十人十色、オモイもそれぞれ
-あれ、捨て犬かな。最初に思ったのはそんなありきたりな同情だった。
もしかしなくても、当時の自分の現状に重ねあわせてみていたこともあったのだろう。今更ながらにそう自己分析をした。
珍しく、今の私は自己というものが保たれている。
いま、私は夢を見ていた。
懐かしい、幸せだった夢を。ー
そんな夢を見るようになったのは、きっと泉さんのせいに違いない。
別にみたくなかったわけでも、その夢の内容が不快だった訳でもないが、なんとなく口をこぼしたくなった。
眠りが浅くて半覚醒状態の目を醒ますために、冷水で顔をよく洗う。
そしていつも通り学生服に身を包もうとしたところでようやく気付いた。
「あ、今日も休みじゃん。」
何ともマヌケな話だった。
学生服をもとの定位置に戻し、代わりに私服を身に着けたはいいものの、今日も今日とて予定は未定。
否。昼から陽彩の家でアルバイトをする予定だ。
ただし学校に起きるのと同じ時間に起きてしまったおかげで、かなり時間に余裕ができてしまった。
このまま二度寝、してもし遅れてしまうようなことがあったら目も当てられないので選択肢から外す。
なら家で読書が無難ではあるけど、そういえば街の散策をしたことないや、と一念発起して外に出かけることに。
そのままの足でバイトに向かえばいいだろうし、ならばと早速準備をして家を出る。
晩夏の蒸し暑さの残らない秋の早朝は、少し肌寒かった。
と、まぁ少しカッコつけて家を出たものの、目的地を決めずに歩き回っているため、覚えのない通りを歩いていた。
店がずらりと並んでいるから、おそらく商店街だろうとは思うけど、そいえばこういったところも初めてかもしれないと、少し興奮を覚える。
都会に出てしまえば、ショッピングモール一つでいろいろと事足りるからこのごちゃごちゃした感じが新鮮だ。
帰りにココで食材を買ってみるのもありかなと、ぐるりと回ってみると、ぽつんと立つ書店が目に入る。
どうやらチェーン店ではないようだけど、少し気になったので覗いてみることにした。
「『相川書店』か、なにか面白いものおいてあるかな。」
お邪魔します、と心のなかで呟きつつ中へとはいる。
まず目に入ったのは、可愛らしい絵がかかれたポップだ。
どこかで見たことはあるのだが、どうにも思い出せない。おそらく今流行りのライトノベルの何かだとは思うけど。
「む、お客様ー、申し訳ないけど未だ開店時間ではありませんよー」
そのポップに見とれていると、後ろから間延びした声がかけられた。
ふと時計を見てみれば、確かに大概の店が開くにやや早すぎる時間帯に来てしまったようだ。
潔く謝って出ることにしよう。
「スイマセン。ちょっと勝手がわからなかったんで、直ぐに出て今来ます」
もう少し時間をおいてから見にこよう、そう思いつつ反転しながら出口を目指すと、なにかにぶつかってしまった。
「きゃっ」
「あっスイマセン!大丈夫ですか?」
慌ててか細い悲鳴が聞こえた方へ視線を写す。
眼鏡をかけた少女が尻餅をついている、さっきの衝撃で吹っ飛ばされてしまったのだろうか。
てっきり先程注意してきた店員にでもぶつかったのかと思ったけど、近くにもう一人エプロン状の制服を着ている眼鏡の男子がいるので、どうやら違うようだ。
と、そんなどうでもいい考察なんぞしてる場合じゃない。
助け起こすのは、注意した店員がしてくれているみたいだ。
ならとわたしは、回りに散らばってしまった荷物を集めて渡しやすいように整理することにした。
小説、実用書、図鑑にメモ帳。そして筆記用具となにか勉強でもしていたのだろうか。
ともかくそれらをかき集めて、持ち主の少女に差し出した。
「本当にごめん、これで全部だと思うんだけど…」
「別に気にしてない、でもちょっと待ってて」
少女は渡された荷物を一つずつ見ていって、漏れがないか確認していく。
「うん、問題ない。ところで、なにか探し物?」
なぜ私が、と少し考えてみて今いる場所に行き着いた。
おそらく書店になにか買いに来たのか尋ねたのだ。
その理由はわからないけど、一先ず答えよう。
「いや、一寸面白そうだから覗いてみただけなんだ。早すぎたみたいで一度出直そうってところ」
