マッ〇売りの少女

依虚ロゼ

マッ〇売りの少女

 昔々ある所に、十になったばかりの亜人の血を引く少女がおりました。


 少女の生活は生まれのせいで決して豊かとは言えませんでしたが、彼女がめげる事は決してありませんでした。


 少し脳みそが変色してはいますが、心優しいお爺さんに育てられた少女の心にはいつもゆとりがありました。


 そんなある日の事、彼女を育ててくれていた細工師のお爺さんが、お婆さんを寝取られた事に発狂して憤死してしまいました。


 お爺さんの残した細工物は全て借金のカタに持って行かれてしまい、少女に残されたのはかろうじて食い繋げる程度の金銭と、そしてお爺さんがマルチ商法に騙されて購入してしまった大量のマッチのみでした。


 それでもゆとり少女はめげません。そのマッチを売る事で、少しでも生活を豊かにしようと奮闘を始めました。


 ですが悲しいかな。ライターの登場により、もはやマッチは無用の長物と化していたのです。

 売れないマッチを抱え、必死に声を張り上げる少女の努力は見向きもされません。


 このままではダメだ、と考えていたゆとり少女は、ある日、道端に落ちていたエッチな雑誌を見て閃きました。


「そうです! マッチが売れないなら、マッパを売れば良いんです!! 飛ぶようにお金が稼げるはず!」


 その雑誌はロリものでした。頭だいじょうぶですかね。


 少女はお爺さんのかつてのコネクションを活かし、町長へと会いに行きました。


「町長! 私、今日からマッパを売りにします!!」


 突然の発言に、町長は耳を疑いました。

 そして、まだ十歳のキミがそんな事を言ってはいけないよ、と極めて常識的に対応しました。

 ですがゆとり少女はめげません。


「大丈夫です! ロリだからこそ需要があるはず! 子供も作れますよ!!」


 問題だらけじゃねーか。


 そう突っ込みたい衝動を必死で抑えながら、町長はどうして孤児院に入らないのかと聞きました。


 なぜなら町長は、親を失くした子供たちが何不自由なく暮らせるよう、孤児院などの施設を非常に充実させていたからです。

 この言葉に、少女はこう答えます。


「ニートはクズです! 自立出来ない奴はゴミ!」


 十歳のセリフじゃねぇよ。


 町長が頭を抱えていると、少女はやがて、ポツリポツリと、呟き始めました。


「それに亜人の子が一緒では、他の子供たちの教育上、良くありません。……イジメられたり、すると思いますし」


 これまでとは打って変わり、悲しげに顔を俯かせる少女を見て、町長は胸が締め付けられました。


 そこで、町長は頭を掻きながら言いました。俺の養子になれば良い、と。爺さんへの恩もあるし、俺が世話してやる、と。

 だから悲しい顔をするな、という気恥ずかしげな町長の言葉を聞き、少女はハッと顔を上げました。


「えっ、やだ、やめて下さいよロリコン。信じられません、そんな人だったなんて! 裏切りましたねッ!?」

「こっちが色々裏切られたよ―――――!! ねぇ、何なの、マジ何なの? 俺、今、マジで良い事言ったよね!?」

「プッ、良いこと! この人、自分で良い事、とか言ってますよ! 自己陶酔乙!!」

「もうやだこの子ぉぉぉぉおお!!」


 町長、心からの叫び声でした。ゆとりとはかくも恐ろしいものかと、これを機に町長はゆとり教育の見直しを図る事を決意しますが、それはまた別のお話。



「――真面目な話」



 と、少女は再び真剣な表情を作り、静かに言葉を紡ぎます。


「亜人の子を養子にするなど、次の町長選に大打撃でしょう。町長は素晴らしい人です。町長以外の誰かがこの町の町長になるなど、真っ平御免です」

「お前……」


 じんわりと胸に広がる暖かい気持ち。きっとこの子はその境遇のせいで、人との接し方が分からないだけなのだと、根は良い子なのだと、そう町長は思いました。これがいわゆる一つのチョロインですね。


