虫の知らせは案外馬鹿にできない

 あのあと、今まで話すことのなかった都会の情報を根掘り葉掘り話すことになり、それにつられて、クラスメイトたちは物珍しさに集まり、たくさんの人と交流を持つことになった。

 正直、慣れていないこともあるので疲れも出たけど、充足感のほうがはるかに上だった。

 中には小馬鹿にしているような人も見かけたけど、にぎやかな世界へと溶け込めていると言う実感が、そんなことを気にさせなかった。

 時折、不穏な視線を後ろから感じることはあったものの第二のスクールライフは順風満帆だと言える。


「なぁ、明日の夜空いてるか?」

 始まりは帰り際にかけられた、一人の友人から発せられた何気ない一言だったのだろう。

 つい最近になって縁ができた、陽彩とは別ベクトルで軽い雰囲気を持つ男友達-金崎に近い-は笑みを浮かべて話しかけてきた。

 その様子から、大事な用というわけでもなく単に遊びに誘っているようだった。

 気になるところと言えば、なぜ放課後ではなく『夜に』と限定しているのか、だが夜にしかできない遊びでもやるのだろうか。

 パット見思い付くのは花火と…お泊まり会?前者は若干季節外れだし、後者は男がやるのはなんか違う気がする。

 それに夜遊びと言う言葉はそこはかとなく不穏なものを匂わせていたが、そういったものに興味が出てしまうというのが、いわゆる若気の至りと言うものだ。

 出来るのなら私も参加したいものだけど、明日となると土曜だったか。

「ゴメン、その日は都合がわるいんだ。」

 そう、その日は既に予定が詰まっていた。それも複数。

 なので丁重に断ろうとしたのだが、思いのほか粘着して誘ってくる。

「えー、付き合いわるいなぁ。そんな時間かけないから、一緒に遊ぼうぜぇ?」

「いやほんとにゴメン、色々と用事が立て込んでて…」

「クラスの大半は行くって言ってるんだぜ?中には無理して予定あわせてくれた奴だっているんだ。お前だって少しは都合つけれるだろ、なぁ-」

 最初のほうは申し訳なさとか、後ろめたい気持ちを持ち合わせていたのだが、あまりにしつこいものだからだんだんと薄れてくる。

 そこで、自分だけでは断ることもできず辟易していたところに助け舟が出された。

「おいおい、無理強いはよくねぇな。それにシユウはその日俺んちのバイトが入っているんだ。従業員たぶらかすのやめてくる?」

「あ、ヒイロ。」

「…なんだよ、別に深夜営業してるわけじゃないんだろ?」

「いやさ、週末ってことでいろいろとやることがあるんだよね。お客さんも多いわでちょいと悪いけどコイツにも遅くまで残ってもらおうと思ってサ。てことで悪いね俺とこいつは参加できそうにねーんだわ。」

