Ubrall sonst die Raserei.




 Auf die Hande kust die Achtung, 手なら尊敬

 Freundschaft auf die offne Stirn, 額なら友情

 Auf die Wange Wohlgefallen, 頬なら厚意

 Sel'ge Liebe auf den Mund; 唇なら愛情

 Aufs geschlosne Aug' die Sehnsucht, 瞼なら憧れ

 In die hohle Hand Verlangen, 掌なら懇願

 Arm und Nacken die Begierde, 腕と首なら欲望


 Ubrall sonst die Raserei. それ以外はーーー、



 Franz Grillparzer / Kuss














 ピチャリピチャリと水の跳ねる音がする。




 市邑本邸には、誰も寄り付いてはならないと言われる別棟がある。

 そこにはこの家の主家の血を引きながらも、神眼を持たない、ただの役立たずの穀潰しが住んでいるのだという。


 傍に寄れば、視えぬその女に引きずられて、己の力も喪ってしまう。

 故に幼い頃から、決してその屋敷には近づいてはいけないと言い含められ、それを盲目なまでに信じ、二十歳になる今の今まで、守り続けていた。


 ーーー だから僕が、その穀潰しと呼ばれるその女性を見たのは、今この時が初めてだった。







 肉の無い細い足が、縁側から覘いている。

 足は上下にはたはた揺れ、庭に置かれた木の盥の中で、浮き沈みする。


 足がそこから上がる度、微かに水の跳ねる音がする。

 そこに浮かぶいくつかの氷のせいでか、揺れる足は痛々しげに赤くなっている。



 普段ならばまず近づかぬその屋敷に足を踏み入れたのは、手からするりと抜けて飛んで行ってしまった、市邑のご当主への報告書を追いかけてきたためだ。

 ひらひらと蝶のように舞うその紙だけを、ただひたすら追いかけているうちに、気づけばあまりにも遠くまできてしまっていたようだ。

 近づいてはならないと言われた、その屋敷が、これほどまでに近くにあるのがその何よりの証拠と言えるだろう。



 神眼遣いの市邑に属する人間にとって、その力が喪われることはすなわち、市邑の一族を名乗る名誉を喪うのと同じ意味を持つ。

 力が無ければ異形を使役する事は愚か、視ることすら叶わない。

 だから傍に寄るだけで、その力を喪うのだと言われるその女性の元へ、自ら行きたがる者などいるはずもなかった。


 各言う僕も、今の今までこの屋敷の傍へは一度たりとも近寄ったことがない。



 主家の連なりの上から三家目に位置する深谷に生まれた僕の力は、人形の異形を使役し、あらゆる物を"正確"に視る事ができるという点で、市邑の中でも重宝されている。

 何しろ力の低い者はたとえ異形を呼び出せたとしても、その形たるや目も当てられないことが多く、また視る力によっても、その異形の本質を視きることは愚か、形さえも偽りの物をまるでそれが本質であるかのように、視せられてしまうのだと言われている。

 故に力の弱い異形を従えていても、こなせる仕事はたかが知れているし、異形の本質を視ることが出来ない者がそこに立っても、何の足しにもならない。

 それらの点から言っても、僕の力は市邑ではかなり優れている部類に入り、つかえる人間とされていた。



 鍛錬を重ね漸く、上から数えて五、六番目に位置するところまで成長した僕の力。

 今までは優先度の低い仕事をこなして経験を積んでいたが、先日ついにご当主より、次から志帆里様の仕事の供役の一人として任を受けた。

 志帆里様と供に依頼をこなすには、市邑でも五指に入る力がいると言われている。

 なぜならそれは、志帆里様に振り当てられる依頼の規模が、他とは桁違いだからだ。

 力の無い者が連れ立っては、足を引っ張るだけで、何の役にも立たない。

 だからそこに供として行けるようになるまでは、僕のように他の依頼をこなしながら力を錬磨し、ご当主のお声がかかるのを待つのだ。


 幾度となくこの身を犠牲にし、漸く摑み取ったこの立場。

 市邑の者ならば、次期当主とされる志帆里様と供に依頼へ赴くのは、これ以上無い栄誉だ。



 だからこそ、こんな時に、ーーー 力を喪わせるという女が棲む、離れの屋敷へと足を踏み入れることになったのが、心底悔やまれる。







 こうなれば、屋敷の主人である女に見つからないうちに、さっさと元の場所へ戻るのが一番だ。

 そう思って踵を返そうとした僕の耳に、ピチャリピチャリと水の跳ねる音が届く。


 一体何の音だ?

