世界が滅亡する前に、あなたは何がしたい?
ぷっつぷ
世界が滅亡する前に、あなたは何がしたい?
俺は小説家を目指す28歳会社員だ。
仕事の合間を縫って小説を書き続け、土日は寝る時間と食事の時間、トイレの時間以外は全て執筆活動に費やしている。
正月休みに入ったここ数日間は最高だ。
1人暮らしの安アパートで、風呂も入らず、食事もパソコンの前、太陽なんか見ちゃいない。
他のものなど眼中にない。
気づけば時間は19時。
さすがに今夜は風呂に入らないとならないかな。
だが、まだなんとかなる。
夕食の出前も来てないし、もう少し執筆活動を続けよう。
パソコンの画面と睨めっこし、情景をどのように描くか考える。
そういやテレビで、もうすぐ21世紀だとかほざいてたな。
そうか、あと数時間で20世紀も終わりなのか。
ノストラダムスも2000年問題もなんてことなく、普通に21世紀が訪れるとはね。
まあ、そんなことはどうでもいい。
現実世界のことよりも、大事なのは小説の世界だ。
「あの、ちょっとすみません」
警察が犯人を追いつめるシーン。
雨に濡れる街中を、背広を汚しながら走る刑事。
周りの建物はどのように表現しようか……。
「あのー! すみません!」
設定では休日の昼間だから、人が多いだろうな。
そうすると、周りの人間の表情とかも描くべきか。
突然男と刑事が走り抜けたら、一般人はどのような表情をするだろう……。
「す・み・ま・せ・ん!」
なんださっきからうるさいな!
テレビか?
だったら消してやる!
そう思い振り返ると、俺はあり得ない光景を目にした。
部屋の中には、西洋風金髪ロングの美少女が困惑したような表情で立ち尽くしている。
しかも彼女の背中には白い翼が。
ちょっと待て、なんだこれ、誰だこれは。
つうか人間か?
「あの! すみません」
「だ、誰だお前!」
いくら憧れの翼の生えたブロンド美少女でも、突然現れたら驚くもんだ。
俺は腰が砕けそうになりながら床に転げた。
そして咄嗟に、真冬にもかかわらず近くに置いてあった扇風機を構え、身を守る。
「私は天界の妖精です! お、驚かせるつもりはなかったんですよ! ただ、ちょっと急いでて……」
は? 妖精? 天界?
ああ、これはあれだ、執筆活動に夢中になりすぎて、変な幻覚を見てるんだ。
気にする必要はないな。
扇風機は物置にしまう……のは面倒なので、元あった場所に置いとこう。
「1つ質問するので、それに答えてください!」
妖精は俺に対して、そんなことを言ってきた。
幻想に応えるのはヤバい気もするが、1人暮らしの寂しさから俺は頷いておく。
「ありがとうございます! じゃあ、世界が滅亡する前に、あなたは何がしたいですか?」
なぜか俺の手を握り、顔を近づけて、ありがちな質問してくる妖精。
顔の距離が近いために、孤独と諦観で荒んでいた俺の胸が高鳴る。
というか、俺の手を握る妖精の手は暖かみがあるぞ。
これ、ホントに幻覚か?
ともかく質問に答えておくか。
「そうだなあ……うまいピザが食べたい」
「分かりました!」
テキトーに答えた俺に、妖精は満面の笑みを浮かべ、天に向かって両手を突き上げた。
翼の生えた西洋風金髪ロング美少女が、散らかった6畳1間の部屋の真ん中で両手を突き上げる。
シュールな絵だな、おい。
いまいち状況が理解できないそのとき、インターホンが鳴った。
たぶん出前が来たんだろう。
すぐさま俺は玄関に向かい、扉を開けると、そこには予想通り出前のバイト青年が。
俺はそいつに金を払い、食事を受け取り、部屋に戻る。
部屋に戻ると、妖精とは別に、訳の分からんじいさんが1人増えていた。
真っ白な服に真っ白なヒゲ、温和な表情。
誰だよコイツ。
もう気にしたら負けだ。
食事にしよう。
「あの、何を食べてるんです?」
妖精が俺に、またも質問してきた。
なんかコイツら、幻覚じゃなく見えてきたぞ。
もし現実の存在だとしたら、それはそれで孤独が癒されるから、別に良いけど。
ともかく質問に答えておくか。
「ピザ。すげえうまいけど、妖精さんも食う?」
「え? ピザ? 世界が滅ぶ前に食べたい、アレですか?」
「そうだけど……」
「そ、そんなぁぁぁぁああ!」
おいおいどうしたんだ。
いきなり妖精が叫びはじめたぞ。
まるでこの世の全てに絶望するかのように。
俺がピザを食べると、何か問題でもあるのか。
「仕方ない。では、この世界を滅ぼす作業をはじめよう」
じいさんが淡泊な口調で、とんでもないことを言い出した。
意味が分からない。
俺がピザを食べると世界が滅ぶのか。
「わしは実は神の1人でな。最近どうやら世界を作りすぎたせいで、天界のメモリ容量が少ないのじゃ。そこで、この世界を消去することにした。ただ、黙って消去も悪いので、この妖精の頼みもあり、消去回避の道を御主に託したんじゃが……」
余計にとんでもないことを言い出すじいさん。
これに続いて、妖精が涙目で俺に訴えかけてくる。
「世界が滅びる前にやりたいことが、なんですぐにできることなの?! あそこで実現不可能なことを言ってくれれば、この世界は無事だったのに!」
いやいや、それは君たちの説明不足でしょ。
俺は全人類の存続を託された覚えはない。
こっちはピザが食いたかっただけなんだから、そんなに責められても困るんだが。
ついでに世界を滅ぼされても困るんだが。
バカらしい。
……でもちょっと待てよ。
コイツらが本当に天界の住人で、話が全て本当だとは思えない。
だがコイツらが天界の住人ではなく、コイツらの話がウソである保障もない。
リスクを考えると、コイツらの話を信じる必要もあるか。
うん? それってヤバくない?