「…ああそうかい、残念だなぁせっかく面白い企画用意したのに!」

 軽薄そうな男友達は声を荒らげながら心底残念そうに去っていった。


 一先ずの厄介事が去っていったことに安堵のため息をつき、今度は陽彩のほうへと視線を向ける。

「ありがとう、ヒイロ。…でもさ、明日はそもそもバイト入れてなかったはずなんだけど」

 わざわざ事前に開けてもらえるように頼み込んでシフトを汲んでもらったのだ。

 すると陽彩は下を出して悪戯に笑う

「ああ、ありゃ嘘だ。よく言うだろ『嘘も方便』ってな。」

「嗚呼なるほど、でもいいのか?お前『明日は半ドンだヒャッホー!』とか騒いでたから、」

「ンー、あんまり興味出なかったていうか…あんま気乗りしなかったんだよな。メンツ的に」

 そう言って頬を掻く彼に、少しばかり以外に思った。

 彼は人づきあいを苦にしていないところから、誰にでも仲良く接しているのだと勝手に思っていたのだ。

「俺だって好き嫌いはあるさ、金崎とああいうような輩は好かなくてな。」

「え、金崎とも仲良くなかったんだ?」

「おまえ…あれだけ言い争いしてたところ見てよくそんなこと言えるな」

「てっきり喧嘩するほど仲がいい、というやつかと。ほら、君たちやけに息があってたじゃないか。」

「アー、まぁ、似たような人種なんだろうよ。俺とアイツは。」

 それだけだ。と陽彩は言っているが、明らかに何かを隠している。

 とはいえ、それを無遠慮に聴けるほど私は面の皮は厚くない。

 いつか、話してくれることを願って相槌だけをうちそっと胸の中へとしまい込む。

 「そういえばシユウはさ、朝から出掛けるんだよな?」

 明日の予定を訊ねているのだろうと。そこまで考えないで言葉を紡いだ。

「そうだね、朝から電車に乗って…実家のほうに顔を出すつもり。もしかしたらそのまま泊まってくかもしれないから、断ってたんだけど」

「ならそっちを優先するべきだろ。どうせ残っても真夜中集まって何やらされるかわからないんだし」

「花火大会とかそんなのじゃないか?」

「ならいいんだがなぁ。ま、どうせ関わらないことを気にしても意味ないな!」

 それに宿題もあるし!と、無駄に威勢のいい声をあげているが空元気に違いない。

 今回出されたものは週末と言うことでかなりの質と量だ。私だって考えるだけでうんざりする。しかもあの飄々とした担任は宿題に関しては真面目に指導するのだ。

 こんなことでお小言をくらいたくないから、二人して今度の宿題をどう片付けるか面白おかしく語り合いながらも途中まで一緒に帰ることになった。

 二人同時に帰りの支度を済ませて教室を後にしようとするとき、ふと自席の後方を見る。

真後ろの席に陣取る泉さんはすでに教室を後にしていて、斜め後ろの清水さんは女友達と一緒に歓談にふけっていた。

 偶然拾えた音には『明日、予定』というキーワードがあったので、もしかしたら私たちと同じ遊びの勧誘でもされてるのかもしれない。

 もしイヤイヤ行かされそうなら、陽彩がそうしてくれたように助け舟をだそう、とはいっても彼女たちは楽しそうに笑っているからその心配は杞憂かもしれないが。

「おーい、まだ終わらないのか?」

 と言っても終わるまで待てるというわけではない。

 すぐに準備を終わらせた陽彩から催促がされて、慌てて鞄に荷物を積める。

「…ああ、もう大丈夫だ、行こう。」

 そう言って、陽彩とともに教室を出ることになった。

 一抹の、本当に些末な違和感を置き去りにして。



 そして日をまたぎ、土曜の朝。

 家を出る前にある程度の家事を前日のうちに済ませて戸締りをしっかり確認し、自室を後にした。

 一度荷物を確認、財布の中身よし、暇潰し用のブツも持った。

 思ったより荷物が少ない、なにか足りないような気もするけどただ一時の帰省ならこんなものだろうと自分を納得させた。

 