 音に誘われるように視線を巡らせたその先で、紙のように白く、力を込めれば簡単に折れてしまいそうなほど細い女の足が、水を蹴っているのが見えーーー 僕は思わず息をのんだ。


 なぜならそれは、その足の持ち主に、嫌という程覚えがあるからだ。




 誰も立ち寄らないこの家に棲む女は、ただ一人。


 市邑 紗帆

 神眼遣いの市邑の直系にして、その力を持たない、一族きっての恥ーーー "だった、はずの女"。



 女は異形と盟約することは愚か、視る事すらも出来ない、役立たず。

 そうずっと影に表に囁かれ、世嗣として生まれたにも関わらず、その役を解かれ、市邑からもこの世からも、隠すようにして生かされているだけのお荷物だった。


 つい、この間までは。


 その女の評価が揺らぎ始めたのは、先日志帆里様が先導に立ってこなされたあの依頼の日以降だ。


 その日、何の意図があってかは分からないが、志帆里様は女を伴って依頼に出たと聞く。

 そして、表立って囁かれる事は無いが、その日の依頼をこなしたのは、志帆里様ではなく、神眼無き女の遣う異形で、ーーー その異形とは、女の傍に常日頃から影のように寄り添って立つ男、空蝉だったのだという、信じがたい噂が、本家にほど近いところから流れ出し、周囲を酷く混乱させている。


 女はかねてから、異形と盟約できず、また視ることすらも叶わぬため、一族から穀潰しといわれ爪弾きにされてきた。

 だがその実、女が盟約する異形、空蝉の力は、次期当主である志帆里様が従える異形、朧でさえ足元にも及ばないのではと、まことしやかに囁かれているこの今、一族の者達は女の扱いをどうすべきかで揺らいでいる。


 ご当主を始めとする市邑の者達は、空蝉を志帆里様の異形にすべく手を打ったようだが、当の空蝉に手酷いしっぺ返しを受け、彼らが従える異形は悉く首を落とされ、現在も市邑が抱える治癒師預かりになってから以降、目立った動きはない。


 一族の上の者達がまともに使えない今、その他の者達は事態の成り行きを、息を潜めるようにして見守ることしか出来ないでいる。


 各言う僕も、その息を潜めて機を見計らっている内の一人だ。




 今までは噂に聞くばかりだったその女。

 市邑の祭事には何度か手伝いに出ていると言うが、その時でさえ奥の部屋に押し込まれて、その成りを見た者はほとんどいない。

 それに女の姿を見る前に、その隣に控える男 空蝉の圧倒的な存在感と、底知れぬ気配に気を取られ、そこからはずっと男ばかりが気になってしまうために、終わった時には、女のことなどほとんど記憶にも残っていないことがほとんどだった。


 その女が、こんなにも近くにいる。


 僕の足で、歩いて十歩も行かぬところにある屋敷の縁側で、女は腰掛けて足を庭に置いた盥に垂らしている。


 まだそれほど暑くない日なのに、なぜ氷水などに足を?

