

 ただ、もう少し会話を続けよう。参謀は変な理屈をこねて来る。タイミングを見計らって、切り出した方が良さそうだ。 


「我が宿敵の勇者の名前は、何というのだ?」

「それについては、既に調べがついております。魔王様の宿敵、勇者の名前は『ああああ』にてございます」

「何だとぉぉぉぉぉ」


 随分、適当な名前だと思う。


「よくぐれなかったな」

「魔王様、これこそ勇者の名前において、最も多い名前ですぞ。馬鹿にしてはなりません」

 

 いや、どう考えても適当過ぎる。

 両親が名前を付ける時に、Aボタンを連打したのかもしれない。

 

 と、謁見の間の入り口から、顔がライオンの強そうな男が現れた。

 我が魔王軍の精鋭、四天王の一人の獣王である。


「ぐっはっはっはっは。その勇者なら、俺様の獣軍団、一画ウサギが仕留めたぜっ!」


 一画ウサギ――我でも知っている。

 まるで、シャーペンを使って一画で強引に書かれたような、落書きのようなウサギである。

 魔物の中でも最弱級の、スライムの次に弱っちい奴だ。


 朗報だった。


「よくやったぞ、獣王よ。後で褒美を渡す」

「ははー! ありがたき幸せ」


 我と参謀に頭を下げて、去って行く獣王。

 絶妙なタイミングがやって来た。ここで切り出すしかない。


「勇者が死んだのなら、我がベッドで寝ても問題ないな」


 この理屈であれば、参謀も納得するであろう。


「……」


 我の言葉を無視する参謀。

 我の部下の癖に、魔王の言葉を無視するなど、万死に値する。

 と思ったら、参謀は部下とやり取りを行っていのだ。


「魔王様、大変ですっ! 今、部下から念波による情報伝達が来ました。現在、レベル99の勇者、『ああああ』が魔王城に突入したとの事です」


 をいこら、マティ。


「『ああああ』は死んだのではなかったのかっ!」

「別の『ああああ』です」

「えっ、別のなんて、居るの?」


 我が言葉に頷く参謀。


「当たり前ではないですかっ! このゲーム、ミリオンを突破したらしいんで、百万人を超える勇者が魔王様の命を狙っております」

「我、一人しかいないのに、勇者多くねっ!」

「魔王様はやられるのがお仕事ですので、仕方ありませんな」

「いやいやいや、仕方ないと言われてもだな」


『ぐあああああああああっ!』


 四天王が一人、獣王。

 その断末魔が、謁見の間の外から響いてきた。


 謁見の間の扉が開かれ、突入して来る勇者達。。

 おさげ頭の武道家は可愛い。

 金髪のエルフの魔法使いは美しい。

 黒髪の神官は綺麗。

 三人の美少女に囲まれている勇者と思われる男、普通。

 今流行りの、ハーレム主人公である。


 なんて羨ましいパーティー……もとい、二話目にして、勇者が訪れてしまった。

 止む得まい。迎え撃つとしよう。


「ふん、我こそ魔王なり。人間如きが、我に勝てると思う……ぐはああああああああ」


 武道家の女の子が殴って来ると、痛いなんてもんじゃなかった。ダメージでいえば、一発で500以上のダメージを受けたような気がする。

 一応は魔王だ。一撃や二撃でやられる程の柔ではないが、すぐにでも倒されてしまいそうだ。

 流石に四対一では分が悪い。参謀に援護を求めようとすると、いつの間にか参謀の姿はなかった。

 代わりに脳内に参謀の声が響き渡る。


(魔王様、簡単には倒されないようにお願いしますよ。あんまり簡単に倒されると、ラスボスよわっ! くそげー。と、Amazonのレビューで書かれてしまいます)

(いや、我も簡単に倒されたくはないが、なんかこいつら、やけに強くないかっ! つーか、お前も手伝え!)

(レベルがマックスですから。普通は40ぐらいでも魔王様を倒せるので、凄まじく強いです。後、魔王は勇者一行とは一人で立ち向かうものです。それが、セオリーなので頑張ってください)


 そう言えば、我が遊ぶゲームでも、魔王は大抵ぼっちである。 

 どうやら、我も一人で戦うしかなさそうだ。

 例え元フリーターであろうとも、今の我は魔王である。魔王である事に、我は誇りを持っている。


「我は簡単には負けん。ベギゾーマズンッ!」


 超絶獄炎爆裂魔法が発動する。

 我の奥の手である。我はただのボケキャラなどではないのだ。

 我が必殺の魔法を、魔法使いの少女が、『この魔法は食らうと不味いと、攻略wikiに載ってたわ。マホカエール』などと魔法を反射する魔法を使ってきて、跳ね返ってくる。


 炎が我を包み込み、全身を焼き焦がす。


「ぐあああああああああっ!」


 馬鹿なっ! 我の中でも最強の魔法をこうも簡単に跳ね返されるなんて……これでは勝ち目がないではないかっ!

 母ちゃん。せっかく正社員に成れたのに。

 ごめんよぉぉぉぉ。  

 我、駄目かもしれない。 


「魔王様、……てください。もう……ですよ」


 その時、参謀の声が、天井から響いてくる。

 勇者たちの動きが止まる。

 どういう訳か、動いて来ようとしない。


「お、おおっ、うおおお!」


 揺れる魔王城。その揺れは凄まじくて、大きな地震が起きているようだ。

 魔王城は魔法が掛かっていて丈夫な筈なのに、ガラガラと崩れ落ちて来る天井。


「ぐわああああああああ」


 我は瓦礫に埋め尽くされた。

 



 気づくと、勇者の姿はなかった。

 参謀が我の顔を覗き込んでいる。

 瓦礫に埋め尽くされたというのに……武道家に殴られたのに、傷がない。

 我は参謀に問い掛ける。


「参謀よ。レベル99の勇者、ああああ達は何処へ行ったのだ?」

「何を言っておられるのですか、魔王様。そんなのは来ていませんよ。ああ、それとおはようございます」


 いつの間にか、朝になっていた。

 どうやら我は、いつの間にか眠ってしまっていたみたいだ。

 夢を、見ていたのだ。


 天井から響いてきた参謀の声。聞こえなかった部分の予想が付いた。


『魔王様、起きてください。もう、朝ですよ』


 と、言っていたに違いない。

 こんな椅子の上では眠る事は到底出来ないと思っていたが、我はこの椅子の上でも寝る事が出来るようだ。

 二話目でいきなり夢オチはどうかなと思いつつも、『睡眠編』と書いてあったのだから、良しとしようではないかっ!

 あれが伏線だったのだ。大変、微妙ではあるが。



 魔王城の玉座に深く腰を掛けながら、今日も我は勇者を待つ。

 我は魔王っ!

 玉座で座ったまま、眠れる事が出来る者なりっ!

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