第101話「玉兎編その1 シャルウル」
多摩地域の動物園。
その日は正門からすぐの展示館にある講堂に、都内外の動物園ファンが集まっていた。
「科学が進んだからといって恐竜が動物園にいるのは当たり前のことじゃないんですよ、一種類ずつ苦労があるんです」
スクリーンのそばで大柄な白人男性が語り、通訳される。
そしてスクリーンに映し出された恐竜の姿に、皆一様に目を奪われた。
集まった誰もが、図鑑や映像でしか見たことのなかった種類だ。
全長は五メートルを超える程だと背景の屋内施設との比較で分かる。
這うように低い姿勢と岩石じみた体はカメかワニを思わせたが、どちらにも似て、どちらでもなかった。
焦げ茶色をした幅広い背は、砂利を敷き詰めたような装甲で覆われている。装甲は節に分かれ、さらに節ごとに白い大きな棘が何本も生えている。脇腹のものと背筋に二列並んだ棘が特に目立つ。
棘の列は首を経て、頑丈な箱型の頭の後部に続き、こめかみの上下から後ろ向きに生えた角となる。
丸く大きな腰から、それとは対照的に引き締まった尾が生えている。こちらにも棘が続く。
尾は後半でさらに絞られて剛直な棒と化し、末端の、この恐竜が持つ最大の特徴とされる、ある器官で終わる。
他の装甲と同じ骨と角質でできているが、形はそれらとは全く異なる。
丸々と質量を蓄えた重厚な塊……、ハンマーである。
すでに国内で飼育されている鎧竜、例えばガストニアには、棘の刃はあってもこんなハンマーはない。目の肥えた恐竜ファンであってもこれには嘆息が漏れる。
「こちらが、今回やってきたスコロサウルス達の母親のエイドリアンです」
カナダの動物園から多摩地域の動物園へと、鎧竜スコロサウルスの幼体が五頭送られた。
その公開を記念して、カナダの動物園の飼育リーダーがやってきて講演を行なっているのである。
エイドリアンと呼ばれたスコロサウルスは、平たい装甲板に覆われた頭を木箱に突っ込み始めた。
その中にはドングリほどの大きさをした円筒形の塊が盛られている。
「小麦の皮、いわゆるフスマを主な原料にした人工飼料を与えています。この配分もスコロサウルスや近縁の恐竜の健康に関するデータを基に慎重に決められています」
エイドリアンはそれを幅広いクチバシで口に収めては噛み砕いていく。
カメラは頭部を丁寧に映す。クチバシにはリクガメと同じように縦に走る凹凸の筋や縁のギザギザとした段差があり、額全体がいぼ状の鎧で覆われている。
骨の板が埋まっているという厚いまぶたの奥に、薄黄色の虹彩と黒い瞳孔が見える。鎧とは対照的につややかな目に、わあ、と静かな驚きの声が漏れる。
箱の中の人工飼料をあらかた片付けたら、その場を離れて歩き出す。四肢は短いが本当に這っているわけではなく、しっかりした足取りで進む。
「歩き回って運動することを促すため、餌は小分けにして置かれています」
そしてまた別の箱の中の飼料を食べ始める……、重武装に合わない穏やかさにも、重々しく感じるとおりにも見える、いかにも草食動物らしい暮らしだった。
「これがエイドリアンの普段の暮らしぶりです。続いて、エイドリアンが今回やってきた子供達を卵として産み落としたときの映像をお見せします」
映像は白黒の暗視カメラに切り替わる。
まずは広い室内にいるエイドリアンを見下ろす視点だ。エイドリアンの体の幅が胴の長さと同じくらいあるのが分かり、床には杉やシダの葉が厚く敷かれている。
エイドリアンは腰を落としてしばらくその場に留まり、横にずれてまた同じ動作をする。
それを横から映した映像には、まさに腰を落とした間に、落ち葉の上に卵を産み落としているのがはっきりと映っていた。白い卵殻は暗視カメラでもよく目立ち、丸く弾力がありそうなのも見てとれる。
ただでさえ貴重な恐竜の産卵、しかも他で見られない種類のものとあって、聴衆は目を見開いてざわめく。
また通常のカメラの映像に戻る。さっきと同じ場所に落ち葉が軽く盛り上げられ、そのそばにエイドリアンが陣取っていた。
「孵化するまで守るつもりだと分かったので、卵を回収するのは大仕事でした。飼育員がハンマーにやられては大変ですからね」
