#5
「自分で書いておいてアレだけど、よくわかんないんだよ。実は」
「あはははっ! それでもいーですよ。考えながらでいいんですってば」
「うん。えーと、『彼』はさ」
「コイン屋さん、ミスタコインでしたっけ。」
非常に恥くさい。
「そう、彼はさ。自分を見失ってしまったワケじゃない」
「ええ」
「コインってのは、彼にとって自分自身というか、自分を投影した姿だったと思うんだ」
「そうでしょうね」
「うん。小さなちっぽけにしか見えないモノだけど、でも沢山の物語を抱えてる。だから彼はコインが好きで―それを磨いてコインに物語らせることで、自分も磨いていたんだと思うんだ」
「うんうん。そう思います」
なにやら熱心に頷く。
「でも、宝石みたいな女性に会って……なんだろう、夢中になることで……自分を見失っちゃったんだよ」
「どういうことですか?」
「彼女が興味を持ったのはコインになのか、そんなモノを見せてる彼になのかはわからないけど、少なくとも彼は思ったんじゃないかな、コインと宝石じゃ並べないって」
「……ああ」
「うん、おそらくだけど……彼は価値を求めちゃったんだ。コインと自分自身に、それと多分、彼女にも」
云ってることの恥ずかしさに紫煙を思い切り吸い込んで、吐き出す。
「それって、外見だけでってことですか?」
「それもあると思う。ピカピカの輝きっていうところに焦点を絞れば、そういう風にもとれるよね」
「あとは中身の価値、ですよね。うん」
「そそ、でもコインの価値も宝石の価値も、なんだろう例えばお金に換算するとって考えるじゃない。それってすごく即物的なモノで、ありきたりの……普通の……個性とかそういうの無視したものじゃん」
「そうですよね。お金の価値は何かが買える、とかであって、宝石の価値も稀少さとかデザインとか…そういうモノですよね。いい言葉出てこないけど……先輩の言いたいことはわかりますよ」
どうやら一応話が通じているようだ。こういう時は少しだけ、嬉しくなる。もう一度紫煙を吸い込んで、コーヒーの空き缶で火種をもみ消してから、中に落とし込む。
「だから彼は、自分の本来の価値を見失ったんだよ」
「んー……イマイチ話が繋がってませんね。なにが『だから』なんですか?」
余計なところにつっこんでくる。なんとか避けたはずなのに。酔っ払っているんじゃなかったのか。
「えぇっと。彼は自分の眼じゃなくて、周囲からの眼で、自分を……いや、自分と彼女を見たんだよ。そうすると浮かび上がってくるのは」
「つり合わないって事ですよね。きっと」
「うん。そうだろうね。だから彼は、自分で考えたんだよ。きっと彼女が関心を持っているのはコインの方だって、だからコインをもっともっと集めたんだ。一杯並べて、彼女を喜ばせたかったんだよ。でも……」
「でも?」
「うーんと、実はコインを集めたのは、彼女を喜ばせる為ってだけじゃなくて、宝石の輝きが欲しくて……いや、宝石が欲しくてコインをかき集めたんだと思う。うん、彼女の事も自分の事も、即物的な価値に置き換えちゃったって感じで」
「そっか……」
「だから彼は、自分本来の価値を見失ったんだよ、と」
「うん。そうですね。えっと……彼が本来好きだったのは、物語のあるコインであって、コインそのものの価値が好きだったわけじゃないんですもんね。それならわかります。……うん」
「彼って、のべつまくなし自己完結で独りよがりなんだよ」
「そうなんですか? うーん、でも確かに読んでて自己完結型というか…思いこみ激しそうとは思いましたけどね」
「うん……って、よく読んでるね、そんなとこまで」
「えー。だって他の先輩もみんなも、普通の小説とか文章とかにしてるのに、先輩一人だけ散文なんですもん。短いから読み直しちゃいますよ」
「そっか、そっか」
苦笑。そして赤面。汗まで出てきているような感覚だ。確かに刷り上がった会誌の中で、僕の書いた駄文は明らかに浮いていた。
「えっと……まぁそんな自己完結型でも、多分それなりに気づいてることもあってさ。彼は1人ぼっちになったときに彼女が去っていった理由は、自分とコインが彼女と出会うまで持っていた輝きを失ったからだって考えるんだよね。でも、これも結局は独りよがり」
「え? 違うんですか?」
「んー? だってさ、わかんないじゃない。そんなの。単純に物珍しさだけで彼のところに来ていて、他に興味が移ったからかもしれないじゃない。そう、あとは単純に飽きただけとかさ。そもそも2人の関係が、恋愛なのかどうかすら曖昧だし。思いこみでしょ」
「わー……。先輩、それ愛とか夢とかロマンがまるでないですよ!」
――そうだね。
声には出さない。でも僕は彼女に肯いてみせた。
そして、しばし沈黙。僕は彼女から借りてるターボライターに顔を近づけながら、紙箱の中を見た。
――あと8本だ。
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