俺がピザ食ったせいで世界が滅ぶのか?
「……なあ、もうこの世界は終わりなのか?」
「そうじゃ」
「……残念ですけど」
これはヤバい!
何としてでも世界滅亡を食い止めねば!
でもどうすればいい?
……そうだ、あの手でいこう。
「オエェェ! 何このピザ! すげえまずい! 何だこれ、食えたもんじゃない! 馬糞が浸かったドブみたいな味がするぞ! 金払って損した!」
「ど、どうしたんですかいきなり?」
「俺が願ったのは〝うまい〟ピザだ。だがこのピザはまずい! だから俺の願いはまだ達成されていない!」
これでどうだ。
世界滅亡は回避できるか?
妖精も希望を取り戻したような表情だし、うまくいくかもしれない。
「さっきうまいと言っておったじゃろう」
クソ! このじいさんきちんと聞いてたのか!
そうだよ! このピザすげえおいしかったよ!
しかもこれで1000円しないんだから、最高だよ!
さて、世界滅亡はどうすりゃ回避できる……。
「ちょ、ちょっと! 他に何かないんですか?」
なぜか知らんが、妖精は俺の味方だ。
どうも彼女は、この世界を守ろうとしてくれている。
それは嬉しいが、さっきから距離が近いんだよ。
なんで顔をそんなに寄せてくるの……。
「あ、そうだ。妖精さん、ちょっとどいて」
「え? あ、はい」
「もうちょっと離れて」
「はい」
世界滅亡回避の方法を思いついた俺は、すぐに行動開始だ。
まずは指を口に突っ込む。
そして舌の付け根辺りを思いっきり押し込んだ。
すると、胃から食道を通って喉に、そして口に向かって暖かいものがこみ上げる。
俺は豪快にピザを吐き出した。
フローリングに、黄色の液体とも個体とも言えぬものがぶちまけられる。
「な、何をしているんですか! 大丈夫ですか?!」
顔を真っ青にして、俺の背中を揺すってくれる妖精。
さすが妖精、優しいなあ。
「じいさん……これでピザを食ったことには……ならないだろう……」
吐き出しちまえば、ピザを食ったことにはならない。
ちょっと屁理屈だが、このくらい許してくれるだろう。
いくらじいさんでも融通は利くだろうしな。
「いや、もう口に入れた時点でダメだったんじゃが」
何だよこのじいさん!
融通が利かねえよ!
「なんとかなりませんか? この世界を、いえ、彼だけでも救えませんか?」
「ならぬ」
必死で訴える妖精だが、じいさんは無情にも首を横に振る。
なんか、妖精はどうやら俺を守ろうとしてるな。
じいさんも彼女の願いでここに来たって言ってるし。
やたら距離が近かったり心配してくれたり、ちょっと気になる。
……まさか、これが恋!
いや、そんな甘々なことを考えている場合じゃない。
ヤバいよ、これじゃホントに世界が滅んじまう。
俺がピザ食ったせいで世界がヤバいよ。
ええい! こうなりゃヤケクソだ!