 日が出てからさほど時間はたってなく、これから駅にむかい電車に乗れば昼を少し過ぎるくらいには実家につくだろう。

 あらかじめ昼頃に着くというメールを道中で送りながらゆっくりと歩いていく。

 朝方と言うことでまだ眠気が残っていて今も目をこすりながら街の中を歩いていると、見覚えのある姿が遠目で確認できた。

 あれはおそらく清水さんのはずだ、後ろ姿だから断言できないけど。

 こんな朝早くから何をやっているのだろうかと少しだけ興味を惹かれ、ついでと言うわけではないが軽く挨拶をかけようと近づく。

 清水さんも近づいてくる足音に気付いたのか、くるりと後ろを振り向いた


「清水さん。おはよう。何してるんだ?」

「え、あ、お、おはよう黒河…そっちこそ何してるの?」

 手を振りながら声をかけると、清水さんは少し慌てた様子で挨拶をかえした後逆に聴き返してくる。

 確かにお互い朝早くから、荷物を以てどこに行くのか不思議に思われても仕方ない状況。

 実家に帰るということを話したのは岡崎家の面々だけだし、別に話しても問題ないかと端的に説明する。

 すると彼女は、なにかに気付いた様子でくちをひらいた。

「じゃぁ、もしかして今日の夜の集まりには来ないの?」

「そうなるね。日帰りになるとしても夕飯を食べてから実家を出るつもりだし、できても途中参加になるから。ならいっそのこと今回は遠慮しとこうかなって。」

「そう…でもまぁ今回はそれが正解だったと思うわ、特にアナタはね。」

「え?なんで」

「今回はみんな集まって度胸試しをするんだって。そういったものが苦手そうな顔してるしね。」

 私の顔を見ながら、そんな失礼なことをのたまう清水さん。

 残念なことに、その見解はまるきり当たっているのだけど。

 だからこそ強がることが出来ない私は、一寸した反抗心のようなもので訊ね返してしまった。

「そういう清水さんは大丈夫なの?別に怖がりだからって何か言うわけじゃないけどさ」

「はぁ!?私が怖がり?そんなのあるわけないでしょ!上等じゃない、今夜の度胸試しで優勝もぎ取ってやるんだから、次の登校日に見てなさいよ!」

 売り言葉に買い言葉、とは少し違うかもしれないが清水さんは憤りながら今夜の催し物で一等を勝ち取とると宣言した。

 そもそも度胸試しに一等とかあるのかと言いたくなるのだけど、少しその内容に興味を持ったもののその時には既に彼女の姿は無かった。

 度胸試し、と言うのだから何か危ないことでもするのだろうかと心配になったけど、しっかり者の彼女のことだからよほど危ないことはしないはずだ。

 ただ、昨日憶えた引っ掛かりが大きくなっているのを感じてはいたが、時計の針は自分には関係なく進んでいく。

 電車に乗り遅れるとまずいと思い、仕方なくその場を後にしたのだった。



 そして駅に着くと、改札にカードをかざして小一時間ほど電車に揺られ一路実家への帰路につく。

 その間、相川書店の店員から貸してもらった文庫本を読み切ってしまおうと手に取った。

 量的には多すぎず少なすぎずではあったけど、読み切るのに今の今までかかってしまった。なので今回の移動時間で済ませてしまおうと、持ってきた本を開きゆっくりと文字を追い始めた。

