航宙船長まりにゃん

吉村ことり

まりにゃんは航宙船の船長である

 まりにゃんは航宙船の船長である。


 まりにゃんはちょっと頼りない船長である。

 朝は副長に起こされるまで寝ている。

 寝起きの姿のままで朝礼に出ようとするのを、慌てて副長に止められ、身だしなみを整えられる。

 そして朝食。

 寝坊しているので慌ただしく摂らなければいけない。既に活動を始めている部署からは、食事中でも容赦なく報告が入る。航宙管理局からはいつも怒られつつ報告書を提出する有様だ。


 まりにゃんが取り仕切るのは、40人の貨物商船である。

 毎日のように各地の惑星で生産される青果を運ぶのが業務だから、結構忙しい。

 おまけに、時折宙賊と言われる盗人が現れるが、まりにゃんの船にはロクな武装も無く、必死で逃げるか、逃げ切らなければ積荷を差し出して何とか逃れる。当然差し出した分の積荷代は損益だから、まりにゃんの船はいつも赤貧であった。辞める船員も良く居るので、多少のゴロツキでも、人員補充のために雇う羽目になる。お蔭で船内は荒れ放題だ。


 独立採算ではあるが、まりにゃんの船は中堅の船会社の所有物でもある。

 雇われ船長だ。

 一国一城の主を気取りたいが、帰れば始末書の山を提出、等という事も少なくない。


 そんな底辺の船長がまりにゃんだった。


 そんなまりにゃんだが、3つの利点を持っていた。


 第1に可愛い。これは正義だ。船会社の広告塔も務めている。だから、成績が悪くても辞めさせられることはない。色の白いは七難隠すというが、可愛いは100難だって隠してしまう。ずるい、卑怯だ。でも、生まれながら持っている特質もまた才能である。多少の損失が有っても、このおかげで会社は潤っている。痛し痒しな存在なのだ。


 第2に悪運がとても強い。どんなトラブルに巻き込まれても、人員も船も損なわずに帰ってくる。船会社はこの一点だけは信頼を置いていた。


 第3は、とても有能な副長に恵まれたことだ。副長はうるにゃんといった。まりにゃんのパートナーである。だが残念なことに、副長は持病を患っており、その有能さを100%発揮することが出来ない。船会社からは、「破鍋綴蓋われなべとじぶたコンビ」と呼ばれていた。


 にゃん、と名前が付いているが、彼女らは猫ではない。

 いや厳密に言うと、僅かに猫だ。

 彼女らは猫の遺伝子を移植されたデザインピープルであり、猫耳と猫尻尾があり、瞳の虹彩が光る以外は人間の姿をしている。猫の有用な遺伝子を生かすために生み出された種族だったが、欠点の方が利点を圧倒してしまっていて、事実上の劣等種族になっていた。


 そんな劣等種族のまりにゃんが、どうやって航宙船の船長などをやっているのか。

 まりにゃんの船に乗った船員は、大抵はこう思っている。


「まりにゃんは可愛くて広告塔になるから、多少ドジでぐずでも船長なんだろうさ」


 だが、副長のうるにゃんだけが真実を知っていた。

 うるにゃんは有能だが、とても困った病気を持っていた。猫の特質の中で一番労働に向かない特質「日がな一日寝ている」が体現してしまい、一日に10時間しか活動できないのだった。

 そんな綴蓋だが有能であり、部下はうるにゃんの事は、まあまあ聞いてくれていた。そんな中で、彼女は決まってこういうのだった。


「まりにゃんは、船長になるべくしてなったのさ」


 まりにゃんが船長になったきっかけ。それは1年ほどさかのぼる事になる。


§


 まりにゃんはキャットピープルの生まれ育つ星、惑星〈ちぐら〉の生まれである。

 キャットピープルの女の子は大層可愛いため、成人前にアイドルデビューすることが少なくなかった。

 まりにゃんも両親が芸能をやっている環境で育ったため、自分も芸能の道に進むと思っていた。だから、アイドルオーディションには時折応募をしていた。だが、どうしても遅刻などが多いし、審査時の面接の質問にうまく答えられなかったりして、賞を取るには至っていなかったのだった。


 まりにゃんは、そういうオーディションの会場で、うるにゃんと知り合った。うるにゃんはオーディションの為の資材を運ぶ航宙船の船員をやっていた。キャットピープルとしては珍しく「可愛い」では無く「姉御肌」であったため、アイドルの道へは進まずに、実務についていたのだった。

