誰にだってコワイものがある

 まさか、泉さんとこんなところで出くわすことになるとは思わず思わず唾を飲む。

 どういう意味かって?それはもちろん悪い意味で、だ。

 しかして一体、この少女はこんな夜更けに何をしているのだろうか。

「で、貴方はなんでこんなところにいるわけ?」

 同じことでも考えていたのか、先に疑問を投げ掛けられる。

 話して困るような事柄ではないのだけど…

「別に、遠出した帰りだよ。そっちは…いややっぱり言わなくていいや」

「なんでよ?そこは普通聞くところでしょう」

 彼女は不服そうに眉をしかめる。

 何故って問われれば、確実に聴かなきゃよかった類の話をしてきそうだから、とは言わない。下手に口をだして機嫌を損ねてあたってきそうな気がするし。

 とはいえ、このままでも気まずい。

 さっさと尻尾を巻いて逃げ出そうかと思っていた矢先、また彼女の方から動きがあった。

 あたりを見渡した後、彼女はなにかに気付いたように目を見開く。

 その視線は、やがて私の足元に止まった。

「-ねぇ、せっかくの機会だし少し話さない?」

 そして何かに納得するような所作をした後、ふとこんなことを聴いてきたのだ。


「なんでこんな夜更けにしかも往来のど真ん中で?」

「男女が逢瀬をするにはこの上なく絶好のタイミングだと思うけど?ほら、月もあんなにきれいで丸く輝いているし」

「えー…」

 いきなりロマンチックなことを言い出した泉さんに、思わず呆気に取られてしまう。

 いやだって、彼女のイメージ像からかけ離れたようなことを言ってきたのだ。

 まるで自由奔放な悪ガキか、一寸危ない不良生徒と言った印象を濃くもつ人づきあいの下手な女子高生。といったのが今まで見てきて感じた人となりなのだが。

 少女らしく、そういった思考もできるらしい。だからと言って何かが変わるわけでないけど。

「あー、その泉さん?悪いんだけど今は出かけの帰りで疲れがたまってるんだ。だから早く家で休みたいんだけど」

 実家に帰ってくつろいではいたが、行と帰りで数時間程移動して、ついでに予定を切り上げる形での帰還と言うことも相まって疲れが残っているのも事実。

 そう、事実なのだ。

 誰に向けたわけでもない言葉を頭で反芻して、自分にいいきかせる。少しだけ、彼女と対話をしていく中で罪悪感が芽生え始めていた。

「別に明日は休みだし、いつでもゆっくり休めるじゃん。」

 対する彼女は、嘘を見抜いたのかそれとも元来の厚顔さが発揮されたのかお構いなしに誘ってくる。

 最終的には渋る私の手を取って、どこかへと連れ去られてしまう。


 存外に、否。見た目通りといったほうがいいのか自由奔放な彼女らしく運動が得意なようで持久力も申し分ない。

 何故そんなこと言うのかというと、彼女に付き合わされた私が情けなくも息を切らしてついていくのに必死だったから。

 這う這うの体で、彼女が立ち止まるまで何とかついて行ってみると、案内されたのは何とも寂れた公園だった。

 敷地のほとんどが茫々と生い茂る雑草に使われなくなって久しい遊具の数々。

 こんなに夜更けあまり長居はしたくない場所ではある。


 そのうちの、錆が覆っているブランコに泉さんは臆面なく腰を掛けた。

「ほら、貴方も座りなよ。そっちの方がしゃべりやすいでしょ?」

 そう言って、空いている方のブランコを叩く。

 確かに、引っ張りまわされて疲労困憊して休みたい気分なのだけど、汚れてみてくれの良くないブランコに座ることと、どういう理由で自分を気にかけているのか分からないことも重なり素直に頷くには時間が必要だった。

