肉食退廃‐3

「ヤマウチぃ、暇そうだなあ。俺の代わりに取材行ってくれんか?」

「暇じゃないっすよ、班長。この記事明日までに班長にチェックれてもらわないといけないですけど、それが後回しになってもいいなら行きますよ」

物思いにふけっていると、ぼうっとしているように見えたのか、上司が声をかけてくる。

ライターや記者と言えば聞こえもいいかもしれないが、弱小出版社が出す三流ゴシップ誌など裏もとっていない妄想と似たような記事を面白おかしく書く毎日。

少しでもエキセントリックなことを書いて、少しでも目を引けばこっちの勝ち。

一流ブランドにはない、そういう『ブランド』がゴシップにだって確立されてしまっているのだ。

「それは『はいそうですか』と言えんけどな、面白いネタがあんだよ。K区の山の方にある精神病院知ってるか? あそこにな、宇宙人が入院してるんだとよ」

「はあ、宇宙人っすか」

「覇気がねえなあ。オカルト、サブカルなんてもう何年取り扱ってんだよお前。もっと熱を持てよ!」

体育会系の勢いで気圧されるが、この上司こそわかっているはずだ。

いくら山奥に取材へ行っても呪われた廃村なんてものはなく、行方不明になった少女をいくら探しても宇宙人にキャトられる瞬間など発見できないのだ。

そういった陰にあるのはいつも、現実の人間が犯した犯罪の跡。

そして俺たちみたいな記者は、その真実を書くとは限らない。

いつだって『面白い話』を書くのだ。嘘だろうと虚言だろうと。

「まあ、聞けよ。病院、ことに精神病院っていうのは警察とのつながりが深いもんだ。被害者だって加害者だって、何か病気があれば運ばれるのは病院だ。だから警察は精神病の疑いがある場合は関連した病院に搬送したりする。だがな、K区の病院はずっと、そういった搬入や入院の記録はないそうだ」

「はあ。たまたまじゃないですか?」

「いやあ、潰れかけの病院ってならわかるが、実はあそこの入院患者はずっとほぼ満員のような状態らしくてな。警察のつながりだけじゃなく、紹介さえ蹴っているような状態なのに、なぜあそこだけ人が大入り満員なのか?」

「……それが宇宙人が集まってるっていいたいんスか」

「ああ、あんなボロ病院に人が集まってて、おかしな噂まで立っている。ひとまず、取材してきてくれんかよお」

この人がものを頼むときは、依頼じゃないと俺はよくわかっている。命令なのだ。ため息をつきながら、言葉を返す。

「それ、ソースどこですか」

「ネイバーまとめ」

がくん、と膝がひとりでに落ちる。

確かに信頼できる情報元などから取材に行くことなどほとんどないが、自分がこの上司の下で働いていることに疑問さえ覚える回答だ。

「いいんだよソースなんて! お前もよお、記者としての実力があるわけじゃねえんだ。あるんならとっくに文冬なり、UPA!なりで書いてるだろうよ。俺たちは俺たちなりに、面白いもん書き続けりゃいいんだよお」

「……そっすね」

返す言葉もない。

記者になって十年以上、ただの好奇心を埋めるためだけに続けてきたような職だ。

人をうならせるようなネタを探す嗅覚も、裏を取るまで情報を追いかける執念も、一切ありゃしない。

俺は半ば気圧されてその取材を承諾し、今日の終電まで残業することを決意した。

「あ、取材費は自腹だからな」

……決意を取り消そうかと思った。

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