 この子は自分が真っ当に更生させよう、と密かに決意した町長を前に、ポンと少女は手を叩きました。


「おお! 真っ平御免まっぴらごめんって、真っ平御免まったいらごめんって呼び換えると、途端にロリお断りみたいな雰囲気になりますね!」

「その発想に絶望だよ! ねぇ、お前どんな頭の作りしてんの!?」


 あたま変色してるからね、仕方ないね。


「えへへ、大好きな町長さんへの照れ隠しですっ。疑うなんて嫌な人ですねぇ、もう!」


 もはや町長は、少女の一切を信じる事が出来ませんでした。


「お前もう良いよ、さっさと出てけ。いっぺん頭冷やして来い」

「ひっ、酷い! 町長さん、心ひん曲がりすぎです! 貴方がそんなだから、このラブリュスの町は迷路みたいに複雑なんですね!? この鬼畜! 外道! 根性曲がり! 皮かむり!!」

「ちょっと待てやオラァ!! 誤解されるような事言うなや―――――!!」

「ぐすん、良いです、こんな町、こっちから出て行ってやります!! あっかんべーっだ!」


 町長の叫びを無視したゆとり少女は、幻の涙を流しながら飛び出して行きました。


 釈然としないまま仕事に戻ろうとした町長でしたが、やがて顔を青褪めさせます。やっと十になったばかりの少女がお爺さんの残した家を離れ、町を出たらどうなるか。


「やべぇ、他の町の町長がやべぇぞ……!?」



「さてっ、言質も取りましたし、早速他の町へれっつらごーです!」


 鼻歌を歌いながら、少女は意気揚々と町の外へと旅立ちました。まだ未成年の少女は、許可なく町を離れる事が出来なかったのです。


 懐から取り出したICレコーダーを片手に、亜人の血による絶大な体力と根気で、ゆとり少女は徒歩で次の町へと向かいました。


 そしてやって来たのはエイクシズの町。少女はお爺さんのコネを使い、町長のキャロルと面会する事が出来ました。そろそろお爺さんが万能成功要素すぎて、使用を禁止されそうですね。


「ほう、そのような事情があってこの町に来た、と」


 ゆとり少女の言葉を聞き、渋い声でそう言い放ったキャロル町長。そんな彼に少女は頷きます。


「はいっ! 如何にもロリコンな町長が治めるこの町なら、私が真っ裸になっても何も問題はないんじゃないかと思いまして!!」


 こ、このガキ、無礼という言葉を知らんのか……!