 直にとって帰ろうとしていた僕の足を、頭に浮かぶ女への好奇心が縫い止める。

 じっと翻る足を見つめる僕。

 足は人形のように白く、指先は燃えるように赤い。

 何でも無い、ただの足だ。妙に生っ白いだけの、ただの足。なのに何故かその対比がーーー 妙に艶かしく映る。



 冷たい

 少し不貞腐れたような声音が、パチャンと跳ねた水音と供に、僕の耳に届く。

 もういいでしょう

 水から上がった右足が、爪先立てて木の盥のふちに、その足の上に左足が水から逃げるように乗り重なる。


 女の足を、水滴が伝う。

 それが足先で雫になって、ぽたりと地面に落ちる。


 何の変哲も無い足だ。

 肉付きが悪い、ただの足。

 その足の上を、水滴が滑る。

 何でも無い、その光景。何でも無い、その水に濡れた足。


 なのに何故、その足を伝う雫の味を、こんなにもこの舌で確かめたいと思うのだろうか。



 どうしてそれが、きっと酷く甘いのだろうなどと、思ってしまうのだろうか。






 さて、どうでしょう

 女と僕の間に、黒い服を着た男が音も無く現れる。

 現れた男はそう言いながら、庭に足を下ろして、盥の横に膝をつく。


 紗帆

 男が呼ぶ。ーーー 甘い蜜をこれ以上ないほど溶かしたような声音で、男の目の前に座る、かの女を。


 呼ばれた女は、ためらいも無く、男の膝に濡れたままの足を乗せる。

 男はそれに足首からするりと指先まで、何かを確かめるように丹念に手を這わせてゆく。


 いいでしょう

 確かめ終わったらしい男は、脇に避けていたタオルで、膝の上に乗る足をそっとくるむ。

 そしてタオルを外すと、現れた足をそのままにして、その爪先へどこからとも無く取り出した、小さな刷毛を滑らせる。


 お揃いは止めたの

 男の持つ刷毛が女の爪の上を滑る度、そこがじょじょに真珠のような淡い白色へと変わってゆく。

 親指から始まり、人差し指、薬指と男の手が移り、白い爪が増えてゆくのを見て漸く、その行為が何なのかに気づいた。


 縁側に座る女に跪くようにして、男はその女の足にネイルを施しているのだ。

 それも女の足を、触れればすぐさま崩れる、繊細な飴細工かのように扱いながら、まるで口づけせんばかりの距離に顔を寄せながら。


 貴方がお望みならば、直にでも揃いの色に戻れますよ

 女が零す言葉は酷く淡々とし、そこからは熱の一切も感じられない。

 けれど男の方は、蜜のように滴るその声音に、そしてまたは、ふうと爪先に吹きかけるその息に、さらにはその足を支える五本の指に、隠すつもりもないのだろう酷い熱が、熾火のように燃えている。


 どちらでもいいわ、そんなこと

 右の足を塗り終わったらしい男が、左の足も同じように手に取って、また刷毛を滑らせる。


 紗帆、足をまた水につけておいてくださいね

 距離が近いせいか、男の墨を溶かしたような色を放つ髪が、女の白い白い足に落ちている。

 女の足と、男の髪。

 爪先に口づけするように、顔を寄せる男と、膝から先しか見えない女。



 二人に見つかる前に、早くここから立ち去れと、頭の中の自分が煩く喚き立てている。

 幸いにも僕と彼らの間にある木々が、彼らから僕の姿を僅かにながら見辛くしてくれている。

 けれどそれも時間の問題だろう。


 これ冷たすぎるわ、ーーー 空蝉

 女が嘆息するように、そう零す。

 けれど女のその言葉に、男は微かな笑い声を零すだけで、女の訴えを聞き入れはしない。


 何でも無いそのやり取り。

 だがしかし、その零れ落ちた名に、僕は思わず息を詰める。


 空蝉

 女の傍に常にある、男。

 (いや、違う。)

 人間の男ではない。奴は、異形。

 (いや違う。奴は異形ではない。もし仮に奴が異形とするならば、どうして今まで誰も気がつかなかったのだ)


 空蝉ーー "あれ"は一体何なのだ。


 人ではなく、けれどもまた異形でもない。

 (あれがもし、異形であるならば、"正確"に視える僕が、その形を見誤るはずがない)


 何時からとも無く現れ、女の傍に侍る男。


 (ーーー 一体いつから?どうやって?ーーー それは果たしてどこから?)




 息を殺す僕。

 そんな僕の視界に、女の足に顔を寄せる男の唇が、微かに歪んでゆくのが映り込む。

 ゆっくりと、けれど確かに、男の唇がゆったり吊り上がる。


 はい、出来ましたよ

 白い色に染まった爪に、ふうと息を吹きかけて、男はそのまま手を木の盥の中に沈める。

 そこに囚われたままの、女の足を道連れに。


 冷たい

 女が掴まれているのとは逆の足を、微かに動かす。

 女の足に蹴られた水面が、パシャ、と小さく鳴きながら男に降り掛かる。


 こら、お止めなさい

 言いながら、片手で女の足を持ち、もう一方の空いている方の手で、男は前髪を横にかきあげる。

 流された前髪から、ぽたぽたと雫が落ちている。

 それを見て、女が微かな嗤い声を立てる。


 いい気味ね。私の気持ちが、分かったでしょう?

