私の背後に爺が二人

蛙林檎

第1話 一人暮らし


「あんこ、必要なものは全部段ボールに入ってるのよね?」

「うん、入ってる入ってる」

「忘れ物はない?」

「多分ねー」

「一人暮らしなんだから、もう少し緊張感というものを持ちなさい!!」

「なんとかなるっしょー」


 今日、私は生まれてから18年間過ごしたこの地を去り、大学進学とともに違う土地で住み始める。人生をこの地で過ごしたから、確かに少しは緊張というものがある。なにより親や兄の元を離れ、一人違う場所で生きていくなんて、根っからの末っ子気質である私には少し大変な事だったりするのだ。


「元気にね。きちんとご飯食べるのよ」

「うん、食べるよ」

「洗濯きちんとね」

「うんうん」

「お風呂にも入ってね」

「入るから、何の心配なの」

「あんたちゃんとやってけるの?」

「死ぬ気になればなんとかなるって、お兄ちゃんが言ってた」

「あの子は全く!!」


 空港の搭乗口で、母親が何かがみがみと言っている。今朝、仕事に行く前に兄が私に言ったのは、『人間死ぬ気になれば生きて行けるものだ。お前も例外じゃないべ』だった。

 我が兄ながら、なんて酷い言い草だと思ったけれど、これも兄なりの愛なのだろう。それに苦笑していると、お母さんが急に口を閉じ始めた。


「どうしたの、お母さん」

「...心配だわ、本当」

「あのさ、どんだけ私の事心配すれば気が済むのさ」

「だってあんた今まで料理した事ないのに」

「最近はネットというものがあってですね?」

「それでも!!包丁持てる?箸より重たいもの持った事ないでしょ?」

「あるわ!!」


 確かに。確かに私は今までお母さんの家事を中々手伝ってこなかった。でもそれは、このザ・A型である潔癖性でもある母親が悪い。『あんたに触らせるぐらいならお母さんが自分でやった方がいいわ』何を隠そう、そう言ったのは貴方でしょうに。


「もうそろそろ時間だから、行くね」

「そうね。とりあえず気をつけて」

「うん」

「住み慣れ始めたらきちんと連絡してね」

「分かってるよ」

「来月ぐらいに遊びに行くからね」

「うん」

「...元気でね」

「うん、行ってくるね、お母さん」


 少し涙ぐみながらも、笑顔でそう言うお母さん。私は手を小さく振り、搭乗口へと足を進める。ゲートの中に入るその時まで、お母さんはずっと、私に手を振っていた。

 生まれて18年、念願叶って始まる一人暮らし。やっと自由に楽に生きて行けるなと思っても、ずっと一緒にいた親の元を離れる現実というのは、ぐっとくるものがあった。少し涙を堪えながら、それでも楽しみにしている新しい生活へと胸を膨らませ、飛行機へと乗り込んだ。


桜木杏子(さくらぎきょうこ)18歳、私は一歩、大人の道へと進みます。


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