第4話

 旧式のレバーアクション式散弾銃の銃声がはじけ飛び、蟻獅子の口腔や耳孔からドロリと紫色の血と黒い液体が零れた。

 眼窩に突き込まれたショットシェルが破裂して、中の脳髄もろとも破壊尽くしたのだ。蟻獅子といえども、目蓋の皮膜は薄く、脳までは筋肉で覆われていない。そこに無理矢理捻り込まれ、熊をも仕留める大型散弾が全てを掻き回す。

 一匹の運命を無慈悲に終わらせたカインは、ショットガンの反動を利用して更に虚空へと飛び上がった。曲芸師のような軽業で、彼は空中でクルリと散弾銃を回転させて排莢と装填を当時にこなし、重力に導かれるまま地面に降り立つと、群がってきた蟻獅子の一匹に銃口を向けた。

 だが、蟻獅子は仲間が倒れている姿に目もくれず、ただ目の前の男に群がった。その数三体。

 前方、右側面、背後。

 三方向からの攻撃に、カインは舌打ちしながら前方の敵の目に発砲、視界でショットシェルのはじけ飛ぶ弾丸と煙幕で目を閉じたたらを踏む敵を放置し、すかさず右側面からの敵へ肉迫、巨大な犬歯を晒した顎に剣をねじ込んだ。鋼と堅い何かがぶつかる音。蟻獅子が喉へと伸びようとした両手剣を噛み、ぎゃちゃりと剣の侵入を防ぐ。その蟻獅子の噛む力は300kg以上。大型動物の頭蓋骨ですら林檎のように潰す力で剣を取られて、微塵も動かない。

 しかし、カインは止まらない。

 彼はその蟻獅子の横で素早く散弾銃をくるりと回し、装填を完了させると、目にもとまらぬ速さでその蟻獅子の目を抉り撃つ。剣を奪い取った蟻獅子は、剣に気を取られて、銃声が聞こえてから自分の死を呆気なく悟った。カインはグラリと巨体をよろめかせる蟻獅子の背後に回ると、迫ってきたもう一匹の衝突に備える。

 骨に響くような衝撃。軽トラックと同質量の蟻獅子が時速三十キロで衝突したのだ。四トン以上の衝撃力がカインを襲うも、生体強化された彼の身体は地面に数メートルの轍を刻み、その衝撃に耐えきった。

 ガチャリという音とチャリンと排莢が地面に落ちる音。

 死体を挟んだ向こう側。

 カインはその向こう側にある顔に向けて、散弾銃を差し込み、引き金を引く。

 轟音と硝煙が巻き起こり、突進した蟻獅子の身体がだらりと力を失った。

 すばやく三体を屠ったカインは、更に迫ってくる蟻獅子の群れに視線を向ける。目を撃たれてたたらを踏んだ蟻獅子は怒り狂い、凶暴に吠え立て仲間の戦意を煽っている。

 その数18体。

 もはや、散弾銃の残弾は零。再装填リロードしなければならないが、そんな時間は無い。

 剣は蟻獅子の口の中にあるが、それも刃こぼれと血糊で燦然と輝いていた光沢の見る影もない。

 徒手空拳で残された時間は十数秒。

 彼は散弾銃を捨てて、腰のベルトに手を伸ばし、光子通信を送信しようとした瞬間。

―――ちょっと、ちょっと! なんでもう戦闘開始してるんですか!?

 そんな緊迫した状況で、意識に割り込む光子通信が入る。

 相手はカインの生体反応バイタルと視野域に割り込んで彼の状況に怒り心頭だった。

―――しちまったもんはどうしようもない。いいから補助魔銃エリゴールの使用許可をとってくれ。

―――はぁあ!? ピッツァの出前じゃないですから、そうポンポンと言われてできるもんじゃないとあれほど言ってるじゃないですか!

―――そっちこそ、俺の生体反応バイタルを監視してるんだろ? 戦闘始まる前に申請ぐらい出しておけよ。いいから、早く緊急申請スクランブルしろ。

―――監視していたからお手洗いから飛んで来たんですよ! いいですか! 正規申請フォーマルじゃなく、緊急申請スクランブルは会社の評価が下がるんです! アベル社長~! この人どうにかしてください!

―――アイツは留守だ。早くしないと俺の医療費が嵩むぞ? 保険が大してきかないんだからな、この商売。

―――あーもう! 分かりました! コンマで緊急申請かけますから、ぜぇぇっったいに怪我しないでください! 貴方の医療費は馬鹿にならないんですから!

―――流石だ。宜しく頼むぜ。

 一秒以下の会話が終了して、カインは腰のベルトから無骨で巨大な黒い銃を取り出した。

 マッドブラックで一切のつなぎ目のない巨大な銃。

 銃把グリップはざらりとして、カインの掌に吸い付くように計算された人体構造の結晶。そしてカインの手の平の中心に小さな水晶のような突起物と、その銃の銃把グリップに刻まれた溝がパチリとはめ込まれた。

 補助魔銃エリゴールからお決まりの使用注意が意識に潜り込む。

―――使用者、第五攻性魔銃士、カイン・アルファ・クロスロードの光子結晶核を認証確認。

―――第一級特殊業務、および特殊作業における指定兵器エリゴールは都市規約に基づき、都市の使用申請許可・・・申請受理を確認しました。

―――都市規約の重大な違反者は、生命権の剥奪および監獄への収監の可能性があることを承認しますか?

 カインは意識に流れ込む声にYESと応える。

―――承認確認。指定兵器エリゴールの起動します。

―――エリゴールスキャンクリア、トリガーロック解除、体内エネルギーブレッド残弾数6確認、エリゴール内のエネルギー圧力・・・クリア、空間歪曲発生兵器エリゴールの起動完了。

―――緊急申請作業スクランブルを開始してください。

 エリゴールの銃口が蟻獅子の群れへと向けられている。

 カインが嗤い、カチャリとトリガーが引き絞られた。

 細く黒い筋が群れの中心を突き進み、その付近にいた蟻獅子たちの身体が僅かにぶれる、動きが止まった。

 そのブレがなくなった瞬間。

 地面を揺るがせるような轟音と共に、ぶしゃりと蟻獅子たちの装甲にひびが割れて、左右に吹き飛んでいき、血が外側へとまき散らされた。それはモーゼが海を割ったような光景。血の水しぶきがはじけ飛び、崩れ落ちた。

 空間を歪ませ、空間が戻る反作用であらゆるものに衝撃を与える空間歪曲兵器エリゴール。たった一弾で並みいる蟻獅子の群れをただの肉塊に変えていた。


 

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ビーストガンナー 三叉霧流 @sannsakiriryuu

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