セルリアンブルーの現実逃避
杠葉結夜
セルリアンブルーの現実逃避
彼女が私を責める気などさらさらないのは分かっている。
だけどその一言が心の奥に重く乗っかってきて。
私は、逃げ出していたんだ。
*
「はぁ……」
新宿駅前は平日の昼間にもかかわらず人でごった返している。
私はその流れの邪魔にならないように入り口近くの壁に寄りかかって、空を見上げていた。
鼠色の空、曇天、今日はそんな言葉がよく似合う。
今日は部活の正式な勧誘日。
そして、サークルの活動日でもある。
「行きたいけど……行きたくないなぁ」
そっと俯いてこぼれた私の独り言は、喧騒の中にあっさりと紛れていく。
ポケットの中の携帯は、昨日の夜から通知のランプを点け続けていた。
*
わかってる。
彼女は純粋に、私にきてほしかっただけなんだって。
悪いのは、現実から逃げているのは私なんだって。
*
昨日から大学二年になった私は、片道二時間の距離を通いながらも、大学の部活と他大学のインカレサークルの二つに所属している。両方文化系ではありながら、しっかりとした発表や全国大会があるものだ。
私の中では部活が第一優先で、サークルは二の次。そんな扱いでいた。
ーー過去形じゃなく、一応今もなんだけど。
私の大学からそのサークルに入っている同期は、四人。あと先輩二人。
何だかんだ部活に入り浸っている私は、テストや部活で一ヶ月以上行けない時がこの一年で何度もあった。サークルの雰囲気が好きでないと思う時も何度かあった。
本当は秋頃にやめようかとも考えたけれど、決して活動が嫌なわけではないし、同期たちと一度は大会に出てみたいという願望もあって、それにどうにも抜けると言い出せる雰囲気ではなく、ずるずると引きずっていた。
*
昨日の夜、サークル同期の四人とやっているグループトークのアプリに、一件のメッセージが届いていた。
「明日の練習、誰か行く?」
私は部活の方に行くつもりだった。
「部活の正式な勧誘日だからそっち行く、サークルには行かないかな、ごめん」
ーー私が部活の方を優先しているのは一年間でみんな理解してくれていたし、誰からも突っ込まれない、そう思っていた。
「部活の勧誘って、そんな夜までやるの?」
メッセージアプリを閉じて、インターネットを開いた時に画面の端に現れた友達からの一言。
それは、暗に「サークル来なよ」との誘いだった。
無意識のうちに、息を止めていた。
部活の正式な勧誘日は、二日間。
初日のシフトに、私の名前がないことははっきりと記憶していた。
*
ある一ヶ所に息苦しさを覚えると、何があるというわけではないのに別の場所でも息苦しさを覚える。
昔から私はそんな子だった。
ここからサークルの活動がある大学までは三十分もあれば行ける。
しかし、サークルで着るユニフォームは、家に置いてきていた。
今の心境でサークルに行っても、いい試合は出来ないと思ったから。
そして、何よりも自分の居場所を見つけられない気がしたから。
そしてそんな心境のせいか、部活に足を運ぶことすらも躊躇っていた。
シフトがあるわけでもないのに図々しく部室に入り浸ることに、少しながら躊躇いを感じていた。
先輩が少ない私の部活は、同期も結構役職についている。そんな中、数少ない役職なしの部員が私だった。
同じ学科の人もいない、入り浸っているのは私以外はほとんど男子、そんな部室に踏み込むことに、なぜか今日、このタイミングで躊躇っている。
はっきりした理由はないけれども。
*
大学へ行くのに必ず乗り換えるこの駅の騒がしさや人混みが、意外と私は嫌いじゃない。
知り合いの中にいるのが息苦しくなった時、私はよく赤の他人の集まりであるこの人混みの端に紛れ込んでいた。
ーーただの、現実逃避。
「いつまでもこんなんじゃ駄目って、わかってるんだけど。弱虫だからさ、私」
喧騒の中に弱気な呟きがもれてしまったことは許してほしい。
そんなわがまま。
逃げない自分にならなくちゃ。
私はそっと再び、空を見上げた。
曇天の隙間から一筋、セルリアンブルーの青空がのぞいている。
今日は午後から晴れの予報になっていた。
ーーそろそろ練習が始まる時間かな。
時間を見ようとポケットから携帯を取り出すと、部活の友達からメッセージが届いていた。
あんまり部室にはいないけど役職についている、今日の午前だけシフトのある友達だ。
「確か今日来るって言ってたよね?部室で待ってるね」
部室で待ってる。
さらっと画面に現れたその言葉に、ふっと私の躊躇いが消えた。
勝手に逃げていないで、待っててくれる人がいる場所へ、行かないと。
私は喧騒に背を向け、しっかりした足取りで歩き始めた。
セルリアンブルーの現実逃避 杠葉結夜 @y-Yuzliha24
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