新人魔王

相馬 刀

トイレ編



 我は魔王だ。

 玉座にふんぞり返って、勇者がやって来るのを待つだけの仕事で、日給、10000ゴールドも貰っている。

 こんなに貰っても良いのだろうか。150ゴールドの銅の剣なら、大量に買えてしまう。とてもホワイトなお仕事だ。


 勇者達がやって来た時には戦わなくてはならないが、普段は部下たちが戦ってくれている。

 一説には、程よいレベルの魔物を差し向け、適度にレベルアップさせてしまっているのではないかと言われているが、そんな愚かな事をしているとは思わない。

 勇者との戦いには、我ら魔族の存亡が掛かっているのだから。


「どっこいしょ」


 尿意がやって来た我は、玉座から立ち上がって、トイレに向かおうとしたした。

 それに気づいたんだと思う。

 頭までフードで被っている側近の参謀が声を上げた。


「魔王様、玉座から動かないでくださいっ!」


 我は止められた事に苛立ちながら、参謀の方に向く。


「何故だ?」

「魔王様が留守の時に、勇者一行が訪れたらどうするのですかっ! 魔王城の最上階に苦労して辿り着き、いざ決戦。その時に誰もいなかったら、勇者たちが困ってしまいます」

「いや、それだと我は、一生何処にも動けない訳だが」


 それなら今まではどうしていたのかと思うかもしれないが、我は新人の魔王だった。

 先日、先代の魔王が定年で退職して、新聞紙の一面に載っていた魔王募集に応募。

 筆記試験と面接を受けて、無事に就職したばかりの、魔王になって三時間の魔王なのだ。

 参謀は頼もしい事を言ってくれる。


「我々配下の者達が、魔王様の手足となり代わりに動きますから、魔王様はででーんと構えていてください」


 ただ、今回ばかりは自分で行かなければ意味がない。


「その……トイレに行きたいのだが?」

「大丈夫です。私が代わりに行ってきますっ!」


 真面目な顔で答える参謀。

 

「いやいやいや、お前が我の代わりに行ってもしょうがないだろっ! 我がトイレに行きたいのだぞ」


 参謀がトイレに行ったところで、我の尿意が収まる訳ではない。


「魔王様、お待ちください。私には秘策があります」

「ほう、秘策だと?」


 ついつい『秘策』という言葉に魅入られて、大仰に頷いてみるが……いや、ちょっと待てよ。

 秘策なんてなくても、トイレに行くだけで解決するのだが。

 突っ込みを入れる前に、参謀が配下を呼んだ。


「誰か、尿瓶を持ってまいれっ!」

「はい?」


 大量のスライム達が、尿瓶を一つ運んで来て、我の前に置く。


「参謀よ、これは何だ?」

「先代魔王様が愛用していた、尿瓶にてございますっ!」


 先代魔王は六十五歳の高齢だった。足も悪いようだったし、必要だったかもしれないが。

 我はまだ、三十二歳。大学を卒業してからずっとフリーターではあったが、歩けない程、衰えてはいない。


「我は歩けるんで、尿瓶など必要ないのだが……」


 そもそも、先代が愛用していた尿瓶など、気持ち悪くて使えない。

 

「ほほう、尿瓶は必要ないと」

「うむ。その通りだ」


 参謀がフードの奥で、くくくと笑う。


「申し訳ありませんでした。どうやら私は勘違いしていたようだ。魔王様は、大きい方をお望みでしたか。ふっ、それに関しても、私に秘策がありますっ!」

「ほう、秘策だと?」


 デジャヴを感じながらも、参謀との話を続ける。

 参謀は再び、部下に号令を発した。


「誰か、オムツを持ってまいれっ!」

「はい?」


 大量のスライム達が、おむつを一つ運んで来て、我の前に置く。


「参謀よ、これは何だ?」

「先代魔王様が愛用していた、パンパー○のおむつにてございますっ!」


 この年でおむつなど、屈辱でしかない。


「こんなものなどいらんっ! 我をトイレに行かせろっ!」

「行かせてやりたいのは山々ですが、魔王様が不在の時に勇者が来られたら、どうするのですかっ!」

「待たせておけばいいだろうがっ! なんでそんなに勇者にばっかり気を遣うんだよ、お前は」

「確かに、勇者一行は待たせておいても良いかもしれません。ですがっ! テレビの外のプレイヤーの方々をがっかりさせてしまいます。ようやく辿り着いた最終決戦の場所、魔王様はトイレにて不在。これではテンションが駄々下がりですっ!」


 外の世界に居るプレイヤーとやら、噂で聞いた事がある。

 勇者一行よりも恐るべき存在。次回作が出るのも、プレイヤー達の売り上げ次第らしい。

 

「そうか。我は魔王になった時から、玉座から動いてはいけない宿命を背負った訳か」

「その通りにてございます。玉座に座ったままで居て頂ければ、他に何をしていても構いませんっ!」


 流石は一万ゴールドの仕事だ。簡単なようで、簡単な仕事ではなかった。

 おむつが嫌だからと、就職して半日も持たず、投げ出す訳にはいかない。

 雇用保険や社会保険が充実している正社員にせっかく成れたのだから。

 お母ちゃんも喜んでくれた。再びフリーターに戻る事などできない。


「参謀よ、これも一万ゴールドの内の仕事と言う事だな?」

「左様にてございます」


 ならば、我も覚悟を決めるしかなかった。 

  



 魔王城の玉座にふんぞり返って、大人しく勇者を待つ。

 我は魔王。

 おむつをする者なりっ!!!

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