助太刀――不意の一撃は切ない

「あらら、これはさっさと決着をつけた方がいいかな?」


 刀真の登場に霧乃はさして動じる事もなく言った。来ることがわかっていたかのような反応のように見える。が、一真には確信が持てない。まるで掴み所がない。ふざけている顔の裏ではどんな感情が渦巻いているのかも。ただ。


「遊びはこれで、終わりだ。勾陣、やれ」


 ふざけた顔と言葉に込められた殺気の落差により、目の前の恐怖がより際立ったのは確かだ。


 ぞわっと全身の毛が逆立った一真が思わず取った行動は回避。何の考えもなく横へと跳ぶ。直後、一真のいた場所を勾陣の牙が貫いた――と思った次の瞬間には、首を曲げ襲ってくる。身を守るように構えた破敵之剣が牙とぶつかり横に弾かれる。


「鱗と鱗の合間を狙え!!」


 天の叫ぶような助言。一真は弾かれた勢いに抗わず、頭上で剣を回転させさっきとは逆の方向に振るう。


 金属同士がぶつかり合う鈍い音が響く。勾陣の身体を覆う金色の鱗と鱗の合間を狙ったつもりだったが、直前で避けられ剣は鱗に覆われた鎧に阻まれた。流石に自分の弱点を分からない程馬鹿ではない。


 再び弾かれ、一真は勾陣の巨大な身体を蹴ると同時に後ろに下がる。後ろでは刀真が二人の物の怪を相手に戦っていた。身体の半分を消し飛ばされた影女が幽霊のように宙を飛びながら翻弄し、沙夜は再び、あの鬼の兵を繰り出し、自身も巨大な太刀を使って襲いかかる。


 だが、その全てを持ってしても刀真には届かない。


 先が読めているかのように、影女の奇襲を避け、鬼の軍団は大量にばら撒いた符を爆発させて纏めて吹き飛ばし、襲い来る沙夜は紫電を纏わせた太刀で応じていた。


 その後ろで月はどうしたらいいのか分からないように呆然としている。一真の助けに入るべきなのか、それとも父親の助けに入るべきなのか。一真はその二択の疑問に答える事が出来る。腹正しい限りではあるが、月が助けるべきは刀真の方だ。


 影女も沙夜も、月自身が向き合わなければいけない敵だ。彼女が集中する為にはどうするべきか瞬時に判断し、一真は走った。敵とは逆の方向へと。


「なっ」


 面喰ったような声を出した勾陣だが、すぐさま追ってくる。牙が地面を抉り、家々の屋根や壁を吹き飛ばす。一真はその攻撃をいちいち読んでかわしているわけではない。跳躍と出鱈目にステップを踏み、後は幸運任せだった。しかし、その時間稼ぎも長続きはしない。


「えぇい、ちょこまかとぉ!」


 身を捩り、勾陣が一真の行く手を遮った。その口から何か煙のような物が漏れる。それが何なのかは分からなかった。炎のように熱そうで、毒のように纏わりつく香り。勾陣が口を開く。


「瘴気だ! 離れろっ」


 天の警告が、頭の中でイメージとなって流れる。どう避ければいいのか、どこへ逃げればいいのかが映し出され、一真はそれに従い、建物と建物の間の影へと跳んだ。見ると道に黄色の煙が立ち込めていた。一真のいるところの足元にも少しずつそれが入り込んでいく。


 頭の中に入り込むイメージは、屋根まで跳躍しろと告げる。だが、それでは再び勾陣と戦わなければいけなくなる。あれを倒せる自信は一真には無かった。


 不意に、身体に振動を感じた。戦闘の影響によるものではない。むしろ、慣れた感覚の物、余りにも日常的過ぎて拍子抜けしてしまう。この最悪のタイミングで一体誰が?


