再会

「可憐……?」

 思わずイニシャルを二度見したが、間違いなどは無かった。

 手紙を元通り綺麗に折りたたみ、ベッドに横たわる。

 差出人の名前はほぼ間違いなく「花山可憐」

 彼女とは幼馴染であり、親友同士の関係……だった。

 小さい頃に親の都合で転校の連続だった私は小学生以来可憐と連絡が取れずにい

 た。

 その可憐から手紙が来た、それだけで動揺が隠せない。

 それに加え"明日会えるといいね"の意味が分からない。

 私は遊び帰りの疲れと突然の出来事で頭の処理が追いつかず、ベッドに倒れこみそ

 のまま眠ってしまった。




 それから夜が明け、目覚ましの音が耳に入ってくる。

 掛け布団から手を伸ばし、横着に目覚ましを止め、ベッドから起き上がった瞬間、

 昨日の出来事が走馬灯のように脳内に流れてくる。

「ん……学校に着いたら考えよう……」

 低血圧のせいでよろけながらも学校の準備を進める。

 毎朝見てたニュースも考え事のために今日は無視し、家を出た。

「いってきまーす!」

 寝ている家族にそう告げ、よろけながらも走って学校へ向かう。

 急いでるあまり、時計を見ずに家を出たため、正確な時間は分からないが

 雀が朝を告げるように電柱の上で鳴いているので、おそらく七時前ぐらいだろう。

 今日も授業に部活か……憂鬱だなぁ……。とため息を出しながら心の中で呟いてい

 ると、後ろから聞き慣れた声が聞こえてきた。

 振り返って見ると一人の女の子が猛ダッシュで迫って来る。

「おはよう!美鈴ー!」

「おはよう、チノン!痛たた!そこ胸!」

 私の名前を呼んで、胸に向かって抱きついて来たのは「楠 茅王」(くすのき ち

 の)

 クラスは離れてしまったが、家が近いので仲のよさは今も健在である。

 あだ名は「チノン」。でもそう呼んでるのは私だけ、改めて思うとなんか嬉しい。

 茅王とは中学時代からの付き合いで、中学で始めて出来た友達でもある。

 背丈は私より一回り小さく、顔も幼い。

 その事を本人は特別コンプレックスと思ってないらしく、むしろその容姿を利用し

 て映画館や動物園を子供料金で入場したりと結構楽しんでいる。

 明るく、友達思いでとても頼りになるのだが……

「おはよう、茅王ちゃん」

 恐らく茅王のクラスメイトであろう女の子が明るく挨拶をしてきた。

「…………」

「おはよう、ほらチノンも挨拶しないと」

 茅王はジーッと女の子を見て、いや、正確には睨み付けて目を離さない。

 そう、まるで怯える猫のように。

 そんな茅王を見て女の子は申し訳なさそうな顔をする。

「な、なんかごめんね!それじゃあ教室でね!」

「こ、こちらこそ、うちのチノンがごめんね!」

 女の子は逃げるように去って行った。

 私は見慣れた光景に思わずため息をつく。

 茅王は親しい仲以外の人間には警戒して頑なに口を開こうとしない。

 威嚇ともいえるこの行動は中学生のときから今も変わっていなかった。

 安心したというか、心配というか……。私は複雑な気持ちになった。

「チノン、このままでいいの?」

「うん……どうせ直んないし、そんなことより"うちのチノン"ってどういう事ー?」

 私はそう聞かれて頬の辺りが熱くなっていくのを感じた。

 茅王は分かりきった笑顔で迫ってくる、なめられてる様で正直に答えたくは無かっ

 た。

「んー?ほっぺ真っ赤っ赤だよー?」

「な……なによ、その顔は?それにほっぺた突くな!何て答えてほしい訳?」

「えっへへ、分かってるくせにー」

「し、知らないよ!それに私、急いでるからまた後でね!」

「んあ、ちょっと!」

 茅王と話してるとキリがないので、私は話を切り上げて学校へと走った。

 靴箱に靴を入れ、中央廊下を早歩きし、四階にある教室へと急ぐ。

 教室のドアに手をかけ、息を整えるために大きく深呼吸をする。

 ドアを開け教室に入り、すぐ考え事の続きをする、俯きながら歩いていると、ふと

 自分の机に目がいった。

 机の"それ"を見るなり、私の考え事は解決した。

 そこにいたのは綺麗なロングの金髪に、整った顔。教室の窓から吹く春風に金髪が

 揺られ、花畑にいる貴族と言われても納得してしまう、そんな絵に描いたような美

 少女。

 だが、そんな美しい見た目とは裏腹に足組みをして座り、カッターシャツのボタン

 は胸元ギリギリまで空いている。非常にだらしのない格好だ。

 私とは一見無縁に見えるその女の子にはどこか見覚えがあった。

「可……憐……?」

「…………ん?美鈴?美鈴!久しぶりー!元気だった?昨日の手紙読んでくれた?怪

 我とかない?学校生活うまくやってる?今度美鈴んちに遊びに行っていい?」

 声をかけた途端、餌を見た犬のように目を輝かせながらマシンガントークを展開し

 てきた。急に喋って疲れたのか、可憐は息を切らしている。

「だ、大丈夫?でもなんでここに?」

 その瞬間、私が喋るのを待ってたかのように放送が流れてきた。

 『花山可憐さん、至急職員室に来てください。繰り返します……』

「うあ……やっぱ呼ばれちゃった」

「なんか悪いことしたの?」

「転校初日で悪いことするって不良じゃあるまいし……」

 可憐は呆れ顔でそう言った。

「それじゃあ、行ってくるね!」

「うん………………え?」

 少しの沈黙の後、私はハッとした。

 "転校初日"可憐は確かにそう言って去って行った。

 つまり、可憐がこの学校に転校してきたって事だ。

 え?と私は心の中で改めて驚く。

 "明日会えるといいね"の意味はこの事だった。

 急な出来事に放心状態になっているといつの間にかHR開始のチャイムが鳴ってい

 た。

 急いで席に座る、先生が朝の挨拶を終えると予想通りの話になった。

「はい、今日は新しく皆の友達になる転校生の子を紹介します」

 クラスメイトの半分がざわつく、どうやらもう半分はすでに知っているらしい。 

「花山可憐でーす!気軽に下の名前で呼んでね!よろしく!」

「それじゃあ……席はあそこね」

 先生が指を指した席は私の席からはるかに遠い廊下側の一番隅っこの席だった。

 当然と言えば当然だろう、隣同士になりたかったが、あいにく私の席は窓側の一番

 前。

 昔から先生に注意される場所で皆から嫌がられる最悪の席だ。

 だが、席を指定された可憐は動かない。その瞬間右手をピンと上げ先生に訊ねる。

「私、目が悪いので出来れば一番前の列の席に行きたいです!」

 多分嘘だ。普通目が悪いならメガネかコンタクトをしているはず。

「うーん……それなら早めにメガネ等準備してくださいね。それじゃあ可憐さんに席

 を譲ってもいいという人は手を挙げてください」

 可憐の嘘に呆れていると右隣の女子が我先にと手を挙げた。 

 恐らく、授業終始監視状態の最前列の席が嫌で仕方なかったのだろう。気持ちは痛

 いほど分かる。

「それじゃあ席を交代してくれる?交代が終わったら休み時間ね」

 あの子が手を挙げなかったらどうしてたの……と聞こうとしたが、笑顔でこちらを

 見る可憐を見ると聞く気は無くなった。

 そして、可憐との新しい学校生活を告げるチャイムが心の中に鳴り響いた。

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