織田信長 現世爆誕ッ!

@awood

第1話 就職活動編


 人事の吉田氏とは長い付き合いだが、その出会いは衝撃的だッ!

 もう五年も前の話だから、そろそろあの日のことを誰かに打ち明けてもいい頃だろう。そう、その資格があるッ! 僕が学生で、そして吉田氏と初めて顔を合わせた日――K社の集団面接会場でのことだ。


 その日、僕の乗った電車は遅延していた。畜生、どっかのバカが身投げしたからだ。僕は悼むべきであろう彼(おそらく彼女か)を恨み、古いロックの激しめのヤツを大音量で聞いた。←No future!

 しかし、不安は収まらない。

 ドアが開くと同時に僕は全力疾走し、なんとか面接の一分前に間に合った。

 面接は僕がトップバッター。

 正直、吉田氏の印象は怖かった。今でこそ穏やかな初老の紳士だが、あのときは人に見えなかった。シャカイジンっていう、機械的で理不尽な生き物。

 しゅーかつなんて最悪だ。のらりくらり生きていた僕に、いきなりシャカイジンになれだと? 僕もあんな風に無機質に、人身事故の遅れにも責任を取れだと?

「それではお名前を」

 間髪入れずに口に出す。

「N大学から参りました、長野悠仁です。本日はよろしくお願いします!」

 よろしくッ! にこやかスマイル。頭を下げた。汗がにじむ。

「それでは、自己PRを二分程度で――」

 ……まずい、頭ん中が冬の恋人だ。

 走っている内に忘れちまった。くそ、マジでくそだ僕の脳細胞。走ったごときでぶっ壊れるなんて。ああ、畜生。忘れちまったよ。

 僕は必死で脳内記憶メモリにアクセスする。「就活 自己PR」で検索。

 検索結果0.0023秒。

 テンプレ通りの自己PRを書け。自己PRは中身一割、技術九割だ。面接テクで内定ゲット。面接はジブンを売り込むビジネスだ。私は粘り強く――ホントにそうだっけ? 多少の嘘は気にすんな。ペン字講座とった方がいいかな。関西人は盛るのが上手いねん。……で学んだ力を御社で活かしたいと思い~。

 ――わかんねえ。わかんねえよ。畜生。畜生畜生、畜生!

 その時だ。その時のことを僕は生涯忘れない。


「――たわけッ!」


 僕はぎょっとして隣を見た。僕の動物的心理が危険信号を発する。なんだ――この圧倒的な「力」。万物の「終焉」を予感させる殺気。「無の世界」の「開闢」の音――いや、わかっていた。その「空間」に「存在」する者。

 ――織田、信長である。


 『織田信長(おだ のぶなが)は日本に存在した武将。尾張を統一し、桶狭間の  戦いで勝利を収め、後に就活生となる。経済界の天下統一を志し、第六天魔王  の呼び名で内定をおさめ、現在に至る――』