孵卵器の中に並べられた卵の殻が割れ、というより裂け、立派に装甲とクチバシを備えた小さな頭が現れる。聴衆は歓声を上げた。
同じく装甲に覆われた首が続くが、胴体には装甲はない。少し固そうなだけの茶色い背中だ。
「皆様もすでに直接ご覧になったかと思いますが、幼いスコロサウルスには鎧やハンマーはないのです」
手に乗るほどの幼体はたどたどしく歩いていたが、卵として産まれたときと同じような施設ですぐに抱えるほどに育ち、足取りもたくましくなった。依然装甲はなく、数十頭で群れをなしている。
幼体達はそのうち、落ち葉が敷かれ快適に保たれた、小部屋ほどの箱でも過ごすようになる。
「空輸のためのケージに慣らしているところです。この動物園に安全に来られるように、ですね」
そのケージのうちの一つが輸送機に積み込まれるシーンで映像は終わった。
それから、スコロサウルスとはどのような恐竜か、なぜカナダの動物園で飼われているのか、その子供達の送り先としてなぜこの動物園も選ばれたのか、といったことがスライドショーとともに語られた。
そして、質疑応答。
エイドリアン自身に卵を孵化まで任せなかったのは、卵の安全を取ったため。餌の主原料がフスマなのは、主な理由として牧草ではスコロサウルスの小さな歯を傷めてしまうため。といった受け答えが続いた後。
十代初頭ほどの少女が手を挙げ、こう尋ねた。
「今まで、スコロサウルスのハンマーにぶっ飛ばされた人はいますか?」
通訳を通して質問を聞き終えた飼育リーダーは笑い声を上げ、それから胸を張って答えた。
「私達飼育員を心配してくれたんですね。ありがとう。万全の対策を行なっているので大丈夫ですよ。今まで一人もスコロサウルスにハンマーで叩かれた人はいません」
それから、ハンマーができかけてからは人間が直接触れない間接飼育に移行すること、スコロサウルスと人間の間に適切な距離を保つ設備があること、チームで動いて安全マニュアルを遵守していることなどが説明された。
その後も時間いっぱいまで質疑応答は続き、講演会はつつがなく終了した。
*****
それから六年後の三月。
*****
「こんな大人しい恐竜だったらさあ、動物園にいるの普通になっちゃったよね」
「科学すごい進んでるからねー」
私の後ろを通り過ぎていく他の来園者の言葉に、はは、全然知らないじゃん、と心の中で嘲笑した。
大人しい恐竜と呼ばれたのは、三頭のそこまで大きくない、しかしどっしりとした体形の恐竜、スコロサウルスの幼体だ。
通り過ぎるどころか、開園から昼過ぎまでずっと見つめていても飽きることはない。
彼らがここにいるのは「普通」じゃないからだ。
皆今年も無事に竜舎の中で冬を乗り越えたのだ。
冬の間は分厚いコンクリートでできた立派な竜舎で寒さを逃れていたが、今はもう昼間の日なたは暖かく、三頭も竜舎を取り巻く運動場を平気で歩き回っている。
すあま、こんぺい、ロールの三頭。ちょっと「ロ」の扱いに困った感じがいつも気になってしまう。
私は三頭の行動を、柵と堀と植え込みを隔てていても見逃すまいとした。そして何かあれば逐一ノートに記録した。
こんぺいは落ち葉を探しては口先でつついて食べられるかどうか吟味している。すあまはキューン、キューンと鳴きながらそのすぐ後ろについていく。
ロールは運動場に立てられた丸太に体をこすりつけている。前より鳴き声を立てることが少なくなった気がする。
メモの合間に、あまり動き回っていないロールを主に見て、今の姿を簡単にスケッチする。
全長は三メートルほどになり、横にも大きいから、もうそれなりの体格だ。
しかし姿はここに来たときとあまり変わっていない。カメの甲羅のように幅広い背中にはカメと違って甲羅はなく、首にだけ鎧がある。
茶色の地に並んだ白い斑点が、大人と同じように棘が生えているように一瞬見えなくもない。
と、思っていたわけだが。
私は小型の双眼鏡も使って、ロールの背中を前から後ろへじっくり見つめた。
そこには、冬のうちに飼育員ブログに書いてあったとおりのものがあった。
ほんの小さな、硬質な凹凸。
できかけの鎧だ!
