質か量かで問われたら、まず量を取り、質を高める

 週休二日をまたいで、今度こそ本当に登校日。

 予定では昨日は家に帰ったら次の日の準備をしてすぐに休む手はずだったのに、つい借りた小説を読むのに夢中になって寝付くのが遅れ、そのせいもあって疲れが結構のこっている。

 体を動かすのが若干憂鬱ではあるが、遅刻することだけは避けたい。いや、まだ時間的優位はあまりあるのだけど。

 そういえば、と昨日のバイトの最中、陽彩との会話がふと呼び起こされた。

「そういえば、今日弁当作って来い、て言われてたっけ。」

 何とも唐突な話ではあったが、おそらく意味はなく、単に面白がっていっただけだろう。

 自分でもそれはわかっていたけど、バイトの練習になるののと個人的にもそろそろアリかなと思ったこともあり、昨日の帰りに買い込んでおいたのだ。

 しかも今日の分の仕込みまでする徹底ぶり、我ながら完璧である。

 …と昨日は自画自賛していたのだけど、改めて見てみるとその意気込みっぷりに少し引いてしまう自分がいた。

「これ、学校のみんなにもひかれないかな…」

 盛り付け終わった弁当箱を見ながら、そうつぶやくのだった。

 一人悩んでいても仕方ないと、教材を鞄に敷き詰めついでにまだ読み終えてない小説も鞄に入れて。

 そして学生服に身を包んで今度こそ学校へと旅立つ。

「いってきます」

 そして私は誰もいなくなる自室を後にした。



「よーっすシュウ。おはようさん。今日は弁当持ってきたか?」

「おはよう陽彩。ああ、いわれた通り持ってきたけど…」

「よし、これで昼の楽しみが増えたな。あ、清水サーン。今日の昼休み一緒にどう?」

 昨日のうちに苗字呼びでは味気ないと、名前を音読みした渾名で呼ぶようになった陽彩。

 今日も彼は絶好調のようで、気さくに清水さんに声をかけている。

 対する清水さんはというと

「そうね…予定もないし私もご一緒させてもらうわ。」

 とまんざらでもない様子。

 人が増えればそれだけ楽しい、と思ったのも束の間。そういえば今日は自作の、一寸凝りすぎた弁当だったことを思い出した。

 アレを誰かと囲んで食べるのかと思うと、少し恥ずかしい気もするけど…

「そうそう、今日のコイツの昼は自作の弁当なんだって。どんな出来になったか気にならない?」

「ちょっ陽彩!」

 あんまり目立ちたくない私とは正反対で、陽彩はこともなげに言ってしまった。

「へぇ、あんた料理できたのね。じゃぁ、私たちでどれくらいの出来か見てあげようじゃない。」

「いや、そんな持ち上げられてもすでに作った後だし、それに期待に添えるかどうかもわかんないよ…」

「ふーん、なら一寸だけ見せてくれよ。きちんと判断してやるからさ」

 そして陽彩は、素早い動きで私の鞄を引ったくると、躊躇なく中身を確認し出した。

 こちらが制止する甲斐もなく、直ぐに謹製の弁当箱が姿を表した。

 それを見た二人の反応はどれも芳しくない。

「これ、多すぎね?」

「…少なくとも一人で食べきれる量じゃないわ」


 重箱というほどでもないが、運動会やピクニックでよく見かける家族用の大きさの弁当箱が、彼らの視線の先にはあった。

「…昨日張り切りすぎて、どうせだしみんなにも食べてもらいたいなー、何て思ってました。正直食べきれる気がしないんで手伝ってくだし…」

 なまものであるため、あまり長い間保存できないし、それに新鮮なうちにできるだけ消費したいという心づもりもあって詰めてきたのだけど、もう少し考えるべきだった。

 まさしく後の祭り状態だったわけども。



「お、いいのか?俺としては昼の飯代は浮くから願ったりかなったりだ。」

「そういうことなら、私もご相伴に預かろうかしら?あんまり不味くないようなら、ね。」

 陽彩は一目でわかるほど目を輝かせ、清水さんはそれに便乗するかたちで了承した。

 残飯として処理する必要がなくて助かったというのと、受け入れてくれたことの両方でほっと胸を撫で下ろしたところで始業五分前のチャイムがなる。

 清水さんが

「じゃ、今日の昼はせいぜい期待しておくわ。」

 と、去り際に残して自分の席に座ると、私と陽彩も自然と解散の流れになり、それぞれ席について授業の準備を始める。

 筆箱や教科書を鞄から取りだし、使いやすいように配置しているところで

 ふと、笑いをこらえたような声が聞こえた。

「少食なくせに何であんなに作ったんだが」

「いやだから今回は失敗したと…」

 そこまで言い終わってから気づく、その声の出所は私の後ろの席であることに。

