人工知能とボディガード、そして時々グレブナー基底

グレブナー基底大好きbot

第1話

 彼女の名は李慧慧リー・フイフイ。中国三千年の歴史を誇る人類最強の拳法「鵬峨楼蝋拳ほうがろうろうけん」を3歳で習得し、4歳で柔道、空手、剣道、合気道など他の武術を修了、5歳でボクシングやムエタイ、レスリングなどの世界チャンピオンを完膚なきまでに倒した。6歳になり、もはや人間との肉弾戦に飽きたので、戦車や潜水艦、戦闘機などの兵器をひたすら素手で破壊することを楽しんだが、次第にそれも退屈となり、12歳になってからは山籠りをして、自らの技を極め新しい拳法を作ることに集中した。そんな彼女も今や15歳。年頃の乙女らしく体も豊かに成長し、ドレス型の道着の胸は膨らみ、スリットからは細く綺麗な足がチラッと見えたりと、見た目は普通のかわいい女の子のようになった。そして、強さを求め、世界を破壊し尽くすことがつまらなくなったフイフイの、1年前から始めたアルバイトが、ボディガードである。

 さて、ここはどこか。場所的には、日本国北関東地方にある世界有数の巨大研究施設 KANTO2カントーツーである。フイフイは、ここの研究所の所長、雁田羅ガンダーラ博士から、ある依頼を受けここまでやってきた。もちろん、依頼とは博士の身の安全を守るボディガードのことだろうし、それには依頼人のところにたどり着くだけでも多くの危険が伴う。ピストル、ナイフ、ライフル、マシンガンなどを装備した総勢500人以上の屈強な男たちを相手にフイフイは5分くらいで全滅させ、博士の研究室の扉の前に立っていた。

「ここが……博士の部屋デアルか……」

 フイフイは右手に付いた返り血を少し拭き取ってトントンと二回ノックをした。どうぞ、と自動で開いたドアの中から出てきたのは、白髪に顔じゅうヒゲだらけのいかにも博士っぽい老人だった。

「ようこそ、いらっしゃった。フイフイさんですな?」

「いかにも、デアル。」

「早速じゃが、あなたには、わしのことを、テロ組織『時間主義者タイムズ・スクエア』から守ってほしいのじゃ……」

 フイフイは、そう言う博士の腹に一発蹴りを入れる。

「うぼお!!」

博士がおそらく今まで出したことのないような、おそらくこれからもないような、うめき声を上げる。

「な、なぜ……」

「お前、ガンダーラ博士デナイね。」

「なん……だと」

「外にあんだけマシンガンがいたのに、なんで博士が無事デアルか?」

 そう言ってフイフイは、博士(偽)を10メートル先まで蹴り上げる。そしてそのまま博士(偽)は意識か命を失った。

「さて、本物はどこデアルかね……」

 フイフイは周りを見渡す。この研究室は思ったより広い。あたり一面に怪しげな機械装置が置かれていて、ビームとかレーザー的なものが普通に空中を飛んでいる。他にも、赤いレバー付きのぐにゃぐにゃした波形が表示されている大型ディスプレイや、『危険!絶対触るな!』と書かれた絶対触ってしまいそうな脳ミソ的なものが浮いている水槽なんかがあった。そんな一日中いても飽きないような、一時間足りともいたくないような博士の研究室の中で、一際ひときわ目立つものが部屋の隅の机の上に置かれていた。

「これは……なにデアルか?」

 フイフイは、白いデスクの上の、一辺が1メートルくらいの黒い立方体を見つめる。箱ようなその物体には中を開けるような箇所などなく、表面も滑らかで何か書いてあるというわけでもない。フイフイが手を触れようとしたその時だった。

「来てくれてありがとう。」

 箱の方から声がした。フイフイは驚いて、迎撃態勢を取る。

「誰デアルか!」

「はは、驚かせてしまったね。私はガンダーラ博士だ。」

「ガンダーラ博士……?」

 フイフイは警戒しながらも、箱にところに戻る。

「ごもっとも。私は私を助けてほしくて、君、李慧慧リー・フイフイを呼んだんだ。」

「まさか、ガンダーラ博士とは、この……?」

 その時、机の下の扉が開いて元気よく男が飛び出した。

「本当に来てくれてありがとう!!初めまして、稀代のイケメンであり天才科学者の雁田羅常彦ガンダーラつねひこだよ!」

 フイフイは、急に開いた扉と衝突した自分のすねを涙ながらに抑えながらも、決めポーズを決めるその男の風貌を確認した。茶髪におしゃれ眼鏡、身長は170センチくらいで、白衣を着用しているものの、どう見ても20代くらいで博士には到底思えない。一発殺してやろうかと思ったが、何か心に引っかかったことがあったので、例の手続きを踏むことにした。

「今日の天気は何デアルか?」

「えーと、ジョージ・マッケンジーかな?」

 この男、本物だ。フイフイは、心の中でそう呟いた。ジョージ・マッケンジーは、フイフイの大好きなハリウッド俳優の一人であり、依頼人かどうか確認するための合言葉にも使っているほどだ。ちなみに、『今夜の晩御飯は何デアルか?』と聞くと、『マイケル・アンダーソン』と答えるのが正解である。

「本物みたいデアルね……」

「だから、言ってるじゃないか!僕がガンダーラ博士だ。いやあ、大変だったよ。いきなり、テロ組織『時間主義者タイムズ・スクエア』が来ちゃって、とっさに机の下に隠れたんだけどさあ……」

「で、守ってほしいのは、お前でいいデアルか?」

 フイフイはおしゃべりは好きでない。5秒話している間に少なくとも50人は殺せるからだ。そんなフイフイの期待に反し、博士はかぶりを振る。

「いいや、君に守ってほしいのは、このグレブナー基底計算を基本アルゴリズムとした自律型多機能AI、通称、BASISベイシスだ。 」

 そう言ってガンダーラ博士は、先ほどの黒い箱を指差す。立方体は沈黙を保っている。部屋には二人のほか誰もいない。

「ベイシス……?」

 戸惑うフイフイに構わず博士は続ける。

「この人工知能が世界を滅ぼすまでの49日間、君にこの子を守ってほしい。」

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