 今でも、思い出すだけで体が震える。

 吉田氏は当時のことをこう語る。

『いやあ、間違いなく「終焉」を感じました……生命の「終焉」を。まさか、織田信長がうちにエントリーしてたなんてね。あの時は「変」を覚悟しました。本能寺のね』

 ――吉田氏の口からは以上である。鈍感で矮小な脳のあなたでもお分かりいただけただろう。事態が、どれだけ深刻であるかを。


「あ……え、ええっとっと」

 僕は言葉を失った。まあ、もともと言葉がなかったわけだが。

 それよりも、この場に織田信長がいたことに、自分の運の悪さを呪った。平凡大学生と第六天魔王だったら、企業は後者を取るに決まってるじゃん! 就活ハ無慈悲ナリ。


「ぬう……」


 それは絶対的な「失望」だった。この世で最も危険な、魔王の唸り声――

 刹那、僕と吉田さんの目が合った。

≪き、君、何か自己PRするんだ!≫

≪そ、そんなこと言われても≫

≪織田信長はこうおっしゃられている。――つまらぬ、とッ!≫

 わかってる。わかっているんだ。織田信長が失望していることは。

≪で、でもどうすればいいんですかッ! 自己PR、忘れちゃったんですッ!≫

 吉田さんはちらりと織田信長を見やる。

≪織田信長はこうおっしゃられている。――忘れたなら、その程度のことだったのだ、と!≫

 た、たしかにッ~! 僕は痛感した。就活のマニュアル本ばかり読んで、無駄に理論武装して、自分をとにかく着飾って……。どんなに偉そうなことを主張しても、うわべだけの理論なんて公園の遊具のペンキみたいに簡単に剥がれ落ちてしまう。結局、その程度だったってわけだ。

 でも、今の僕にはこれしかない。

「わ、私は納豆のように粘り強くッ!」


「――たわけッ!」


「ひぃッ!」

 血が逆流した。このとき、僕はこの面接に命がかかっていることを悟った。

≪ええい、仕方あるまい。最終手段だ。長野くん、ここはお互いに協力しようッ! ……内定をあげるから、なにがなんでも……なにがッ! なんでもッ! この場を切り抜けるんだッ!≫

≪は、はい、先生ッ!≫

≪やるべきことは一つ――〔深層心理銀河海底ダイブ〕だッ!≫

≪そ、それは……なんですか?≫

≪心理学で習わなかったのかッ! バカモンッ!≫

≪寝てましたッ!≫

 己の不勉強を呪った瞬間だったッ! くそ~! 心理学、ちゃんとやるべきだったッ!

 ――でも、できる気がする。

 試しに僕は目を閉じた。心の奥の奥、心理の海へダイブする……


≪深層心理銀河海底ダイブッ!≫


 カッ! とまばゆい光。からの暗黒。その中に散らばる星たち。

 銀河。

 プレアデス星団。

 マゼラン星雲。

 私たちの青い星、地球。

 ――見えたッ!

















「それでは、お名前を……」

 吉田さんは何事もなかったかのように、自己紹介を促した。

「改めまして、K大学の長野悠仁です」

「次に自己PRを……」

≪いいぞ、その調子だ≫

 吉田さんは心に直接話しかけてくれた。ありがたい。

 勇気を胸に、僕は口を開く。

「本来ならば、この場でお話すべきことがありました。しかし、それはこの場で話すべきことを前提として作られたPRであり、就活のノウハウの結晶でした。だから――」

「だから?」

「それは僕の言葉ではありません。所詮はハリボテでした。企業受けを狙い、無理やりに電飾を施した、枝の細い惨めなクリスマスツリーでした。だから、だから――」

 僕は拳を握りしめた。この手のひらの中に、伝えるべき本心がある。



「僕はッ、本物になりたいッ!」



 叫んだ。戦場の足軽のごとく叫んだ。

「面接をすっぽかして、さっき自殺した誰かを悼みたいッ! 無機質な質疑応答なんかやめたいッ! テンプレのまかり通っている新卒採用の常識をぶち壊したいッ! ああ、畜生、やっぱそんなことはどうでもいい! とにかくこの会社に入りたいッ! 以上ッ!」

「その情熱、買ったッ! 採用ッ!」

「ありがとうございましたッ!」

 スタンディングオベーションなう。ざっと立ち上がり、拍手の嵐。その勢い、北朝鮮並。

 劇場の役者気分。最高に気持ちがいい。僕と吉田氏は手を取り合って、明日へ向かうッ!

「おめでとうございますッ! 内定、おめでとうございますッ!」

「おめでとうございますッ! 内定、おめでとうございますッ!」

 ありがとう、ありがとう吉田さんッ! 本当にありがとうッ!

 ありがとう、ありがとう織田信長ッ! 本当にありがとうッ!


 横見ると織田はいなかった。きっと次の面接に行ったのだろう。

 戦国武将は多忙なのだッッ!!

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