出会いは白馬と共に②

 (俺はまともに人と話すことが出来るんだろうか……)


 魔導養成所に通う初日、枢機卿所属の青年レイ・クロイツはそんなことを考えていた。


 脇にうっそうと林が生える林道を彼は歩いていた。クリスから渡された、養成所の白い制服とコートを身に纏い、腰に愛刀である二本のククリをぶら下げて、足取り重く養成所へと向かう。


 林道を抜けると、前方に長い水道橋が姿を現す。入り口まで着くと、一つの看板が立てかけられていた。


(リーヴァル川、ディアレ王国で最も長い川……かつて水神がをひき、つくったとされるこの川は、魔力を多く含んだ水が常に流れています。か……随分長い川みたいだが、どこまで続いているんだろうか……)


 看板の内容を読み、長く続くリーヴァル川を見つめる。明るい時間に首都をゆっくりと歩く機会など滅多にない彼は、景色の一つ一つに目新しさを覚えていた。


(注意、魔力を大量に含む水だからといって決して橋から飛び込まないように。前例あり。前例があるのか……)


 レイは水道橋に入り、自分の胸辺りまで伸びる手すりに手をかけ、下を見る。川までは相当な高さになっていて、飛び込むことは自殺行為であると感じた。


(そもそも魔力を含む水源に飛び込んだからといって、魔力を供給できるものなのか?)


 真面目にそんなことを考えながら水道橋を渡り切り、背丈の似通った建物が並ぶ街に入った。地図を広げて確認してみると、どうやらこの街を抜けた先に魔導養成所があるらしい。


(地図を見る限りかなり広い敷地みたいだが……)


 地図でもその広さは際立っていた。教会や貴族の住む建物よりも広く、街の先に孤立ように存在していた。


 レイが立ち止まっていてそんなことを考えていると、朝の街の活気とは違う謎の騒音が耳に入ってきた。


(なんだ?)


 当たりにいる人を見ると、何故か皆後ろを振り向いて驚いていた。それに習い、レイも後ろを振り向く。人々が何か言っている声とは別に、乾いた土を力強く叩く音が聞こえてきた。


「すみません! 危ないので避けてくださーい!」


 そんな声を出しながら、少女が馬で迫ってきていた。


(んなっ!?)


 ぶつかるのを回避するため、レイは脇にそれるように移動する。前を通り過ぎる少女を目で追う、全体的に白い物が通り過ぎていった。


(あれは同じ制服……)


 あまり見かけないその服は、一瞬でも彼には判断できた。養成所に通う人間は皆あんな感じでお騒がせなのだろうかと一瞬不安に駆られる。


 すると少女は、少し先に行ったところで馬を止め後ろを振り向いた。


 一瞬目が合ったかと思うと、少女は馬を降り、レイの元へと走ってきた。


「あの……」


 一直線にレイの元まで来た美しい少女は、彼より頭一つ程小さく、上目遣いで彼を見た。


 その少女の美しさは、周りの人の目を惹いた。クリスともマーシャとも違った美しさを少女は持っていた。短めの白い髪は高級な仕立てに使われる絹糸のように綺麗で、その髪に収まった小さな顔はどこか幼げだが、パーツが端正に整っている。レイの青白さとは違う白い肌は透き通り、曇りなき蒼い瞳はガラス玉のようだった。全体的にすらっとした体のラインも、彼女の雰囲気によく合っていた。


「な、なんでしょうか……」


レイは恐る恐る口を開いた。


「なんでしょうかじゃないですよ、あなたも養成所の魔導士生ですよね? このままだと遅刻してしまいます! そう、こうしている間にも遅刻はすぐそこまで迫っています!」


 そう言うと少女はレイの手を取った。そのまま引きずるような形で馬の元まで歩いていく。


「ちょ、ちょっと……」


「気にしないでください。私はとてもお節介で有名です。このように強引に手を差し伸べる変な人と思ってください」


「いや、俺はそんなこと知りませんよ……」


 少女はレイの言葉などお構いなしに歩き、馬の元まで辿り着いた。馬は毛並みの美しい白馬だった、伝承による翼の生えたペガサスや、角の生えたユニコーンを思わせる神々しさをレイに感じさせる。