 咄嗟に口をつぐみ目線だけでその発信地を垣間見ると、案の定そこには呆れたような、どこか笑っているようにも見える泉さんだ。


 このまま黙っててもよかったのだけど、それはそれで些か具合が悪い。主に、これから何があるんだという不安が強く表れる。

 だから、他人に聞かれないように小声で話しかけた。

「…いきなりなんなのさ。」

「別に、ただの独り言よ。まぁ気に障ったのなら謝ったほうがいいのかしら?」

「そうじゃなくて、つい最近まで話すことすらしなかったから…」

「そんなのこっちの勝手じゃない。」


 まるでなんの気負いもないように彼女は話しかけてくる。

 確かに、これくらいの会話は普通なら当たり前かもしれない。

 私と彼女、もとい彼女の置かれた立場と言うのが普通ではないのが一番のネックだった。

 そもそも最初の悶着の後でお互い疎遠になっていたはずなのだ。

 一昨日の出来事がいったいどういった作用を起こしたのか。

 水面下の動きに内心戦々恐々とするものの、だからと言って何があったのか直接聞けないし、「話しかけないでください」と言うのもおかしな話だ。


 そうして二の句を告げずにいると、泉さんが先に口を開く。

「まぁでも、貴方とは気があいそうだし。それに興味は尽きないしね」

「え、それはどういう…」

 その言葉の意味を聞き出そうとしたとき、ついに授業開始の鐘が鳴ってしまった。

 根は真面目なのかそれとも単に目立つことを嫌ったのか、泉さんはそれ以降口を閉ざす。

 私としても悪目立ちがしたいわけではない。それに間もなく、担任も姿を現すだろう。

 なら朝礼が終わった後に、と言うのも何か疑われそうで気が乗らない。どうしたものかと朝から頭を抱える羽目になるのだった。


 そして頭痛と腹痛に悩まされながらも、ようやく昼休憩まで時間が経過する。

 朝に示し合わせた通りに私と陽彩、そして清水さんの三人で集まって昼食をとることに。

 用意した弁当箱を囲むように移動した机の真ん中へと置く。

 中身には自信があるとしても、受け入れられるだろうかと言う懸念はまだ残っていた。しかしここまで来たら後戻りはできない。

「それじゃぁ、開けるよ。」

「お、おう。」

「やけにもったいぶるわね…」 

…自分で言うのもなんけど、ここまで大仰にしなくてもよかったかもしれない。

 ならばと蓋を持つ手にいくばくかの力を込めて、一気に開け放つ。

 そこには、色とりどりに彩られたおかずに、均等に切りそろえられたサンドイッチ。人前に出すということで見栄えには特に気を使ったものだ。

 流石にキャラ弁といった奇を狙ったものを作る気はないし、そもそも作れないのだが食欲を誘うには十分…のはずだ。

 さて、それではこれを見た二人の様子はと言うと。

「…え、これ本当にあなたが作ったの?嘘でしょう?」

「えらく豪勢だなぁ。すぐにピクニックでもいけるくらいには」

 清水さんは唖然と中身を見つめて、陽彩は吟味しながらそんな感想をこぼしていた。

 一先ず、成功と見て良いだろう。ほっと胸をなでおろし、他の食事の用意も進めていく。

 最終的には、展開された三段の弁当箱とおまけのスープの入った水筒が机の上に置かれることに。

 それを見た二人は素直に驚いていたようで、なんだか気分がよかったのは一寸した蛇足だ。


 それから一呼吸おいた後、早速三人で昼食にありついていた。

 味の方も悪く無いようで、清水さん咀嚼しながら静かに

「上手い…、なんでか知らないけど負けた気分。」

 と少し項垂れていて、陽彩は

「個人的にはもう少し濃くしたほうがいいかね、時間の経過のせいか味が飛んでる気がしなくもなく…」

 などと評論家じみたアドバイスを発している。

 陽彩の言う通り、できたてのころと比べて薄く、と言うよりは劣化しているように感じる。

 冷めてからもおいしくいただける作り方なんてものは、教わる前に一人暮らしする事になったから、そういう方法については割と気になるところ。

 陽彩自身料理は苦手だと言っていた割には、そういった知識には詳しいようで、聞けばさらりと具体的な方法を教えてくれた。

 その横で清水さんがふてくされたように

「なんで、料理の話題で男のあんたたちのほうが話が盛り上がるのかしらね…」

 と呟く。

 そこまで変なことではないと思うけど、一人置いてきぼりになってしまうのもどうかと思いどちらからともなく話を切った。

 そして気持ちを切り替え、何か話題を探そうと頭をめぐらしていると今度は聞きなれない声が後ろからかけられる。

「うっわー、この弁当転校生が作ったのか?一寸引くわー。」

