第23話

「…」

一瞬2人の間に沈黙が流れる。

「とりなよ、大樹、電話だよ?」

電話の相手は親だろうか。しかし、今日の祭り出ていることは先に連絡済みだ。わざわざ電話を掛けてくるなら一大事以外ない。

「…おう」

携帯を取り出す。名前は

…小倉…

どうしてこのタイミングで掛けてきた。というか、どうして携帯番号を知っている。

「…大樹?どうしたの?」

他の女子からの電話だ。一応、宇美の中では今はデートと印象付けられてるに違いない。

…電話に出ないのも不自然だ。

「…ちょっとごめんな」

博多は通話ボタンを押す。


「やっと出ましたか」

まごうこと無い。この声は小倉の声。

「…なんだ。用は?」

博多の目の前には、他の女の子がいる。特に目の前の宇美にグループ外の女の子と仲良くしていると知られるだけで、グループ崩壊のリスクになる。

「そんなに嫌そうな声をしないでくださいよ」

「あとでかけ直す。それじゃダメなのか」

「今じゃなきゃダメなんです」

…?助けでも求めているのか?よくわからない。

「すまない、今出先でさ。急を要さないなら後にしてくれないか」

理性的に返答する博多。

「大樹、そろそろ移動しないと」

今の発言は宇美。携帯を顔から外し、博多は返答する。

「…だよな、じゃあ、先に行っててくれ。すぐ電話終わるから」

「でも…」

宇美は食いさがる。まるで今手放したら2度と会えなくなる人への対応のようだ。

「すまない」

博多は少し会釈する。電話相手を知られるわけにはいかない。グループに亀裂が入ることを博多は望んでいない。

「…わかった」

宇美は少し不満そうな顔をして、悲しそうな顔をして去っていった。


「で、用事はなんだ?小倉」

宇美が離れることを確認してから、博多はそう問いた。

「言い方が冷たいですね」

何故か、小倉はクスッと笑った。

「何がおかしい。今出先で一緒に来たやつに迷惑かけたんだぞ」

少しずつ博多の怒りのボルテージは上がっていく。

「デート、でしたか?」

…見ていたのか。

そう問いたくて、博多はその言葉を呑んだ。ハッタリかもしれない。

「言わなくてもわかりますよ。宇美さん…でしたよね」

「見たのか」

この会場に居合わせたのか。

「付き合うんですか?女の子、宇美さんの方は博多さんに気がありますよ?」

…外から見てもわかるのか。それとも今日は隠す気がないだけなのか。

「…知ってる」

「わお、悪い男ですね、博多さん。このままだと告白してくる、と私は思いますよ。受けるんですか?」

「それは…」

グループを優先するなら、告白を受けるのが1番いい。

しかし、今後バスケを中心にする学校生活を送るなら、グループを疎かにするだろう。そして今回感じたようにグループが変質していくのを感じ、疎外感を得ることだろう。

バスケ中心にすれば、グループは崩壊し、博多以外のメンバーで再構成され、変化するかもしれない。

「…選択権をあげます。22時、この間のバスケットコートに来てください。

少し早いですが、導いてあげます」

導く?