背中全体にうっすらと玉砂利のようなものが埋まっているように見える。
さらに白い斑点の真ん中には、バラの棘に似た小さな出っ張りもある。
ついに「鎧竜」らしくなっていくんだ。
冬が明けてスコロサウルス達が外に出てきて早々、そのことが自分の目で確かめられるとあっては、簡単にはここを離れられるわけがなかった。
受験からもとっくに解放されたのだし。
大学でならもっと踏み込んで恐竜に関われる。そしてその先には……。
一応、尻尾の先も見てみたが、まだハンマーが出来かけているかどうかはよく分からない。
私にとってはそれが一番重要なのだが。
まあいい。鎧が出来かけたからといってハンマーまでははっきりしないということが分かっただけで充分だ。
ここからが長いということがカナダの動物園でも明らかになっている。
私自身もここからだ。
柵のそばに、「鎧がないのに鎧竜?」という看板がある。
「産まれてからおとなの半分くらいの全長になるまで、スコロサウルスには鎧がありません。その時期を過ぎると鎧が出来始め、かわりに体全体の成長はゆっくりになります」とのこと。
説明に使われている写真は、カナダにいる三頭の母親のエイドリアンだ。
この看板もそのうち合わなくなってくるだろう。
日が傾いて園路に木陰が落ち、さすがに肌寒くなってくる頃には書き残したいことも全て書き終わり、満ち足りた気持ちでその場を後にした。
自分の最寄り駅から自転車に乗って、真っ直ぐは帰らず、高校に寄ることにした。
校門から校舎への大通りを進んでいると、前からリズミカルな足取りでランニングをするジャージ姿の女子の一団が近付いてくるのが見えた。
まあいいか、と思いながら、私は声をかけた。
「おっつー」
「あー先輩!」
「織部先ぱーい!」
テニス部の後輩である。
「先輩ほんと今までありがとうございましたあー!」
「ランニングとか筋トレとかいっぱい付き合ってくれてー」
「割と秋とかまでたまにいてくれましたよねー」
おっと、思ったよりみんなグイグイくる。
「こっちこそだよー、全然ただの気分転換とか体力維持とかだったのに混ぜてくれて」
これは普通に本心。
「大学合格おめでとうですー」
「普通にきつかったって言ってましたよね」
「恐竜のお医者さんになるんですよね」
微妙に違うけどまあいいか。
「恐竜医学科だからねー」
おおーっ、かっけー、と声が上がった。
「めちゃくちゃ恐竜好きじゃないっすか」
「まあねー」
私は鞄を持ち上げ、鞄に付いたスコロサウルスの幼体のマスコットを見せた。
「かわいいっしょ」
「いやそれぬいぐるみだからっすよー!」
後輩達も私も一緒になって笑ったが、あんまり本心ではなかった。
かわいいから好きなわけでも、本気でかわいいだけだとも思っていない。
「みんなも恐竜医学科入ったらかわいい恐竜触り放題だよー」
「あはは、五倍は無理っすー」
和やかに別れたが、しばらく歩いたところで後ろから小さく、
「でもよく分かんない人だったよね」
と言っているのが聞こえた。
それはテニス部員から見たらそうだっただろう。
体力作りにだけ部活を利用して、テニス自体の練習から逃げるために後輩のトレーニングに付き合っていたのは。
部活の後輩のために顔を出す、なんてこともする気はなかった。
多分あいつは今も作業しているだろう。
大通りから逸れて木や緑が多いほうへと進んでいく。
校舎の周りの賑やかな声もだんだん聞こえなくなり、鳥の声が代わる。
すると木々の間に空間が開けて、実習用の畑が現れ、その向こうに人工の浅い池が見えた。
そしてやはり、池のそばには小柄な陰があった。