 そんな言葉を寸でで堪えるキャロル町長に対して、畳み掛けるように少女は言葉を続けます。


「それで、キャ・ロリ……キャロル町長! この町で真っ裸を売りにしても良いですか!?」

「帰れ!! この町にお前の居場所などない!!」


 キャロル町長の言葉に、少女は膝を付きながら涙を流します。


「絶望しました……!! ロリコンの町にすら受け容れられない世の理不尽さに絶望しました!! そんな決定権が貴方にあるんですか!?」

「私はこの町の町長だ」


 ですよねー、と相槌を打つ少女に殺意すら抱き始めた彼の忍耐力を試すかのように、ゆとり少女は言葉を続けます。


「クッ、でも、まだです! まだ終わりません! 折角、お爺さんの唯一の取り柄であるコネを使って得たこの好機! チャンスは最大限に活かすのが私の主義です!」


 訳が分からないよ。


 そう心の中で呟くキャロル町長に、ゆとり少女は頬を膨らませて詰め寄ります。


「ちょっとー、乗って下さいよ! これじゃまるで、道化じゃないですか!」


 知らんがな。

 堪忍の緒が切れた町長は、少女の空いた胸元から必死に目を逸らしながら、彼女を叩き出しました。


「あっ、ちょっ、そんな無慈悲な――」


 勢い良く扉を閉めて鍵を掛けたキャロル町長は、疲れたように溜息を吐きながら、執務机の上にある写真立てを手に取ります。


 それは、花嫁衣裳を来た十歳程度の小さな女の子が、タキシードを着たキャロル町長と並び、笑顔で写っている写真でした。


 キャロル町長が、まだ十歳になったばかりの少女と結婚した事。そしてその少女が母親によく似ている事は、周知の事実でした。終わってますね。



「むむむ……追い出されてしまいました。まぁ、良いです。いろんな町を見る良い機会ですからね」


 追い出された割には満更でもない表情で、えへへと笑いながらゆとり少女はエイクシズの町を出ました。


 次にゆとり少女が向かったのは、ハッテン町。実に景気の良さそうな名前のこの町なら、きっと脱衣も許されるに違いないと、意気揚々と彼女は町に足を踏み入れました。

 するとどうでしょう。その町で見かけるのは、半裸で歩く男性ばかりではないですか。


「お、おおお!! これです、この町こそ我がヴァルハラ!! きっとここでなら、私の脱衣も許されるはず!!」


 有頂天で町長の屋敷へと向かう少女は、気づきませんでした。彼らが路地裏や公衆トイレの方へと、二人で入って行く姿に……。


 そして屋敷の前で待つ事、数時間。ゆとり少女はハッテン町の町長、フーコ・バルドとの面会が叶いました。


 盛り上がった筋肉と豊かな長身が生み出す肉体美、そして歴戦の戦士の如き顔つきのフーコ町長を見て、余りのイイ男ぶりにゆとり少女は濡れました。もうダメかも分からんね。


「お前さんの噂はこの町にまで届いてるぜ。随分とやらかしてるそうじゃないの」

「えへへ、はい! 一生懸命、頑張ってます! そ、それで、あの、マッパになっても良いですか!? 良いですよね、これだけ皆さん、ほとんど裸で歩いてるんですから!」


 どうだ参ったか、と言わんばかりに胸を張る少女に対して、フーコ町長は煙草に火を点けながら言葉を返します。


「残念だが、ソイツぁ無理だな」

「どっ、どうしてですか!? 余所者だから真っ裸になっちゃダメなんですか!?」

「そうじゃないさ。ウチは差別はしない、余所者だって受け入れる。だが……いや、直接見せた方が早いか」


 紫煙を吐き出しながら付いて来いと態度で示すフーコ町長に、小首を傾げながらゆとり少女はついて行きました。

 そして少女は、路地裏でこの町の真実を知ります。




「うおおおおお、行きますっ、ボクのフルバーストを受けて下さい!!」

「イイぞ、来い! 俺の中にインしてくれ!! ア――――――!!」


「さぁ、貴卿のその槍で私を貫いてくれ!!」

「あぁ、良いぜ、やってやるよ! 今ここで、オレの総てが溢れ出す……!!」




「なっ、なっ、な……」


 ゆとり少女は絶句しました。そこには少女が今まで知らなかった未知が広がっていたからです。


「分かるかい。ここにいるのは、みんな、男しか愛せない奴等なのさ。ノンケでもホイホイ食っちまう町だが、女はダメだ。女じゃイケねぇよ」

「かくも……! かくも世の中は厳しいのですか……。絶望しました! 脱衣すら許されない世の中に絶望しました!」

「まっ、そういう訳だ。分かったならさっさと故郷の町に戻りな」

「ふわあああああああ!! 言われなくても出て行ってやりますぅー!!」


 ガチ泣きしながら駆け去って行くゆとり少女を見送りながら、フーコ町長は小さく呟きます。


「ま、これでラブリュスの町に戻ってくれれば良いんだがな……これ以上は、面倒見切れないぜ」


 そう、キャロル町長の元へは間に合いませんでしたが、既にお爺さんとコネのあった町長全員に、ゆとり少女注意報が発令されていたのです。


「……おっ、イイ男発見。それじゃ、俺もいっちょヤって来るか」



――ゆとり少女はその後も様々な町を回りましたが、