 自由な方の足が水から上がり、木の盥の上に浮いたままぽたぽたと雫を落とす。


 ええ、存分に

 男はその足を、もう片方の手でやすやすと抑え、そして、



 その足から滴り落ちる雫に舌を伸ばしてーーーーーー そして目線だけ、僕の方へ流して、にやりと嗤う。












 「空蝉」


 紗帆は空蝉の舌から逃れようと、囚われたままのそこへぐっと力を込める。

 けれどそんな紗帆の拒絶など、少しも意に介した素振りのない空蝉は、ぴちゃりと音を立てて、濡れているところ全てに満遍なく舌を這わせてゆく。


 「嗚呼、こんなに冷えてしまいましたね」


 塗り終わった足下のネイルを満足そうに眺めながら、空々しい口ぶりでそう嘯く空蝉。


 「誰のせいよ」


 空蝉の舌に嬲られるままの足を見て、苦々しげに吐き捨てる紗帆。

 彼女は親指の先から、くるぶしまでゆっくりと舐め上げられたかと思えば、薬指を口に含んで舐めしゃぶられるその感覚に、ぶるりと身を震わせる。


 「勿論、全てこの私です」


 そんな紗帆の姿までもを、舐めるように見つめる空蝉は、そう言うと、うっそりと嗤い、


 「ですから私が、責任を持って暖めてさせて頂きますね」


 手にもっていた足の甲に、ーーーー そっと、唇を落とす。






 「けっこう、です!」


 空蝉の唇を感じた瞬間、ばっと勢い良くその手から足を引き抜く紗帆。

 今度は簡単に自由になったその足を、隠すように縁側に引き上げて、そのままぱたぱた音をたてて屋敷の中へ逃げ込んでゆく。


 ふふ。


 その紗帆の後ろ姿を見つめる空蝉の表情は、獲物に逃げられたにしては驚くほど楽しげなままである。


 「何と可愛らしい」


 唇を舌で湿らせて、そこに残る水の味を反復するように、またはその感触を思い出すように、舌なめずりする空蝉。

 その空蝉の姿に、少し離れたところから隠れるようにしてこちらを見る男が、小さくごくりと息をのむ。



 その音がまるで聞こえたかのように、空蝉は視線を迷う事無くその男の元へ向ける。

 人が持ち得ぬ光彩を放つ瞳に、ひたりと見据えられた男は、そこから漂う背筋を凍らせるような何かに身を震わせる。

 今すぐ踵を返して走り去りたい。

 そう思うけれど、男の身体は気持ちを裏切って、ぴくりとも動く気配がない。

 そんな男の葛藤など全て見通しているかのように、空蝉は瞳を細め、男を見やる。



 『 き え ろ 』



 蛇に睨まれた蛙のように、身動きの取れない男。

 その男の脳に、直接響く声。


 その声に弾かれるように身体を震わせた男は、ざっと顔を青ざめさせて、動かぬからだを何とか奮い起こし、片手で何とか術を編みあげる。

 男が編み上げた術は、瞬く間に男と空蝉の間に、分厚い透明な硝子のようなものを作り上げて行く。


 自分の力の限り、最高の精度を持って作り上げた男のその術。

 その術が完成した刹那。

 分厚いそこに拳銃の弾でも飛んできたかのような亀裂が、激しい音を立てて走る。


 ひびの中心の向こう側にあるのは、男のコメカミと、喉、心臓、肝臓、その四点だ。


 即席で編んだ術が無ければ、空蝉のもとから飛んできた"何か"によって、確実にその四点を打ち抜かれ死んでいただろう事実に、男は空蝉を恐怖に彩られた顔でみる。


 空蝉は男のその表情を、先ほどから少しも変わらぬ、何の表情も無い顔で見つめている。


 パシン

 男の術の、先ほどと全く同じ四カ所に、又再び亀裂が走る。

 分厚い硝子のような術とはいえ、その亀裂の深さは最早術の中央を越えている。


 今や、かろうじて持っているだけとなった、ひび割れた男の術。

 その奥で、空蝉の手がゆっくりと持ち上げられて行く。

 空蝉のその手の動きを見て、男は死ぬ気になって足を奮い起こし、術に背中を向けて本邸の方角へと走り去る。

 男の足下で砂利が跳ねる。少ししか走っていないはずなのに、信じられないほど早く息が切れる。