長靴からズボン、エプロンまで一体になったいわゆる「胴長」をはいて、池の縁のコンクリートに座って何かちまちまといじっている。
「横山紬~」
「む。織部千里(せんり)」
フルネームで呼んでくるだろうと思って先にフルネームで呼びかけた。
「また動物園に行っていたのか」
紬は直接自然や生き物に触れていたままの姿で聞いてくる。
やっぱり紬はすごいな。私がちょっと肌寒いから帰ろとか思って電車に乗ってる間もずっと冷たい水に浸かってたんだから。
「行かないとスコロ見れないじゃん?」
「そのとおりだ。動物園の重要な部分だな。しかし……」
「スコロが見れること自体の意義を問え、っしょ」
「そうだ。それなくしては無意味だ」
こんな話を中学の頃から山ほどしてきた。
四月からもこれは続くんだろうか。
「合格おめでと」
「それはお前のほうだ。同じ大学でも恐竜医学科のほうが生物資源学科より数段難関なのを無理して受けたんだろうが」
これでも祝ったり誉めたりしているつもりなのだと分かって、こそばゆい。
「やー、難関っていうか、来年度からの新しい学科だから読めなかったっていうか」
「他の受験生も獣医学科と同等という想定で準備していたはずだ。そんな張り合いのない態度を取るな」
自慢しろと言っているのだ。
でも私は紬に対してそんな気になれない。
「紬のほうがすごいよ。ちゃんと生き物のためになることをやめなかったじゃん」
「直接的にはそうかもしれないが……」
紬は傍らに置いてあった小さな水槽を手に取り、中のものを見つめた。
私も覗き込もうとすると紬は水槽を手渡してきた。
中には灰色のまだら模様をした小さなカエルがいた。切り落としたような鼻先と、目を横切る黒い帯。アマガエルだ。
「出てきたんだ」
「ああ」
この池で生まれたカエルが冬眠から覚めたのである。
カエルが大好きというほどではないけど、なにか愛おしい感じがする。これが生き物をかわいいと思うことだっただろうか。
「紬がここを世話しないとここでは暮らせなかったんでしょ」
「そのようだ。周りの別の水場にはいたようだが」
この池は人工だが、底には土や落ち葉が浅く溜まり、水草が顔を出している。
紬は許可をもらって、生物部の部活としてここをビオトープに仕立て上げたのだ。
「じゃあ紬がやってることが正しいって証明してくれてるんだ」
「しかし、私が証明してほしいのは……」
紬は北西を見上げた。
「それは、やっぱ、この近くまで来てないと分かんないから」
「そうだ。トキ自体がここまで来れないと」
紬が見ているのは、佐渡島の方角だ。
この多摩地域と佐渡島の間には本州の山々がそびえ立っていて、トキがそれを徐々に飛び越えるにはどれだけかかるか分からない。
「元々普通の鳥だったんだ。普通の鳥に戻さないと」
紬が東京にトキが飛来するべきだと思っていることを、私しか知らない。
「お前のほうは、どうなんだろうな」
そう言われて息が詰まった。
私のほうの秘密に触れるのか。
「本当にそれが実現したとして、それは恐竜を理解することにつながるのか……」
「つながるし」
私はつい声に力をこめてしまった。
「それが一番知りたいことだし」
「そうだったな」
紬はあまり追求しないでおいてくれた。
私がスコロサウルスのハンマーにぶっ飛ばされてみたいと思っていることも、紬しか知らない。
六年前。
スコロサウルスの公開が始まったとき。
まだ幼い実物を見ただけでは、私はスコロサウルスのことを何か丸っこくてよちよちして可愛い生き物だとしか思わなかった。
しかしその後、講演会で上映された成体の映像に目を奪われたのだ。
あんな鎧に覆われた強そうな恐竜になるなんて!