「情報量が少ない。それだと俺は行かないぞ。そもそもなんで今日なんだ」

「…博多くんも気づいているでしょう。あなたは器用では無い。バスケットかグループか。どちらか1つしか選べない」

「そ、そんなこと」

「バスケットに集中している間、グループのケアをしましたか?メンバーで遊びに行ったり、夜を過ごしたりしましたか?」

していない。

博多は大会期間中はともかく、梅雨時期から徐々にバスケット中心になっており、遊びに行くことはなくなっていった。

「そして、博多くん。私は大会中、あなたの可能性に気がついたのですよ」

「可能性…」

「全国に出れる器。日国大のエースになる器。それが博多くんです。そして、実力も経験も上だった全国に名を轟かせるプレイヤーの八代くんと互角の勝負をした」

「いや、俺は…」

「あれは負けたうちに入りません。本来なら日国大は大差で負けていました。あなたが勝つ希望を見せてくれた。あの接戦ができたのは博多くん、あなたのおかげなんです」

「…」

外からはそう見えたのだろうか。博多はあの試合のことを思い出すと最後の、怪我をするシーンしか思い出すことができない。

「導くって具体的にはなにするんだ。それがわからないと俺は動きようが無い」

「…博多くん、全荷重になったよね。足」

「そうだけど。バスケットボールも触っていいって」

「そう。なら大丈夫。22時に前のあの公園、バスケットコートで」

それだけ言うと、電話が切れた。

博多は考える。

今から動けば22時には公園に間に合う。


「大樹、おそかったね。そろそろ花火始まっちゃうよ」

心配そうに、しかし怪訝そうな顔をみせる宇美。その表情をみて、博多は少し居た堪れない気分になる。

「あのな、美奈子。親が少し煩くてさ、すぐ帰ってこいって」

「…え?でも行っていいって言われたんじゃなかったの?大樹そう言ってたよね?」

そのように美奈子に言っていた。そして、実際親からは「何時に帰ってきてもいいけど、帰るときには連絡するように」としか言われていない。

嘘をつくしか無い。

「…実は親、ピリピリしていてさ。受験のこととかで。それで気が変わったんじゃないかな?」

偽りの苦笑を浮かべる博多。

「それ、ほんと?」

「嘘つく必要はないと思うけど」

「…せめて、花火見ていこうよ」

宇美も引かない。博多はてっきりここで引いてくれるとばかり思っていた。

「…ごめんね」

最後に苦笑をみせる博多。振り返り、駅に向かおうとする。ここから駅まで10分。ちょうど電車がくる時間帯だ。

後ろから、博多は右手を掴まれ、行く手を阻まれる。

「本当に、それだけ、よね?」

美奈子が泣きそうな声で確認する。

「…だから、嘘ついて何も得ないよ」

そう言って、博多は歩きだした。

「大樹…」

そう宇美は呟く。博多はもう戻ってこないような気がした。




バスケットコートに着くと、人影が見える。それも2人。

どうやら何か話しているようだ。1人は小倉。もう1人はだれだろう。

ゆっくりとコート中心に近づく。

「遅くなった。でも説明し…」

小倉ともう1人いた人が振り返り、その人の顔を見た瞬間、博多は言葉を失う。


「あの決勝戦以来だな、チビ」


「どうして、八代がここに」

「呼び捨てしてんじゃねぇ」

ガンをつける八代。

「八代くんは私が呼んだんです。実家、近くですし」

微笑を浮かべる小倉。その両手で抱えているのはバスケットボール。

八代くん?

「まぁなんだ、罪滅ぼしだ」

八代は頭を掻きながらそう言った。

「罪滅ぼし…」

「怪我させてなかったら、あの試合、もっと面白くなってたかもしれねえ」

少し八代は俯向く。

「ってのが建前で、一昨日北紫西が負けたから暇なんですよね」

「うるせぇ、こんな時間にでてきてやったってのにそんな扱いかよ」

2人は仲がいい。旧知の仲のようだ。

「で、リハビリ終わったんだろ?チビ」

「博多だ。間違えんな」

「敬語忘れんn…まあいいや」

小倉からボールを乱暴に奪う八代。

「やるぞ、チビ、バスケのリハビリ、俺がやってやる。決勝戦の時の状態に戻せ。そして」

ボールを博多にパスする。

「俺を夏休み中に倒してみろ」

小倉が笑顔を博多に向ける。導くとは、最高の練習相手を与える、ということなのだろう。そう博多は捉えた。

小倉が博多に近付いてくる。そして耳元でこう言った。


「バスケはあなたを裏切りませんよ」

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俺たちに青春なんて向いてない @rihatyo

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