肉食退廃‐4

 翌日、電車さえも通ってない郊外のド田舎の病院へ俺は向かった。

ここいらは主な交通手段は車で、学生はバスを乗り継いで駅へ向かう。

村や集落と呼ばれるほど閑散とはしていないが、都内からそう離れていないにも関わらず見渡す限りの田畑が広がり、遮るものがないからずっと遠くにある不似合いな五階建てマンションがやけに巨大に見える。

視点をもっと先にやると遠くに小さな山が見え、この風景をさらに物寂しさを感じさせた。

その山の方向へずっと車を走らせると、民家がまばらになっているあたりにでかでかとその病院が姿を現す。

外壁からして建物が古くなっていることがすぐにわかり、古い時代に建てられた病院のようで病院の周りを塀が取り囲んでいる。

閉められることがあるのかわからないが、正面の門も頑丈な鉄の門が閉められるようになっている。

中央の診療病棟らしき部分から左右に延びる棟の窓には鉄格子がはめられ、それが入院病棟であることが想像にたやすい。

今時こんな扱いでは関係者にとやかく言われそうだが、よくもああこんなステレオタイプの病院が今まで残っているものだ。

俺は正面の駐車場に車を止めると、診療病棟の方へ歩き、受付へと向かった。

こんな場所ではやはり人手不足なのか、受付に人は見当たらない。

きっと看護師が受付も兼務しているのだろう。

俺が「すいませーん」と声をかけると、廊下の奥からバタバタと年が四十ごろの看護師の女性がやってきた。

「はい、診察ですか?」

にこやかに声をかけてくるその看護師に、俺はあらかじめ考えてきた嘘をぶつける。

「いえ、私は診察ではないのですが、弟がその、そういう感じでして。できれば入院させてじっくり療養させたいと思ってるんですがその前に見学とかできないかと」

そう言う俺に看護師は疑いの目を向ける。

この嘘自体はもっともな理屈になっていると思うが、身なりも整っていない三十超えのおじさんは、大体こういう目を向けられるものだ。

「いえ、そういうのはちょっと……対応できるものもおりませんし」

「あっ、いえいえ、ちょっと中を見て回らせてもらうだけでいいんです、お手は患わぜません。見るだけでいいんです」

「そうは言われましても、えっと……。その弟さんと一緒にいらっしゃってくださいましたら、診察の待合の間に、とか……」

いける、と思った。

この女性は精神病棟で働いているからには、厄介ごとにも慣れていて肝も据わってそうだが、基本的には弱気で争い事を好まない質だ。

こういうタイプは押せばどうにかなると、俺の経験が言っている。

「いやあ、それじゃ困るんですよ。こんな所にまで来るのだって、私は会社を休んできてるんですよ。日を改めるのだって、弟を連れてくるのだってどれだけ大変か、あなただってこういう所で働いているならわかるでしょう」

「いや、それはそうかもしれませんがこっちも決まりがありまして……」

「だから手間はかけないって言ってるでしょう。弟を連れてきて私が待ってる間に病院内をうろつくのと、今私が病院内をうろつくのに、何の違いがあるんですか。それともあなた、何か私を疑ってるんじゃあないでしょうね」

だんだんと語調を強めていく。

もちろん、こっちは嘘をついているのだから疑われているとしたら相手が正しい。

だが、嘘をついている者自身から『嘘をついていると言うのか』と先手を打たれると、疑っている者はそれ以上に言葉が出ないのだ。

まったく、こういう駆け引きばかり巧くなってる自分に、少し嫌気がさしてしまう。

「ええと、その……。では、ちょっと私だけでは判断できませんので先生を呼んできますね」

しまった、強く攻めすぎたか。

人を呼ばれたら、この状況を打開されてしまうかもしれない。

医者も同じようなタイプで、上手く説き伏せられればいいのだが。

そう考えながら爪を噛んでいるとふと、後ろから違う女性の声がした。

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