 -でも、この際にはっきりさせるのもいいかもしれない。-

 そんな打算めいた考えから彼女に誘われるがままに隣のブランコに座る。


 おもえば、良好な関係を作っていたわけではない私たちが、なんでここまで接点が多いのか。それにもう少し疑問を以て考えていればそのうちたどり着いていたかもしれない。

 どちらにせよ私が知りたかった『答え』は、遠くない未来にわかってしまうのだった。


「さて、じゃぁ何から話しましょうか」

「何?何の間違いじゃなく?」

「あら、あなたは私に聞きたいことがあるだろうし、私にも聞きたいことがそれなりにあるの。」

 怪し気にわらう彼女に嫌な予感が膨れ上がってきたものの今更後には引けない。

「えっと、あんまり遅い時間になると危ないしお手柔らかにお願いします」

「あなたって、雰囲気台無しにするタイプだよね。」

 それはあんたには言われたくない。と思ったもののやはり口には出さない。この少女には口でも体力的にも勝てない自負があったから。なんとも情けない話だ。

 うん。詮の無いことだし気をとりなおそう。

「まぁ、否定はしないけどさ。それより本題に入ろう」

「別にいいよ。何ならあなたから先に質問どうぞ」

 なんとなく想像つくけど、と言外に言っているような表情を私に向ける。

 正直そんなもの向けられていい気分ではないし、馬鹿正直に堪えるのも癪ではある、がそれ以外に気うことを持ち合わせてはいないのも事実。


「そうだな。じゃぁあえて聞くけどなんで僕にだけ執拗に構うんだ?」

「前にも言ったような気がするけど、あなたに興味が湧いたから。それだけだけど」

「そうじゃなくて、その興味を持った理由を聞きたいんだ。なんで、どこで興味を持った?接点なんて数えるほどしかないだろう。」

「それは、あなた自身に気付いてほしかったんだけどまぁいいか、なぜかって?答えは単純」

 -私と似ているから-

「-え?」

 思わず、素っ頓狂な声が漏れてしまった。

 だって、そんな風に思われていたなんて今の今まで知らなかったのだから。

「いやいや、待ってよ泉さん。僕と君じゃどんな角度から見ても似ても似つかないじゃないか。」

「アハハ、たしかにね。あなたみたいにおどおどしないし、何より私の方が強いもの。」

「うぐ…」

 あまりに不遜な態度にしかめっ面になる。そんな姿を彼女は面白そうに眺めていた。性格がひん曲がっているんじゃないだろうか。

「で。そのいつもさばさばしてるお強い泉さんが、真逆の僕とどこが似ているって?」

「此れでもわたしは臆病な方なんだ。あなたと一緒で」

「…いやーそれはないでしょ。そんなの想像できないし。」

「心外ね。一端の乙女なんだから憧れることもあるし怖いものだって人並み以上にあるよ。理解してくれるかは別として」

「…?」


 初めて見た疲れ切った表情でそっぽを向く泉さん。

 何故かその表情にみ見覚えがあった。それがきっと大事なことのように思えるのに、けれどどこで見たのかは思い出せないのがもどかしい。

「今度は私から聞いてもいいかしら?」

「え?まだ僕の疑問に答えてもらってないよ。」

「十分応えたじゃない、それがすべてとは言わないけどね。でも今度は私の番、いいでしょ?」

「…わかった。もうそれでいいよ」

 この際彼女に出来るだけ合わせてさっさとすませよう、若干投げやりになりながらも彼女の次の言葉を待つ。

 件の彼女がいつもの人を小馬鹿にした態度ではなく、戸惑いながらそれでも何とか行動に移そうという心理状況が手にとってわかった。

 そして真剣な眼差しで私を見つめながらゆっくりと口を開いていく。


「貴方は、お化けっていると思う?」



「-え」

 思考が巡る。

 頭のどこかで予想はしていたのかもしれない、いきなりそんなバカげたことを聞いて思考が止まるということはなかった。

 ヒイロから聞かされた彼女の悪い噂、そして昔の自分もよくやったであろう、周りの人から見れば突然挙動不審になること。

 まるで、見えない何かを見ているかのよう。

 それらがようやく、一つにまとまってしまった。

 -私と同じ、妖が見えてしまう人。-と言うこと。

 でも、なんで、このタイミングで。

 

