エピローグ『奏でる日々』
月曜日。今週も晴れた青空から始まる。
俺はいつも通り洗顔をするために下に降りると、奏ちゃんが先に洗顔をしていた。終わるのを待っていると、
「おはようございます。隼人さん、終わりました」
「おはよう、奏ちゃん」
俺は顔を洗って歯を磨く。歯を磨いているとき、奏ちゃんが横に立って同じく歯を磨き始めた。
「あれ、磨いてなかったの?」
「隼人さんを待たせてはいけないと思ったので」
「そっか」
俺はすぐ側にあったコップに水を注いで口をゆすぐ。奏ちゃんにコップを渡すと奏ちゃんは少し緊張しながらも口をゆすいでいる。
「あ、あの……隼人さん」
「どうかしたの? 奏ちゃん」
奏ちゃんが何だか顔を赤くしていてそわそわしていた。
「昨晩は本当にごめんなさい。私ったら、気づかない間に隼人さんに抱かれたままで寝てしまって」
「別にいいよ。俺は気にしてないから」
どうやら、奏ちゃんは昨日の事は覚えていないみたいだな。俺と口づけをしてしまったことなんて、さ。
抱かれたまま寝てしまったというだけでもここまで恥ずかしがっているのだから、気づかない間に口づけをしたということを知ってしまったらどれだけの反応をするんだろう。それは少しだけ知ってみたいところだった。絶対に話さないけど。
俺と奏ちゃんはそれぞれ制服に着替えて、リビングで朝食を食べ始める。まだ優奈は起きていないようだな。
「今日の味噌汁も美味しいですね」
「あら、奏ちゃん。ありがとう」
「そういえば、隼人さん。優奈ちゃんがまだ起きてきませんね」
「こりゃまた髪を結んでやる羽目になるな」
「私にはそんな必要がないので……」
「……奏ちゃんはカチューシャとかリボンとかが似合うかもしれないね。あとは、ちっちゃい髪留めとか」
「私に似合うでしょうか? あんまり自信ないです……」
「いや、きっと似合うと思うよ。まあ、最初はたまに気分転換につけてみるって言うのはどうだろう?」
「じゃあ、近いうちにやってみます!」
「うん、その時は楽しみにしてるよ」
ていうか、こういうアドバイスをするのも女子っぽい感じが。これからは発言に気をつけた方がいいな。
奏ちゃんと談笑していると、部屋の外から階段を勢いよく駆け下りてくる音が聞こえる。後ろを振り向くと、そこには制服を着た髪がぐちゃぐちゃの優奈がいた。
「また寝坊しちゃった! お兄ちゃん、後で髪お願いっ!」
「……な、言った通りだろ?」
「そうですね」
「ああもう! してくれないと許さないんだからね! 顔洗ってくる!」
まったく、自分勝手な妹だな。
優奈は洗面所へと行ってしまった。これはやってやるほかはなさそうだ。
奏ちゃんはくすくす、と笑って朝食を食べ続ける。俺も奏ちゃんの笑顔を見ながら、朝食を再開した。
「隼人さんって髪を結ぶのが得意なんですか?」
「……悲しいことに」
「まるで女の子みたいですね」
その一言が物凄く傷つくんだよ、奏ちゃん。
「おいおい、奏ちゃんだけには男として見て欲しかったんだけどな」
「だってその……可愛いじゃないですか」
「かっこよくは見えないの?」
「もちろん、かっこいいです」
「……良かった」
また今週も松木のシャッター攻撃に遭うのかと思うと気が重い。そして、今週も何か起こりそうで怖い。『男の娘』としての告白だけは勘弁してほしいものだ。
朝から意気消沈になりつつも、何とか朝食を食べ終える。
その直後、優奈がウルトラハイペースで朝食を食べ終え、髪を結ぶのを頼んできた。もうこれが恒例となりつつある。俺は優奈の部屋で髪を結んであげた。
そして、俺達三人、学校に行く支度をして母さんの作った弁当を持って家を出る。
「行ってきます」
今日も快晴だ、まあ何とも気持ちのいい日差しであること。
「お兄ちゃん、置いてくよ!」
「おう」
今日も三人、いつも通りに並んで朝の道を歩く。一日でも早く、またこうして奏ちゃんと元気に歩くことが出来て本当に良かった。
「優奈ちゃん、土曜日休んだ分のノートを休み時間に見せてもらえる?」
「うん、いいよ。分かんなかったらお兄ちゃんに訊いて」
「おい、そこは優奈が教えるところだろ」
「あれ? もしかして自信がないの?」
にやけた表情で訊いてくる優奈に対し、
「分かったよ。奏ちゃん、分かんなかったら俺に訊いて。絶対に優奈よりも分かりやすく教えてあげるから」
「は、はいっ! その時は宜しくお願いしますっ!」
「なにムキになってるの? あははっ!」
「まったく……」
でも、自然と笑いが溢れてくる。
「おーい! 隼人! 優奈ちゃん! 奏ちゃん!」
「彩音ちゃんだ! 奏、一緒に行こう!」
「うんっ!」
優奈は奏ちゃんの手を引いて、俺達に向かって手を振ってくる彩音のところへ駆け出していく。まったく、朝から元気な人ばかりだ。
今日もいい日になりそうだな。そして平穏な日に。
――いったい何のために生きているんだろう?
それは分からない。今すぐに分かることじゃない。
でも、ただ一つだけ言えることがある。
何かを頑張るその先にはきっと笑顔が待っている。
そこまで行くには、悲しい想いをしたり苦しい想いを強いられるかもしれない。
だけど、その先にはそんな壁を乗り越えた日々が待っている。
ありそうでなかなか掴めない、平穏で笑顔の続く日々が。
それはまるで音楽のように、無限の可能性を秘めていると信じて。
俺はその日々を、君達と一緒に奏でようと思う。
『かなで』 おわり
かなで 桜庭かなめ @SakurabaKaname
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