見知らぬ少女

 昼休みを迎え、お弁当の時間がやってくる。

 周りの女の子はチャイムが鳴った直後、一斉に喋りだした。

 仲良しグループは席をつけたりと各々の食事スタイルを取り出す。

 そんな皆を見てか、可憐はこちらを見て、私の机に昼食をポンと置いて言っ

 た。

「久しぶりに一緒にご飯にしようよ!」

「うん、可憐には聞きたい事が沢山あるし」

 いつも一緒に食べている子達に断りを入れ、可憐との食事を優先した。

 久しぶりの親友との食事に緊張の中、一番気になっていることから聞くことに

 した。

「ところでさ、何で可憐は私の学校に来たの?」

「んー、親の仕事の都合。って言っちゃえば簡単なんだけどね……」

 その瞬間、可憐の顔がわずかに曇った。

 聞いちゃまずかったな……。と思い、あわてて質問の言葉を変える。

「ほら、ここは女子高でそこそこレベル高いけど特色はほぼ0の学校だよ?私が

 選んだ理由は家から近かったからだけどさ」

「うん、それはね、凛から聞いたんだ。美鈴がこの学校にいるって事」

 そんな私がいるからっていう安直な理由で……と突っ込もうとした

 が、まず突っ込むべきポイントはそこでは無かった。

「凛!?凛ってあの、鬼灯凛ちゃん?」

「そうだけど、それがどうしたの?」

「どうしたもこうしたも……」

 呆れと驚きで言葉が出てこない。

 鬼灯凛ほおずき りんは

 私と可憐が小学生の頃のクラスメイトであり、現状は全く把握できてないが今

 でも良い印象は持っていない。

 いつも帰り道に私と可憐の邪魔をしてきたり、よく嘘をついたりする子だっ

 た。

 特に嘘の方は子供ながら巧みで、先生にも迷惑をかけるほどであった。

 そのせいか、クラスでは孤立しててそのまま小学校を卒業。

 そんな鬼灯凛と可憐が連絡を取っているのは信じられなかった。

「なんであの子の嘘を信じたの?可憐も覚えてるでしょ、意地悪されたのは」

「凛、今は別人みたいになってるよ、話してて楽しいし!今度会ってみる?」

「うーん……考えとく」

 しかも名前呼びするほどの仲、どのぐらい変わっているのだろう。

 人間、そう簡単に変われるものではない。が、可憐から聞いたイメージだと私

 の中にある鬼灯凛とは真反対のイメージだった。

 気になるがこの場は抑えてとめどない会話を続けた。

 会話は弾み、ようやく落ち着いてきたところで可憐が唐突に訊ねて来た。

「ねえねえ、いきなりだけどさ、放課後うちの家に来ない?」

 本当にいきなりだった。私が驚いて目を見開くと、可憐もその反応が意外だっ

 たかのように目を見開いた。

 私は一瞬の沈黙の後、首を縦に振った。


 それから小一時間後、昼休みは空け、五時間目の授業に入ったが、可憐の家の

 事が気になって授業に身が入らない。

 ぼーっとしてると小学生の頃、可憐の家に寄ってた思い出が脳裏をよぎった。

 可憐の家は羨ましいほどお金持ちで、可憐のお父さんは企業の社長だった気が

 する。

 大きな犬を飼っていて、名前は「リリー」。毛並みが良く、小さい頃はよく可

 憐と抱きついて寝ていた記憶がある。

 お父さんも気品があり、紳士という言葉が良く似合う人だ。

 家は見上げないと全体図が分からないほどの豪邸で、よく分からない石像が庭

 の真ん中にあった。

 庭の広さだけで一軒家が二つ、三つ入るぐらいの大きさがあった。

 可憐家に寄って自宅に帰ると、自宅がおもちゃのように小さく思えた事は良く

 覚えている。

 とにかく目立つ家で、近所で知らない人はいなかったほど。

 ところどころの記憶は曖昧だが、印象強い物や思い出は鮮明に覚えていた。

 引越し後も豪邸なのだろうか、期待に胸が高鳴る。

 それから放課後までの時間は長く感じた。

 だが、終礼後、日直だった私は教室の掃除を先生に頼まれてしまい、なくなく