 右手に破敵之剣を持ち、左手で携帯を取り出す。やはり、これだ。小刻みに一定間隔で震えている。電話だ。掛けてきた相手は未来。


「どうした?! 未来!」


 何かを思う間もなく出た。彼女に何かあったのか? あったら、霧乃には容赦できなくなる。


『良かった、繋がった―! 一真、今どうなってんの? そっちは!』


 手伝える事は何もないとあれ程に言ったのに。しかし、それを今更言っても仕方ない。


「日向がそっちにいるのか?」


『え? なんで、わかったの?』


「月の傍にいないからさ。大方、未来を護るようにとか言いつけられていたんだろ。で、だ。お前が電話してきたのは、日向が何かお前に言ったからだろ?」


『ふうん、意外と頭いいーんだね、一真君』


 電話から漏れて来たのは月とよく似た声でしかし、まるで正反対の性格の式神の物。頭がいいからとかじゃなく、全く同じような事を日向にされたからだ。が、それについてはあえて言わず、状況を告げる。


「今は、霧乃の式神と戦っている」


『霧乃? 霧乃って、あんたの……』


「そうだよ、友達だったやつ。あいつが出した式神に襲われている!」


 未来には理解の追いつかない話だろうが、今はそれを説明しているだけの時間がない。こうしている間にも瘴気でやられるか、飛び出してあの大蛇と戦うかの選択肢を迫られているというのに。


『わかった、わかった。じゃあ今そっちに行くよ。勾陣に隙が出来ると思うから、それを狙って。合図するから』


 一瞬、何の事か分からずに一真は戸惑う。電波が乱れたのか機械的な小波が漏れた。続いて聞こえたのは驚きの声。


『未来?! どうし……うがっ!!』


 ドガっという人の頭を何かでぶっ叩いた感じの音と崩れ落ちる音。それから再び未来の戸惑うような声が聞こえた。


『えーと、よくわかんないけど、こいつをぶちのめせばよかったの?』


「霧乃!?」


 驚く声が聞こえ一真は頭上を仰いだ。こちらを見下ろすような形で首を擡げていた勾陣が、どこか別の所を凝視していた。何か信じられない物を見たかのように。


――今が好機!


 破敵之剣を持つ腕を跳ね上げ、一真は勾陣目がけて跳んだ。が、その奇襲は一瞬にして気が付かれた。巨大な顔がくるっと振り向き牙を剥く。その目と目の間に剣を振り下ろすものの、弾かれる。


 それだけでは済まない。勾陣の口の中からあの瘴気が今まさに吐き出されようとしていた。恐怖にめが瞠られる。が、目を瞠った一真はだからこそ、見えた。


 その瘴気が吐き出される直前、空中から飛来した赤い光線によって勾陣の顔が弾け飛ぶのを。


 顔面にびっしりとついた鱗が熔かされ爆散する様を。


「ちぃい、あの小癪な鳥めぇ」


 顔面の半分程を焼き熔かされた勾陣が毒づいて宙を仰ぎ、唐突に体を強張らせた。宙から落ちてくるのは、背中から翼を生やした式神などではなく、一人の少年だった。金色の光の尾を引く剣を逆手に持ちつつ敵を討つべく落下してくる。


「そこだああっ!!」


 一真は裂帛を込めて叫び、日向の術で焼かれた勾陣の頭に剣を突き立てる。しかし、それだけでは終わらない。


「小僧おおおっ――!!」


 勾陣の罵倒が叫びへと変わる。すさまじい力で勾陣は一真を振り落とそうともがく。ぎろりと蛇の眼光が一真を睨んだ。しかし一真は怯みもせず躊躇いもしない。


 どうすればいいのか、日向が教えたわけでも、天がイメージを送ってくれたわけでもないが、自分の激情を腕に、指に、その先の剣に込めて放った。


「こんな所で足止め喰らってるわけに行かないんだよ!!」


 勾陣の頭が吹き飛び、続いて巨大な身体が震えて地面に倒れ込んだ。地を震わせ、周りの建物を巻き込みながら。その傍に着地した一真は地面に両手を広げながら転がり、肺を吸った息で満たした。


「一真!!」


 未来が駆け寄ってきて膝をついた。顔中を涙で汚しているその姿を見上げながら一真は苦笑した。いつもどこか、クールで人の事など気にしていないかのような印象を抱いていたのに。ここ最近は泣いてばかりだ。


「こんの馬鹿が! 何が助けはいらないだ!!」


「お前ってそんな熱血キャラだったけ」


「馬鹿!!」


 思いっきり頭を蹴られた。ふとある事を思い出し一真は立ち上がった。


「そうだ、霧乃は?!」


「ここにいるよ」


 背後から聞こえた声に一真は一瞬で立ち上がり、未来の肩を掴んで飛び退る。


 が、その警戒がすぐにいらない物だと知る。霧乃は胸の辺りを右手で抑えながら歩くのがやっとというように歩いてきていた。

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