#6

「それで……?」


 彼女は続きを促す様に云った。というか、続きを促した。


「はい?」


 僕はわかっていながらもとぼけてみせる。これ以上話す事なんてない、とでも云うように。


「いや、ですから。『それで?』って」

「だからなにが?」


 出来ることならとぼけ通してしまいたい。


「続きですよ、そこまではわかりました。なんていうかな、書かれている部分までのところですよね。今までのお話は。それはよくわかりました」


 先輩の考え方も含めてね、と付け足して彼女はアルコール飲料を飲み干した。


――まだ酔っぱらうつもりなのかよ。僕はそう嘆息すると煙を吐き出す。


「でも、あたしが先輩にお願いしたのは、作品の解説じゃなくて、続き、ですから」

「あー……そうだったね」


 溜息と気づかれないように、思い切り煙草を吸い込んで、思い切り吐き出す。


「そうですよ。今までのお話はいってみれば、おさらい、みたいなものですよ。さーさー! 続き続き!」


 彼女は胸の前でアルミ缶を両手で握りしめて、僕の顔を覗き込んでみせる。左手の人差し指と中指の間には火のついていないタバコが相変わらず挟まれたままだ。

 口を笑いの形にして、目をビックリしているかのように大きく見開いて。


――ああ、これは『子どもの表情』ってヤツだ。


 なんて僕は思った。でもその表情は僕の羞恥を刺激させる行為の続きを促すためのモノで――女というイキモノはいつだってそうだ――そう思わせるに十分な、大人の打算さを匂わせていた。


「はっずかしいなぁ…。本当にやらなきゃダメ?」


 左手の指で左耳の耳たぶをひっぱるように掻きながら僕は云った。彼女の目を覗き込むように見返しながら。


「あ、いいですよ別に、本当にいいんです。先輩がここでお話をやめてしまっても煙草吸ったりしません。えぇっと…なんていえばいいのかな、純粋な好奇心なんです。ええっと。気になるっていうか、聞きたいんです。あのお話の続きを」


 彼女に顔を覗き込まれたとき、僕はよっぽど心底困った顔をしていたのだろうか。いや、実際のところ心底困っているのだけれど。彼女は些か慌てたように、というか、実際かなり慌てて早口で言葉を並べた。


「でも、アレですよね」

「ん?」

「私も一応文章書くので、わかるんですよ。そういう、なんていうのかな、文字にする前の構想とか内容とかを、誰かに話す気恥ずかしさって。自分の書いたモノの内容について話す事だって、かなり恥しいのに。すいません、先輩。強要したいわけじゃないんです。本当にごめんなさい」


 そこまで一気に云うと、彼女は居住まいを正して、僕に深々と頭を下げた。酔いが覚めてきたのかもしれないし、酔いが助長させているのかもしれない。ライチなんとかの空き缶を握りしめた左右の指先は、きっと白くなっているんだろう。

 それと左手の人差し指と中指に挟まれたタバコが、少し曲がったかも知れない。


 なんというか、さっきまでの横柄さというか、剛胆さというか、ただの酔っぱらいというか、そういう姿勢は何処へやらといった風情だ。

 だけど僕は、そういった仕草さえも、女性というイキモノ特有の打算の上に成り立っているモノなんだろうな、なんて、どこか冷静に考えて苦笑しながら――。


 その苦笑は何に対してのものかは定かではないのだけれど――。


 また煙草に火を付けた。



 足下を桜の花びらが舞っては去ってゆく。時間は深夜にさしかかり、石段の下に広がる桜は、その白を強くしていた。


 強い風が吹く。花びらが舞う。どんなに風が吹いても、花びらが舞い落ちても、満開に咲いた桜は、決して消え失せることがないような、そんな幻想を僕に見せる。


 永遠に舞う桜。永遠に続く想い。永遠に続く夜。


 そんなありえない事を考えてから、僕は煙草をくわえたまま立ち上がった。



――ぽす。


「え?」


 立ち上がった僕は、深々と頭を下げている彼女の前に回り込むと、その頭に手を置いて、指を髪に差し込んだ。

 驚いた声と顔を同時に上げた彼女に向けて、僕はぎこちなく笑顔を作ってみせると、そのまま頭をぽんぽんと軽く叩くように撫でた。少し馴れ馴れしすぎるかなとも思いつつ。


「気にしなくていいよ。ちょっと自棄酒して、からんだだけだし。失恋の痛手ってヤツだし? そこまで大袈裟に謝られることでもないよ」

「……でも……」

「気にすんなって。そう、誕生日、なんだよな。ちょっとくらいの我が儘OK。問題なしだから」

「……はい」


 そう云って、またうつむくと、黙って僕に頭を撫でられる。

 タバコの灰の長さが気になった僕は、今日初めて、火のついたままのタバコを石段に落とすと、靴底でもみ消した。

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櫻と紫煙 月館望男 @mochio

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