 焦りと恐怖に支配された男は、だから、気づかない。


 持ち上げられた空蝉の手が編んだのは、ーーー 先ほどとは別の、術だという事に。







 みっともなく逃げてゆく男の背中を、空蝉は蔑むような目で見ている。

 空蝉にとっては、男が死のうが生きようがどうでも良かった。

 大切なのは、この箱庭に他の人間を入れないということ、そしてーーー 紗帆にたかる虫を排除すること、ただそれだけだ。



 足下にある盥の水を捨て、それを縁側に立てかけて、空蝉もまた屋敷の中へと戻って行く。

 紗帆はどうやら、鍵のかかる風呂場に逃げ込んだらしい。

 そのついでに空蝉に身を以て暖められるより、自分で風呂に入って暖めようと考えたのか、湯を使う音も聞こえる。


 その音を金の目を細めて聞く空蝉は、右手をドアノブにかざして、ゆっくりと術を編む。



 ーーー かちゃり、


 ドアの鍵が小さな音を立てて回り、そして開かれたその扉の先にいる紗帆が、にこりと嗤いながらそこに当然のように押し入ってくる空蝉の姿を見て、ヒッと声を上げた。





 「さて、紗帆。貴方の身体が充分に暖まったか、私が確かめてさしあげますよ」


















 屋敷に飛び込んだ男は、勢いそのままに家人から水をもらい喉を潤す。

 そして、ついでにこちらもどうぞ、と差し出された最中も、そのまま口に入れて、自分を襲う違和感に気づく。


 「これ、は」


 甘さ控えめだそうですが、お味はいかがですか?

 最中を手渡した家人の女が、男に向かってそう微笑む。

 その女に、嗚呼、本当ですね、確かに食べやすい、そう答えながら、男は微かに振るえる手で、グラスを女に渡し、


 「すみませんが、次はお茶をいただけますか?」


 そこへ冷たい茶を注ぎ入れてもらう。


 なみなみと注がれたその茶に口をつけたその瞬間、男は手からグラスを落として、その顔色を喪った。









 ーーー 空蝉が最後に放った術、








 女の足を、水滴が伝う。

 それが足先で雫になって、ぽたりと地面に落ちる。


 何の変哲も無い足だ。

 肉付きが悪い、ただの足。

 その足の上を、水滴が滑る。

 何でも無い、その光景。何でも無い、その水に濡れた足。


 なのに何故、その足を伝う雫の味を、こんなにもこの舌で確かめたいと思うのだろうか。



 どうしてそれが、きっと酷く甘いのだろうなどと、思ってしまうのだろうか











 なのに何故、その足を伝う雫の味を、こんなにもこの舌で確かめたいと思うのだろうか。



 どうしてそれが、きっと酷く甘いのだろうなどと、思ってしまうのだろうか










 (想う事すら許さない、紗帆の全てはこの私だけのものなのだから)








 だからそんな男の味覚などーーー




 き え ろ












 Auf die Hande kust die Achtung, 手なら尊敬

 Freundschaft auf die offne Stirn, 額なら友情

 Auf die Wange Wohlgefallen, 頬なら厚意

 Sel'ge Liebe auf den Mund; 唇なら愛情

 Aufs geschlosne Aug' die Sehnsucht, 瞼なら憧れ

 In die hohle Hand Verlangen, 掌なら懇願

 Arm und Nacken die Begierde, 腕と首なら欲望


 Ubrall sonst die Raserei. それ以外は "狂気の沙汰"





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鳥獣戯画 @matsumoto

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