 だが、そのころから既に持病に悩まされていたため、出世も出来ず、船員どまりであった。


 まりにゃんはオーディションの面接で、ついネタになりそうな発言に食いついて、放送禁止用語を叫んでしまうポカをやって、激しく叱責された上に失格になって仕舞っていた。

 落ち込んですみの椅子に座り込んでいるまりにゃんを見て、うるにゃんは自販機で冷たい飲みものを買うと、俯いている彼女の背中に押し付けた。


「あっ、つ、冷たいっ!」


 慌てるまりにゃんを見て、うるにゃんは笑い転げた。


「もうっ、何するんですかっ!」

「可愛い子が落ち込んで座ってたから、元気を出させてあげようかと思ってね」


 うるにゃんに可愛いと言われて、顔を赤くして俯くまりにゃんだったが、その顔はすぐにさびしげな表情になった。


「可愛いだけじゃ、駄目なんです」

「ほう、何やらかしたんだい」

「審査員の先生に、『君たちは金の卵だ』って言われたんで、つい脊髄反射で『き〇〇ま!』って叫んじゃったんです」

「あはははははははははは!」

「何笑うてんの」

「ふ、腹筋を返してくれ」

「取ってません」


 漫才みたいなやり取りがしばらく続いた後、二人は一緒になって笑った。


「船員さんはどうして船員をやってるの?」

「普通の会社に勤めたかったんだけど、居眠り病でね。それでも雇ってくれるって言ってくれたのがこの船会社だったのさ。もっとも、病気のせいでずっと下働きのままだがね」

「ふうん。でも辞めないんだ」

「ああ、宇宙を飛び回るのは憧れだったからね」

「そっかー、いいなー。宇宙か。私も憧れちゃうかも」

「おいおい、船員の仕事はきついよ」

「お姉さんがやれてるんだし、私もやってみたい」

「無駄だ無駄、止めときなさい。――と、そろそろ出発だわ」

「え、もういっちゃうの」

「ああ、荷物を運ぶのが目的だから、終わったらすぐ次の仕事さ」

「大変ね」

「ま、遣り甲斐はあるかな。じゃ、縁が有ったらまた会おうさ」


 縁はすぐにやってきた。


§


 貨物航宙船は通常、乗客を乗せることはない。貨物船と客船の免許は違うからだ。

 例外は緊急運送で、病人などの緊急性のある客を運ぶ手段が他にない場合、特別に乗せてよい事になっている。まりにゃんはこれに目を付けた。

 まりにゃんは、通販で時々変なものを買う癖があり、そんな中で「仮病薬」なるものを購入していた。胡散臭くて流石に使用を躊躇していたものだったのだが、そこは乙女の行動力。これから緊急便として乗れる船が、件の貨物船だけだという事を確認すると、彼女は仮病薬を使った。


