失敗作の願望〈desire〉

夜咲 蓮

プロローグ 桜の木下で……

桜が満開に咲く土手道、まだ少し冷たい風が吹くなか蛍火ほたるは養成学校の入学式を終え、急ぎ足で帰路についた。

丘の上にそびえ立つ一軒の豪邸。そこが蛍火の住まいだ。そして、今頃姉が、庭で蛍火の帰りを今か今かと待っているはずだ。

姉は蛍火よりも優秀で容姿も美しく周りからは、すごくもてはやされていた。

一方、蛍火は親に見放され、失敗作と呼ばれるようになった。

まるで月とスッポン

兎と亀

自分は何も悪くない。理不尽に全てが決まり、抵抗することもできなかった。

しかし、姉だけは違った。家族の中で唯一、蛍火を馬鹿にせず、しっかり向き合ってくれた。

蛍火はそんな姉が大好きだった。

姉の顔に泥を塗らないために必死になって養成学校の受験勉強をしてきた。

入学試験には無事に合格したが、姉は褒めてはくれなかった。

「蛍火なら入れると思ってたよ」

その一言だけだった。

しかし、姉と同じ制服を着た今なら、少しくらいは褒めてくれるだろうか。そう思うと早く帰りたくて仕方がなかった。

そんなことを考えていたら、もう家の前まで着いていた。

姉は庭に咲く桜の下で待っている、と言っていた。

玄関前を左折して、庭へと向かう。もう少しで会えると思うと胸が高鳴った。

待ち遠しくて庭が見える前に大声で叫んだ。

「姉さん!今帰ったよ!」

返事は返ってこない。

待っているって約束したのに。

さては、寝てしまったのだろうか。

庭の前まで来ると姉の姿が少しだけ見えた。しかし、桜の木の下は真っ赤だった。

「……姉さん!」

むせ返るような血の匂い。

まるで一つの絵画のような美しさだった。

凄惨でありながら奇妙な美を孕んでいた。


世界は変わってしまった。

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失敗作の願望〈desire〉 夜咲 蓮 @yozaki_ren3500

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