 陽彩よりもまた軽薄そうな声音が耳に届き、ふと聞こえた方向に振り返る。

 そこには髪を金髪に染め上げたいかにも『遊んでいます』と言う雰囲気を醸し出す男の姿があった。

 今までは関わったことはないもの、いつも此のクラスの中心にいてムードメーカーになっている人だ。


「突然なんだよ金崎。」

 陽彩がぶっきらぼうに金髪の男-金崎に返すと、彼はおどけたように言葉をつなぐ。

「そりゃお前、つい最近までトレンドだった二人で囲んで、こんな変なピクニックもどきをしてるんだからな。気にならないほうが可笑しいさ。」

 確かに傍から見ればおかしいことこの上ないのは作った本人が分かってる。

 だから笑われるのは仕方ないし別にかまわないのだが、どうも陽彩の機嫌が先程から芳しくなく、金崎を敵対視しているようにも見えた。

 若干それを不思議に思いながらも先程から一言も発していない清水さんのことをそれとなく気にしてみる。

 件の彼女は金崎と陽彩の剣呑な雰囲気をものともせず、むしろないものとして料理を口に運んでいる。どうも好んで首を突っ込みたくない事だったようだ。

 と、意識を清水さんに傾けている間に、どうやら話が進んでいったようで男二人のボルテージが否応なく高まっているのを確認できてしまった。

 これは誰かが間に入らないと収まりがつかないんじゃないかと思うぐらいだ。

 なら、今一番近い位置にいる私が止めないといけないだろう。

 と言うかそろそろ飛び火してきそうなのだ、原因も自らが作ったものだろうし責任も多少はある、のだろう。いやしらないけど。

 ともかく不毛な言い争いをしている二人に話って入ろう


「どうどう、落ち着きなよ二人とも。昼休みずっといがみ合うつもりかい?」

「は!?シユウ、お前自分のことを馬鹿にされてるんだぞ!口惜しくないのか!?」

「え、そうだったのか?ゴメン途中から話聞いてなかったよ…。」

 と言うか、マシンガントークの如き速さで途中から聞き取ることを諦めたのだけど。

 何ともふがいない話だが、陽彩はその話を聴いて冷静さを取り戻したようだ…呆れて調子が狂ったともいう。ついでにどこからか噴き出すような笑い声も聞こえた。

「はぁー、お前は難聴系主人公かっての」

「難聴でも鈍感でもないから、単純に早すぎるんだよ君たち。で、どんな話してたのさ?」

 事の発端、はわかっているから何故ここまで熱くなっているのかを問い詰めてみる。


 するとさっきから影の薄くなった金崎がしゃしゃり出て私の眼前に立った。

「わざわざ不利になる事掘り返すたぁ。酔狂な奴だなぁ」

「不利になる?」

「女の真似事してるやつぁ不気味に見えるってこった」

「女の真似事?料理の話してるだけだけど…」

「それもあるし、何よりお前さんの料理の女々しいったら…」

 金崎はわざとらしく顔を抱えて自らの視界を遮る、まるで視ていられないとでも言外に伝えようとしているみたいだ。

 まぁ確かに、見た目を重視してカラフル且つ綺麗に仕上げてはいるから女々しく見える、かもしれない。

 それに作っている自分も男らしさと言うものは今まで無縁に生きてきたから、そこまで気にしてはいないのだけど…。

「母さんから教わったものだから、でもあまり馬鹿にしたような態度で見られると流石に僕だって怒るよ」

「イヤイヤ、そういうわけじゃねぇよ。単にお前さんが変わりものだなって話をしているだけで-」

-変わりものって、単に料理が人並みにうまいだけなんだけどな-

 そんなことをふと頭によぎったものの、いざ口について出てきた言葉は別のモノだった。

「変わり者とか女々しいやつとかいろいろ言うけどさ、それっていわゆる個性ってやつじゃないか。何も悪い印象ばかり押し付けるのはどうかと思うよ」

 何故だか少しだけ喧嘩腰になりながら自分の意見を出す。

 すると少しだけ鼻白みながらも金崎は口笛を鳴らす。私を見る目が少しだけ変わった様にも見えた。

「ヒュウ、確かにそうだな。そいつは悪かったよ。-…」

「…?最後、なんて?」

「女々しいのは否定しないんだなお前さん!」

「…いや、まぁ男らしくないのは自分でも思ってるよ。でも簡単な調理くらいなら男女問わずやってるし、今はできたほうがモテルっていわれて-」

「「まて、どこ情報だそれは!」」

「…実は仲いいだろ君ら」

 さっきとは打って変わって異口同音に詰問する二人を見て、呆れと同時に笑みがこぼれたのだった。

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