第4話

 太陽が再び上り、そして傾き始めた頃、先に大きな木の下に着いたのはスミレでした。

 水辺に足をつけながら、スミレは考えました。


(もしかすると、アオイの他にも誰か来て、今日こそ食べられてしまうのではないかしら・・・怖いからか、今日は予定よりも多く勉強をしてしまったわ)

 アオイより早く着いたことも、勉強がはかどったことも、人間が怖いからだとこじつけて、スミレは湖を見ながらアオイを待ちました。

 ふと、後ろから声がかかりました。

 

「やっぱり、今日も拭く物を持ってないの?」


 スミレが振り向くと、拭く物を持ったアオイがいました。

 スミレは持ってないとは言えず、アオイが近づいてきて、持ってきた拭く物で拭こうとしてくれました。


「・・・アオイが持って来てくれると思って」

「仕方ないなぁ」


 アオイは予想が当たった嬉しそうな表情で、スミレを拭きました。

 されるがままのスミレは、優しく水気を拭き取るアオイを眺めながら、拭く物を越えて伝わるアオイのあたたかさに、胸が高鳴るのを押さえられませんでした。

 

(こんなに緊張するのは、食べられそうな距離にいるからよ)


「ほら、昨日言ってた野菜だよ。ニンジンにサツマイモ。両親は漁師もしてるけど、野菜も少し育ててるんだ」


 アオイはスミレの想いには気付かず、無邪気に野菜を渡しました。


「ありがとう」

「サツマイモは蒸かすと美味しいよ」


(蒸かす・・・たぶん本で見た料理をすることだと思うけど、蒸かすって何か聞いたら、人間じゃないってバレそう。屋敷の巻物には人間の料理について書いてあったかしら?)


 スミレはいつも勉強している巻物状の海藻を思い浮かべましたが、料理法についての記録は思い出せませんでした。

 アオイは照れくさそうな表情で話を続けました。


「実は、両親に、野菜を誰に持って行くのか聞かれたんだけど、友達になった優しい子だって言ったら、喜んでくれたんだ。両親は村に自分の友達がいないことを気にしてるから」

「友達?」

「うん。スミレの事、家族に優しい友達ができたって話したんだ。村にはこの体質で友達なんていないから」


 スミレは貫禄のある母親、ツバキと、無邪気だけど社交的で、母親に似た強さも秘めている妹、ミツバを思い浮かべました。


(人間の友達ができたと言ったら、二人は何て言うかしら?)


 二人に話すところを想像すると、母のツバキの怒った表情が思い浮かびました。ミツバは残酷なところがあるので、スミレを責める場面が出てきました。


(私は家族にアオイの事を話すなんてできないわ)


「スミレ?どうしたの?」


 アオイが心配した表情で眺めてきました。


「ううん、なんでもない。私はまだ母や妹に話せてなくて」

「そんなこと、別に良いよ。話さなくても良いし、話すにしてもスミレが言える時で良いよ」


 アオイはスミレを責めませんが、野菜をもらった上に、家族に話せておらず、さらに話せそうにも無い事が、スミレにとって負い目になりました。

 しかし同時に、アオイにスミレが友達だと言われた事が、スミレには嬉しく感じました。


(私も友達だと思ってるから、緊張するのかしら)


 そう考えると、スミレは明日もここに来る口実が欲しくなりました。

 スミレはアオイに野菜と友達になったお礼に贈り物をしようと思いつきました。

 

「そうだわ。明日、またこのくらい時にここに来れる?お返しをしたくて」

「来るのは来れるけど、別に無理には良いよ」

「この野菜のお礼に受け取ってほしいの。友達だから」

「わかった。楽しみにしてる」


 アオイが嬉しそうに笑ったのを見て、スミレも嬉しくなりました。


「じゃあ、お礼を用意しに行くわね。また太陽があのくらいの位置に来た頃に」

「うん」


 二人はお互いの笑顔を目に焼き付け、その場を離れました。

 アオイの姿が見えなくなってから、スミレは湖に入りました。

 向かった先は、湖の底の貝の住み処でした。

 いくつか並んでいる貝を見比べ、意識を集中し、貝の波動を探りました。

 スミレは少し膨らみの大きい貝を1つ持ち上げました。スミレがトントンと指で優しく触れると、貝が開き、中から真珠が出てきました。

 スミレは真珠を譲ってくれた貝に話しかけました。


「ありがとう。あなたの淡水真珠ならきっとあの人を守ってくれると思ったの」


 スミレは貝を労るように手で包んで、再び意識を集中させました。その後、貝を仲間のもとに返し、貝の住み処を離れました。


 スミレは湖底の屋敷に戻ると食べ物に関する海藻を全て広げました。蒸かす方法が載っているかと思いましたが、見付かりませんでした。

 困ったスミレは、アオイからもらったサツマイモを見つめていると、アオイの笑顔が、頭の中でよみがえりました。

 

(アオイみたいな人間になれたら良いのに・・・こんなに緊張するのは、私が魚だからかしら?)


 この国をいずれ治めなければならないスミレにとって、捕食する人間は怖い存在でした。

 その怖い存在である人間と同じく、人型であるスミレは小魚を食べるのです。

 

 矛盾に悩みながら、サツマイモを凝視していました。

 そして、一欠片かじりました。

 野菜を食べれるようになったら、小魚を食べなくても良いのではないかと思いました。

 一口なのに固くて飲み込むのに時間がかかりました。



 その夜、人間の食べ物に慣れていないスミレはお腹を壊しました。

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湖のほとりの恋物語 日捲 空 @himekurisora

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