「ふぅん、別に見てってもいいよ。」
「「へ?」」
「ここ書店、貴方お客様。別に可笑しいところは何もないはず」
首をかしげながら、問題ないと言ってのける少女。まるで此処の所有者であるかの風格を持ち合わせている。
「ちょ、相川お嬢!まだ開店時間じゃないんだぞ!それに準備も何も-」
「昨日のうちに終わらせたんじゃないの?それにお客様は神様だ、ていつも言ってるのはそっち」
「うぐ…!」
如何やら本当にこの書店の人のようだった、店名と同じ苗字からするとこの店長さんの娘さんだろうか。
と、いったところで一つ引っかかったところがあった。
-そうだ、確かうちのクラスにも相川って名前の女子がいたような…
「それじゃ、ゆっくりしてってね。転校生さん」
相川と呼ばれた少女は、それだけを残して書店の奥の方へ消えていった。どうやら本当にあの相川さんだったようだ。
と言っても交友関係があるわけでもないから、彼女の態度はしかるべきものだし私もこれ以上踏み込むことをしなかった。
ともかくそれなりに偉い人にも了承を得ることが出来たので、少し見て回ろうともう一度店内に向き直ると、今度ははたと男性店員と目があった。
「…なにか?」
「いえ、別に。」
ただ、どこか機嫌が悪いような顔で此方を見られると、やはり居心地が悪いとは思う。
それでも、こちらが無理言って入らせてもらっているのだから少しは我慢するべきなのかもしれないと、気にせず陳列されている本を順繰りに見ていく。
ハードカバーの、お堅い本が半分を占めており、中には外国語でつづられた明らかに一般向けでないものがちらほらと見かけられた。
そして次に多いのはライトノベル、漫画の類だ。それこそ最近出たと思われるものから、10年以上前に発表されたものまで幅広く取り扱っていた。
他はと言うと子供向けの絵本や辞書、そしてどこかで回収してきたのか古本コーナーと言うものが付随してある程度。何故か実用書の類がこれっぽっちもなかった。
「お客さん、レシピ本とかの類は此処においてありませぬよ。」
「そうなんですか?」
「お嬢…あの子の方針でね。そういったものは好きじゃないんだそうで」
「へぇ…あれ、口調」
「申し訳ございません当店ではオーナーの意向により取り扱いされていません」
事務的かつ一気に読まれれば、うすうす歓迎されていないのがわかってしまう。
よほど時間外勤務が嫌なのか、それとも別の理由があるのか…
ともかくさっさとここから出ようと出口に向かっていく、そういう時に限って、気になるのが見つかるものだ。
「ん?」
表紙のひとつが気になってしまい、つい足を止めて注視してしまう。
特徴的な一匹の犬と一人の男の子が描かれたイラストが載っている文庫本だっだ。
何となく手に取ってみると、店員が反応した。
「お客さん、その本に興味があるのかい?」
「興味、というか表紙が気になっただけなんだけど…動物ものかなにかかな?」
おそらく、その表紙にかかれていたのが犬であったことと、今朝の夢の内容とは関係があるだろう。
他人から馬鹿げているかもしれないが、運命的なものを感じてしまい、もし店員に評判を聞いて当たり障りがないようであったなら買ってもいいかもしれないと思っていた。
たいして店員の方はというと、どうやら個人的イチオシの作品だったらしく、先程の態度がなんだったのかと思うほど暑く語りだす。
「ノンノンノン、全然違うよ。確かに主人公はこの冴えなさそうな男の子だけど、実は彼には人には言えない秘密があるんだ」
「物語には定番だね、てっきりこの犬の方が主役なのかと」
「確かに犬の方にも特殊能力が備わっているけど、それは男の子に関係のあるものなの」
「へぇそれはどんな?」
私がそう問い返すと、店員は意味深な笑みを浮かべて間を置いた。
そしていくらか溜めを作り、もったいぶりながら彼は言葉を発する。
「―少年には見えてはいけないものが見えた。」
「は?」
「ま、ぶっちゃけて言えば幽霊とか、妖怪とかその類いと関われる能力をもっていたんさ。」
「…何?」
いま、個人的に聞き逃せない単語が入っていた気がする。然しそんな私の疑問を差し置いて、彼は話をつづけた。