「頼む! もう1度だけ俺にチャンスを!」
こうして願ったって、どうせダメだろうと思っていた。
頭の固いじいさんだからな。
しかし俺のそんな予想に反して、じいさんは意外なことを言った。
「ううむ、チャンスを与えることはできよう。じゃが、御主は寿命を失い、今の姿のまま永遠と生き続けることになるぞ」
チャンスの条件がまさかの不老不死。
それで世界滅亡を止められるなら、俺は大歓迎だ。
「何があっても死ねませんよ? いくら歳をとっても、見た目が変わりませんよ? それはきっと、いつか苦しみに変わりますよ?」
最後の忠告とばかりに、妖精が俺に言ってきた。
まあ確かにそうかもしれない。
でもいいんだ。
俺がピザ食ったせいで世界滅亡なんて、笑えないからな。
「じいさん、チャンスをくれ」
「御主の覚悟、しかと受け取った。ほれ、この青年に質問を」
「……はい。えっと、世界が滅亡する前に、あなたは何がしたいですか?」
話を聞いている限り、俺が世界滅亡前にしたいことを成し遂げると、世界が滅ぶみたいだ。
ならば実現不可能なことを言えば良い。
絶対にあり得ないことを。
……ならば、あれか。
「俺は、全世界から争いのなくなった世界で過ごしたい」
*
2758年。
俺はエウロパにある自宅から、木星を眺めながらの執筆活動を続ける。
「どうです? 執筆の方は」
「全然ダメだね。もうネタが浮かばない」
あれから俺はずっと、西洋風金髪ロング美少女妖精と一緒に住んでいる。
どうやら彼女、最初は俺を巻き込んだ責任から一緒に住みはじめたそうだ。
しかし何百年と時が経つにつれて、彼女が俺と一緒にいる理由が変わってきた。
「なあ、なんでお前は俺の側にずっといるんだ?」
「それは……あなたの書く小説が面白いからですよ」
妖精はいつもこう言って、俺の側にいる理由を誤摩化す。
だがな、758年も一緒にいれば、もはやお互いに家族以上の関係だ。
恋人とか奥さんとか、兄妹とか両親とか、そういうのじゃない。
文字通りの一心同体ってところだろう。
俺の書いた小説を、妖精はいつも楽しそうに読んでくれる。
そして俺は、妖精のそんな姿に癒される。
こりゃたぶん、これからも離れて暮らすことはないだろうな。
お互いの気持ち的に。
「では夕食を作ってきますね」
「いや、今日は俺が作るよ。筆が進まないしね」
「分かりました」
「何が食べたい?」
「そうですね……ピザなんかどうです?」
「おや、俺もそれ考えてた」
俺たちが出会った時の、俺の夕食。
今じゃレシピが博物館に飾られるような食べ物。
あんな油まみれのカロリーモンスターな食事は、今時滅多にお目にかかれない。
あの時は吐いちまったが、なんやかんやピザは俺たちの思い出だ。
《次のニュースです。宇宙国連軍が共和国との戦闘に勝利しました。苦戦が続いていた中での勝利に、多くの人々が喜びの声を上げています》
キッチンに向かうと、報道の声が流れてきた。
人類はいつも通り戦争に明け暮れている。
宇宙に進出してからも、それは変わらない。
だが俺はそういった戦争のニュースに、一安心してしまう。
なぜなら、争いが起きる限り世界が滅亡しないからだ。
そうやって、758年間を過ごしてきた。
一時は戦争がなくなった時代もあった。
それでも世界は滅亡していない。
なぜなら俺は、争いのない世界を望んだからだ。
戦争がなくたって、殺人事件は起きるし、小競り合いは世界中で起きている。
ガキの喧嘩からマフィアの抗争まで、争いは絶えない。
戦争が再びはじまったのは、人類が宇宙に進出し異星人を発見してからだ。
異星人の文明は遥かに上を行くかと思っていたが、そうでもなく、人類は銀河系の5分の1を支配下に置いている。
これからあと数百年間は、まだ戦争が続くだろうな。
人類が争いを続ける限り、この世界は滅亡しない。
自分で口にしときながらアレだが、なんだかヒドい皮肉だな。
まあでも、あながちそれは間違っていないのかもしれない。
本来の争いは、自分たちの滅亡を避けるためのものなんだから。
世界滅亡説はいつだって語られる。
古くは異星人の侵略説や核戦争説、最近じゃブラックホール説や異次元からの侵略説が有力候補か。
しかし20世紀末、とある小説家志望の男が、ピザ1枚で世界滅亡寸前にしたことは誰も知らない。
それに加えて、人類が争う限りこの世界が滅亡しないことも、誰も知らない。
世界が滅亡する前に、あなたは何がしたい?
決して、ピザを食べたいなどと答えてはいけない。
いつどうやって世界が滅ぶかなんて、分かりゃしないんだから。
世界が滅亡する前に、あなたは何がしたい? ぷっつぷ @T-shirasaka
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