 おそらく、最寄り駅に着くまでには読み終えることが出来るだろう。

 結局のところ、行きの移動の時間を丸々使って読み終えることになった。

 書店員から薦められただけあって、ストレスなくすらすらと読める、が感情移入するほどのめり込こまないというのが正直なところだ。

 それは、ひとえに今までの経験が邪魔をしているのが分かっているのでそれを抜きにして考えれば面白い、と思う。



 最寄り駅をでて、極力人に会わないように進む。

 そして、駅を出てから十数分ほど歩けば、ようやく実家に到着と相成った。

「ただいまー」

 親に進められて転校、一人暮らしになって早一カ月。晴れ晴れとした気持ちで玄関を通ることが出来るのは新天地での生活が今のところ順調で楽しいからだろうか。

 そんな感慨に浸っていると、向かい側からぱたぱたと軽い足音が聞こえてくる。

 それから間もなくダイニングへ続く扉からひょっこりと姿を表し、私の姿を視認すると柔和な笑顔が返ってきた。


「おかえりなさい。病気やけがはしてない?」

「ただいま、母さん。」

 私と同じくらいの背丈で優しくわらいかけながら私を出迎えてくれる。

 如何やら昼食の用意をしていたところのようで、少し汚れたエプロンを着ていた。

 そんな母に連れられ、ダイニングに向かうとテーブルには私の好物がずらりと並び、席には一か月前と変わらない姿で父が新聞を読みながら私を待っていた。

「おかえり修、初めての一人暮らしは大変だったろう。今日はゆっくりして行きなさい。」

「そうでもないよ。学校は楽しいし、休みの日はちゃんと休めているしね。」

「ほう、それはいいことを聴いた。ならその話を詳しく聴かせてもらおう。」

「はいはい、それはまた後でね。料理が冷めちゃいますよ。」

 父が興味深そうに話を聴きたがっているのを母が制し、席について早速昼食にありつく。

「ふふ、修が帰ってくるから今日は少し張り切って作ってみたの。今日は好きなものたくさん用意したからきちんと食べていってね。」

「じゃあ、遠慮なく」

「「「いただきます」」」

 こうして、久しぶりに家族揃っての昼食を楽しむ。

 先程途中で切り上げられた学校での話を、父は落ち着かない様子でまち、そこ待ってましたと言わんばかりに私が話し始める。

 学校に登校していの一番でやらかしてしまったこと、そのお陰なのか一人の友人ができたこと。

 その友人宅でアルバイトをさせてもらっていることや、母に教わった料理がみんなに誉められたこと等々。

 自然と口から溢れるように矢継ぎ早に出てくる。

 たかが一ヶ月、去れど一ヶ月。

 短くもない濃厚な学校生活を語ろうと饒舌になり、それを二人して笑みを浮かべながら、時折父が目尻に涙を浮かべて聞き入っていた。




 それからも家族での団らんは続き、えんもたけなわといった頃合いになって、ふと母が話を切り出した。

「ねぇ修、何も起こってない?」

 恐らくにしかわからない問いかけ。

 そして、今のクラスメイトの誰にも知られたくない過去の話と密接にか変わる類いのものだ。


 ここで昔の自分を振り替えってみるが、田舎の学校に行くまで私は頭のおかしい子、みたいな関わったら不味いブラックリスト的なものに乗っていたはずだ。

 それも当たり前だと、今なら理解できる。

-突然、なにもないのにわめき散らすやつがいたら、誰だって不気味に思う-

 そう、子供の頃の自分は本当に危ないやつだった。-今も子供ではあるけど。

 いつも情緒不安定で、ナニカに怯えるように突然喚きだす。

 そのとばっちりを受けたらたまったものじゃないし、そもそもその姿事態が不気味に見えていたのだから。

 気休め程度に病院で診察してもらい、思春期特有の、やたらと小難しい名前の病気を言い渡された気もするけれど、きっとこれがそんな明快なものではないと言うのは子供心に理解できてしまったのは、はたしてよかったことなのか。

 唯一最大の幸運は、父も母も親身に接してくれたことだった。

 若い頃母も同じ悩みに頭を痛めていたと、その事を知っている父達に相談をすることが出来たから。

 母がいつか克服できる日が来るといっていたけど、ここまであっさりと来るとは思っていなくて-

 それも踏まえて少し、家を出てからこれまでの記憶を遡り考えてみた。

「-うん。一人暮らしはじめる以前から、パッタリ見なくなったかな。それが何でなのかわからないんだけどさ。」

 私の返事を聞くと、母は心底安心したようにほっと息を漏らした。

「そう、良かったわ。私に似ちゃったのか変なものに巻き込まれやすい体質だったから…じゃあ最後に一つだけお母さんに約束、してくれないかしら?」

「別に構わないけど…成績上位になれとか、友達紹介してって感じのやつ?」

「我が子ながら、どうせなら彼女をつれて帰ってくるぐらいの気ぐらいはもってほしいわね…。ううん、そっちも大事だけどもっと真剣なお約束」

 最初の方だけあきれた口調ではあったけど、気を取り直して母は私を見つめる。

「本当に危ないことだけは、絶対にしないで。夜に出歩くこともなるべく控えなさい。いいわね?」

 

 ここに来る前に夜遊びに誘われていたこともあってそんなもう子供じゃないんだから、とか大袈裟すぎない?何てそんな言葉がでかかったけど、それも喉まで押しとどまるほど、母の形相が怖くて

 その真剣さに怖じけつき静かにうなずくのだった。





 ともかくせっかくの連休、そして久々の帰省ということもあり存分にくつろぎ甘えようと思ったのだが、ここでひとつ問題が。

「宿題を下宿先に忘れてきた…」

 なんとも間抜けな話だった。

 あの量を考えて明日の夜まで放置なんかしていたら確実に終わらないだろうし、気づいたのが連休初日が終わる前だったのはまだよかったと考えるべきか。


 ただ、宿題のために出戻ると言うのも、時間も金ももったいないし、と考え抜いた結果。

 当初の予定通り日帰りで帰ることにした。

 名残惜しげに両親と別れ、とぼとぼと帰路につく。

 日帰りで帰ることを告げると、両親は、なら早めに帰りなさいと元々準備していた夕飯のいくつかを手渡して帰宅を急がせる。

 そのお陰で出るときはギリギリ明るかったが、さすがに下宿の最寄り駅についた頃にはそとは真っ暗に。

 そういえば、夜からやると言う度胸試しを思い出した。

 この時間帯からだろうか、すこし気になったけど親から難色を示されそうなので思うだけにとどまる。

 ついでにやっぱり暗いところは怖いので、さっさと帰ってしまおうと言うところで、見知った顔と出会ってしまった。

「泉…さん?」

「あれ、黒河じゃん」

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