 彼がそう思っているなど露知らず、少女は慣れた動作で馬に跨り、自分の後ろを手で軽く叩きながら「さあ」と彼に声をかける。


「乗れと……?」


「それ以外に何がありますか? ほら早くして下さい。このままでは二人そろって遅刻です」


「……はい」


物珍しさに様々なところで立ち止まり、油を売っていた自分を呪いながら、レイは馬に跨った。高くなる視線に少し戸惑う。


「急ぐので、捕まっていてくださいね」


「……はい」


 こうなってしまえば成るようになれだ。これも人生経験だと自分に言い聞かせ、少女の細い腰に手を回す。


 少女が手綱を振るうと、待っていましたと言わんばかりに馬が力強く鳴き、地面を蹴った。


 正面からくる風を受けながら、体が激しく揺れ、お尻が浮く。


 朝の街並みを颯爽と白馬が駆けてゆく――。



「さあ、着きましたよ」


「これが養成所……」


 馬に数分揺られ着いた先にあったのは広い土地と、そこにそびえる大きな建物だった。近辺でも異彩を放つその建物は、土地の周りを高い柵で囲われ孤立しているようだった。


「ささ、降りてください」


「あ、ああ……」


 レイは白馬から降り、改めて養成所を見る。教会と同じくらいの背をしていながら、貴族の屋敷のように横に長い。国がこの魔導養成所に相当な額を注いでいるのが分かる。


「私はこの子を小屋に連れていくので、ここでおさらばです。それでは」


「あ、ありがとうございました」


 少女は挨拶もそこそこに、馬に乗ったまま駆けて行ってしまった。馬小屋は養成所の裏に建っているのだろうか。


「さて……」


 レイは気持ちを入れ直し、養成所へと向かう。



「なんとか間に合いましたー」


 教室の自席に着いた途端、白髪の少女は気の抜けたように机に突っ伏した。


「サラってさ、しっかりしてるのに遅刻ギリギリが多いわよね」


 サラと言われた少女の前に座るツインテールの少女が、サラの頭を軽く叩いた。


「それがですね。今日こそは早く来ようとエウラマに乗ってきたのですが、またまた道中で困っている方、もとい荷車が横転して荷物をぶちまけている方一名と、それで遅れて急いでいたところに、のそのそ歩いている魔導士生の方一名を見つけてしまったために、このような結果に……」


 サラは突っ伏しながらもごもご言う。教室は気の合う仲間同士で談笑しており、中々に賑わっていた。


「あんたのお人好しも程々にしないさよ? いつか何もできないようなダメな男に引っかかっても知らないからね」


「それはそれで私の本望かとも思います」


「あんたねえ……そんなんだから小さいお母さんなんて言われるのよ。この養成所でってことよりも、そっちの方で名が通ってるってどういうことなのよ」


「えへへ……リリアちゃんそんな褒めないでください」


「いや、褒めてないから」


 リリアはサラの気の許せる友人の一人である。自分の事を小さいお母さんなんて言ってくるが、彼女自身も何かと面倒見がいいことをよく知っている。


「リリアちゃんこそ、私のお姉ちゃんみたいですよ?」


 サラは何の気なしにそう返したが、リリアの表情が一瞬曇るのも見て、しまったと思う。彼女は気の許せる友人である、そしてサラのを知る人物でもある。


「……確かもうすぐよね」


「なんかごめんなさい……」


「なんであんたが謝るのよ……サラ、少し前から任務の方休みもらってたよね。あんたは普段働き過ぎなくらいなんだから、こういう時くらいしっかり休みなね」


 リリアは少しぎこちなく笑顔を作ると、サラの頭を撫でた。


「んふ……リリアちゃん好きです」


「はいはい」


 リリアはそう言いながら前を向いてしまったが、彼女なりに心配をしてくれていることをサラはよく理解している。因みに今照れていることも分かっている。


 サラがリリアの愛らしいところにニヤニヤしていると、ふと自分の隣に昨日まではなかった机があることに気が付いた。


 サラの席は窓側から二列目の席の最後尾だ。そして隣の列の最後には机が無く、彼女の隣には誰もいなかったのだが、どういうわけか今日は机がそこにあった。


 サラが顎に手を当てながら思案していると、教室のドアが開き、かなり高齢と思しき男が入ってきた。仲間内で話していた魔導士生達は皆自席に戻り、先ほどの喧騒が嘘のように静まり返る。


