第2話 箱から出て来たのは

 無事、これから自分の住む町へとたどり着き、管理人さんと一緒にアパートまで行けば、すでに引っ越し業者さんが来ており。共に段ボールやら何やらを部屋に入れ終え、業者さんが帰って行ったのは午後5時半の事だった。

 とりあえずテレビの前にあるテーブルの近くに二人掛け用のソファを置き、ふぅと息をつく。入学式までは一週間あるといっても、早めになんとか終わらせないと、と周りを見渡す。ガムテープを外していないままの段ボールはうんともすんとも言わない。勝手に開いて勝手に棚とかに入って行けばいいのに。


「...やるかー」


 ちかくにあったリモコンに手を伸ばし、適当にやってるニュースを流しながら私は積み重ねられている段ボールの一つを開ける。それには服が詰め込まれていた。


「...こっちはっと」


 見てみぬフリをして、その一つ下の段ボールを開ける。そこに入っていたのは、また服。またその一つ下の段ボールを開ければまた服。


「...はぁ」


 面倒臭いと思っても結局はやらないといけないわけだし。私は腹をくくって一つ一つ服を取り出し、すでに設置されているタンスに服をいれていく。下着類やズボン類などとジャンル分けしていけば、思いの外その作業が楽しく、気づいたら服片付けるだけで午後8時を回っていた。

 私は昔から。よくわからない所で集中して時間を潰してしまう癖があった。きっと引っ越し作業では、まず重たいものから取り出して行くのが効率良いと思うのに。やってしまった...そう思った時には既に遅く。


「めんどいよーーーー」


 服を全てしまい終えたその体ごと、床にごろんと寝転んだ。テレビではいつの間にかニュースではなく芸人や芸能人がわちゃわちゃしているバラエティへと変わっており、横になったままその番組を眺めた。


「お腹すいたなー...」


 たしかインスタントラーメンやらも送ったはずだ。それを思い出して、ゆっくりと体を起こして段ボールを探し始める。ごそごそ、ごそごそ。ようやく見つけた段ボールにはでかでかと、インスタントラーメン、と書かれていた。

 ガムテープをべりっとはがし、たくさん詰め込まれているであろうそれにわくわくしながら蓋を開ける。すると、何か黒いものがすっと私の顔面すれすれに飛び出し、私は思わず尻餅をついた。え、何。その一言を言いながら、私はゆっくりと視線を上へあげていく。


そこにいたのは。



「あんちゃん、久しぶりじゃのー」



 高校の時、亡くなったはずの祖父だった。



「...じ、じーちゃん...?」

「大学生になったんじゃっての。心配で出て来てしもうた」


 そう、生前のようににっこりと笑う祖父の顔は、今でも鮮明に覚えているし、目の前にいるその顔は、記憶の中にいる顔にそっくりであった。

 じいちゃんはそう言ったあと、積み重ねられている段ボールの一つに座り、私を見下ろす。ゆっくり笑いながら、元気じゃったか?と聞く祖父に、私は黙ったままこくりと首を動かす。


「そうか、そうか」


 かっかっか。

 擬音語であらわすならこういう感じの笑い方は、昔から変わっていない。本当に祖父ならば、これは幽霊として現れていて、今、私の一人暮らしをする家で、心霊現象が置きているという事になる。

 確かにホラーものは好きだ。でも、それが現実で起こっても好きかと聞かれれば、自信を持ってこう答えることができる。


 無理です!!と。



「ま、待って...は?じいちゃん?本物?」

「そうじゃろ?」

「え、は?」

「一人暮らしはじめるみたいじゃから、心配になっての」

「え?」

「大学受験の時もよく出ていたじゃろ?」

「いいえ!?」

「む、見えておらんかったのか...」


 さらりといいましたね!?貴方、受験の時も化けて出ていたのですか!?


「孫の心配をするのが、爺の義務じゃろう」


 私の心の声に答えるかのようにそう言うじいちゃん。私はおもわずはっとする。昔からじいちゃんは、いつもいつも私の心配ばかりしていた、と。本名はきょうこなのに、あんちゃん、あんちゃん、と何度もそう呼んで。何があるわけでもなく、元気なのか、と聞いてくるじいちゃん。それが少し鬱陶しくて、素っ気ない態度もとっていたな。


「...元気だよ」


 尻餅をついたままの体勢をやめ、私は足を丸めて体育座りをする。膝を体の方に引き寄せながら、じいちゃんは?と聞く私に、じいちゃんは目を丸めて、豪快に笑い出した。


「元気もなにも、死んでおるからのー...」


 さっきまで慌てながら、心霊現象なんて無理だと思っていた私の心が、シンっと静まり返った。本当にこの人は幽霊なんだ、と。そして、大好きだったじいちゃんなのか、と。まるで変な夢でも見ているかのようだけれど、じいちゃんはそんな私の信じられないものを見ている目に、自分の目を合わせながら口を開いた。



「じいちゃんじゃよ、あんちゃん」



 その声が、笑顔が、仕草が、全て記憶のじいちゃんと重なった。頑固爺だと言われていたけれど、私には優しく話しかけてくれたじいちゃん。思春期に入って素っ気ない態度をする私に、それでも優しく見守っていたじいちゃん。

 結局死ぬ間際まで、私は素っ気ないままで。死んだ後に見たじいちゃんの顔を見て、後悔が押し寄せて来たのも覚えてる。なんであんな態度を取っていたんだろう、もっと普通に話しかけていればよかった、たまには顔をだせばよかった、って。


 きっとこれは、神様のプレゼントなのかもしれない。なんとか国立大学に現役で入り、じいちゃんへした事の後悔をしながらじいちゃんを想っている私に、新生活頑張れ、とのプレゼントなのかもしれない。

 お兄ちゃんは、じいちゃんが死ぬ直前に家に寄りに来た、と言っていた。その時、私の元へなんで来なかったんだろうと思った。きっと、今がその時なのかもしれない。じいちゃんの最後の力で、私の目の前に化けて出て、頑張れ、と背中を押しているのかもしれない。


「...じいちゃんなの?」

「もちろん」


 段ボールから立ち上がり、私の近くに座るじいちゃん。涙を溜めた私の目を見て、とてもとても優しい笑顔を見せながら、ぽんぽん、とじいちゃん特有のリズムで私の頭を叩くそれ。あぁ、懐かしいな。小さい頃、泣きそうなときはこうやってじいちゃんがあやしてくれた。


本当に、じいちゃんなんだね。


「...ごめんね、じいちゃん」


 ずっと言えなかったその一言を、やっと私は言葉にできた。じいちゃんは笑ったまま、涙を流す私の頭を優しく撫でてくれたのだ。




 次に目を開けたのは、午前9時。朝日が昇り、すでに部屋が明るくなっている時間帯だった。目の前にはもちろん誰もいない。じいちゃんなんて、どこにもいない。あれは夢だったのだろうかと思ったけれど、顔にある涙の跡は、私が泣いたという事実を物語っていた。


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私の背後に爺が二人 蛙林檎 @ring0hana

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