第7話 この日まで
想いが叶わない恋に、意味があるのか。
考えてた。
この、20年間。
ずっとずっとずっと。
調べたりしたんだ。
お兄ちゃんと他人になる方法。
でも。
私がお兄ちゃんに、好きだよって、私も女だよって、伝えたら。
きっとお兄ちゃんは、困る。
あの柔らかな笑顔で、きっと言う。
ありがとな。俺は紗季が可愛いよ。って。
その時、粉々になるだろうこの想いと、向き合えるだろうか。
その時、私はいつもみたいに、へへっと笑ってお兄ちゃんの手を、取ることができるだろうか。
私の恋を叶えることは、お兄ちゃんの恋を壊すことだ。
お兄ちゃんを、悲しませることだ。
好きな人を、苦しませることだ。
私が悲しいより、その方が苦しい。
空は快晴。
透き通るような青に、降り注がれる花。
その中を、お兄ちゃんは歩く。
実加子さんの手を引いて。
時々、実加子さんを見つめて、愛おしそうに微笑んだ。
お兄ちゃんを見上げる実加子さんが、柔らかで綺麗だと思った。
大事な人に、あんな幸福な顔をさせてあげられるなんて。
かっこいいと思った。
素敵だと思った。
さすが、トオルだと思った。
おめでとう!と、声が飛ぶ中、ヒデがぎゅっと私の手を握った。
ヒデは、じっとお兄ちゃんと実加子さんを見ている。
その目は、とても優しくて。
柔らかくて、たまらなくて。
泣きそうなのを、その手を握り返して堪えた。
『いい顔すんのな、トオルも実加子も。』
呟きのような声に、うん、と頷いた。
『‥かっこいいね。お兄ちゃん。』
『だな。』
花を浴びて、みんなの輪の中を、ゆっくりゆっくり歩く。
あと少し、あと少しで私の前に。
きっと、答えは今目の前にある。
声が、震えた。
涙は、止まらない。
だから。
『おにぃ‥‥トオル!』
ヒデの手をぎゅっと握る。
応えるように、ヒデが握り返した。
『絶対!!幸せになって!!』
一瞬驚いた顔をしたお兄ちゃんが、優しく微笑んだ。
ヒデがぐっと私の手を引いて、ニヤリと笑った。その顔を見て、涙でボロボロの私も察して笑う。
私の気持ちは、きっとヒデが一番よくわかる。
手を離してお兄ちゃんを挟むように立つと、ヒデが小さく、せーのって言ったのを合図に、お兄ちゃんの頰に、2人でキスをした。
弾かれたように笑い出したお兄ちゃんは、お腹抱えてよろよろと歩く。
それを抱きとめた実加子さんに、最高だわ、幸せだって呟いて、思いっきりキスをした。
囃し立てるみんなの声に混じって、私とヒデはハイタッチをした。
きっともう、私もヒデもお兄ちゃんへの想いを、話すことはないだろう。
ヒデの気持ちは、きっと私が一番わかる。
私たちは、蛍光灯の目玉が見えて、古い階段を一息にとびこせるから。
大丈夫。大丈夫。
私もヒデも、ちゃんと幸せになれる。
想いが叶わなかった恋に、意味があるのか。
考えてたんだ。
ずっとずっとずっとずっと。
めいっぱいの20年間の、この想いに
意味はあるのかって。
『とりあえず、飲み込んだか?』
ヒデが、前を見たまま呟いた。
『うん。あんたは?』
『まぁ、それなりに。』
『そっか。』
『ん。』
『なぁ。紗季』
『うん?』
『俺さ、お前のことすっげー嫌いだったし、多分この先もお前に惚れたりとか、絶対ないけど』
『‥うん』
『お前の幸せだけは、トオルよりも祈ってるよ。』
ヒデの手を、また強く握る。
『私も。』
『ん?』
『ヒデが、この世で三番目に幸せならいいと思う。』
『は?』
『一番はお兄ちゃん。二番は私、三番目が‥痛っ!!頭突きー!?』
『俺を一番に祈れや!』
粉々になったとしても、大丈夫。
だって。
ちゃんと形を変えても、ここにあるから。
ここにあるって、知ってるから。
空は快晴。
透き通るような空。
青い瓦屋根。
重たい花柄ガラスの窓。
秘密基地。レンゲの花冠と指輪。
繋いだ手。
指の隙間から落ちた涙。
この手のひらに刻まれた、私たちの時間。
『生まれ変わっても、お兄ちゃんの妹で、またヒデも横にいたらいいな』
私の呟きに、
『やだよ。』
ってヒデが笑った。
嵐 「この手のひらに」
呆れもの同士 おととゆう @kakimonoyuu
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