棘、角、ものすごいハンマーまである。なんだか嘘みたいによく出来た生き物だ。
カメのように身を守るだけじゃない。反撃できるんだ。
しかも、武器は牙でも爪でも長い角でもなく、ハンマー。
こんな武器がある動物見たことない。
このハンマーはどのくらい強いんだろう。
どのくらい強いか、誰か知ってるんだろうか。
それを知る一番の方法といったら。
話が終わって何でも質問していいというので、私も思い切って手を挙げた。
「今まで、スコロサウルスのハンマーにぶっ飛ばされた人はいますか?」
変な質問かもしれなかったが、カナダの動物園の人は喜んで答えてくれた。
でもその内容は、ハンマーの威力の話ではなく、どれだけ気を付けて事故を防いでいるか、ということだった。
スコロサウルスのハンマーの威力が発揮されるのは「避けるべき事故」だったのだ。
つまり、誰も体感したことがない。
スコロサウルスのことを知りたいという私の気持ちは、このとき、まだ誰も踏み入れたことのない、踏み入れてはいけないほうに向いて、戻らなくなった。
めちゃくちゃ強いはずなのに誰も食らったことがないなんて、そんなの……、伝説の武器みたいでかっこいいじゃん!!
[スコロサウルス・クトレリ Scolosaurus cutleri]
学名の意味:ウィリアム・エドムンド・カトラー氏によって発見された尖った杭のトカゲ
時代と地域:白亜紀後期(約7500万年前)の北米(カナダ・アルバータ州)
成体の全長:約5.6m
分類:鳥盤目 装盾亜目 曲竜下目 アンキロサウルス科 アンキロサウルス亜科
スコロサウルスは、首から尾の前半までの背面が非常に良い状態で保存された化石などで知られる、代表的なアンキロサウルス類のひとつである。
アンキロサウルス類は曲竜類という植物食恐竜のグループに含まれる。曲竜類は鎧竜とも呼ばれるとおり、装甲で背中が覆われていた。この装甲はワニなどと同様に皮骨板(皮膚の中に生じた骨質の板)で出来ていた。胴体は幅広く、頭部は相対的に小さく、四肢は短く頑丈だった。
さらにアンキロサウルス類の多くは尾の先端にノブと呼ばれる皮骨板の塊を発達させ、尾がハンマー状になっていた。
スコロサウルスはアンキロサウルス類の中でも白亜紀末の主に北米に生息したアンキロサウルス亜科に属する。近縁のエウオプロケファルスEuoplocephalusやオオーコトキアOohkotokiaとは細かい特徴で区別されるが、別属・別種とするかどうか自体に異論があり、長い間エウオプロケファルスと同属・同種とする意見が圧倒的だった。
スコロサウルス自体が保存状態の良さから他のアンキロサウルス亜科の復元の参考にされてきたので同語反復的ではあるが、スコロサウルスはアンキロサウルス亜科の特徴をよく備えていた。
頭部は低い箱型で、背面が緩やかな斜面をなし、頭骨に癒着した皮骨板にしっかりと覆われていた。まぶたにも皮骨板があったとされる。目の上と後頭部の上下に角状の突起があり、エウオプロケファルスとは主にこの突起の形状で区別され、スコロサウルスの後頭部上部の突起は長く後ろ向きだった。
口先は下を向き、幅広いクチバシとなっていた。上顎の先端が下顎の先端に覆いかぶさるようになっていた。
クチバシから離れた後方に木の葉型の小さな歯が並んでいた。下顎も幅広く、あまり噛む力が発揮できる構造ではなかった。しかし曲竜類の歯は明らかに摩耗していて、食べた植物を少し咀嚼していたことを示唆している。また北米の曲竜類は(アンキロサウルス科かそれとは異なるノドサウルス科かに関わらず)アジアの曲竜類と違って顎を横に動かす能力があり、歯の側面もこすれていることから、若干複雑な咀嚼を行っていたようだ。
鼻孔はクチバシのすぐ上にあったが、これは科および亜科の名前になっているアンキロサウルスAnkylosaurusではスコロサウルスと違って横を向いていた。
