第12話 うっかりだ。

何の気なしに道を歩いていた。


何の気なしっていうのは、何の目的もなく、ただなんとなく、という意味だ。散歩というわけでもない。ただ歩いていたのだ。


ここからの眺めは非常によい。それ故、無意識にこの道を選んだのだろうか。

どれほどかといえば、非常である。常にはありえない、なんて美しい空だ。

ふたつの月が上り、雲は適度に浮かび、摩天楼はその名の通り「スカイスクレイパー」だ。

自分も真似て手を伸ばし、空を引っ掻いてみる。何故そのようなと問われれば、やはり「なんとなくそういう気分だったから」と答えるだろう。


どうしてこの日、この時、この道を歩くことにしたのだろう。

古いヒューマノイドに言わせれば「縁」などとほざくのだろうか。

そんなもの、信じるものがいるだろうか。


世界は人間が考えているよりずっと広い。

縁など馬鹿馬鹿しいもので縛ることはできぬ。

人間とは小さく、宇宙にとって意味のない存在なのだ。

ゆえに縁などという勿体ない表現は用いるべきではない。意味があればこその縁だ。

ただの偶然に名をつける必要などないのだ。


歩をゆるめることなく、自分はそのまま道を進んでいた。

月の夜は本当に美しい。

幸い今夜は余人がおらず、ゆっくりと景色を味わうことができる。


足元の濃霧も、頭上にそびえ立つ摩天楼も、空に昇るふたつの月も、自分のためだけに存在している。

そう、独り占めだ。


ハイ・チューブの中は空気濃度の調整がなされ、息苦しさもない。

どこまでも歩けそうだ。


が、それは不可能だった。


突然の車がハイ・チューブに体当たりしたのだ。自分が歩いているその場を目指して。


そこで思い出した。


今日は車のコントローラー衛星が故障し、空は動きの制御が不可能な車両であふれていたことを。


そのため、ハイ・チューブを歩く者がいないことを。



うっかりだ。



ああ、うっかりだ。



うっかり……

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「アトモスフェア」 佐藤健志 短編集 @khronos442

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