「このお話は、そんな見えざるものたちに振り回される、少年の青春を描いた物語さね。」
そこまで話して、ようやく店員は満足して口を閉ざした。
それに対して、私は逆に何とも言えない気分になってしまう。
先程まで買って楽しもうと思っていた気持ちが薄れてしまったのだ。
一言「そうですか」と言って、手元の文庫本をそっと元の場所に戻す。
「ちょちょ、どうしたのさ。これ本当に面白いよ?」
「あー、一寸僕にはあわないみたいなんで、遠慮します。」
さて、気になるモノも全て見終わった。今度こそ店を出ようと歩み始める。
すると、がっしと足に何かしがみついた感触が。
足元を見てみると、先程の店員がしっかりと足に絡みついていた。
「スイマセン、そうやって足に絡まれると動けないんですけど…」
「出ていくのは構わないが、何故買ってくれない!自分か、自分の説明のせいか!?」
「それも多分にあるけど、単純に趣味が合わなかっただけだから、足に絡みつくのやめて!」
「引き留めるのやめたらそのまま店を出る気だろう!」
「何か腑に落ちないが分かった、逃げないからやめてくれ!」
それ聞いて、店員はようやく足から離れる。その時このまま逃げてやろうかとも思ったが、後々ややこしくなるのが分かっているのでやめた。
「それで、僕は何をすればいい?言っとくけど押し売りは勘弁な」
「いやまぁ、うちの売り上げもあんま芳しくないんだが、流石にそこまで腐っちゃいませんことよ」
少々お待ちを、と残して一度店員は店の奥に引っ込んでいく。
そしてしばらくすると、何かが入っている小袋を抱えて帰ってきた。
「えっと、それは…」
「さっきアンタが棚に戻した本と同じものだよ。つっても自分のだけどな。それおたくに貸すから読んでみてくれ。」
「でもお代は」
「個人的に貸すだけだから。読み終わったらまたここに来るなり…そうだな、お嬢に渡すなりしてくれればいいさね。同じクラスなんだろ?」
そう言って有無を言わさず店員はこちらに押し付けてくる。よほどおすすめの物語なんだろうか。
しかしそれとは別に、こんなことをして赤字にならないのだろうかと心配していると、店員はこんなことをのたまった。
「それ続き物だから、気に入ったらここで買ってくれよな。」
如何やら、そのあたりも計算済みらしい。
しかし、まぁ読ませてくれるというのだからあまり無下に断るモノではないか、そう思って店員から小袋を受け取りようやく店を後にした。
あまり読んで好ましくないジャンルではあるけど、もしかしたら共感できるところもあるんじゃないかと言うのもあって少し期待している自分がいる。
早速今日のバイトの休み時間にでも、などと考えながら岡崎宅まで足を運ぶのだった。
バイト二日目。
まだ仕事に慣れるまで時間がかかりそうだと、遠い目になりつつもようやく休み時間に。
そういえばと、店員-名前を聞くのを忘れた-から借りた一冊の小説を取り出す。
こうしてよく見れば、確かに妖ものとも見れるし、今流行りのライトノベルの体を表しているのも分かった。
ハードカバーのモノより読みやすいからすぐに読み終えるはずだ。
早速ビニールを外して中を開いてみる、するとどこからともなく陽彩がやってきて、私のうしろから小説を覗きみるのだ。
「お、これ最近アニメ化するって噂の奴か。」
「そうなのか?」
「知らないのか。いまCМでも結構取り扱っているし割と最近メジャーになってきているんだけどな。」
「あんまりテレビとか見ないから、じゃぁ一先ずそれなりに期待してもいいと」
「そうだな、俺も一回見せてもらったことあるけど、なかなか見やすかったし面白かったぜ。」
あんまりこういった本に興味を持たなさそうな陽彩が言うのだから、お墨付きととっても差し支えないだろう。
できれば、これが別の題材だとしたら素直に楽しめただろうに、それだけが残念だった。
「俺は中でも主人公とヒロインの過去話が好きだな。たしか-」
「今はじめて読もうとしてる人の前でネタバラシはやめい!」
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