 終わらせる事にした。

 可憐は恐らく下駄箱か校門前だろう。もしくはトイレ。

 掃除道具が入ったロッカーに目をやるとそこには可憐の姿があった。

 子猫のような目をしてこちらを見ている、誰が見ても感じ取れるほど、何か言

 いたげだった。

「美鈴、手伝おうか?」

 意外にも出てきた言葉は非常に単純で、なにより思いやりがあった。

「気持ちだけもらっとく、下駄箱で待ってて!」

 可憐にそう言って、箒を手に取る。

 可憐が階段を降りていくのを確認した後、掃除に取り掛かった。

 箒でゴミを掃いた後、雑巾を取りに廊下に向かうとそこには可憐の姿があっ

 た。

「え?さっき下駄箱に行ったんじゃ……」

「いや、考えたんだけどさ……」

 可憐は照れ顔で雑巾を掴み、一瞬閉じかけた口をもう一度開いた。

「二人でした方が早いじゃん?それにやっぱり美鈴だけにやらせるのは自分が許

 せないっていうか……」

 友達同士なら当たり前の言葉。と考えるのが普通だが、可憐から出たその言葉

 には何か特別な余韻があった。

「うん……ありがと」

 私は思わず下を向いた。

 意識はしてない、無意識に、だ。

 せっかくの好意を無理に断るわけにもいかない。先生に指定された場所を同じ

 ように可憐に伝え、手伝ってもらうことにした。

 その後、可憐は嫌な顔一つせずに掃除を手伝ってくれた。

 それだけで嬉しい、竹馬の友と過ごす時間は嫌な事でも特別早く、掃除はあっ

 という間に終わった。

 雑巾を絞り、汚れた水の入ってるバケツを水洗いし、手をアルコール消毒す

 る。

 箒とちりとりをロッカーに戻し、バックを手にして教室を出た。

「それじゃ、行こ!」

「うん!」

 私がそう言うと可憐は大きく返事をした。二人で階段を降り、2人で廊下を歩

 く。久しく一緒にいなかったからか、嬉しくも何だか不思議な時間だった。

 一階にある下駄箱に着くと、可憐は何やら意味ありげな事を言い出す。

「私の何かが変わってても私は私、美鈴の何かが変わってても美鈴は美鈴だから

 ね!」

 可憐の口からこれほどはっきりとした言葉が出ないのは私でも初めての経験だ

 った。

「う、うん…」

 私は反応に困りながらも返事をする。心なしか、可憐の顔は少し悲しげだった

 気がした。

 校門から歩道に出ると可憐は若干早歩きで進みだした。

 まるで私に見せたいものがあるかのように。

 早歩きの訳はあえて聞かず、可憐と歩幅を合わせる。

「ところでさ、学校どうだった?」

「どうだった……って?」

 質問を質問で返された。が、可憐は返事に困ってはいなさそうだったので会話

 を続ける。

「緊張……とかは無かったの?ほら、これから環境に慣れるのも大変だろう

 し……」

「………………ないよ」

「え?」

「美鈴と一緒だから、緊張なんてしないよ!学校の皆も優しいし!」

 可憐は笑顔でそう言った。

 夕焼けの光が可憐を後方から照らし、逆光で顔が見えにくい中でも感じ取れる

 ほどの笑顔で。

「…………ん、そっか」

 もう言い返すことは無かった。あったとしてもとっくに忘れていただろう。

 そんな可憐の笑顔に負けないぐらい、私も笑顔で返した。


 しかし歩く、どうやら可憐の家はかなり遠いらしい。

 私の家から学校は大体徒歩二十分程度。

 もう三十分は歩いている気がする、私の気のせいなのだろうか。

 可憐はまだ歩みを止めない。

 いつ止まるのか、凝視していると可憐は急に足を止め、右腕を上に上げる。

 右側には昔の可憐家と勝るとも劣らない豪邸があった。

「おぉー、可憐のお家はやっぱ大きいなー!私の家なんて今も――――」

 左だ。

 可憐の右手の人差し指は左を指している。

 その方向にはごく普通の一軒家が、いや、ほとんど同じデザインの一軒家が多

 く並んでいるので借家だろうか?

