#4
「『そして―』 その後どうしたんですか?」
人の顔を覗き込むようにして彼女は云った。
酔っているせいか、まるで遠慮というものがない。素人でもプロでも同じ事だと思うのだけど、こと創作分野で自分の書いた何かについて、自分が直接語るなんていう事は出来れば避けたいものだ。
それに最後の一行を覚えてるなんて非道い話だ。といっても、目立たせて書いたのは自分なので意図通りといえばそうなのかもしれないが……それでも面と向かって云われると顔から火が出そうになる。小学生の頃、国語の授業で自分の作文を読み上げられたときのような気恥ずかしさにも似た羞恥だ。
「あのさーどうしても、この話じゃなきゃダ」
「ダメです。だって気になるんですよ」
「はいはい。えーっと……」
云いきる前に退路を断たれた僕は、物語の続きを思い出しているのか、話そうかどうか迷っているフリをしながら、僕は本格的に困っていた。
彼女に話す内容について、だ。
――簡単な推理。
『ひょっとしたらかもしれないけど、多分7割は正解。彼女は僕の書いた文章の主人公に、どこかしら今の自分を重ねているんじゃないだろうか?』
憧れから始まって、届ききらなかった想い。見失ってしまった自分。数十分前にフラれたという今の状況。実に面倒くさい話だが、この推理は当たっているように思えた。
だからこそ、僕は困窮した。こういう話は苦手なんだ。不得意ジャンルなんだ。感傷に浸る自分も厭なんだ。
――だから、僕は櫻を離れて来たのに。
「ズルイですよ先輩!はやく!はやくしないとタバコ吸っちゃいますよ?」
火のついていないタバコをくわえるフリをして、からかうように笑う。彼女は甘えているんだ。なにがズルいんだよ、と揺さぶられるように小突かれてる肩をそのままに、声には出さず苦笑する。
さほど飲み慣れていないアルコールに支配されかかっている彼女の動作は、酷く緩慢でだらしなくて、多分その気になれば、あっという間にタバコなんか取り上げることが出来る。それから一声二声叱りつけて、話を逸らしてしまうことも出来るだろう。
でも僕はそうしなかったし、したくなかった。慣れない創作の話をする気恥ずかしさの方が、他人様の恋愛についてどうこう云う白々しい馬鹿馬鹿しさよりも、今の僕には楽だったから。
――だから、次の風が桜を揺らすのを待って、僕は語り出した。
「かなり、ありきたりな話なんだよ。いや書いた本人が云うのもなんだけどさ」
「はい」
「創作なんて不慣れだし、そもそもテーマがアレだったからさ」
「ええ」
オリジナリティなんてものに縁がない僕は、予防線を張りながら話を進めようとした。それにしても気恥ずかしい。顔を覗き込まれているから余計に。今が夜でよかったと思った、座っている場所が暗くてよかったと強く思った。
おそらく赤面しているであろう僕の顔を見られたら、彼女のこんな調子じゃあ、どんなツッコミをいれてくるか、わかったもんじゃないしたまったもんじゃあない。翻弄されるのは好きじゃない、2つも下の小娘に――。
「もー! 前置きはいいですから!」
「はい、はい」
いつのまにか強く握りしめてくしゃくしゃになりかけた紙箱から、僕はタバコを一本取り出して、火をつけた。残りは10本くらいだろうか。
――まったく厄介だよ。一箱吸い終わる前に、片づけられるのかなぁ……。
煙を吐き出す行為に心底の溜息を隠しながら、同時に「話」の続きを始めた。
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