鼻腔は折り畳まれたように屈曲して納まっていた。肺に出入りする空気の温度や湿度を調節する働きがあったという説や、鼻腔を通る空気で脳を冷却する働きがあったという説などがある。
アンキロサウルス亜科ではないがピナコサウルスPinacosaurusの幼体では咽頭骨が発見されていて、喉を動かす筋肉の土台になることから、鳥のように複雑な鳴き声を発していた可能性や、それをコミュニケーションに活用した可能性がある。
首は頭部と同じくらいの長さで胴体より明確に細かった。ハーフリング、またはサービカル・ハーフリングという、短い半円筒状の二つの皮骨板で側面と背面が覆われていた。外敵からの攻撃には強い造りだが首の可動性は低かったかもしれない。
四肢は短く、前肢(上腕骨)は筋肉の付着する突起が発達していたが、後肢(大腿骨)は単純な形状だった。筋肉は太かったが速く走り続けることには向いていなかったようだ。四肢にも装甲があった可能性が高い。
クチバシが下を向いて幅広く、首はそれほど長くなくて動かしやすいわけでもなく、さらに四肢が短くて体高が低かったことから、地表近くの植物をあまり選ばずに食べていたと考えられる。
ノドサウルス科のボレアロペルタBorealopeltaの非常に保存状態の良い化石では胃内容物のほとんどをシダ(薄嚢シダ類)が占めていたが、これはノドサウルス科のクチバシの幅が狭く植物を選んで食べていたが、それでも背が低く首がそれほど動かないことはアンキロサウルス科と同様だったので、背の低い植物の中から食べるものを選んでいたことを示しているようだ。
肋骨、骨盤とも左右に大きく広がっていて、幅広く平たい胴体を形成していた。
首から尾まで、また四肢の一部も、背面から脇腹にかけて皮骨板に覆われていた。前後・左右に列をなす大きな皮骨板の間に、鱗のような小さな皮骨板が敷き詰められていた。また小さな皮骨板の並びは大きな皮骨板の左右の並びに沿って節状に分割されていた。
大きな皮骨板はもっぱら楕円の土台と棘状または三角形の刃状の突起からなり、スコロサウルスでは肩の上と脇腹のものが目立った。大きな皮骨板は繊維が絡み合ったような組織で出来た丈夫なもので、単純な塊状ではなく体に貼り付く側の面が凹んでいて軽量でもあった。
ズールZuulの非常に保存状態の良い化石では腰の大きな皮骨板に欠けているところが見られ、これは生きていたときに同種のハンマーで叩かれて欠けたと考えられている。
尾は長く、大きく三つの部分に分かれていた。前方の左右に良く曲がる「自由尾」、その後ろの細く曲がらない「ハンドル」、ハンドルの最後端にある丸く膨らんだ皮骨板「ノブ」である。
自由尾の尾椎は横突起が発達していて、尾全体を左右に振る発達した筋肉が付着していた。上下にはあまり曲がらなくなっていた。ときたまノブを見せつけるように尾を振り上げるアンキロサウルス科のイラストが見られるが、そのような動作はできなかったことになる。
皮骨板の棘は自由尾のもののほうがハンドルのものより長かった。
ハンドルは骨化した腱や棒状の突起で尾椎が取り囲まれ、板バネを束ねたような構造で曲げに対し強く反発するようになっていた。これらの補強はノブの根元まで続き、ノブとハンドルが強固に固定されていた。
ノブは種や成長段階によって形状が異なり、スコロサウルスの場合は左右の幅と前後の長さが同じくらいで上から見ると丸い形をしていた。
人間の作ったハンマーでいうと自由尾がハンマーを振る腕、ハンドルが柄、ノブが頭の役目をしていたといえる。
スコロサウルスでは元々尾のうち自由尾の部分のみ見付かってハンドルは見付かっていなかったが、このとき尾の先端まで棘があったと考えられたことが、その後ノブの上に1対の棘が生えていたと考えられた原因になったようだ。実際にはノブの上に棘はなかった。