 男は色は同じだが、魔導士生達の服とは違いローブを身に纏っていた。魔導士養成所の教師が着用しているものだ。


 教師は分厚い本を教壇の上に置くと、髪の抜けきった頭を数回掻いてゆっくりと話し始めた。


「えー大変急な話ではあるのじゃが、本日よりこの教室に新しい仲間が増える。同じ魔導士として皆仲良くするように」


 教師のその言葉で教室がまだざわめき始める。サラは隣に増ふえた机の意味を理解した。リリアが振り向き「あんた知ってた?」と聞いてくる。


「えーそれじゃあ、レイ君入りたまえ」


 教師の言葉を受け、一人の男が教室に入ってきた。サラはそこで既視感を覚える……というかあの金髪ポニーテールに、濁って淀んだ碧の瞳、紛れもなく今朝強引に馬に乗せた人物だ。


 男は表情を全く変えぬまま、教壇の隣に立つ。


「初めまして、レイ・クロイツです。どうぞよろしくお願いします」


 教室から歓声が沸き上がり、拍手がおこった。初めてのイレギュラーな仲間入りに、彼の無表情や平凡な挨拶はさして気にならぬようで、謎の盛り上がりを見せていた。


「えーレイ君の席は窓際の最後の席じゃ。隣のサラ君は、初めてで何かと不便であろう彼の手助けをしてほしい」


 教師がそう言うと、レイという男はこちらの方を向き小さく一度頭を下げた。つられてサラも頭を下げる。


「ねえ、なんかあの人目が死んでない?」


友人が前からそんな言葉を投げかけてきた。サラは返事として愛想笑いを適当に返しておく。


(こんなこともあるんだ……)


 少女は今朝の情景を思い出しながら、そんな風に思った。



(あれは今朝の……)


 レイは下げた頭を戻し、もう一度を少女を見てみた。彼女は白い頭を小さく下げている。


「じゃあレイ君、席へ」


「あ、はい」


 レイは促され、席へと向かう。少女との距離が近づくに連れて、自分の認識に間違いがないことを理解した。自分の隣の席の彼女は、今朝の白馬の君であると。


 レイは窓際の最後尾の席へ座ると、隣を見る。どうやら丁度少女もこちらを向いたらしく、目と目が合った。何か言おうとレイが考えていると、少女の方から口を開いた。


「また会いましたね。同じ魔導士生とはいえ、こんな早く再会するとは思いませんでした」


 ――少女はそう言うと、軽く微笑んだ。


 その微笑みはとても軽いものに見えたのに、自分にはない暖かさを感じた。同時にとても綺麗であると、純粋にそうレイは感じていた。


「サラ・フロンダート」


「え?」


「私の名前、サラ・フロンダートっていいます。サラでいいです。皆さんそう呼びますから」


「よろしくサラさん。俺のこともレイで大丈夫です」


「分かりました、じゃあレイさんと。因みに敬語は外してもらえると嬉しいです」


 そういう彼女は敬語である。


「分かった、そうするよ」


 レイはすんなり会話が出来ていることに少し驚いていた。彼女が話しやすい空気を作ってくれているのかとも考えてみる。


「ならサラも敬語じゃなくても」


「私はいいのです。癖というか好きでしているので」


「そっか……」


 レイがそう言うと、サラが手を差し出してきた。一瞬何のことか分からかった彼だが、握手の意思表示だと気付いて彼女の手を握った。柔らかく温かい感触が伝わってくる。


「改めてよろしくお願いしますね。レイさん」


「ああ、よろしくサラ」


 彼にとって人生の転機となる邂逅だった。

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俺はもうアサシンじゃない 小鳥遊 独 @hurubayashi0912

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