 可憐は肩の力が抜けたかのように右腕を下ろした。

 可憐は俯いて肩を震わせている、その身震いは寒気でも痙攣でも無い。

 ――泣いている。

「う……ひっく……右じゃなくて左のが今の私の家……びっくりしたでし

 ょ……」

「う、うん、びっくりしてないって言ったら嘘かな」

「お父さんの会社が潰れちゃってね、第一希望の高校には行けなくなっちゃっ

 て……どこに行こうか迷ってたら凛から県外の高校を薦められて……」

「あ、それが私の高校だったんだ……」

「うん、色々あってもう昔の私じゃないんだ……。わ、私の事嫌いになっちゃっ

 た?」

「え?なんで?」

 可憐は俯いていた顔をこちらに向ける。疑問に満ちた顔だった。

 正直驚いた、驚いた、が。

「なんで嫌いになるの?何があっても可憐は可憐じゃん」

「え……あ……うん……」

 涙が流れているのに今更気づいたかのように涙を拭う可憐。

 そんな可憐が妙に愛らしく、愛しかった。

「とりあえず、ここまで来たんだし上がって行ってよ!」

「あっはは!可憐、鼻水だらだらだよー!」

 昔から変わらない明るい性格、変わらない姿の可憐がそこには居た。

 そんな可憐を見て私はおもわず胸を撫で下ろした。


「まあまあ、入って入って!」 

 可憐に誘われるがまま玄関を跨ぐ。

 入ってすぐの横には靴箱があり、玄関の広さは大体二畳ほど。

 小窓には観葉植物や可愛らしい置物が置いてあり、玄関全体には洋風チックな

 雰囲気が漂っている。

 正面にある二メートルほどの廊下の先にはリビングに繋がっているであろうド

 アがあり、その横には二階に繋がる階段がある。

 良く磨かれている廊下に足をつけ、可憐の後ろに続く。

「お母さん、ただいまー」

「おじゃましまーす」

「はーい」

 台所に繋がっているであろうドアの先から声が聞こえてきた。

 可憐の母親だろうか、実は今までに可憐の母親を見たことが無い。

 気になったため、挨拶も兼ねて見てみることにした。

「可憐、可憐のお母さんに挨拶してきてもいい?」

「ん、ああ、そっか!美鈴は見たこと無かったんだっけ?」

「うん、いつも私が遊びに行ったときいなかったから……」

「台所にいると思うよー、廊下歩いて一番奥のドアだけど……案内しようか?」

「うん、お願い!」

 ただ友達の母親に会う、それだけなのに妙な羞恥心を抱いた。

 結婚の挨拶に行く婿か!……とセルフツッコミを入れ、落ち着きを取り戻す。

 可憐が台所に繋がっているであろうドアに手をかける。

 ドアが開けた先はイギリスだった。

 いや、正確にはイギリスではない。が、そう勘違いしかねない人物が目に入っ

 た。

 綺麗にまとめてある金髪にゆったりとした口調。瞳は綺麗な蒼眼。

 ピンクのエプロンをし、なにやらグラタンらしいものを作っている最中だっ

 た。

 完全にテレビでよくみる外国のホームステイ先のお母さんだ。

「可憐のお母さん……?」

「あらー、こんばんはー。新しいお友達……?」

「友達の美鈴だよー!小さい頃も遊んでたんだよ?」

「ごめんねー、可憐が小さい時はお母さん夜遅くまで仕事してたからー。これか

 らも可憐と仲良くしてあげてねー」

「は、はい!」


 挨拶を済ませ、二階にあるという可憐の部屋に向かった。

 ドアには『カレンのお部屋』というネームプレートがぶら下がっている。

「この部屋だよー、お手洗い行ってくるから先入って!」

 可憐に背中を押され、半強制的に部屋に入った。

「それじゃ!お菓子も持ってくるねー!」

「あ!ちょっと!」

 バタン。という音だけが部屋に響いた。

 寛くつろいでてと言われてもどうすればいいのか分からない。

 とりあえず近くにあった本棚を覗く。

 数々の参考書に教科書、様々な辞典。その横には漫画が並べられている。

「へぇー、流石だなぁ……ほとんど参考書で埋まってる……ん?」

 漫画と辞典の境目に隠すようにしまってある本に目が惹かれ、思わず手に取

 る。

「『百合な世界』?なんで女の子同士で寝てるんだろ?変わった漫画だな

  ぁ……」

 表紙には制服の女子高生二人が手を繋なぎあって眠っているイラストが描かれ

 ている

 美鈴はポカンとした表情でただその漫画の表紙を見つめる。

 ページをめくろうとすると可憐が部屋に入ってきた。

「お待たせー、紅茶かコーヒー迷っちゃってさぁ……」

「うんん、全然いいよ。ところで可憐、この漫画はどういうストーリーなの?」

 手に取っていた漫画を可憐に見せる。

 その瞬間、可憐はこちらから確認できるほど焦り、赤面した。

「…………み、見た?」

「ううん」

「そ、それはね、表紙の女の子達が空を飛んで悪いヤツらを倒す漫画なんだ

 よ!」

「そうなの?なんか面白くなさそうだねー」

「うん!全然面白くないんだー!」

「面白くないのに買ったの?」

「そ、そうなの!失敗失敗!あははー」

 今にも爆発しそうな程に頬が赤い可憐。

 色々疑問が残るがしぶしぶ本をしまう。

 すでに可憐は精魂尽き果てていた。

「だ、大丈夫?」

「ヨカッタ、ヨカッタ、ヨカッタ………」

 壊れたおもちゃのように上を向き、同じフレーズを繰り返す可憐。

 そんな可憐を心配していると、誰かが階段を上ってくる足音が聞こえてきた。

 可憐のお母さん?お父さん?それとも……誰?

「ばんわー!可憐、遊びに来たよん!」

「ヨカッタ、ヨカッタ……」

 美鈴の視界に映ったのは見覚えのない少女。

「本当に誰?」

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六つの百合の華 作業用BGM @kakinotanefarm

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