「ねぇ、聞いてるの?答えてよ。」

 泉さんが切羽詰まった様子で私の答えを催促してくるなか、頭の中は混沌とかしている。

 なんて答えればいい?昔そうだったと告げればいいのか、それともそんなものは知らないとしらを切るべきか。

 このとき何か気の利いたことでも言えていればよかったものの、緊張で喉はカラカラになり、過呼吸気味で考えがまとまらない。

 否。何故かただ一つ逃げるべきだという強迫観念がまとわりつき、それはだんだんと大きくなっていく。

 そして-


「-ゴメン!」

「え、待ちなさい!」

 ついに耐え切れなくなった私は駆け出し、さびれた公園を後にした。

 すぐに追いつかれるかもしれない、そう思っていても足は止まらなくて。

 何故か泉さんも追ってくる気配もない。

 それでも無我夢中に走り回り、やがて近所の神社周りに着いたところで我に返る。

 如何やら逃げおおせることに成功したと、少しの罪悪感を胸に残し安堵の息を吐いたのだった。


「で、それはいいんだけど、またずいぶんと遠いところまで来ちゃったなぁ。」

 そう独り言ちつつ辺りを見回す。

 この一帯には街灯と言ったあたりを照らす装置もまばらで、すぐ先は闇が支配する世界、とでもいえようか。

「…なんで夜中にここ来ちゃったかなぁ…夜の神社はいろんなもの出てきそうで怖いから近寄りたくなかったのに。」

 普通は、神社と言えば神聖な雰囲気に包まれて悪い何かを断つイメージがあるけど、夜となれば話は別だ。

 学校と同じで日中と日没でがらりと反転してしまうんじゃないかと思うくらいに。

 だからこそ、普段は近寄らないように心がけていたというのに、とんだ大失態だ。

「いや、まだ何かがあると決まったわけじゃない。気を強く持つんだ、僕…!」

 なけなしの勇気を奮い立たせるために、いつもより多く独り言をつぶやく。

 そういった類のモノはいるいないに関わらず、弱っているときに現れやすいということは今までの経験上よくわかっていたからだった。

 ついでと言わんばかりに、陽気な歌を歌ってみようと頭に残っている曲を必死に検索する。


 その結果、選び抜いた曲と言えば

「…お化けなんてなーいさ。お化けなんてうーそさ…」

 自分でも分かりやすいほどの選曲ミスであった。裏返せばこれ以上ないほどマッチしているとも言う。

 陽気な歌詞を口ずさみ気を紛らわせようと思ったのだが、ド定番なこの曲しか思い浮かばない自分に心のなかで苦笑いする。

 当初の予定とは違う意味で落ち着いたから、良いのだけど。

 ともかく調子の外れた歌を歌いながら帰り道を歩いていく。こんな姿を誰かに見られていたら赤面ものではあるけれど、なりふり構っていられないのがつらいところだ。


「だけどちょっとだけどちょっと僕だって『ガサッ!』ひぃ!?」

 突然、近くの物陰から物音が聞こえた。不意を打たれた影響でその場で硬直してしまった。

 小動物にしては音が大きい気がするし、風一つ拭いてないのに何かが倒れるというのもおかしい。となると、小動物以上の動くナニカが近くに潜んでいるということになる。そう考えただけでも空恐ろしくなってきた。

 もう感じることのないと思っていた感情が沸き上がり、思考速度が鈍らせる要因の一つとなっている。

 -いつもならとっくのとうに逃げおおせていたはずなのに、未だに足が地面から離れない。幸か不幸かその場でとどまってしまう。

 その時だった。


「…誰か、いるの…?」

「…へ?」

 かすかに聞こえた、か弱い震え声。

 その声は聴いた覚えのある、友人のモノで。

 それが気になって、恐怖をひたすら我慢してその声の元を探す。

 如何やら休憩所代わりに使われたであろう掘っ立て小屋から漏れたようで、意を決してその扉をそろり、そろりと開いていった。


 するとそこには



 膝を抱えて震えている清水さんの姿があった。

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見えない世界 啓生棕 @satoutuyukusa

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