肉食退廃‐5

「どうかなさいましたか?」

その声の方向へ俺は思わず振り返る。

そして、ぱちりと目が合う。

初対面ではないその眼差し、歳は取ってしまったがしっかりと面影がある。

「ああ、キノシタさん。この方がね、院内を見学したいと仰っているのだけど、先生って今どこにいるかわかるかしら」

やっぱりそうだ。そしてきっと、キノシタも気づいた。

さっきのように疑いの目で見つめられるのではなく、じっと、目を丸くしてこちらを見つめている。

「ヤマウチ君?」

「キノシタ?」

十五年の歳月を十分に感じられるほどには、キノシタは大人になっていた。

無論、それはキノシタも同じ感想だっただろう。

高校生のころ胸元まであったキノシタの黒髪は、短くなったのか、それともまとめられているのかすっきりと白い首が見えていた。

濃すぎないほどには化粧をしているのか、目も、肌も、口元も当時よりずっと大人びて見えた。

しかし、その顔つきや、目つきはほとんど変わりがない。懐かしい、高校生のころのままだ。

「あの、この人、私の知り合いなので任せてくれませんか」

ラッキー、と言うべきなのか、少し悩んだ。いくら友人と言っても、それが何か問題を起こそうとしてるとしても、状況もよくわからないまま俺をかばうのは不自然だ。

「そ、そうなの? じゃあお願いしようかしら……あの、あまり面倒なことにしないようにね」

そう言うと女性は逃げるように去っていった。

「……何しに来たの? こんなところに」

キノシタは少し不思議そうな顔をしているだけだ。

それには悪意も、企みも感じられない。もしかしたら、俺の考えすぎなのだろうか。

「……正直に言おうか、取材だ」

「取材?」

「ああ、ある情報源からね、ここに宇宙人が入院してるって情報があるのさ」

大真面目な顔で言った俺に対して、キノシタが思わず噴き出す。

「それ、本気で言ってるの? 宇宙人? 屋上にUFOでも停めてあったかしら?」

くすくすと笑うキノシタに、俺まで懐かしさと、自分のやってることの馬鹿らしさに笑えて来る。

「だよなあ! あんま笑うなよ、これでも俺、こういうことで今メシ食ってんだよ。ちょっと何枚かそれっぽい写真撮ってさ、そしたら帰るから。ちょっと見逃してくんないか?」

「そうねえ…。私これから休憩なの。写真は人を写さない、後から見せてくれる、って条件と、お昼に付き合ってくれるならいいよ」

「よっしゃあ、話わかるじゃん。昔からそうだったっけ?」

「別に、昔からこんなのだったと思うけど。正直その宇宙人の噂ってもうネットで流れてるみたいで野次馬がたまにくるのよ。その度に私や先生が追い払ってるんだけど。だから今から小さい雑誌に載ったくらいじゃ大して変わらないわ」

「大丈夫大丈夫、うちの雑誌、売れてないことに関しては太鼓判を捺そうじゃない」

院内を二人で歩きながら、軽口をたたきあう。

確か、高校時代もこんな関係だった。

特に仲良くもない、わざわざ一緒に遊んだり、一緒に飯を食ったりはしない。

お互い機会がないと会話もしない。

しかし話し始めると妙にウマが合って、楽しかった。そんな関係だった。

不思議だ。お互いに、大人になったというより、歳をよく取った。

三十やそこらはまだ若造と呼ばれるかもしれないが、高校生の頃わからなかったことが今はよくわかる。

だからこそ、もう口に出さないことがたくさんある。

わからないから聞けること、前のめりになれること、そういうものがあったことを、今はわかってしまっている。

だけれど、キノシタの笑顔を見ていると、その頃の気持ちに戻ったようだ。

だから、俺がきっと十数年間、心のどこかでわだかまりを作っていた言葉を、何も知らない気持ちで、何もわからない頭で、口に出してしまったのだと思う。

「なあ、キノシタ。お前はどう思うんだ」

「何が?」


「自分が好きな人を、好きで好きで仕方がない人を食べたくなる、そんなカニバリストだったら、どう思うんだ?」

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肉食退廃(ニクジキタイハイ) 島田黒介 @shimadakurosuke

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