ぼくのたいせつ

宮間

○○○

 気が付けば見知らぬ場所にいた。

 そこは大きな図書館だった。

 目の前に広がる、膨大な蔵書たち。

 木の匂いがして、何処か懐かしい。

 ふと振り向けば女の子がそこにいた。

 透ける白い長い髪がふわふわして、女の子の座る本棚の上からぼくの方まで垂れている。

 まだ小学校高学年くらいの女の子は無表情なままじっとこちらを見つめていた。


「これは、...なに?」

「これはうしなわれた物語」


「喪われた物語?」

「そう、喪われた物語」


「どういうこと?」

「誰にも必要とされなくなった物語。誰もつづきを書かず求めず、意味のなくなってしまった物語」


 簡潔に、あくまでも簡潔に。

 少女は呟く。


「君は誰なんだ?」

「あなたこそどちら?こんな所に人間が迷い込むなんて珍しいね」

「ぼくは」


 名前を言おうとして、口をつぐんだ。

 なぜか自分の名前が思い出せない。


「わたしの名前はあなたが知ってるはず」


 少女は鈴のなる様な声で言った。


「...?」

「ええ」


 少女は、いや、少女はぼくをずっと見ている。揺らがない瞳はあおい色をしていた。


「ここはどこなのか、わかる?」

「ここは墓場」


 耳を疑った。


「墓場? そんなはずないよ」

「どうして?」

「だって墓石も何も無いじゃないか」

「...何も、死ぬのは人間や動物だけじゃない」


 少女はそこで漸く喋る以外の動きをした。

 右腕をゆるゆると持ち上げ、そこらの本たちを指す。


「物語だって死ぬの」


 物語。

 死んだ、物語。


「じゃあ生きてるの?物語って」

「そう。生きてる。誰かに、読まれている間は。そうでなくとも、誰も読んでくれなくとも、書き続けている間は」


 ずきん。

 胸が痛んだ。

 何もないはずなのに。

 ぼくは何もしてないのに。

 少女はまだ言う。


「誰だって殺してるの」


 平然と、淡々と。

 少女は、ぼくの傷を抉った。

 ぼくを、その右手で指差して。

 あ、ああ。そうだ。忘れていた---


「わたしを殺したのはあなたなのだから」


 確かぼくもつくったんだ。

 昔々、10歳の時に書いた。

 その時よく読んでいたお話に出てきた語り部の女の子の名前をつけたんだ。

 白い髪に碧い瞳。

 大好きな大好きな、


「ねえ」


 少女は、言った。

 懇願する様に、ぼくを哀れむように。


「わたしの名前を呼んで」


 ぼくは頷いた。


 力一杯に大声を出して、こんなに近くのあんなに遠い、彼女に叫んだ。


「シェヘラザード!」





 気が付けば見知った場所だった。

 通っている高校の図書室だった。

 忘れていた。

 小学校の時に書いた彼女のことを。中学校で、携帯小説のサイトに出した。

 でも読者がつかなくて、面白くなくて。


 彼女を、殺したんだ。


「.........」


 やり直そう。

 彼女を取り戻すんだ。


 ぼくは片手に持っていた、携帯を開いた。









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ぼくのたいせつ 宮間 @yotutuzi

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