「ハッ、一昨日来やがれ!! ここはオカマの町! 女はさっさと故郷に帰りな!!」

「絶望しました! そもそも入る事すら出来ない現実に絶望しました!」


 当然の如くどの町にも拒絶されました。

 それでもゆとり少女はめげません。有り余る体力で手当たり次第に町を訪問してみます。


「ん? まぁ、ここは女人しか入る事、許されぬ町だからな。別に住んでも構わぬが、貴様の裸に需要はないと思うぞ? それと、何らかの形で働いて貰う事にはなるが……」

「何と非生産的な町……!! ズッコンバッコンせずに、どうやって子供を作るのでしょうか。あ、それはそれとして、労働とか面倒臭いので嫌です」


 が、しかし、少女が受け入れられる町はどこにもありませんでした。まぁ、当たり前ですよね。


 そうこうしている内に、絶望と失意のどん底に沈んだ少女は故郷の町・ラブリュスへと帰って来ました。


「死のう……楽に稼いで生きて行く事が出来ない世界なら、もういっその事、死んでやります……あぁ、これが美人薄命……」


 腹いせに町長の家の前で死んでやろうと思い、フラフラと歩いていたゆとり少女へと、声を掛ける人影がありました。


「ああ、そこのお嬢さん。ちと道を尋ねたいのだが、よいかね?」

「はぁ……良いですけど」

「この喫茶店なのだが……」

「あぁ、それでしたら――」


 サラサラと紙に簡易地図を描くと、少女は話しかけて来た老紳士にそれを渡しました。

 その地図を見た老紳士は驚いたように目を見開くと、嬉しげに語りかけてきました。


「いや、これは実に分かりやすい地図だ! うむ、この町はよろずの町と言われるほど何でも揃う良い町なのだが、如何せん入り組んでいる上に同じような店が多くてねぇ……」


 自由になるお金どころか遊び道具すらなく、物心ついた時から暇さえあれば町中でソロプレイをしていた少女にとって、それは朝飯前の事でした。

 もちろん、夜の探索ではマッチが大活躍した事は言うまでもありません。


 ふと、老紳士はポンと手を叩くと、懐から財布を取り出しました。

 ゆとり少女が小首を傾げて眺めていると、なんという事でしょうか。老紳士は財布からお金を取り出したではありませんか。


「これはお駄賃だ、取っておきなさい」

「えっ、いえ、そんな。この程度のはした芸でお金なんて……」

「いやいや、ものの数秒でこれだけの地図を、それもこれほど分かりやすく描ける者はそうはおるまいさ」


 細工師のお爺さんを手伝っている内に、亜人の血による手先の器用さが磨かれていた事に、この時ようやく少女は気がつきました。


 ちゃりん、と、少女の手の上で踊るコイン。笑顔で去っていく老紳士を眺めながら、ポンと少女は手を叩きます。


「……おお!」





「マップー、マップは如何ですかー! 隠れた名店からパフェが美味しいお店、三丁目のゴンザレスさんのお家やイケメンや美少女が働く喫茶店まですぐにご案内出来ますよー!」

「おお、コイツぁありがてぇや。つーか、こんなちっこいのに良く頑張ってんな。ほれ、ちょっと多めに貰っときな」

「わ、ありがとうございます!」

「イヒヒ、これで憧れのあの子の家が分かったでやんす。いやー、感謝するでやんすよ、じゅるり……」

「えへへ、お買い上げありがとうございますっ」


 少女の目論見は大成功しました。よろずの町として有名で、立ち寄る旅人も多いラブリュスの町です。旅人たち一人一人の細かな要望に沿った地図は、飛ぶように売れました。


 時にはその地図を悪用する者もいましたが、ゆとり少女の知った事ではありません。彼女にとってはお金さえ貰えれば誰でも神様なのです。


 それは彼女が亜人だと知らない旅人だから通じる方法であり、町の人からの忌避の態度は変わりませんでしたが、それでもゆとり少女はめげません。




「デュフフ、き、キミにあっ、案内して貰いたいな……」

「良いですよ! あ、手を繋ぐ時は別料金でお願いしますねっ。それと今ならオプションでコスプレする事も出来ますが、如何ですか!」

「ぶひーっ! メイド服のロリっ娘と手を繋いでデート! はぁはぁ」

「あ、そうだ。このマッチはサービスですっ、どうぞ! 連絡先が書いてありますから、次回もまた宜しくお願いしますねっ、ご主人様!」

「うひょひょひょひょー、拙者の股間がメテオストライクなりぃ!!」


 ぶっちゃけた話、もはや町の人なんて相手にしなくても十分やっていけるだけの稼ぎがあったのです。

 これをきっかけに町の人たちからの偏見がなくなるとか、そんな事はありません。これは心温まるお話ではないのです。


 こうしてゆとり少女は今日も地図マップを売って生活しているのでした。頭だいじょうぶですか?



 マップ売りの少女・完

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マッ〇売りの少女 依虚ロゼ @ezoraroze

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