 効果はてきめんだった。


 彼女は謎の発疹と熱を発症してすぐに隔離されると、大病院のある星へと向かう直近の船、つまりはうるにゃんが乗船している船に搭乗が決まった。

 うるにゃんはびっくりした。先程まで元気に話していた子が、何だかとんでもない病気になって担ぎ込まれてきたのだ。


「大丈夫か? すぐに病院のある星まで行く、それまでもってくれ」


 まりにゃんは隔離カプセルに入れられていたが、その時既に、薬が切れ始めて体が正常になって行くのを感じていた。だがそこは殊勝に弱々しく答えて置いた。


「ごめんなさい――」

「おい、本当にしっかりね、そうだ、水を持ってきてあげるよ」


 うるにゃんはさっと出ていくと、水を持って帰ってきた。だが――。

 まりにゃんは回復して、隔離カプセルを開けると、こっそりと抜け出そうとしていた。


「なにをやっているのかな?」

「ぎく」

「さっきまでの発疹はどうしたの?」

「ぎくぎく」

「だいたい、何で隔離カプセルが簡単に開くのよ」

「あーこれは玩具の――」

「玩具だあぁ?」

「ひっ」


 うるにゃんは呆れて座り込んだ。


「ごめんなさい……」

「私に謝られてもねえ」

「……」

「まあ、正直に言うと、密航で船から放り出されるわね」

「そんな、宇宙で――死んじゃいます!」

「それ位アウトな事をやったのよ君は」

「あうー」


 うるにゃんは頭を掻きむしった。


「えーいもう面倒くさいな。取り敢えず、嘘はつきとおせば嘘じゃなくなる。急な発疹が出たが治った、という事にしろ。そしてカプセルからは出るな」

「えー」

「えーじゃない、真空につまみ出されたい?」

「やだ」

「じゃあいう事を聞くしかない」


 その時だった。船体は大きく揺れ、船内灯が消えると非常灯が付いて、アナウンスが流れたのだった。


『緊急事態発生。本船はデブリと思しき物体と接触。ブリッジ損失。クルーの大半が失われました』


§


 まりにゃんのカプセルが置かれたブロックには、幸い気密服の予備が設置されていた。


「各服のエアは2時間ほどだ、その間に何とか船体を立て直す方法を考えるわよ」


 うるにゃんはそういうと、まりにゃんの手を引いてブリッジの方に向かった。


「あのー、さっき放送でブリッジ損失って」

「現状を確認しないとどうしようもないでしょう?」


 到着したブリッジは隔壁が閉じていていた。


「ブリッジ内、エア無しか。まあ予測通りかな」

「どうするんです?」

「ここの区画の反対側の隔壁を閉じて、エアを他のブロックに排出するの。そうすればセイフティが解除されて、ブリッジ側の隔壁が開けられるようになるわ」

「なるほど」

「なるほどじゃないわよ、あんたも手伝うの」

「え」

「え、じゃなくて。私が隔壁を閉じたら、そっちのパネルでエアを他のブロックに排出するポンプを操作して」

「よく分かんない――」

「あーもう、ほら、このメニューがあるでしょ、これがこのブロック、タップして操作項目を出す」

「あーあー、何となくわかりました」

「大丈夫かな……とにかくやってみて」


 不安ながらも、うるにゃんはまりにゃんに操作を任せ、隔壁を閉じた。


「えっと、これがこうなってて、これがエアー、と」


 そして、天然ドジが如何無く発揮された。


「ごうん、ごうん、ごうん……」

「ちょっと待て、今何してる?」

「このブロックのエアを排出するんですよね」

「ブリッジに向かって排出してどうするんだ!」


 だが、それでよかった。


『ブリッジと当ブロックのエア密度、同一になりました、ブリッジとの隔壁を解除します』


 ブリッジは損失した筈じゃなかったのか?

 うるにゃんは少し混乱した。

 そんな彼女を置いて、自動音声と共にブリッジとの隔壁が開く。

 うるにゃんは、真空中で息絶えたクルー達が漂う、悲惨な光景を覚悟して目を閉じた。しかし、まりにゃんは興味津々で中を見ていた。


「わー、見てください」


 ブリッジクルー達は無事だった。ブリッジにも大した損傷は無く、デブリの衝突で穿たれた穴は応急で塞がれていた。


「これは一体……」


 困惑するうるにゃんに、船長が声を掛けてきた。


「すまん助かった。船内コンピュータの馬鹿者が、ブリッジ船殻の回路損傷をブリッジ損失と見誤ってくれて、隔離されてしまっていた」

「でも、エアが」

「ああ、エアが漏れた所為で低酸素状態になってな、慌てて酸素ボンベを配ったんだが、隔壁が開けられなくて、もう少しで窒息してしまう処だったよ、助かったのは君のお蔭だ」


 呆然としていたうるにゃんだったが、直ぐに我に返るといった。


「船長、今回の功労者はこのまりにゃんです。傷病者として乗り込んでいましたが、回復後に機転を利かせて、事件を解決してくれました」

「何てことだ、それはお礼をしなければね」


 彼女の密航は、うやむやにすることが出来た。


§


「幸運遺伝子?」

「ああそうだ。劣性遺伝子だが、両親から受け継いだ段階で、ある必要条件を満たしたらしいな」


 医師の診断を受けに行ったまりにゃんは、予想外の結果を聞かされていた。


「でも私、全然運が無くて」

「ああ、それは君の運の為の物じゃない。周りの人の運を上げる者なのさ。よく言うじゃないか、あげまん、とか」

「ええー」


 彼女の幸運遺伝子の話は、彼女に助けられた船会社にも早速伝わった。そして、彼女はいきなり船長にスカウトされた。彼女の遺伝形質を開花させる役目を担った、という事で、うるにゃんは補佐を命じられ、一緒に生活することとなった。


「お姉さまー、これから一緒の生活ですね」

「うー、なんか違ってる気がする」

「だめです?」

「――まあ、しゃーないか、付き合ってあげるわ」


 こうして、まりにゃんの船長人生は始まったのだった。

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