以上の皮骨板やハンマーに関する特徴は成体のものである。幼体の段階では異なっていたことや、皮骨板の成長と体全体の成長には密接な関係があったことが示されている。
まずピナコサウルスでは、全長2~3mほどの幼体の化石が群れの状態で発見されているが、どの個体も視認できる皮骨板は頭部の装甲とハーフリングのみで体や尾には皮骨板はなかった。皮膚の中には2~3mmほどの不定形の骨片が埋まっていたようだ。
そして北米のアンキロサウルス亜科では、成体の半分ほどの寸法になった時点から体全体の成長が恐竜の中で特に遅くなり、さらに骨の断面に見られる年輪のような成長線が不明瞭になったことが分かっている。
幼体の段階の途中で骨の中のカルシウムが分解され(この結果成長線が不明瞭になり)、骨の成長が遅くなるいっぽう、分解されたカルシウムが皮骨板の成長に用いられることで皮骨板が成長していったようだ。
このことから、装甲やハンマーは身を守るものであると同時に第二次性徴であったとも考えられる。
ズールの腰の皮骨板が欠けていたことからも、種内闘争としてハンマーで相手を打ち装甲でこれを受けていたこと、さらにこれらがなわばりや繁殖相手を巡る、成長した個体同士に特有の争いに関連していたことが考えられる。
これは装甲が捕食者による攻撃から身を守るものでハンマーが捕食者を撃退するものだったとする、従来からある見方と両立する。現生のシカ科やウシ科、サイ科などでも角を捕食者の撃退と種内闘争の両方に用いるのと同様である。
やや大型のティラノサウルス類ゴルゴサウルスGorgosaurusの脛骨の、ちょうどアンキロサウルス亜科のハンマーが当たる位置が骨折したものが発見されていて、アンキロサウルス亜科のハンマーが捕食者の撃退に用いられた傍証とされている。また先述のボレアロペルタで皮骨板の色素の痕跡が見付かっていて、背側が濃い色、腹側が薄い色という自分の影を目立たなくさせる配色をしていたことも、全長6mほどの曲竜類でも大型肉食恐竜からの捕食圧にさらされていた傍証となり、捕食者に対する備えの重要性を裏打ちする。
装甲やハンマーがない幼体のうちは群れをなすことなどで身を守ったようだ。幼体の時点でどっしりとした体形だったので、全長が同等程度の小型の肉食恐竜は跳ね除けたのかもしれない。
スコロサウルスはカナダのオールドマン累層上部からダイナソーパーク累層下部にかけて発見される。
これらの地層からは他にも様々な恐竜が発見されている。
植物食恐竜はパラサウロロフスParasaurolophusなどの鳥脚類、カスモサウルスChasmosaurusなどの角竜類、またスコロサウルス以外の曲竜類としてノドサウルス科のエドモントニアEdmontonia、スコロサウルスと同じアンキロサウルス亜科のエウオプロケファルスやディオプロサウルスDyoplosaurusなどである。また獣脚類の中でも歯のないオルニトミムスOrnithomimusやカエナグナトゥスCaenagnathus、歯の形態が他の獣脚類と異なるステノニコサウルスStenonychosaurusなどは植物も食べたと考えられる。
これらは口の届く高さやクチバシの形態、歯の構造、顎の強さなどがグループごとに異なっていて、各々異なった植物の種類や部位を食べ分けていたと思われる。
中でもスコロサウルスは特に低い位置の植物をあまり選ばず食べていたことになるが、ダイナソーパーク累層から発見されている特に背の低い植物の化石はもっぱらシダの胞子である。しかし他にも針葉樹やイチョウ類、被子植物など様々な植物の化石が発見されている。
大型肉食恐竜としてティラノサウルス科のゴルゴサウルス、ダスプレトサウルスDaspletosaurusがいて、これらはスコロサウルスのある程度育った個体にも捕食圧を加え得た。小型獣脚類のドロマエオサウルスDromaeosaurusやサウロルニトレステスSaurornitholestesなどはスコロサウルスのごく小さな幼体を捕食することがあったかもしれない。
また、ダイナソーパーク累層からは恐竜と植物以外に、爬虫類(翼竜、ワニ、コリストデラ類、トカゲ、カメ)、両生類、チョウザメやガーなどの魚類、貝なども発見されている。中には首長竜や軟骨魚類など、汽水域やそこから淡水に入り込んだ動物の化石もある。亜熱帯の環境にあった低地の氾濫原だったようだ。
[ニッポニア・ニッポン(トキ) Nipponia nippon]
学名の意味:日本を代表するもの
時代と地域:現世の東アジア、ただし日本の個体群は2003年まで
成体の翼開長:約1.3m
分類:鳥綱 ペリカン目 トキ科
19世紀まで日本全国で一般的に見られた野鳥である。
一見サギに似た水鳥だが、長く下に曲がったクチバシ、やや長いが曲げている限りは目立たない首、首と同様サギほど長くない脚を持つ。またクチバシの先端は感覚が鋭い。足には小さな水かきがある。これらはサギとは異なる採食の方法に役立つ。
かがんだ姿勢でクチバシを水底の泥に突っ込み小刻みに動かしながら進むことで、ドジョウや水生昆虫などの水中の小動物を探り当てて捕食する。長いクチバシとほどほどの長さの首が、菜箸を持った腕のように働き、水かきは泥に足が沈むのを防ぐ。
また水辺の泥の中や草の間にいるものも捕らえることができ、ミミズやカエル、バッタなど様々な小動物を食べる。
こうしたトキ科として一般的な特徴の他に、色彩や冠羽、生息環境に特徴がある。
鴇色と呼ばれるオレンジがかった薄いピンクは主に翼の下面に見られる。繁殖期になると首から黒い油を分泌して羽毛に塗りつけるため、頭部を中心に濃い灰色になる。
後頭部には長い冠羽が生えていて、普段は首に沿って畳まれている。英名のJapanese crested ibis(日本の冠があるトキ)の語源はこの冠羽である。
人里近くに現れていたことも重要な特徴である。元々の生息環境は森林の中の沼地だが、日本国内では水田で採食を行うことも普通であり、イネの苗を踏みつけてしまう害鳥と見なされていた。ただしねぐらや巣は深い林にあった。
本格的に捕殺されるようになったのは明治時代初頭で、民間にも猟銃の使用が認められたため、水田に現れるトキは農民にも手軽な狩猟対象となった。
肉は薬用として、また美しい羽毛にも利用価値が見出されて乱獲されたため、1930年頃にはトキは絶滅したかと思われるほどに激減した。
その後保護政策が取られるなどしてトキに対する狩猟が行われなくなっても、農薬が普及し水田の環境が変化させられ、小動物が激減したことを主な理由として、もはやトキの個体数が立て直せるような環境は失われてしまった。
国内のトキが最後に生息していた佐渡島を中心として人工繁殖が試みられたが、実を結ぶことはなく、日本産トキは2003年に絶滅した。
いっぽう、中国にも数は少ないがトキが生息している。日本のものと違いがないことが認められたため、中国産トキが数羽日本へ譲渡され、この子孫の繁殖には成功している。
これらの個体も佐渡島を中心として野生復帰が進められている。野生復帰したトキの個体数を維持するには、様々な小動物をどの季節にも安全に捕えることができる豊かな水田もしくは湿地とその周辺の森林など、豊かな環境が求められる。逆に言えばトキが定着できることが環境の豊かさを示唆することになる。
古生物飼育連作短編小説 Lv100 M.A.F. @M_A_F_
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